独り呑み込み

◼︎


「え?獄卒の襲撃率が減った?」

結局坂田には薬を返してもらえないまま吉原で負傷した傷がほぼ癒えた。病院を出たその足で真選組の屯所へ向かったら、近藤局長から意外な話を聞かされた。

「そうなんです。これまでは1日に最低3回は獄卒絡みの出動があったんですが、ここ最近は1回、もしくは2回になっていまして…苗字さん何か知っておられますか?」
「…いや、なにも…。そう思えば大江戸病院以来会っていないような…」
「そうですか…。何かの前触れでないと良いのですが」
「…ですね」

確かにそうだ。減ってくれてそれはそれで助かるが、影で何かがあるような気がするのだ。持っていた傘を手に取り立ち上がる。

「ご報告ありがとうございます。私はこれからもう一度富嶽が居たと思われる場所に行ってみます」
「え!吉原に…ですか!?苗字さん今朝方退院したばかりと…!」
「あぁ、大丈夫です」
「何人か隊士を同行させましょう!それがいい!」
「その必要はないです。きっともう富嶽は吉原を拠点にはしてないかと。一度は嗅がれた場所に再び居座るほどバカではないと思いますし」
「そ、そうですか…」
「また何かあれば連絡します」
「くれぐれも無茶だけはしないように」
「はい」

屯所を出てそのまま吉原へと通じる地下道の入口へ向かう途中で見知った傘が前から歩んできた。

私の目の前で立ち止まり、傘を持ち上げると、可愛らしい夜兎娘の顔。

「名前」
「神楽。どうしたのこんなところで」
「吉原に行くつもりアルか」
「…」

これはどう答えるのが正解なのだろうかと黙り込む。坂田に見張り役を頼まれた?それとも単純に聞かれてるだけ?

「別に銀ちゃんに言われた訳でもなんでもないアル。私の意思で名前に会いにきただけネ。余計なこと考えるなヨ」
「あ、バレた。そうだよ、吉原に行くところ」
「私も一緒に行ってもいい?」


神楽の不安そうな瞳と目が合った。

「もちろん」


―――――



「ごめんヨ名前」

吉原内の地図を片手に富嶽の本拠地跡を目指していると、後ろを歩いていた神楽が小さく呟いた。

「ん?なにが?」
「それ、神威にやられたアルな」
「…!」

それ、と神楽の視線の先には私の腕。袖口から見えるガーゼを見ていた。神威にやられたことは誰にも伝えていないはずなのに…もしかしたら夜兎の勘ってやつなのかもしれないと思った。

「私が…!私がバカ兄貴を止められるくらいもっと強ければ…いっ!?」

俯く頭を叩くと、ベシッと良い音がした。咄嗟に顔を上げる神楽の顔を両手で捉える。柔らかい頬がムニ、と少し潰れた。

「神楽」
「…っ」
「あのね、神楽が気に病むことなんてないの」
「でも…!」
「……アイツ、私にトドメを刺すこともできた…。でも、こうして生きてる。どっちかっていうと、弱い自分にも情けかけられたことに腹立ってんの」
「…名前」
「それにやられたらやり返す!倍返しだ!」
「…名前それドラマの見過ぎネ。しかもちょっと時代遅れヨ」
「え?そうなの?」

いつものトーンに戻った神楽に微笑んで再度地図を見た。富嶽の拠点地とされていたのころはおそらくこの目の前の建物のようだ。

「名前」
「ん?」
「これやるヨ」

ずい、と目の前に突き出された拳の下に手を差し出すと、布製の何かが置かれた。縫い目はやや粗いそれには、油性マジックで文字が書かれていた。

「ナニコレ…お守り?」

少し字のバランスが崩れていたが、確かに"御守り"と書かれたそれと、神楽の顔を交互に見る。照れ臭くなったのか、神楽は下を向いた。

「ウン。名前は無茶ばっかりするから…」
「ありがとう神楽。御守りなんてもらった初めてだよ」

柔らかい髪をひと撫でしてお礼を伝えれば、嬉しそうに笑みを浮かべた神楽の顔が見れた。

「――オイオイ、何ウチのかわいー従業員連れ出して吉原で遊び呆けてんですかー?ガキにゃまだ早ェーっつーの」
「その保護者は吉原で女買いに来たんですかー?」

さっきまでのほのぼのムードを見事にぶち壊してくれた聞き慣れた声。
振り返らずに返事をすれば、ため息が聞こえてきた。

「大怪我でもすりゃちったァ可愛げが出るかと思ったが、こいつァ俺の見込み違いだったらしーな」
「銀ちゃん何しにきたアルか」
「んだよいちゃワリーかよ。仕事だよ、しーごーと」
「今日無いって言ってたヨ」
「お前が出かけたあとにきたんですぅー」

下唇を突き出して不満げに神楽に向かってそう言い放つ坂田は大人気もクソもありもしなかった。

「…グル…」
「「「!」」」

一瞬だけ短く聞こえた獣の唸り声を私達は聞き逃さなかった。爆発が起こる直前に3人してその場から飛び退く。

「…獄卒!」
「グルルルァ…」
「なんだァ!どういうことだ…!」
「坂田!神楽!引くよ!」
「名前!」


―――――


「なんで引いたアルか?」

地上に戻って早々に口を開いたのは神楽だった。

「多分、獄卒が想像の倍はあの建物の中に潜んでる可能性があったの。それを確認したかっただけ」
「…探られちゃァまじーモンがあるってことか」
「…恐らくね。で?アンタは何しに彼処に?」
「あ?ンなのお前にゃ関係ねーだろーが」

…コイツ、根に持ってるヤツだ。絶対根に持ってるヤツじゃん。


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