たくさん傷ついてたくさん泣いて、

◼︎


「オーイ、名前ちゃーん銀さんが来たよー。あ、着替え中だったらごめんね」

返事を待たずに目の前の白いカーテンを開ける。

中には白いベッドに横たわる名前の姿。
目は固く閉ざされたままで、あれ以来飲まず食わずで寝続け未だに一度も目を覚まさねェ。昨日と変わらぬ様子に短くため息をつき、昨日と同じ場所にあるパイプ椅子に腰掛け、昨日と同じようにその顔をじっと見つめた。

「…もう1週間かよ。寝すぎは身体にわりィぞ」

あれから1週間。長いような短いような、だ。

「…なァ、目が覚めたらよ。…アンタの話聞かせてくれよ」

店長にゃ本人から聞けって言われてんだ。お前さんがどっからやってきたのか、何モンなのか、今までのこと言える範囲でいいから教えてくれ。

「……さーて、ジャンプの読み聞かせてもするかー?」

持ってきたジャンプを広げる。今週はToLOVEるからか。巻頭カラーの扉絵を捲って出てきたのはドアップのキスシーン。

「って初っ端からコレかよ!これは俺演技力ねーからやめとこうな」

「…っ、ぅ、」


ジャンプを閉じかけたところで手が止まった。微かに聞こえた呻き声に顔を上げると、名前が身を捩った。

「名前…?」
「…っは、…」
「…オイ!?どうした!?苦しいのか!?」

意識はまだ無さそうだが苦しそうに顔を歪めるもんだから、咄嗟に枕元のコールボタンを押す。すぐさま飛び込んでくる看護師。

「苗字さん!?どうしました!?」
「なんか急に苦しんで…!」
「すぐに先生呼んできます!!」
「早くしろ!」
「っ、ふ……はっ…」
「…!」

その安定性のない呼吸方法に何故か見覚えがあった。
確か神楽が寝込んで、名前が万事屋に上がり込んできた時……こんな感じの…そうだ。あの時コイツは過呼吸を起こしたんだった。

そのあとは俺が……


「待てよ…」


ベッドに身を乗り出して生唾を飲み込む。まさかとは思うが、目には目を歯には歯を、なんてことはないだろうか。俺ァあの時土方くんたちのマネをして手の甲を付けて名前の霊力を返したつもりだった…。だがもしも、だ。受け取った場所で触れないと返したことにならないとしたら…?
この予想がなんとなく当たっているような気がしてならねェ。

……やってみるか。

名前の顔にかかっている前髪を払い退ける。

「ーー」

呻く名前の顔をしっかり掴まえて、顔を近づけた。久しぶりに触れたそこの感触は生きている証拠にやはりあったかかった。

顔を離したところで不意に我に帰る。…ホントに病人相手に何やってんだ俺は。



「………ぶ、ぶちょォオオ!これ明日までなんて………って、アレ?」



仕事にめちゃめちゃ追われていて泣き喚いて起き上がったらおでこに硬い何かが当たった気がした。あれ、心なしか息苦しい。全力疾走した後のように妙に息が上がっていた。

…って、アレ?ここベッド?…え?…夢?

「…アレ?」
「……お、おはよう名前…ちゃん…」
「あれ!?ぎ、…坂田さん!?」

ベッド脇の床で顔を押さえつけてうずくまり、かすかに震えているのは見覚えのある格好をした人物。危ない、うっかり銀さんって呼ぶところだった。

此方を見上げたかと思えば顔面が血だらけ。

「い、医者ァァアアア!」
「落ち着けェエエエ!!」

ベッドでドタバタする私に銀さんが「やかましい!」と押さえつけてきて、ようやく大人しくなった。

鼻にティッシュを詰め込む銀さんをチラリと見やると、徐々に思い出すあの出来事。えっと、アレ、最後どうなったんだっけ。

「え、と、あの、」
「1週間ぶりだな」
「え!?」
「オメーさん1週間も飲まず食わずでぐーすか寝てたよ」
「マジですか」

信じられない。人生で初めてだそんなに眠りこけてたの。もう一生寝なくていいのでは。ていうか寝てる間銀さん来てたの?やべ、涎垂れてたり口とか目とか開いてなかったかな。

「…そ、そういえば…!」

色々思い出し始めて、町中の霊たちのことを思い出した。慌てて窓辺にいこうとベッドを抜ける。

「う、わぁ!?」
「オイオイ、そりゃ無理だっての」

1週間寝てたブランクのせいか、足が思ったよりも力が入らなくてガクンと崩れた。そこを銀さんに受け止められ、モロに密着。
わぁ、久方ぶりのラブハプ。って何考えてんだ私。

「視えるか」
「…え、と、」

銀さんに手伝ってもらって窓辺にゆっくり近く。病院から見える外の景色を目を凝らして見渡す。

「…あれ…?」
「?」


ーーなにも、いない。


「…オイ、どうした」
「…なにも…いない」
「?」

近くにあった点滴が吊り下げられた移動カートを引っ張って廊下に出る。察したらしい銀さんはそれ以上なにも言ってこなかった。

「なにも、いない…」
「……視えねェのか?」
「スプ子!いるなら返事して!」

廊下を行き交う人たちが不思議そうな目で私を振り返ってくる。私はそんな目を気にかけずに辺りを見渡す。

なにも聞こえない。

「う、そ」
「えっ、苗字さん!?目が覚めたのね!?まだ病室でちゃダメです!すぐ先生来ますから!!」
「あーすんませんね、コイツすぐベッドに戻しますんで!…中入るぞ」

