りゅう飲が下がる
◼︎
「…傘?」
六嶽が突き刺さった群青色の傘から一歩下がる。
「名前!」
「名前さん!」
飛んできた方向を見ると、傷だらけ血だらけの坂田の姿に、神楽と新八。お登勢さんの家は…守れたのか…。
「…坂田…」
「焼肉、忘れんじゃねーぞ」
「は?」
「終わったら奢るっつったろ。忘れたとは言わせねーぞコノヤロー。……それに、テメーの十八番は素手なんかじゃねェだろ」
「…!」
「報酬貰えたら焼肉奢ってあげるね」なんて自分が言ったセリフがふと浮かんだ。
あんなテキトーに言ったセリフを真に受ける坂田が面白おかしくて俯いて笑うと、どこから滴ってきた血が数滴、床に落ちた。
「…そういえば今日のラッキーカラーは赤だったか…。血まみれなのって効果あるのか知らないけど、…あのアナウンサーの占い意外に当たるじゃん」
「…結野アナの占いナメんなよ、宇宙一当たるかんな」
思わずまた笑ってしまった。その様子に六嶽の片眉が釣り上がる。
「気でも触れたか。……臨海さんの欠陥品よ…おのお方の血筋という重荷は置いて往け。全て私が介錯してやろう」
再び降ろされた刀を刀身ごと掴む。少し手のひらが斬れたような気がしたが、不思議と気にならない。
「…!」
そのまま力を込めればいとも簡単に刀が折れる。咄嗟に飛び退く六嶽を見てから、目の前にある床に突き刺さったままの傘を手に取った。
「重荷、ね。良いこと言うね、アンタ」
傘の生地と柄を両手で持ち、一定の方向に捻ればガチン、と何かが外れた音が響いた。
「シンプルが一番いいよね」
そのまま両手を広げれば、傘のシャフト部分から銀色に輝く綺麗な日本刀がすらりと姿を現す。
坂田が背後で笑った気がした。
「能在る兎は爪を隠す…ってか」
「それ鷹の話じゃなかった?」
「お前が鷹ってタマかよ。鷹のイメージ崩しちゃ鷹に失礼だろーが。……それに、」
「私にも失礼だろーが。……でも、」
坂田と軽口を叩きながら2つに分離した生地の方を手放せば鉄の塊が転がる音がガランと響いた。
「――半夜兎にピッタリの言葉だね」
「――オメーにピッタリの言葉だわ」
すっかり軽くなった手元を見ると、いつぶりくらいかに見る美しい刀身と相見えた。両手で構えて六嶽を見据える。
「…ば、かな…。それは……それは臨海さんの…!」
「――」
地面を蹴って六嶽に飛びついた。
「どちらにも属さない種族が…!!」
「…確かに私はどちらでもない…。……けど!どちらにも属する者だよ…!」
「…ぐ、……くそっ…!!」
「もう好き勝手言わせない…!!」
戦いの果てに六嶽を地面に倒し、丹田と呼ばれる臍を柄頭で強打した。
丹田とは気功術では重要な部位で、主な気はここから発生すると言われる場所だ。
「父さんの仲間にはな、すごい術を使うヤツがいるんだ」
「そうなの!?どういう術!?」
「お、知りたいか!?そいつはな…!」
――もっとも、これは父に聞いた話であった。
六嶽は力なく目を閉ざす。…終わった。その言葉が脳裏をよぎった。
「はぁ…っ、」
「名前ー!!」
「名前さん大丈夫ですか!」
「あー、大丈夫大丈…ぶ、」
ぐらりとバランスを崩すと肩に手を回されて、誰かに支えられた。横を見れば坂田がいて、体を支えてくれていた。
コイツも案外ズタボロだな。ぼんやりそんなことを考えた。
体内を駆け巡っていた鼓動も落ち着きを取り戻したせいか、立っているのもやっとなところだ。丸薬の効果が切れ始めてきた証拠かもしれない。
勝てた。…自分にも、六嶽にも。
「峰打ちか。甘ェな」
