イケメンだから許されるあの空気感

◼︎


「うぅ…坂田さん…ありがとございます…うぷっ」
「お…おう…」

畳の上でぐったり横たわるファーストの姿を見て小さくため息をついた。あのあと沖田くんと別れてからファーストにはもう一踏ん張りしてもらってバイクで家までやって来た。

「はぁ…気持ち悪い…最悪、です」
「マジか」
「誰なんですかあんなもの作ったの」
「そんなディスるほどなの!?」
「もう他人の運転する乗り物に乗りません…できれば一生」
「…そんなにか。あの、なんかごめんね」

いや、ていうかこいつ頭大丈夫か?

乗り物酔い以前の話だけどさっきホラ、アレ、ほっぺた沖田くんにキスされてたけどなんでこんなケロってしてんの?
あの後「なんなんですかねあの人。帰りましょうか」なんてほっぺたを袖でガシガシ拭きながら言われたんだけど。
アレ普通意識しちゃうモンなんじゃねェの?あんなイケメンにされたら普通意識しちゃうモンじゃねェの?イケメンだから許されてときめかれるヤツなんじゃねェの?え?古いの?いつの間に時代変わったの?

「…うぅ…苦し…ッ」
「…おい大丈夫か。帯のせいでもあるみてェだな」

苦しそうに着物の合わせ目を緩めるファースト。
そりゃ慣れねェモン着て苦手な乗り物に乗りゃあな…。早くその苦しさから解放されたいだろうから「早い事そいつ脱いでおけよ」と声をかけて土間に降りてブーツを履く。

「………あれ」
「んー?」

ブーツを履いていると後ろから聞こえたファーストの声に生返事を返す。…あーコイツのバイクどうすっかなぁ…明日新八に運転してもらってまた来るか、なんて考えた。

「……そういえば着物の脱ぎ方分からないのですが…」
「……えっ?」

え?コイツ今なんて言った?


ーーーーー


「あ゛ァアっ!!目ん玉飛び出る!!目ん玉飛び出るからお願いだからもう少し緩めて!!これ何プレイ!?」
「意外と眼球は耐性あるんですよ。このくらいの圧力なら大丈夫です。耐えられます」
「何が大丈夫!?」

目元を隠すように手拭いを頭に結ばれ…、それも目ん玉がうっかり飛び出そうになる力で結ばれて失明するんじゃねェかと思った。
こんな事になっちまったのは着物の脱ぎ方が分かねェとか言う馬鹿のためだ。とりあえず口頭で指示していく流れになったんだけど、手助けしてんのにこの仕打ちはなくない?というか俺が後ろ向いてるだけでよくない?目隠しの意味ある?

「何からすればいいですか?」
「まずだな、帯取れ。後ろにある結び目を時計回りに回して目の前に持ってこい。そんで結目を適当に解け」
「はい」

するすると布が擦れる音が空間に響く。一応言われた通りにやってるらしい。

なんつーか…艶かしい音だなコレ…。

なんか情事みてェなことを一瞬考えちまって緊張感が走る。いや落ち着け。単純に着物脱がせるだけじゃねーか。………いやいやいや待て待て待てェエエ!!全然単純な話じゃない!!これ何プレイなのほんと!?言葉攻めって銀さんまだやったことないんですけどォオオ!?

「…坂田さん…?なんで頭を床に叩きつけてるんですか…?」
「あーこれはホラ、アレ、筋トレでもしようかなーって思って」
「頭蓋骨をですか?」
「ともかく気にすんな。気にしたら負けだ」

ゆっくりと息を吐いて心身統一しろ。…例えば本気で情事前だとして、だ。女が自分が脱いでる状況だってんなら耳が幸せで今頃ほくそ笑んでる頃だが……アァァァァアこんなのただの拷問でしかねェエエ!!収まれ妄想!!

