余計なオプションをつけられてこの世界に落とされた私は
◼︎
「…はぁっ…はぁっ…!!」
『おう!アンさんおけェり!どうだ?渡せたか?』
「ばっか…あのね!それどころじゃないんですよ…!はぁっ!!」
『アンさんなんでそんなに息切らしてんで…?まさか、お産…!?』
「違うゥゥゥゥ!!お産どころか相手もいないからァァァアア!!!」
「…俺とキス、しろ」死んだ魚の目が私を見ながら確かにそう言った。どんな夢小説だよォォォオオ!!!
したたる鼻血をよそにスナックお登勢を飛び出てきて、さながら陸上選手の如くこの公園まで全力疾走してきた次第である。
落ち着け自分。多分あれが銀さんの挨拶だ。きっとその辺の女の口説くのと同じ手口に違いない。勘違いするんじゃないよ名前!!
そう思い込んでみたら不思議と落ち着けてきて、私はベンチに腰を掛けて宙をふよふよ飛ぶ茂吉さんを見上げた。
「荷物、届けましたよ。届け先の人、お登勢さんって言う方ですよね?」
「!」
ぷらぷら浮く茂吉さんが固まった。
「お登勢…そうだ。思い出した…アイツ…元気にしてたかよ…?」
「お元気そうでした。暖簾、すごく喜んでましたよ」
「そうか…そうかい…ッ」
くるりと私に背を向けて、片手を目元に充てる茂吉さん。私はその背中を何も言わずに眺める。
死後もなお苦しんで後悔し続けた約束…出会い頭はうっとおしくて堪らなかったけれど、約束を果たす手伝いができてよかった。
震える茂吉さんの背中を見つめていると、茂吉さんの身体が少しずつ消えかかっていく。
『アンさん…本当にありがとうな…』
「…」
『…本当に…』
「…また、いつか会えたら髪の毛毟り取らせてくださいよね」
『ふっさふさになってテメーの前に現れてやらァ』
最後にこちらを振り返って茂吉さんはニカッと笑った。同時に茂吉さんの身体は光の粒となって消え去った。
「成仏…できたのかな」
こちらの世界にやって何度目になるのか分からないこの光景に短い溜息を吐き出し、空を仰ぎ見た。
今日は雲一つない、成仏に相応しい快晴だった。
――多分私は半年くらい前に、死んでいる。
あの日は世間ではいわゆる花金、プレミアムフライデーとかスーパーフライデーという名前がついた金曜日だった。
部下がしでかした仕事で私が上司に叱られ、その尻拭いをするべく4時間くらい残業をして帰宅する途中だった。
「くっそー!鈴木君も鈴木君だし、ハゲ部長もハゲ部長でしょ…!」
家に帰るまでにお酒が我慢できなくて、そこらへんの橙、緑、赤の三本ラインが走ったコンビニでチューハイを買って、飲みながら帰る。寂しいヤツとか思った人挙手しなさい。順番に殴りますから。
「はぁ…転職、かなぁ…」
思わず頭に過った二文字は、ぽつりと言葉に出ていた。なんとなくチューハイを持った手で缶をニギニギしていると、ペコン、ペコンと小さな音がほの暗い人気のない夜道に響いた。
それから車のライトが後ろから私の前方を照らし始めたので、道の端に身を寄せて立ち止まり、車が過ぎ去るのを待っている時だった。
「…ッ!?」
それはそれは強い力で。私は何かにぶつかって車道に向かって倒れ込んだ。それはもうスローモーションみたいに。車のライトがこんなにも眩しいものだったなんて、その時初めて感じたものだ。
翌日には「パワハラ企業。女性社員自死か?」なんてニュースが流れるんだろうか。とかどうでもいい事を考えながら私は目を瞑った。
「―――い、おい!お嬢さん。大丈夫か?飲みすぎたか?」
「…へ…」
目を覚ますとどんよりした鉛色の空。その端に髷頭のおじさん。…髷?なんで?
