知ったが病
◼︎
咄嗟に六嶽の脚を掴みそのまま握りつぶせば、指先が脚に食い込んだ。すぐさま頭の激痛が和らぐと、それと同時に視界が明るくなった。ゆっくり目を覚ませば脚から血を流している六嶽の姿が見えた。
「…貴様…!出来損ないが…!」
「は、……はぁ……」
「何故だ!何故貴様のような雑種が私の前に立つ!!…貴様のような…貴様のようなどちらでもない人種が!」
ゆっくり立ち上がってポケットの中に入っているあるものを取り出す。神楽にもらったお守りだった。
「…ははっ」
少し乱暴に袋を開けると、想像していたものがあって思わず笑いがこみ上げた。
「…神楽のお守り…最強じゃん…」
丸薬が2つ。
ふと思い出したのだ。神楽にもらったこの赤いお守りの存在を。手のひらに転がった二粒見た富嶽は突然血相を変えた。
「貴様…それは以前にも使っていたが、なにか分かっているのか…!?極限状態で夜兎の本能を引きずり出すと自我を失い自分が朽ち果てるまで暴れまわるぞ!!」
「……」
「ーーそして使った分だけ寿命が縮むとも言われるそれを…何故貴様はそうしてまで戦う!?」
「――そういう場面だってことでしょ」
丸薬を見て狼狽える六嶽に苦笑して2粒飲み込んだ。
途端に心臓が強く脈打って、先までの疲労感が嘘のように消える。そして矛盾する興奮と眠気。眠気に身を委ねた時、私はもう自我を二度と保てないまま戦い狂うことだろう。
「事が大きくなる前に貴様を処分する」
「そうね。私も早めにアンタをやらないとね」
同時に駆け出した。
戦いの合間にくらりと意識が一瞬遠のきそうになると、そっからの六嶽は早かった。向こうも向こうで限界が近いのだろう。攻撃は単調でひとつひとつの動きが荒く感じた。
「…はぁっ……。…出てくるな…っ!」
次第に強くなる眠気に嫌気がさす。これに身を委ねたら最後、夜兎の本能に飲まれる。
―――――
鉛色の空。火薬の臭い。寂れた大地の上。
攘夷戦争真っ只中の時だった。
住処を転々とすることは地球人でも特に体の弱い母には中々の負担であり、故に病弱死した。その母の亡骸をあるべき場所へ埋めた後に、母がこうなってまで一緒になりたかった父を探しに戦さ場へ出たのが発端だった。
「(今日はもう日が暮れるな。そろそろ撤収か)」
不気味なほどに赤く染まる空を見てぼんやりとそんなことを思った。身を潜めるのにうってつけの森の中に入り、川水に手ぬぐいを浸して血と汗を洗い落とす。
「…っ……く…っ…」
「!」
聞き漏らしそうなほどな小さいうめき声に立ち上がる。…敵か?気配とにおいで声の主の位置をとらえた。木影を回りこみながら刀を振り下ろす。
が、手を止めた。
「…やっべ、見つかっちまった」
よくうねった白髪頭にやる気のなさそうな瞳と目があった。表情は苦痛そうに歪めており、血塗れの腹部を抑えて木にもたれかかっていた。
「おん、な…?」
「……地球人?」
「…あ?…そーだけど……っ」
「いだだだ」とそんなに痛そうにもないような悲鳴をあげるものだから、踵を返して川に出た。まだ使っていない手ぬぐいを水に浸し、適度に絞ってからその場を離れ、再びその白髪頭の所に戻った。
「傷口」
「……え?なに?オネーサン手当てしてくれんの?やべー超いい人じゃん」
「口動かす余裕あるなら腹出せ」
「ハイハイ、信じるかんね。殺さないでよね」
口は軽いが警戒心は相当なものなのは二度目見てすぐ分かった。出会う前までは無かったが、川から戻れば剥き身の刀が男のすぐ横にあったのがその証拠。私が不審な動きをしようとすればすぐにでも叩き斬るつもりなのだろう。まぁ、その判断は強ち間違ってはいない。
素直に腹部を晒した男に応えるように濡れた手ぬぐいで血を優しく拭って、それから懐から合わせ貝を取り出す。
「…なにそれ」
「止血剤」
「そのネチョネチョのやつが?」
「信用できないなら塗らない。何処へでものたれ死にな」
「…ひっでーなオイ。…頼ァ」
意外に肝が据わった男であることに少し驚いたのを今でも覚えている。このご時世、人を疑うのが当たり前だろうが、この男はなんとも…不思議な男だった。
「止血と麻酔効果もある。時期痛みもマシになるはずだよ」
「…もう既に効いてる気がするもんコレ……。マジで効くのな…」
「けど、想像以上に傷が深い。無理して動けば…傷口が弾けるね」
「弾けんの!?」
その男は坂田銀時と名乗った。それが坂田との出会いだった。
坂田銀時の名前は当時は白夜叉とも呼ばれていた有名人で。その男は先頭の最中に深手を負い、攘夷志士との仲間とはぐれたらしかった。
仲間と合流するまでの間、互いに背を預けるようになったのは言葉を交わさなくとも自然とそうなった。時には互いが互いの為に怪我を負うこともした。
「――銀時!無事だったか!」
「ヅラ!」
「ヅラじゃない。桂だ!」
親しげに会話を弾ませているのはきっと間違いなく坂田の仲間なんだろう。
「――白夜叉」
「あ?」
刀についた血を振り払って握り直す。不意に私が名前を呼んだのが珍しかったのか、眉間にシワを寄せたアイツは此方へ向かって手を伸ばしてきた。
「死ぬなよ」
初めて家族以外の誰かに対して死んでほしくないと思えた人物だった。
「オイ…っ!名前!!待て!」
果たしてそれがなんの情から出た言葉なのかは、今でもよく分からない。
―――――
丸薬で脳は誤魔化せても先にガタが来たのは身体の方だった。丸薬で感じていないが、相当な負荷がかかっているのか、時折身体が強張る。
「…取った…!」
「!」
目の前の六嶽が刀を振り上げるのと同時に何かが宙を斬る音が聞こえた。その刹那、私と六嶽の間に一本の傘が突き刺さった。
「名前」
「!」
「忘れモンだ」
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