みんなでかぶき町を奔走してみたり、

◼︎


「ほら」
「…え!?」

駆け出そうとした私の着物の襟元をひっ掴んだのは銀さんだった。

カエルみたいな情けない声を上げた私は、突然の出来事に噎せ返っていると、銀さんに体を引き寄せられる。
急に銀さんの顔が近づいてきてパニックになっていたら「ほら」なんて当然の事を言われてますます混乱を引き起こした。

「銀さんにも視せなさいっつーの。目は2個より4個のほうがいいだろ?」
「っ!?」

リップ音を立てるほど可愛いものでは無いのだが、確かに私の唇は銀さんの唇と僅かに触れた。その証拠に唇への柔らかさとあのシャンプーと柔軟剤の匂いだ。神楽ちゃんと同じなんだろうけど、男の人らしい香りが鼻をかすめた。

突然の出来事に呆然と立ち尽くしていると、銀さんは私のことはお構い無しにブーツを履き始め、玄関を開けた。
欄干に片肘を置いて眼下に広がる町並みを見下ろす。

「おー、よく視えらァ。さーて、早いとこさっさと捕まえるぞ。まだジャンプ読み切ってねェんだよ俺ァ」

大きな背伸びをして銀さんは原チャの鍵を指で回して階段の方へ向かった。

「…マジか」

私と言えばすっかり腰を抜かして玄関先の廊下でへたり込んでしまった。固まる私と裏腹に、心臓だけがやけに早く鼓動を上げていた。あの人、相当女馴れしてるよね…!?




「リップって小さいからなぁ…」

腰を抜かした私はなんとか自分を奮い立たせてかぶき町の町を彷徨いていた。

気のせいなのかもしれないけど、銀さんとキスしてから視えすぎることによる体調不良が起きにくい気がする。
じゃなきゃこうして霊の密度が高いこのかぶき町を1時間も彷徨いてられるわけがない。試しにちょっと路地裏に足を踏み入れてみる。

『何?探しモノ?』
「スプ子!」

ふわりと私の側に降り立ったのは1人の浮遊霊。私があの日、こちらの世界にやってきたときにすぐそばにいたあのスプラッタ女。どうも、まだ成仏する気が無いらしく、ここに彷徨っているんだとか。顔がスプラッタになってるから勝手にスプ子と名前つけている。
一人でブツブツしゃべっている場所を他の人に見られないように携帯を探すが生憎こういう時に限って持ってないらしい。ダメ元でそのまま尋ねてみる。

「ねぇスプ子、この辺でリップクリーム抱えた幽霊見なかった?」
『リップ抱えた幽霊、ねェ…。見かけなかったかも』
「…だよねぇ」
『一応アンタに言っておくわ。最近、噂で江戸の町の幽霊共を手中に収めるだかなんだかってバカみたいな噂が流れてるみたいよ』
「え?何そのバカみたいな噂」
『アンタ、視える人間だし。一応気を付けといた方が良いわよ』
「――誰と喋ってんだ」
「!!」

まさにその霊としゃべっている最中に不意に背後から声をかけられて心臓が一瞬止まったかと思った…!
ぎごちなく振り返ってみると、あらこんにちは土方さん。

え、ひ、土方さァアアん!?なぜ!?

「見回りに決まってんだろ」
「あ、ははっ、そうですよね!いつもお勤めご苦労様ですマジで」
「今、誰と喋ってたんだ?」

職質…というよりは、単純な疑問みたいだ。しまった。携帯持ってたら電話してるフリできたのに…!ミスったまじで!

「えと…ばれちゃいましたね…。実は演技の練習してて…こんな路地裏で1人でブツブツ独り言喋ってたら変質者ですよねホント」
『視えてる地点でもう十分変質者よ』
「(頼むから黙っててくれスプ子ォォ!)」
「こんなところでか?」
「えへへ。うち、アパートが壁が薄いんで、声とか筒抜けになっちゃうんですよね!そんで隣の部屋の怖いお兄さんが壁ドンしてきて怖くって!なんかもうホラーですよねぇぇえ!?あははははは」

なんか妙に納得行ってない土方さんだったけれど、なんとか早口と勢いで言い包める。

「あ!!」
「ん?」

土方さんの背後で何かが飛び跳ねた。リップクリームを抱えた幽霊だ!!
今ここで出てくれるかねェェエエ!?

「ま、待って!!」
「おい!」
「土方さんすみません!また今度!」

土方さんの横を通り抜ける際に一声謝って私はあの幽霊を追いかけた。路地裏を駆け抜けた先は見通しの良い道路。右を見ても左を見ても其れらしき姿が見えなかった。

見失っちゃった…かな。諦めて移動をしようと足を踏み出すと、草履に何かが当たった。

「リップクリーム…だけ…?」

足元に落ちていたのはお妙ちゃんの持っていたリップクリーム。ほんの少しだけ瘴気が纏っていたが、既に取り憑いた後のようで、憑き物の姿が見えなかった。
まぁ、自分から離れてくれたのならそれはそれで都合が良い。そう思ってリップに手を伸ばす。

「わっ!?」

ドン、と強い力で押された私はバランスを崩して前へと飛び出る。

目の前は道路で、視界の隅には車。そのスローモーションの世界は前にも一度見たことがあって。その一瞬で私の頭は真っ白になり、ただただ目をぎゅっと瞑った。

ーー今度こそ、終わった。



「ーーっぶねェ!!」

ぐっと腕を掴まれ、私の体は今度は後ろに倒れこんだ。硬い何かに頬を思いっきりぶつけた反動と、鼻をかすめたタバコの香りでハッと我に返った。

急に開けた視界には黒い服が写り込んでいて、私はその服の持ち主の人にがっちり抱き込まれている。

「ひ、土方さん…!!」

視線を上にあげれば土方さんが焦ったような安堵したような表情で私を見下ろしていた。私は尻餅をついた土方さんに寄りかかる体勢で。やや間が空いてから土方さんは私の体を少し離して、私の顔を見た。

