嫌な出来事ほど鮮明に覚えてるもん
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‘イシュヴァール殲滅戦’
今から13年前、軍将校が誤ってイシュヴァール人の少女を射殺してしまったことから始まったイシュヴァール内戦。
その内戦はおおよそ6年に渡って続き、泥沼化とした内戦を終わらせるべく当時の軍事最高司令塔であるキング・ブラッドレイは国家錬金術師を人間兵器として投入し、イシュヴァール地区を完全制圧する手段を取った。
それは後に畏怖の念も込めて‘イシュヴァール殲滅戦’と語り継がれることとなる。
当時殲滅戦に赴いた者たちは必ず口を揃えてこう言うはずである。「それはとにかく非道いものだった」と。イシュヴァール人は兵士であろうと民間人であろうとも片っ端から、ネズミ一匹逃さぬ勢いで殺害の命令が下されたソレはまさに文字通り殲滅作戦だった。
戦地は常に火薬や血の臭いで充満。駆り出された当初は口にしていたものは全てひっくり返していたというのに、数日経てば人間の適応能力のおかげかすでに慣れてしまった。
憔悴したような眼差しで南方を見れば、派手な轟音を轟かせ、焔の柱が次々に現れる戦前線。きっとあの焔の錬金術師がいるのだろう。
「ファースト」
そんなことをぼんやり崖上から眺めていたら横から声がかかる。
「生きてたんですね。しばらく音沙汰がなかったのでとっくにくたばったのかと思ってました」
「ひどいなー!もうね命辛々逃げまわってきたよ!…じゃなきゃお前を1人にしちまうしな」
砂埃臭い体で私を包み込むのは、当時密かに付き合っていた男、ジン。もちろん軍人同士の付き合いなど、本来はルール違反だが、私たちはひそかに思いを寄せ合っていた。
彼は一般兵として、私は軍所属の錬金術師としてこの戦地に駆り出されていた。当時の私の錬金術は自身の肉体強化型で、国家錬金術師達が来るまでは特攻隊として最前線を駆け抜けていた。漸く到着した国家錬金術師を戦地に入れてみたらコレだ。休憩している間に、瞬く間に地形が変形していく。私たちの戦力を100に例えたら、彼らは1000だ。いかに自分の能力がちっぽけなものか思い知らされた気がした。
「なぁ、知ってるか?ファースト、お前この戦争が終わったら国家錬金術師の称号もらえるらしいぞ」
「えっ?」
「特例らしいぞ?何もあのキング・ブラッドレイ大総統が戦場でお前を見かけて上層部に話を持ちかけてるらしい。こりゃ昇給間違いねェな!」
ニカリと戦地に似つかわしくない笑みを浮かべるジン。堅苦しくて息が詰まりそうな中央司令部で働いていても、血生臭くて息が詰まりそうな戦地でも彼はずっと明るかった。そんな彼に惹かれるのは自然の流れだった。
「二つ名なんだろうな?」
「まだ話は決まったわけではないですよね?」
「俺結構情報入ってくる方なんだぜ?こう見えて」
「うそ…」
「階級何個飛ぶんだ?一般人が国家錬金術師になったら少佐クラスなんだろ?てことは…俺もしかしてファーストに抜かれる?」
「そしたらこき使ってあげますよ、ジン・アーガイン大尉」
「うへぇお前のパシリだけは勘弁だなファースト・ファミリー准尉」
大きな手が頭を乱雑に撫で回してきて、髪がくしゃくしゃになった。
ーーーーー
「ーーここが山場だ!!各々気を更に引き締めろ!臆せば死ぬ!生きたければ進め!イシュヴァール人は速やかに殲滅せよ!!」
「「「「は!!」」」」
「皆の無事を祈る」
キング・ブラッドレイの哮り声が脳の真髄まで響いた。
みなして敬礼をすると、各々が持ち場に向かって駆け抜けていく。先ほどの哮り声がまだ脳の奥にこびりついているのか、無意識に震える腕を押さえつけて激しい戦地へと走った。