「えっと…」
「最近温かくなってきたとは言え、朝方はまだ冷えるだろ。あぶねェし気を付けて早く帰んな」
「は…はぁ…ありがとうございます…」
「じゃあな」と言っておじさんは片手を上げてどっか行ってしまった。良い人なんだろうけど、なんなのあの頭…。立ち上がろうとすると、私の身体の下でガサリとビニール袋が擦れる音がした。
「うわ!くっさっ!!ゴミ置き場で寝てたの私!?」
いくら酒に酔っていたとはいえ、今まで24年間生きててそんな漫画みたいなこと…。銀魂じゃないんだからしっかりしなさい私…。お母さんが聞いて呆れちゃうよ。
「車に轢かれたと思ったんだけど…傷一つない…」
立ち上がってスーツの裾を叩いて立ち上がる。どうやら路地裏のゴミ置き場で寝ていたらしい。人の声がする方を目指して歩きだす。
なんだ、車に轢かれたの、アレ夢だったのか。今日は土曜日だし、早くお風呂入ってもう一度寝よう。いい年してホント恥ずかしい…。
「わ!?」
「おぉっと!お嬢ちゃん危ねェよ!気を付けな!」
「す、すみませんでした!!!………?」
路地裏を出た矢先に人にぶつかりかけて、反射に頭を下げる。あぁ、悲しいかな…謝罪なんて会社でよくやってたから反射的になってきた…。
でも頭下げる直前に見えた宇宙人みたいな顔立ちと触覚がなぜか目に焼き付いている。私はそろりと顔を上げた。
「フン、悪くねェ謝罪の仕方だぜ…。次から気ィ付けな」
「は、いぃぃ…」
ぴょん、と頭のてっぺんから生えた触覚。人間離れした顔だち。
……ナンダアレ?
ぐるりと辺りを見渡すと、京都の映画村みたいな昔ながらの町並み。その向こうにはでっかいスカイツリー以上の高さがあるビル群。行き交う人々は原付に乗っていたり、宇宙人とかもいる。しかも宙をふよふよ浮いている何かもいる。
既視感がある景色に顔が引きつった。まさか、いや、まさか、そんなこと。働かない頭を必死にフル回転させて、ある答えをはじき出した。いや、でもまだ確信は無い。
「お・た・え・さァァァアアん!!!!」
その答えが正解と言わんばかりの声に私は振り返った。大江戸スーパーと書かれた自動ドアから出てきた和装美人は間違いなくあの人だ。そこに飛びついてくる黒服のゴリラは間違いなくゴリラ。あ、違う、ゴリラっていうかアレだよ、えっと、なんだっけ。テンパりすぎて頭が回らないんだけどコレ。
「あらやだスーパーの前に野生のゴリラが。保健所に連絡しなきゃ」
「照れてるんですかァァアア!?そんなところも可愛らしっ…おごばっ!!!」
「……ッ」
私が間違ってなければ、お妙ちゃんにぼこぼこにされる近藤さん…。目の前で繰り広げられている光景に思わず目を疑った。やっぱり間違ってなかったらしい。無意識に再び路地裏に引っ込んだ。そして、頭を抱えた。
「…銀魂の世界に来ちゃったかもしれない…」
『ギンタマってなによ?』
「ぎゃぁぁぁあああ!!?」
『ぎゃぁぁぁあああ!!?』
誰にも聞かれないようにとつぶやいたセリフは誰かに拾われていて。ハッと顔を挙げたら顔がズタズタに裂かれているスプラッタな女の人が逆さになって私の顔をのぞき込んでた。
そのホラーっぷりに叫ぶと、あちらも随分驚いた悲鳴を上げた。そりゃ驚くわ!!!
『な、なに!?アンタ私の姿が視えるってワケ!?』
「はぁ!?誰が老眼じゃ!こんな目の前に居ておいて見えるって!!いくらなんでも失礼でしょうが!」
『誰もそこまで言っとらんわァァアア!!人の話聞けェェエ!言っておくけど私、幽霊なのよ!!』
「寝言は寝て言えってんですよ!ハロウィンなら渋谷行ってきなさい!!」
『…フン、アンタ後ろ見た方が良いわよ』
「…は?」
スプラッタ女に言われた通りに後ろを振り返ると、狭い路地裏を何人かの人が此方をのぞき込んでいた。
「…オイ、あの子…一人でなんか怒鳴ってるぞ…」
「酔っ払いかしら…」
「どうする?奉公所の人呼ぶか…?」
まるで珍獣を見るような眼で通行人たちに見られていた。『だから言ったじゃない』上を見上げると、スプラッタ女は呆れた顔で私を見下ろしていた。
『私は普通の人間には視えないのよ』
ここで私は、自分がいた現実世界からふっ飛ばされて人気の週刊少年ジャンプで大人気連載中の銀魂の世界にやってきたことと、もう一つ余計なオプションとして幽霊が視える特典がついてきたことを身をもって知ることとなった。
PREV INDEX NEXT
top