上も下も締まりが悪いのは困る

◼︎


いつもよりだるい体に鞭を打って神楽さんに指定された場所に原付で向かった。
着いた場所はかぶき町の繁華街にある宿屋だった。名前も合っているから多分ここでいいはず。近くにあった駐輪場にバイクを停めるとちょうど頭上から声が降ってきた。

「あ、ファーストー!来てくれたアルか!」
「おはようございます神楽さん。なんでまたそんなところに…」
「こっちヨ!」
「?」

作業服姿の神楽さんに連れてこられたのは屋根の上で、もちろんそこには坂田さんと新八さんの姿もあった。
それから彼らの足元にある物を見てやることがすぐにわかった。なるほどコレの修理か。

「銀ちゃんと口論してたら力を抑えきれなくなって割ってしまったアル」
「オイお前何厨二っぽく語ってんだ。シンプルに八つ当たりだろ。新品の瓦片っ端からぶっ壊しやがって。一枚いくらすんだと思ってんだ俺知らないけど」
「いやアンタ知らないんかィィイイ!!社長がその調子でいいのかよ!?…ともかく、ファーストさん早速で申し訳ないのですが、瓦の修理ってお願いできますか?」

不可能なことはない、と新八さんに伝えて割れた瓦の破片を手に取って素材の確認。思ったよりもサラサラしているな…これは…、

「…原材料は土ですね。土の素は酸素、ケイ素、鉄、アルミニウム、カルシウム、マグネシウム…あとはそれ以外にも…」
「新八くん、このオネーさんなんの呪文唱えてんの?」
「ぼ、僕にもわかりませんよ……元素…ですかね…」
「何!?それ唱えれば私も錬金術できるアルか!?な〜むあ〜みだ〜ぶつ〜」
「お前が唱えてんのお経」
「唱えるだけじゃ錬金術は出来ないですけど…でも、もう術は始まってるようなもんですよ」
「えっ!?」
「錬金術を発動させるには理解、分解、再構築の三つが必要不可欠です。物質を理解してあえて分解し、そして元物質を再構築。それが錬金術です」
「眠くなってきたアルZZZZZZ」
「ちょっと難しかったですかね…」
「細けェこたわかんねェけど、案外科学的なのなソレ」
「そうです。いろんな自然の摂理や原則を基を理解して初めて出来るんです」

試しに近くにあった瓦を手繰り寄せて一枚さくっと錬成してみた。パリッと小さな音を立てて出来上がった瓦と無傷の瓦を見比べて、それを坂田さんに差し出す。

「どうですか?良ければこのまま量産しますけど…」
「是非ともお願いしますファースト様メカミ様」
「それじゃ、等価交換お忘れなく」
「トーカコーカン???」
「何かを得るためには同等の対価が必要ってことです」
「ハイハイ、報酬はちゃんと分けますよーっと」

さすがは察しの良い坂田さんだ。

両手を合わせて壊れた瓦を纏めて錬成すると、ちょっと派手な光と音が響いた。けれど真昼間にやる分には問題ない。

「「「うぉぉおおおおお」」」
「…こんなものですかね」

瓦数百枚のできあがり。こんな量を叩き壊すなんて坂田さんと神楽さんは一体何をもめて口論したのだろうか…。
出来上がった瓦を万事屋のみなさんと一緒に屋根の上に貼りなおしていく。

「瓦の修復だけでよかったのに、貼り換えまでありがとうございますファーストさん」
「いえいえ、いつか私にもこんな仕事回ってくるかもしれないですし」
「お前マジで俺たちの仕事取る気満々じゃん」
「犬の散歩は受け付けてないですから安心してください」
「そういう問題じゃねーよ。……ぐあー、くそ、ずっと中腰やってたら腰痛くなってきたなァ…。俺厠行ってくらァ」
「あ、じゃぁ僕も一緒に行きます」
「オイオイ連れションなんてお前年いくつだよ。じゃぁ俺の分行ってきて」
「僕銀さんと膀胱共有してませんけど」
「お前ならできるよ。だって志村家の跡継ぎだろ?んで眼鏡の子だろ?」
「全然理由になってないんですけど」