「ファースト」
「ッ!?…ジン!?…びっくりした…」
「怖ェか?」
「………当たり前じゃないですか…」
「生きて帰りたくなるようなおまじないかけてやるよ」
「なんですか…?」
「ーーこの戦争が終わったら結婚しよう」
屈託のない笑みだった。
唖然としている私に「いいな」と念押ししてくると、驚いて「はい」しか言えなかった私を置いて先に駆け出していった。私も負けじとその背中を追いかける。
「いくらなんでも急すぎですよ!!こんな…こんな死線で…!」
「俺らにはこんぐらいがちょうど良いだろ!!」
それもそうかもしれない。震えていた体は気付けば治っていた。自分の体がこんなにも単純だったとは。
ーー必ず生きて帰ろう。
気持ちを切り替えた私の耳にタン、と短い銃声が入った。そこからは全ての動きがスローモーションに。私の目の前に飛び込んできたジンがバランスを崩して地面に倒れ込む。
「…ジ…ン…」
「…ファースト……怪我は…ねェか…」
「な、なにして…!?」
ジンの体を仰向けにすると右手に生暖かい感触。手のひらを見ると、真っ赤に染まっていた。
それから彼の軍服の胸の辺りを見ると、私の手と同じ色のそれで滲んでいた。それはきっと本当なら私が受けるはずだった鉛で…、その鉛は彼の胸を撃ち抜いていた。
「…チッ、ザマァねェ…。戦地で…プロポーズした罰か?情けねェな…」
「何言ってるんですか…。生きて帰るって……約束したじゃないですか」
「いいか…すぐに走れ…!!物陰に逃げろ…!射撃兵が…いる…!」
「ジンも…!」
「俺はもう……ダメだ…。自分の死期ぐらいわかる…!!」
ダメなのは私だった。
体が震え上がって視界もグラグラでジンの顔もよく見えない。完全にパニックになっていて背後に人が立ったのも分からなかった。腕を掴み上げられて、半ば強制的に立ち上がらせられてようやく人が近くにいたことに気付いた。グラつく視界に頬に衝撃が走って、あぁ、今殴られたんだなと悟った。痛みのおかげで随分クリアになった視界、そこにいたのはあのキング・ブラッドレイ大総統だった。黒の眼帯を見た瞬間に体が強張る。
「ファースト・ファミリー!何をしている!さっさと立たんか!!死にたいのか貴様は!」
「…ッ!…だい、そうと……!」
「大総統…!コイツを………コイツのことを頼みます…!」
「……名はなんという」
「ジン……ジン・アーガイン…です」
「…ジン・アーガイン。貴殿の勇姿は忘れまい…っ!!」
「嫌だ!待ってください大総統!!離してください!!まだ彼は…!」
私の腕を引く大総統に拒否を示すと、直後に腹に激痛が走って膝から崩れ落ちた。…今、殴られたのか?殴られる瞬間すら見えなかった。
掠れる意識の片隅で聞こえたのは「ごめん。愛してる。だから、」と言った彼の声だった。
ーーーーー
「ーーーッは!?」
飛び起きると、そこはここ数ヶ月住んでいた我が家の寝室だった。
…あぁ、全部全部あれは夢だったことに気付いて少しため息が出た。やけに右腕が重く感じてものすごくダルい。顔を洗って適当に軽く朝ご飯を食べて居間でぐったり横になる。今日はダメな日だ、仕事サボろう。
「…はぁ」
なんでまたあんな夢を…、なんて自己嫌悪に浸っていると、黒電話が鳴り始めてのそのそ情けない動きで受話器を取りに行く。
「はい、修理屋です」
『私アル。神楽!』
「神楽さん?おはようございます。どうしたんですか?」
『ファースト今日何か予定あるか?』
「今日は…特には予定ないですね」
『ちょっと仕事手伝ってほしいアル』
「はい?」
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