大切な世界を脅かした私に

◼︎


「あん?ダブの横の女誰だァ?」
「この女確か侵入者だかで捕まってたハズじゃ…」
「…」

目の前にわらわらと迫ってくる天人達にダラダラとまさに滝の如く全身から汗が噴き出す。
やべぇとこ来たマジで。めちゃくそ怖い。土方さんのかっぴらいた瞳孔に睨まれてる方がマシなんですけど…!

とりあえず隣にいるダブさんの腕を掴む。

「だ、ダブさん!もう一回!もう一回テレポート!!」
「むむむむ無理だ!あれは一度やったら5分後じゃないと…!」
「マジか」

この状況5分稼げと!?無理ある!無理アルヨ!!ってなんで神楽ちゃん!?いや確かに神楽ちゃんくらいの力あったら有り難いけども!!!

『名前!こっちよ!』
「!」
「ぐえっ!?」

ダブさんを小脇に抱えてスプ子の案内で駆け出す。ひぎゃぁああああ!天人が追いかけてきたァァアアア!!!

「待ちやがれくそ女ァァアアア!」
「ヒィイイイ!!!」

涙目になりながら目の前を飛ぶスプ子を追いかける。あぁ霊っていいなぁァァアアア!!私にも翼授けてくれないかなぁァァアア!?
逃げながら不意にチラリと船の外を見やると、異様な町の空気に目が離せなかった。

「やっぱり…!!町中の霊が…江戸の中心に向かって飛んでってる…!」
『どうやら江戸中の幽霊達を集めているって噂はどうやら本当だったみたいね…』

町中の霊達が次々に江戸中心部の方へ向かって吸い込まれている様子は何とも不気味で。
一体ここで何が行われようとしているのか。自分の想像以上にとんでも無いことが起ころうとしていることだけしか分からなかった。

「スプ子は大丈夫なの…!?」
『私みたいに自我が残ってる者は今のところ大丈夫そうよ。早いとこ、あそこ向かった方が良さそうね』
「あっ、あそこへ近づくのは危険だ!」
「え!?」

抱えられたままのダブさんが私の着物の裾を掴んだ。

「ーー余所見してる場合っスか!苗字名前!!」

足元のすぐ近くに放たれた銃弾に足が止まった。えええええ下手したら足に風穴が開くところだったんですけどォオオ!?私殺されないかも!って違うの!?殺されるの!?

「見つけたっスよダブ!あとそこのクソ女ァア!大人しく粛清されるっス!!」
「女子供を殺してはなりません。優しく生かして捕らえなさい」
「1人は天人ジジイッスけどね!」
「!」

ーー死亡フラグ…MAX!!

上から聞こえた銃を突き立てられる音に私は顔を見上げて固まった。クツクツと喉を鳴らして愉快そうにこちらを見る高杉晋助の姿が見えたからだ。

「こいつはとんだじゃじゃ馬娘らしいな」
「…今江戸で何が起きようとしてるんですか」
「なんだ、視えてんのか。俺がやることなんてハナっから決まってらァ…この江戸を火の海に沈める。それだけよ」
「いっ…!」
「名前さん!」

タン、と目の前に降り立つ高杉。そちらに警戒したばかりに背後から忍び寄る天人に気が付かずに私はあっさり捕まってしまった。一纏めにしていた髪を引っ張りあげられ、高杉を見上げる姿勢になる。

「…!」
「その為には苗字名前、アンタの力がいる」

高杉が腰の刀を引き抜いた。物騒なそれを目の前にしたとたんに頭が真っ白になる。



ーーいや、まさか、そんなこと。



「しっかり持っとけよ。うっかり手が滑りかねねェ」
「…いやっ!」
「名前さん!!」
『名前!!!』

高杉の刀を持つ手が振りかざされた。それ以上は見ていられなくて、目を瞑る。


「っ…!」


ザクリと何かの音が聞こえた直後、私の身体は何かから離されて床に倒れこんだ。
どこも痛みは無いが、縛っていたはずの髪の締め付けが無くなった。視界の隅に揺れる短い黒い髪に私は無言で自分の髪を触った。

