きが揉める

◼︎


病室のカーテンを開けたら中には意外な野郎が居て少し驚いた。それは向こうも同じだったらしく、俺の姿に少しだけ目を見開くと、また視線を目の前の名前に向けた。

「なんだお前か」
「なんだまだ帰ってなかったのかハゲ」
「ハゲじゃない。頭の爽やかなおじさまと言え」

ハゲとは昨日、夜王・鳳仙の墓前で会っていた。もう帰ったとばかり思っていたが、まさかこんな所で…名前の病室に来るとは予想外だった。
知り合いとは聞いてはいたが、わざわざ見舞いに来るあたりがこの2人の距離感をある程度計り知れた。

「なんか用でもあったのかよ」
「あん?用がなきゃいちゃ悪ィか」
「用があるから来たんじゃねェのかっつってんの人の話を聞けコノヤロー」
「用がなきゃ来ちゃダメかって聞いてんだ俺は。お前の方こそ俺の話聞けバカヤロー」
「それこっちのセリフだから。先に聞いたの俺だし」
「それに対して問うてるのは俺だから。だから問われてるお前が答えるんだろうがコノヤロー」
「言葉のキャッチボールって知ってるお父さん」
「…お父さんなんて二度と呼ばせねェように今ここでやってやろうかキャッチボール。脳天ぶち込まれても文句言うんじゃねーぞ」

…あー、クソ、ほんとめんどくせェの来た。

手に持ってたコンビニの袋をベッドの端に置く。暇つぶしにいちご牛乳とジャンプを買ってきたところだった。壁に立てかけてある折りたたみのパイプ椅子を広げ、そこに腰をかけてジャンプを手に取る。

「このバカは一度寝たら中々起きねェよ」
「…お前…コイツと旧知の仲だったか」
「だったらなんだってんだ」
「ちと話がある」
「あん?」
「名前のことだ」
「!」

外へ出ろ、と言いたげに親指で後ろの方を指差した。黙って光る玉の後を追うと、ハゲがようやく足を止めたのは病棟の屋上。近くにあったベンチに腰を下ろす。

「――で?なんのことだって?」
「…お前…まさか、知らないのか?」
「あ?…うぉ!?」

突然小さな小包を投げ寄越され慌ててそれを受け取る。袋の中には小さな小瓶が1つ。中には丸薬らしきものがぎっしりと詰められていた。

「ドーピング剤だ」
「は?ドーピング?」
「夜兎の本能を無理矢理引き出すブツだ」
「…なんでンなモン…」
「…名前が使ってる」

瓶の中の丸薬がカラリと音を立てた。

「オイ……どーいうこった」
「…名前は…アイツが夜兎なのは知っているだろう」
「あぁ」
「確かに夜兎…だが、厳密に言えば夜兎と地球人のハーフだ」
「!」
「アイツは夜兎の父親と地球人の母親の間に生まれたガキなわけさ」
「…」
「無論、てめーら地球人よか能力は高ェ。だが俺達のような純粋な夜兎より能力は劣る。だからアイツはそれを使って己の中にある夜兎の本能を無理矢理引き摺り出してやがるのさ」

にわかに信じがたい話に思わず手元の薬を見た。こんな粒の薬が夜兎の本能を引きずり出す…ってか。そもそも夜兎と地球人のハーフなんざ知りもしなかった。

「ここ数年は1年に一度くらいしか丸薬買ってこいなんてパシらされてなかったが…。前回渡したのは2ヶ月前だ。この2ヶ月で1年分の丸薬を消費してやがるってことだ。…お前何か知っているか……?」
「…いや…」
「…ま、半夜兎なのも知らなかったぐれぇだ。そりゃそうだよな」
「…うるせーな」
「それから、今から言うのは俺のただの独り言だ。勝手に聞くんじゃねェぞ。ーーーーー」
「!」

「変なこと聞いて悪かったな。名前に渡しておいてくれ」とハゲは屋上を立ち去った。

ハゲの独り言が、耳に焼き付いて離れなくなった。


―――――


「うぉっ」
「あれ、坂田」
「…おー、目ェ覚めたか」
「ちょっと前にね」

どうせ起きちゃいめェと踏んでカーテンを開けたら、ベッドの上の名前は上体を起こして窓の外の景色を見ていた。
なかなか目が覚めなかったわりにはあっけらかんとしているコイツにこっちのペースが狂いそうになった。

「ハゲ、来てた?」

ジャンプを手に取りながら椅子に腰掛けようとしたときに言われたその一言に一瞬体が強張る。すぐさま誤魔化そうとケツポケットからハゲにもらった丸薬を取り出し、掛け布団の上に放り投げた。

そうだった。この女、えれェ鼻が効くんだった。

「…ありがとう坂田」

その一言が引き金になった。椅子を倒す勢いで立ち上がり、丸薬に手を伸ばした名前の手を掴み、片手で名前の細ェ肩を押してベッドに縫い付けた。



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