放心状態のまま病室のベッドに腰掛けた。病院なら霊たちは絶対うじゃうじゃ彷徨ってるはずなのに、なにもいなかった。

「視えなくなっちゃった…」
「名前」
「私、スプ子にお礼言えてない…!霊たちが無事なのかも分からない…!」
「名前」

服をぎゅっと握りしめると、その拳をあったかくて大きい手が包んだ。

「ンなの視えなくたって分かんだろ?アイツずっとお前の側にいたらしいじゃねェか」
「ぎん、さん…」
「視えるモンだけが全てじゃねェよ」

赤い目が優しく笑った。そうだよね、姿形は視えないけど、あの霊ならきっと今も側にいそうな気がする。

「スプ子…ありがとう…」



『なに?呼んだ?』
「「うっぎゃァァアアア!?」」

にゅっと私のおなかから出てきた頭。突然すぎて銀さんと2人して泣き叫んだ。2人でしがみ付きあいながら震えていると、後ろのカーテンが開いて、それにもビクつく。

「何してるネ銀ちゃん…って名前!?目が覚めたアルか!?」
「わぁ!名前さん!!本当に良かったです!……あ、スプ子さん先に来てたんですねー!」

か、神楽ちゃんに新八くん!!

『やーっと目が覚めたかと思えば、相変わらず騒がしいわねアンタ』
「な、な、なんで!?なんでスプ子が!?」
『なによー、いちゃ悪い?病院の湿った空気食べに来ただけよ』

ち、ちがう…!そういう事を言いたいんじゃない私!というか、皆んな視えて…!?

「知り合いに頼んでな、霊を可視できるカラクリを作ってもらったんだ」
「店長…!」
「待ちくたびれたぜ名前ちゃん」
「店長ご無事で…!!」
「それよりも自分の身を案じろっての!」
「あだ!!!」

カーテンから店長が姿を現した。いつもの蕎麦屋のときの作務衣姿でどこも怪我はなさそうなくらいピンピンしていて、その姿に安心してたらデコピンくらった。

おでこを押さえながらスプ子の霊体の根源を目線で追うと、店長の手のひらにある丸っこいカラクリが視界に入った。なるほど、このカラクリのおかげでスプ子が視えるんだ…。こんなハイテク機能作れるとなると、源外さんに頼んだのだろうか。

『アンタ…視えなくなったわね』
「…うん……」
『霊力が一般人レベルに減ったから今までのように視えなくなったのかもしれないわ』
「ど、どういう…?…え?」
『単刀直入に言うと、アンタ一回自分の霊力がガス欠になって死にかけてたのよ』
「…はい?」
『事前に仲間たちに託した自分の霊力があったおかげでこうして生き長らえていられたの!このお馬鹿さん!』
「……うん?」
「だっははっ、いきなり説明されても分からんだろうよ!」

何がなんやらで訳わからずにいると、店長が私がここに運ばれるまでの経緯を話してくれた。一通り終わったところで、自分なりに整理してみる。

「ほう、つまり、私の霊力がマイナスエネルギーをちょっと上回ったお陰で今生きてると」
「「「「『そう』」」」」
「そんで、みんなが私の髪の毛返してくれたりなんなりしてくれたおかげで生命力がある程度は保ててたと」
「「「「『そう』」」」」
「そしてやっと今日起きたと」
「「「「『そう』」」」」
「ご心配をおかけしまして大変誠に本当に申し訳ございませんでした」

ベッド上で土下座をすると、頭上から何人かの短いため息が聞こえてきた。

「無茶しやがって。家に帰ったら説教だからな」
「…だって…!」
「だってもクソもないアル!」
「そうですよ名前さん。江戸を救ってくれたことには感謝しますけど…もっと自分を大事にしてくださいよ…」
『次そんな真似してみなさい、呪い殺すわよ』
「す、すみません」

うん、ごもっともです。ベッドに額を擦り付ける。その私の頭を誰かがポンポンと軽く叩いた。少し顔を上げる。

「ま、そんなに責めてやるな。コイツも結構頑張ったんだしよ」
「名前は銀ちゃんと似てるところあるネ!銀ちゃんも人のこと言えないヨ!」
「はぁ!?俺の命は江戸1つかけても取るに足りねーぞコノヤロー!」
「…銀ちゃんはパチンコ玉一個で充分だったアルな」
「んだとコルァ!ぐぼらっ!?」
「ちょっとォ!アンタ達煩いわよ!ここ病室!静かにしなさいよ!」
「「ぎゃぁああ!!!?」」

取っ組み合いを始めた銀さんと神楽ちゃんに看護師さんの鉄槌が下りた。その様子を見て私と店長と新八くんがお互い顔を見合わせて笑った。

「おかえりなさい、名前さん」
「ただいま」

おかえりなさい、か。新八くんにそう言われてなんとも不思議な言葉に胸がくすぐったかった。


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