そこにあったはずの1束が、無かった。

「ーーえ?」
「オイ、これでいいのか」
「えぇ、流石でございます晋助様」

見上げた高杉の手には先ほど斬り落としたであろう私のご自慢のロングヘアー。それを和装姿の天人に手渡した。

や、首が落とされるくらいなら髪を斬り落とされた方ずっとマシだけども…。

「我等宇宙海賊春雨と晋助様率いる鬼兵隊の同盟、うまく事が進みそうですなぁ!」

私の髪を受け取った天人はニタニタとした笑みを浮かべて高杉を見上げた。天人の着物の裾から目の前にヒラリと紙が目の前に落ちた。

地図…?何かペンで、

「!」
「、おっといけない、地図が」


『ーー名前飛びなさい!!』


スプ子の声に私は反射的に目の前の紙をひったくり、同時にダブさんの腕を掴んでありったけの力で後ろの欄干を飛び越えた。




「ぎゃあァァアアアアア!!!」

わたっ、私飛んでるゥウウウウ!!

ってか落ちてるゥウウウウ!!涙が全部上にっ…!涙が全部上に流れてる!千と千尋の神隠しの名シーンみたいじゃない!?いや!そんな綺麗な感じじゃないけど!!

「名前さん、ありがとう」
「はいィイ!?」

涙で視界がぐしゃぐしゃで何も見えない中、ダブさんのその声が聞こえた瞬間三半規管が狂った。

「へぶぅうう!!?」

どんがらがらがっしゃーんって感じで私は柔らかい何かにぶつかった。結果派手な音立てて落ちたけど、痛くない。というか、臭い。

どちらかというと、臭い。

「はっ!?ここは!?」

体を起こすと何時ぞやのようにゴミ袋に突っ伏していた私。周りを見渡すと同じようにゴミ袋に突っ込んでるダブさんの姿。

「なんだ!?急に女の子が!?」
「だ、大丈夫かキミ…!?」
「い、生きてる…!5分間に合ったんだ…!」
『あ゛ぁア!!!』
『ぐがァア!!』
「!」

路地裏を覗き込む野次馬の目線を他所に生きていることに安堵してへたり込むと、耳に聞こえてきたのは霊達の叫び声。

「…っ!」

地縛霊が無理やりその場所から引き離されているようで、その苦しみ方が尋常じゃない。そりゃそうだ未練が残った霊を無理矢理その場から引き離そうなどしたら…。

脳に叩き込むように入り込んでくる悲鳴。これは長居していると先に頭どうにかなりそうだ。

「…いっ…」

気絶しているダブさんを抱えて急いでその場から駆け出そうとすると、腕にズキリとした痛みが走る。裾を見ると小袖が赤く血に染まっていて、鼻には鉄臭い匂いが。

貫通こそしていないが船を飛び降りる時に来島また子に撃たれて掠めたみたいだった。けれどそんなこと気にしてなんかいられない。もう一度力を入れなおしてダブさんを抱える。うぅ、ちょっと痛い…。

「…あれ?…霊が一定方向に何箇所か向かってる…」

どの場所に向かうべきか空を見上げてみたら、霊たちは5つの線路のように分かれて飛んでいる。私は慌てて握りしめたままだったから紙を広げる。この地図が関係あるかもしれない。

「…五芒星…!」

見間違いじゃなかった。天人が落とした時に見えた地図に書かれた五芒星。

それはかぶき町を中心とした隣接する隣町まで描かれた地図で、太めのペンで星が描かれていた。星の各先端と中央部には「カラクリ」とご丁寧にメモ書きが。ダブさんのセリフからすると、もしかして霊を吸収するカラクリが5つ…中央部のものも合わせて6個あるのかもしれない。