瓦の貼り換えもほとんど完了した頃、皆で屋根の上で休憩することになった。坂田さんと新八さんがその場を離れ、私も屋根の上から町の景色を楽しんでいると神楽さんが横に飛び座ってきた。

「なーなーファースト。ファーストは本当になんでも作れちゃうアルか?」
「制限はいろいろあるんですけどね…」
「制限?」
「たとえば、無から有…。例えば何もないところから水や金は作り出せません。泥水から飲み水を作るとかはできます」
「なるほど…。うんこは食べ物があるからできるもんネ。逆を言えば食べ物がないとうんこはできないってことと一緒アルな」
「私神楽さんのそうところ結構好きですよ」
「褒めたって何も出ないヨ。酢昆布食うか?」
「いえ…」

ちょっと品がない気もするけれど難しいことを理解できるように解釈する彼女の理解力に今更ながら脱帽した。

「それで、ファーストはいつから修理屋の仕事やってるアルか?」
「この国に来たのが3ヶ月前なので、それから始めてます。神楽さんもまだ若いのに何故また万事屋で?」

神楽さんは新八さんよりも年下のようだし、まだ十五も満たないようにも見える。家族はどうしているのだろうか。当然人様の家庭に口出しする権利はないのだけれど、正直ずっと気になっていた。

「ウチ、元々はすごくすごーく貧乏だったネ。だから地球には出稼ぎに来たアル。そしたら私が地球人よりも頑丈なところをヤクザの一端に雇われて、酷いことたくさんやらかして…そしたら銀ちゃん達と出会って、助けてもらって、万事屋で働くことになったアル!」
「…そうだったんですか」
「地球に帰るための交通費を稼ぐ名目でなんだかんだ今日まで働いてるネ。いまだに碌に給料払ってもらったことねーけどヨ」
「うーん、感動していいのかそれとも坂田さんを非難すべきか微妙な感情にさせてくれる話ですね」

屋根の上で、宙ぶらりんになった足をぶんぶんふる神楽さん。文句垂れているけれどそれでも万事屋にいることは…きっとそういうことなのだろう。

「神楽さんのご家族は心配したりしないのですか?」
「…ファーストは、なんでも作れちゃうアルか?」
「?」

質問に対して不意な質問が返ってきた。先程聞かれた質問だった。もう一度問われてみて一瞬だけ過ぎったのは、唯一作れないものの存在。

何と答えるのが良いのか、その質問に対する返答に戸惑いながら神楽さんを見ていると、青い澄んだ瞳が私を見上げて心臓が少し騒ついた。その眼は、

「私のマミーはもう死んでしまったヨ。もう一度死んだマミーに会いたいアル」

時が止まった気がした。

「マミーが死んでから私の家族、みんなバラバラになっちゃったアル。みんな、マミーのことが大好きだった。マミーの体が弱くなってから優しかった兄貴どっか行ってしまったし、パピーも自分の仕事からなかなか帰ってこなくなってきて…」
「……」
「マミーがいたら…またみんな元通りになれるかなって…思ったアル」

そこまで言われて分かった。神楽さんにとって万事屋は職場でもあるが、それ以前に家族でもあったのか…。そう思うと急に彼女の横顔が幼く見えた。

「…水35リットル」
「え?」
「炭素20s、アンモニア4L、石灰1.5s、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他15の元素、及びその個人の遺伝子の情報」
「な、なんなんアルかそれ…」
「大人1人分の人体を構成する物質とその割合です。…これだけあれば人1人造るのは造作もないことです」
「…それじゃあ…!」

期待の眼差しを向けられたが、私はその期待に応えることができずに目を伏せ、自分の冷たくなった右手をぎゅと握った。少しだけ、機械鎧の付け根がズキンと痛んだような気がした。

「それでも…造れないんです…。人は。…造ってはいけない、というのが正しいのかもしれないですが」
「ファースト?」
「神楽さん、お母さん亡くした寂しさや悲しさは計り知れないものだと思います。ですが、だからと言って今までの思い出全てが消えてしまった訳ではないでしょう?」
「…うん」
「だからお母さんがいた過去を向き合ってください。そしてお母さんがいたらなんて…今を塗り替えないでください。ありきたりですが…お母さんはずっと神楽さんと一緒にいます」
「過去を……うん。そうアルな」