「あぶねェだろーが!」
「す、すみませ…!」

ホロリと突然目から何かが伝った。
其れが私は涙だと気がつくのはもう少し後で、土方さんは私の顔を見るとバツが悪い表情に。

「…あー、悪かった…急に怒鳴ったりしてよ…」
「いえ…!すみ、ません、本当に…ッ、すみません…!」
「怪我はねェか?」
「はい…っ」

土方さんから早く体を離そうとしても、涙で視界は滲むわ、競り上げてくる嗚咽と震えで体が言うこと聞かない。

「……怒鳴ったりして悪かったな…」
「、」

怒った土方さんが怖かった訳じゃないのだ。あの日と同じように車の前に投げ出された怖さ、死ぬことの怖さに涙が出ただけなのに。それを伝えたかったのに声にならない。
ぎごちない手が私の後頭部に回り、そのまま後ろから押し付けられて、自然に土方さんの胸におでこがぶつかった。ぽんぽん、とまるで子どもをあやすように軽い力で叩かれて、逆に涙が引っ込んだ。

…なにこれ凄い。

あの土方さんが慰めてくれてるよ。さっきまでの恐怖やら何やらが一瞬にして吹っ飛んだよ。そして物凄く恥ずかしいことしてるよね?これ、側から見たら凄い恥ずかしいヤツだよね!?

「おー、多串くーん。コレって、公然猥褻罪ってヤツだよね?」
「テメッ…!」

その声に土方さんの体が強張った。というか、私の体も強張った。
声の方を見上げれば、カチッと何か安っぽい音がして。それは何なのかは、銀さんを見れば直ぐに分かった。彼の持つ写ルンです、が私と土方さんの方に向けられていた。

マジでか。

「マスコミに幾らで売れるんだろーなオイ。一日三食卵かけご飯は免れるぞコノヤロー」
「売るも何も警察として当然のことしたまでだろーがクソヤロー」
「鼻の下伸ばしきった警察が頭ポンポンするかっつーの」
「え、土方さん今のマジですか?」
「バッ…!伸ばすわきゃねェだろ!!」

舌打ちしながら「やってらんねェ」と言い放った土方さんは、先に立ち上がり、私に手を差し出してくれた。
やべェ、良いんですか?恐る恐る手を持ち上げる。

「ふわっ!?」
「ハーイ、卑猥な警察から離れましょーね」

両脇の下に何かがぐっと入って私は強制的に立ち上がった。何事かと振り返れば、其処には銀さん。
立ち上がらせてくれたみたいだけど、ち、近いな!!どいつもこいつも近いな!!人との距離の詰め方えぐいな!!

「卑猥な頭したヤローに言われる筋合いはねェ」
「俺の可愛い毛根貶すのやめてもらえる?今度は恐喝罪?イヤー、真選組も随分落ちぶれたことで」
「テメーの都合の良いようにしか聞こねェその頭も随分落ちぶれたこった」

やべェ。2人とも顔に青筋が浮いてる。通行人たちがビビりながら横を避けて歩いてる。

「え、と、あの!土方さん!ありがとうございましたホント」
「…まァ、気にするなや。今度からは気をつけとけ」

私に視線を移した土方さんは短い溜息をついて懐からタバコとライターを取り出し、タバコに火をつけた。
クソ、カッコいいな。銀魂にしては珍しい正統派のイケメンだよホント。目の保養だよコンチキショー。

「テメーはいつか絶対しょっ引くからな」

土方さんは銀さんにそう言ってその場を立ち去った。

「結局のとこ、白昼堂々とナニしてた訳?」
「えっと、リップクリーム拾おうとしたら、こう、ポーンて押し出されて?道路に投げ出された所を土方さんに助けていただいたんです」
「…ま、此処らは治安わりィしな。ふざけ半分でやる奴も居るからな気をつけるこったな」

ふざけ半分、だったのだろうか。
不意に真横を走り去る車を眺める。あのくらいのスピードだと、多分即死だった。
私はあの日、ふざけ半分で押し出したどこの誰かも知らぬ人間に押し出されて車に轢かれ、ふざけ半分で死んだのだろうか。

「そう、ですね。ちょっと油断してました」

何故私だったの?どうして?次々に込み上げてくる疑問を胸に押し込めて、私はへらりと笑った。

それから拾い損ねたリップクリームをもう一度手に取る。

「それか?なんか、黒い水蒸気っぽいの見えんだけど」
「分かりますか?これ、瘴気って言うんです。まぁ、例えるなら霊の目に見える体臭みたいな」
「マジでか。体臭なの!?」
「例えるならですよ!色が濃ければ濃いほど本体に近いんですが、これはもう大分色が薄いので此処には憑き物はいませんね。懲りたんじゃないでしょうか」
「そんな事あんの?」
「悪戯に特化する霊は、憑代を転々と渡り歩く習性がありますから」
「フーン。じゃあ、コレはもう使っても安全って訳か」
「そうですね。もうこれはただのリップクリームです」
「じゃぁ、アイツら探しながら帰るとすっか」
「はい」

とりあえず、なんとか大事にならずに終われたみたいで、私はほっと胸をなでおろした。

ちなみにこの後、銀さんを元に戻すべくもう一度キスをしたら鼻血が出たのは言うまでもない。


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