5箇所全て回っている時間も無いから、ダメ元で中央部に向かおう。場所を確認したら、中央部はかぶき町のど真ん中になっていた。



かぶき町に向かえば向かうほど霊達の数が増える一方だった。空一面を埋める勢いのそれに気が付かずに、いつも通りの日常を過ごす町人達は、私の目から見たら異質そのもの。

「うぐ…っ、こ、ここは…!」
「ダブさん!」
「ここは!?江戸かぶき町か!?何故こんなところに来たんだ!!た、確かに向こうに送ったはず…!」
「教えてダブさん!どうしたら霊を吸収しているカラクリを壊せますか!?」

おんぶしていたダブさんが目を覚ました。ゆっくり近くの壁のそばに降ろし、もたれさせる。起きてから早々畳み掛けるようにして申し訳ないけれどそのまま畳み掛けた。顔を真っ青にしたダブさんが私に触れようと近づいてきて咄嗟に思い出した。

そうだ、もう5分経ったんだ!

「ちょっと待った!帰るのはタンマ!まずは教えてください!今町中の霊達があらゆる場所に集まってます!よく分からないけど、この地図の真ん中にあるのが江戸を破壊する何かがあるんですよね!?どうしたら壊せますか!?」
「こ、壊すってそんな無茶な…!」
『ァァアアアアアッ!』
『イヤダァアアア!!』

異常な悲鳴から頭に走る激痛に思わず立ちくらみがして近くにあった壁に手をつく。

「…今すぐ止めさせないと…!!」
「む、無茶だ!おい、よせ!!よさんか!」

ダブさんをその場に置いて私は再び駆け出した。

「ハァ…ハァ……っ!」
『名前!無事だったのね!』
「スプ子!」

空から降りてくるスプ子を見て、その時私はすっかりこの人の存在を忘れていたことに気付いた。スプ子は触れないからテレポートできなかったのか!

『アンタ達が消えてから連中の話を聞いてたの。どうやらアンタが江戸崩壊の鍵だったみたいよ…!』
「ど、どういうこと!?」
『江戸崩壊のためには江戸中の霊達とアンタの霊力が必要みたい。髪に神が宿るって話あるでしょう?連中、アンタの髪に宿る霊力を使う考えみたいよ』
「私霊力なんてそんな大層なモノ持ってないんですけどォオ!?ていうかなんかもうコレ違う漫画になるよねェェエ!?」
『ともかく霊を吸収したカラクリがエネルギーを放出するようなことがあれば…霊も人も一瞬でお陀仏になるわ』

どちらにしろ私が原因には違いなさそうだった。

『…っ、私もこれ以上進んだらあの連中同様に吸い込まれそうだわ…』
「…!スプ子、ありがとう。あとは私が行く!安全なところにいて!」
『名前…!』

ここまで着いてきてくれたスプ子にお礼を言って走り出す。


ーー霊だって悪い奴らばっかりじゃない。


確かに未練タラタラでどうしようもない奴ばっかだけど、生きている人間にいつも必死に何かを訴えようとしている。死んでも納得できるまで家族の側にいたい者や、ただ見守っていたい者だったり。霊も霊なりに生きているのは確かで。

「うぅっ…!!」

一瞬意識が遠のいてバランスを崩して私は転げた。
懐から飛び出した二つ折りの携帯が、落ちた衝撃で画面が開いて転がった。

「…!」

ディスプレイに表示されていた文字達に私は目を見開いた。夥しい数の着信履歴。

病院、土方さん、沖田くん、お妙ちゃん、それから…いつのまにか登録されていた万事屋銀ちゃんが圧倒的に占めていた。

私のせいでそんな優しい人たちが住む大切な町を火の海に鎮めることになろうとは。

「バカだ…私」

コテンと地べたに頭を付けると、耳元に砂利を踏む音が聞こえた。



「ーーあァ、ホントだな」
「…っ!?」

ーー気だるそうな声に目を開く。

「バカすぎて親の顔が見てみてェもんだ」

ーー引き起こされた私の身体。

「ぎ、ん、…っ」

顔を見上げた途端に重なった唇に息が詰まった。


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