柔らかい猫っ毛の彼女の髪を撫でる。正直、禁忌を犯した私はこうして諭す権利なんて無い。複雑な胸中だった。

「きっと今一番寂しくて悲しいのは自分のせいで家族が離れ離れになってしまったお母さんですよ」
「…マミー…」
「お母さんのことを本当に考えるのなら…、お母さんに会いたいと泣いてベソかいてる場合ではないですよね。神楽さんもお母さんに悲しい思いさせたくないでしょう?」
「…うん…ッ。…私決めたアル!今度ハゲ親父とバカ兄貴に会ったら2人ともぶん殴って説教してやるネ!!!」

涙に濡れた彼女の眼は前を向いていて、一瞬アメストリス国の金髪の少年を彷彿させてくれた。「顔洗って出直してくるアル!」と言った神楽さんは袖で乱暴に目元を拭うと、屋根から飛び降りた。

随分豪快にトイレへ駆ける神楽さんの背を見送ると、背後で鼻をすする小さな音が聞こえ、振り返るとそこには坂田さんの姿。けれどさっきの鼻をすする音は坂田さんからではない気がした。

そうなると、新八さん…?

「神楽は?」
「顔を洗ってくるそうです。…新八さんは?」
「…あー…顔洗ってくるってよ」
「新八さんもですか?」
「なんか、神楽が迷惑かけたな」
「盗み聞きですか?趣味悪いですね」
「うっせーな。そんなとこで話しされっと嫌でも会話聞こえてくるわ」
「それはすみません」

私からちょっとだけ離れた場所に坂田さんが「よっこらせ」と瓦の上に腰を下ろした。
互いに何も言わずに眼下にある町並みを見下ろしていると、夏に近い香りを含んだ柔らかい風が通り抜けた。

「…新八にゃあの姉貴しかいねェし、神楽は母親がいねェし親父と兄貴は宇宙ぷらぷらしてるらしいくてな…」
「そうでしたか…」
「俺ァ家族ってモンを知らずに生きてきたから分からねェが…あの二人にはアンタの言葉が刺さったみてェだ」
「そうは言っても坂田さんにも大切な方はいたんでしょう?大切な人が必ずしも血が繋がってる人物とは限りません」
「!」

隣にいた坂田さんが息を呑んだ気がしたが、そこは敢えて気づかぬフリをした。私だってそうだ。

「見ていれば分かります。…錬金術を披露してコレがなんでも生み出せる代物だと分かってきた人達は…みなしてある眼をするんです」
「…眼?」
「希望、期待を孕ませた眼ですよ。‘コレがあれば亡き人を生き返らせられる’なんて期待の眼です」

かつて自分もしていたであろうその眼は、禁忌を犯してからは恐ろしくて堪らない瞳になった。あの期待に満ちた眼を向けられると今でもゾクリと背筋が強張る。人と生き返らせるとはなんとも夢に満ち溢れて、それでいて恐ろしい期待なんだろうか。

「…悪ィ」
「いえ、私もかつては錬金術の可能性を信じていた者でしたので気持ちは分かります」
「…なんで過去形なんだっつーのは聞いてもいいのか?」

少し考えたけれど、まぁ、この世界の人間になら話しても問題はないかもしれない。それに坂田さんになら話してもいい、そんな気がした。

「やったことがあるんですよ。人を生き返らせる錬成術‘人体錬成’を」
「……マジか」
「マジです。その結果このザマって訳です」

太陽の光を求めるように右手を空に伸ばした。

‘神に近すぎた英雄は翼をもがれる’誰が言ったのか分からないが上手い言葉だ。神域に手を伸ばした手をごっそり持っていかれてしまった私のような禁忌を犯した咎人にお似合いの言葉だった。

「それどういう意味だ…?」

瓦の上を駆ける足音が後ろから2つに後ろを振り返る。

「ファーストー!!銀ちゃんー!!続きやるヨー!」
「ファーストさんさっさと終わらせましょう!」
「オメーら仕事中にもうちょろちょろ漏らすんじゃねーぞ尿パットでも買ってやろおごば」
「しょんべんじゃねェわボケェエ」
「目から歩狩汗が出ただけアル!!」

坂田さんが二人に蹴られて屋根から転がり落ちた。


PREV INDEX NEXT
top