「…任務はあくまでも獄卒の討伐だしね。六嶽は……気功術使いの一族で、仕組みはどうであれ恐らく気の力で獄卒を呼び出してこの町を荒らしていた。気を生み出す根源を経ったからもう獄卒を呼ぶことはできない…。それだけで充分でしょ」
「それが甘ェつってんの」
「…六嶽さん…あなたは何故こんなことを…」
新八のセリフに皆の視線が床に倒れこんでる六嶽に向けられた。
「…苗字名前…なぜ…とどめをささない…」
ギロリと金色の目が睨め上げる。まーだ敵意剥き出しにするかね。短いため息が出た。
「アンタは私に殺されたがってたようだけど、私はアンタのお望み通りにしたくなかった。…それだけの話」
「!」
「アンタと父の間に何があったかは知らないし、アンタと父がどれだけ繋がりの強い師弟関係がどうかも知らないし興味もないけど、…私を巻き込むのはやめてくれる?」
「…なぜ分かった」
「前々から違和感は感じていたけど、確証したのは私が丸薬を飲む直前。もし本当にアンタが私を殺したかったのなら、丸薬を飲むことを止めたりはしないでしょ。私なら飲まれる前に斬りに行くね」
「…!…やはり…その勘の良さは……間違いなく臨海さん譲り…」
私のセリフに目を見開かせた六嶽が溜息をついた。
「すまなかった。お前が地球人と夜兎の間の子であることを決して否定するつもりはなかった」
「…煽ってただけなんでしょう。別に良いよ、そういうの慣れてるし。…ただ一つ教えて。父の本当の最期はなんだったの」
「…臨海さんは……私如きを庇って死なれた…。私が殺したようなものだったのだ」
父は戦で六嶽を庇って死んだという。
六嶽は尊敬する師が自分のせいで死に追いやってしまったことが許せなかったのだろう。だから、その娘の手で殺されることを望んだ。
そして父と母が出会った江戸で暴動を起こし、えいりあんばすたーの私を地球に呼び寄せた。
「…途中まではコイツに踊らされてたってわけか」
坂田のセリフに私は答えることもなく崩壊した建物の隙間から見えた空を仰ぎ見た。
「――っ、う!」
途端に吐き気が込み上げてそのまま身を委ねたら、胃から鉄臭いものが込み上げてきた。口に当てた手には血。
「げほっ!……がはっ……!」
「名前…っ!おまえ…!!」
「…はは、大丈…」
「…おい!」
ぐらりと視界が歪んだ。
―――――
まるで重量のない宇宙空間を漂うような感覚を全身で感じていたら、急に意識が安定したような感覚に変わった。
甘くて優しい香りにゆっくりと目を覚ます。
「――、?」
あれ、この匂いどっかで嗅いだことがある…。
「名前」
「…さか、た…?」
近すぎてピントが合わなかったそれがゆっくり離れて、それが坂田の顔であることに気付いた。
名前を呼んだら、ふと優しく笑った。
「名前…っ!名前ー!」
「名前さん…!よかった…!」
「解毒剤が効いたみてェだな…名前」
坂田の両サイドから今にも泣きそうな神楽と新八の顔が見えた。
あれ、さっき私…
「獄卒の死臭は地球人だったら既に死んでいた。…合間の子であったが故に救われた命…」
横を見るとグッタリとして地べたに座り込む六嶽。
あ、そういうこと。獄卒の毒が回ったのか…それで?意識飛んで?解毒剤飲ませてくれたってこと?
……ん?
じゃあ、なに、さっきのあれ…、
「なにしとんじゃワレェエエエ!!!」
「「えぇぇええええ!?」」
目の前にある坂田の胸倉を掴んで思いっきり頭突きをかました。
照れ隠しではない、多分。
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