「あ、取れました」
「…そしたら多分腰回りに紐が何個かあるからあるからそれどんどん取ってきゃいい」
「….」
「おいどうした」
「…いやっ…あのー…結び目がキツくって…」
「はぁ?」

そんなことある?そんなゴツい腕つけててそんなことある?
……いや、でもよく考えたら結んだのあのゴリラか。あの馬鹿力で結ばれてたら…そりゃそうか。なんか妙に納得いった。
するってーと、

「……しゃーねェな…解いてやるから前に来い」
「お、お願いします…」

畳の擦れる音がして、ファーストの香りが鼻を掠める。冷たいひんやりとした感触が俺の左手を取られて背筋が伸びた。それから引き寄せられた先に指先が何かに当たって、それが結び目であることがわかった。そこに両手を伸ばして結び目を解くのを試みる。

…ていうか…これハタからみたら結構アレだよな。絶対勘違いされる展開だよな。コレまた土方くん来たらやべーヤツだ。やめてよーそういうんじゃないからー。ほんとやめてよー。

「…ぐぎぎっ……かってェなオイ!!?」
「最悪錬金術で分解しますけど…?」
「いや、なんのこれしき…!んごぉおお!!!……っ、取れた!」
「わ…すごい、呼吸が楽になりました!」
「そりゃようござんした」

引き続きするすると着物が擦れて背後に回る。音から判断して、もう全部脱ぎ終えたハズだ。着物の重さが床に落ちる音とかすかに聞こえた安堵のため息からして間違い無いだろう。

今頃いつもの作務衣を着てる頃だ。

「…なぁ」
「はい」
「さっきのなんともねェの?」

つい言ってしまった。

「さっきの、とは?紐解くのですか?」
「いやちが…うん、それもそれで気になるけど。いや、今聞いてるのはそれじゃなくってだな、」
「なんのことです?」
「沖田くん」

少し間が空いたかと思ったら、笑い声が返ってきた。こいつよく聞くとコロコロした笑い方すんのな。目ェ隠されてると聴覚が研ぎ澄まされるってのは強ち間違っちゃいねェらしい。

…いや、そうじゃなくね!!なんで笑った!?

「頬にキスしてきたことですか?」
「ーーぶほォ!?」
「あんなのただのじゃれあいでしょう?それに私には想う人がいますから」
「…そうかよ」
「そんなつまらなさそうにしないでください」
「そう言うわけじゃねーけど…」

自分でもびっくりするくらい低い声が出た。
想う人ってェのは多分あの写真のヤツのことだろ。…いや、なんでちょっとしょんぼりしてんの俺。別にしょんぼりする必要ないだろ。

「ま、そいつも幸せモンだな。そんなに想われててよ」
「そんなことはないはずですよ」
「は?なんで?」

やや食い気味に即答で返ってきた返答に素っ頓狂な声が出た。



「ーー私が殺したんですから」



全身の毛穴が引き締まる寒気が走り、心臓が強く脈打った。
…今、こいつ、なんて。

「…2度も私に殺されてさぞ恨んでいることかと思います」

思わず目隠しを取って振り返ったらタンクトップ姿のファーストの姿。ちょうど今から作務衣の上を着るところだったらしい。

「あ、わり…」
「いえ」

何事もないかのような服を着ていくファーストの体を思わずマジマジと観察しちまった。

女にしては鍛えている方かもしれねェが、写真の男も軍人であれば相当鍛えているはずだ。それも、2度…。正直アイツにその技量と度胸があるとは到底思えねェ…。

勘ぐる俺の視線にアイツは苦笑いを浮かべた。

「…非難しますか?」
「…いや…」

そんなファーストを見て頭を過ったのは己が背負っている過去の業だった。

「…俺の方こそ似たような経験あるしな…。お前を非難する資格なんぞありゃしねぇ」
「そうなんですか。ま、誰にでもいろいろありますね」

そのセリフの意図はすぐに読み取れた。アレはアイツなりの牽制に違いねェ。
‘これ以上は踏み入れるな’と、遠回しにそう言われた気分だった。

「ま、ここはアレだろ。互いに触れられたらあんまっし気分が良いモンじゃねェだろうし、聞かなかったことにしようぜ」
「そうですね。過去は過去ですから」

言われたかったセリフを言われて満足したのだろう。先ほどの寂しそうな表情とは打って変わってコロリと笑顔になった。つくづく腹の読めねェ女だ。

「美人に謎は付き物ですね」新八が言っていたセリフを思い出しながらファーストの家を後にした。


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