いちか八か
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≪結野アナのブラック星座占いでございます。今日一番ツイてる方はーー座のアナタです。幸運を切り開くラッキーカラーは赤。身につけるとピンチがチャンスに生まれ変わるかもしれませんが、もしアンラッキーまみれになっても私のせいにしないてくださいませ≫
テレビから聞こえた女性アナウンサーの声に目が覚めた。
顔を上げようとすると身体の軋みを感じて、いて、と内心呟きながらゆっくり顔を上げた。…傘を抱くような姿勢でソファにもたれて寝ていたせいで体が痛い。
『おはようございます。名前様』
「おはよ。たまさんに坂田」
寝違いのような首の痛みに、首元をさすりながら顔を上げるとカウンター席に座る坂田の背が見えた。窓を見ると外は少しだけ明るくなっており、それから自分の傍に視線を移すと、子供達がソファーの上で丸くなって眠っていた。
「朝からそれ?糖尿病になるよ?」
「まだ予備軍だっつーの」
「あらら手遅れ」
背中をそらせながら立ち上がると背中がバキバキと気持ちよく音を立てた。坂田に近づいて、その手元を見るといちご牛乳のパック。甘すぎてやばそうなそれを横目に、傘を腰のケースの中に仕舞い、戸に手をかける。
「――さて、先に行ってるよ」
「シレット私ヲ置イテ行クンジャネーヨ!」
後ろから叫ばれて、恐る恐る振り返ると、全身に黒を纏ったキャッツアイ系の天人。キャサリン、って言うらしい。この顔で。
「……だってアンタなんか頼りないんだもん…」
「ソレ私ノセリフダシ!!アンタナンカヒョロスギ!ソンナンジャ神速ト謳ワレタ私ノ脚二追ツカナイワヨ!!」
「え?なに?瞬足?」
「スニーカージャネーヨクソアマ!!」
「無理無理。坂田くん私この女無理嫌い置いていきたい。一緒に来たら間違えて殺っちゃいそう」
「物騒なこと言うんじゃねーよ。盗みならコイツに任せんのが間違いねェんだ。人と思うな金庫の鍵だと思って連れてけ」
「なるほど」
「フザケンジャネーゾテメーラ!」
「はぁー…。金庫破れないならぶっ壊せばいいのに」
『故・織田信長氏のホトトギス詠みのような横暴さですね名前様』
――坂田情報によると、だ。
四天王の1人の西郷という人物は本来は穏健派だそうで、基本争いごとを好む性格ではないらしい。
だが、酷なことに大事な1人息子を華佗に攫われてしまったらしく、お登勢さん潰しに加担しなければ大事な息子に命の危険が及ぶ可能性があり、止むを得ず華佗側に付いていると予想した。
息子さんさえ取り返せば西郷は闘う理由も無くなる。そうして敵城に乗り込むに、戦闘要員として私、そして上手く連れだすために盗人要員としてキャサリンの2人が適任だと選ばれた。坂田が言うには背後には富嶽の影がちらついているらしい。それなら乗り込み組は願ったり叶ったりだ。
…それは別に良いけれど、このキャサリンがモブキャラ感すごいし軟弱感すごいしで、心配要素満載なために、もういっそのこと置いていってしまおうかと思ったら、先ほどのやりとりになったわけである。
「…じゃあ、行ってきまーす」
「足引ッ張ルンジャネーゾ」
「坂田、手元狂ってこいつ死なすかも」
「狂うな狂うな」
『名前様、キャサリン様、お気をつけていってらっしゃいませ』
「はーい」
―――――
廊下の天井裏にある板を外して床に降り立つ。辺りには特に気配はなさそうだ。
「とりあえず侵入成功…か」
「私ノオカゲダナ!」
「生きていたければシャラップ」
流石は華佗の城、とも言うべきか。傭兵部隊の辰羅達の厳しい警備の目を掻い潜り城内に侵入したのは良いけれど、1つ気がかりなことが。
