兎波を走る

◼︎


「…っ、なに…!?」

急に坂田にベッドに押し付けられ、その反動で傷口に激痛が走って思わず涙目になった。
こ、コイツ…!怪我してなかったら即行でぶっ飛ばしてたところだった…!!

「アンタバカなの!?私怪我人!」
「…バカはどっちだってんだよ」

声のトーンが下がった坂田を睨みつけようとその目を見れば、私が苦手なあの真っ直ぐな眼差しと目があった。

「……はァ?」

それを悟られないようにしようとすれば可愛げのない声が出た。

「お前、この薬なに」

掴まれてる手を抓ってやろうかと手を上げようとしたら、坂田のセリフにピクリと身体が固まった。
いつもは無気力で死んだ魚のような目をしているはずの坂田の赤い瞳が、何か言いたそうにじっとこちらを見下ろす。

「別に坂田には関係ないでしょう?今の私にちょっと必要なだ、け」

だから離して、と言いながら坂田に掴まれている手を握る。しかし、押し付けられる力が一層強まった。

「……こちとら全部ハゲに聞いてんだよ」
「……あのハゲ…」
「なんで全部言わねェんだ…」
「…はぁ?なんでって……っ、」

コイツがアホなのかバカなのかもうこの際なんでもいい。こちとら怪我人で入院患者だっていうのに、掴まれてる手が段々と力が篭る。

「あとなんであんな場所にいた」
「…あんな場所…?吉原のこと?」
「なんで野郎と一緒にいた」
「……」
「あとな、ごぶらっ!!」

坂田の両腕の肘の関節を無理やりガックンと折らせて力が抜けたところをその顔面に向かって頭突きで食らわせた。

「うるさい!!…っ、いったぁ…!!」
「ぐぉお…俺の整った鼻が…!え!?折れてない!?折れてないよねコレ!?」

無駄に腹筋を使ったせいで腹部の傷が痛んだ。このやり取りは意外にも騒がしかったのか、病室に看護師が飛び込んでくる。

「苗字さん!?え、ぇえ!?目が覚めたの…って何やってるんですかあなたたち!!」
「名前…!!てんめェ……ぐぁっ!離せクソババア!」
「なんですってェェエエ!?」
「ギャァアアアア!!」

ズキズキと痛む腹部を抑えながら、看護師につまみ出される坂田の悲鳴に耳を傾け、再びベッドに寝転んだ。


―――――


「……怪我人に手出しすると痛い目に遭うって分かった?」
「怪我人じゃなくても痛い目に遭わされてたよね?絶対そうだよね?」

一通り診察が終わり、医師が出て行った後に堂々と入ってきてはパイプ椅子に腰かけた坂田を横目でみやる。その顔には少し傷が。あの看護師がちょっと痛めつけてくれたらしい。

「…で、何が言いたいのアンタは。薬、さっきしれっと自分のポケットに入れたの見てたんだけど。私のだから返してくれる?」

顔面頭突きを食らわせた時に坂田が布団の上から薬を手に取ったのは見ていた。手のひらを坂田に向けて差し出し、薬を要求する。
坂田はケツポケットからあの薬を取り出すが、こちらへ渡すこともせずに手中のそれをマジマジと眺めた。

「…なんでお前にこれが必要なんだよ」
「聞いたんでしょう、ハゲに」
「お前からはちゃんと聞いちゃいねぇ」
「…えいりあんばすたーやってればね、そういうのも必要になってくるの」
「夜兎の本能引き出さなくたって充分つえぇだろお前」
「…、」

思わず言葉に詰まった。「そんなものに頼らなくても充分強い」か、差し出した手のひらをぎゅっと握った。

その瞬間、病棟に地響きが走る。

「な、なんだ!?」
「!」

窓辺に飛びつき辺りを見渡すと、病院の近くから砂埃が立ち込めているのが見えた。…あんな派手な爆発音…、獄卒のことが頭を過ぎった。しかも砂埃が立ち込めているのは病院の敷地内。

「…あぁもうっ!!」
「待て名前…!」

坂田の手から薬をひったくり、腕の点滴を抜いて近くにあった番傘を手に取った。坂田の抑制を阻止して窓を蹴破り、外へ飛び出る。
騒音の場所へ駆けながら先ほど坂田からひったくった薬を取り出し口に放り込んだ。同時に現場にもたどり着き、辺りを確認すればやはり獄卒。

それも2匹。これくらいならいけそうだ。

「…あり?」

ガリ、と音を立てて噛むと何故か甘い味がした。なにこれ、タブレット…?

「怪我人は大人しく寝てろっつーの」

くしゃりと頭をなぜられて、視界の隅で見えたのは白い着物。そいつの名前を声に出す前に獄卒の1匹が地面にのめり込んだ。

「さか、た…」

相次いで2匹目の獄卒を倒した坂田は近くの人に真選組を呼ぶように伝えた後に、私のそばまで歩み寄った。

「名前、そのタブレットうめーだろ?」

ニタリと笑ったそいつの肩を拳で殴ってやった。結構本気目に。


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