「…にしても妙だな…。外にはあれだけうじゃうじゃ辰羅がいたのに屋敷には人っ子一人いやしないなんて」
「外ガ厳重スギテ中身ガスカスカナノハ罠トシカ思エナイケド、今ガ好機ナノハ間違イナイ!急グゾクソアマ!」
「カタカナ多すぎて筆者にも読者にも負担大きいだからアンタ先に始末して良い?」
そのうち私の手元が狂ってこと目の前の女をうっかり始末してくれますように。そう願いながらキャサリンの跡を追うように走る。
――不意に視界の隅で空間が歪んだ。
「…!キャサリン!」
「!」
反射的にキャサリンの背を押して突き飛ばすと、歪んだ空間から獣の手が伸びて、私の腕を掴んだ。それを傘で叩き折って逃れ、間を開ける。ある程度の距離を取ってから歪んだ空間を様子見る。
それは吉原でも一度見覚えがあった。
「…どこかに富嶽がいる」
「何ダッテ!?」
「キャサリン、先に行ってて!」
続々と歪んだ空間が生み出され、あっという間に獄卒たちに囲まれた。なるほどね、城内は富嶽が見てるから、警備の必要性がないわけだ。
「「「グルアアアアア!!!」」」
「名前!」
「死にたくなかったら早く行け!!」
「…死ヌンジャネーゾクソアマ!」
「…手元が狂ってうっかり殺っちゃったってことにならなさそうで良かったわ」
キャサリンが立ち去ったのを見て地面を蹴り出す。まずは目の前の1匹の頭を目掛けて一発。倒れかけた図体に乗っかり、宙高く飛ぶ。順番に丁寧に迅速に1匹ずつ頭を撃ち抜く。これで5匹。
天井を蹴って別の1匹の背に飛びついて首の関節を捻る。背後に回り込んできた2匹に、今しがた首を捻った1匹を体を使って背後に投げ飛ばした。相次いで襲いかかる腕力と爪を傘を使っていなす。
「…廊下が狭い分こっちの方が有利そうね」
「ガルァアアアア!!」
「!」
背後から襲いかかる1匹をいなし、頭を潰す。そこでようやく違和感を感じた。スムーズに倒せすぎている…?
「…うっ!」
込み上げた吐き気に身を任せてみると、手には真っ赤な血。
「…は、?」
ここまで怪我した覚えもない。鼻元に水気を感じて拭えば、鼻血。
「……まさか、…」
「グルアアアアア!!」
「!」
――しまった。
ある考えに辿り着いた途端、そちらに気を取られたばかりに獄卒に背後を取られた。
「!」
チン、と短い音が響いた後に獄卒と左右の廊下の壁が綺麗に斬り落とされた。斬られた獄卒の向こうにいる人物の姿に目を疑った。
「…次郎長…!」
「たまげたねェ。あんだけ食らっておいてピンピンしてやがるたァな」
「…なぜ…助けた…?」
「何も助けたつもりはねーさ。ほっといても死にそうだしなおめーさんは」
「…」
刀を収めたまま此方に向かって歩いてくる次郎長を待つ。すれ違いざまに向こうが口を開いた。
「こいつァ俺の独り言だ。……連中には2種類の獣がいる」
「!」
「1つはやたら身体が丈夫で身体能力が高ェヤツ、もう1つは体内に毒を持ってやがるヤツ。後者は死んだその瞬間から体内から猛毒を放ちやがるめんどくせェヤツだ。換気はしっかりしねェと5分ももたねェよ」
「……ありがと」
「なんのことだかさっぱりだ」
フン、と鼻で笑った次郎長は「早めにションベンでも行っとくかァ」なんて呑気なことを言いながら廊下を歩み進んで行った。その背中を見ながら、もしかしたらあの人は敵なんかじゃないのかもしれない、なんてことを思った。
口の中に溜まった血を吐き出して口元と鼻元を拭い、ふいに手元にある群青色の傘を見た。連日の戦いであまりロクに手入れをしていなかったせいで、想像以上にボロボロだ。
「――ごめん。今日一日だけ持ちこたえて」
そう願ってキャサリンの後を追いかけた。
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