猫は暑さに強いらしいけど体温調節が下手

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「…これが…お祭り…!何かのパレードみたいですね…!」

たまさんからお借りした浴衣をお登勢さんに着付けしてもらった後に、万事屋の御三方と一緒に近場にある神社という場所にやってきた。どうやら話を聞いた感じだと、アメストリス国でいう教会みたいな場所らしい。一本の通り道に並ぶ料理屋や雑貨屋さんは屋台と言われていて、色んな人たちがそこで食べ物だったりお面を買ったりしている。
見た事のない食べ物が並んでいて、味の想像がつかないな…。なんてお店の前に並べられている食べ物を見ていると、あるものに目が止まった。

「…これは…なんですか?りんごまるごとを透明の何かに…」
「ファーストさん初めて見ますか?りんご飴って言うんです」
「えっ、飴ですか?」
「買ってやろうか?じーさん、コレ一個ちょーだい」
「銀ちゃーん!焼きそば買いたいアル!あとたこ焼きと唐揚げと、」
「てめーいい加減にしろ!水飲んで胃袋の調整しとけっつったろ!!…ホレ、これやるよ」
「あ…ありがとうございます」
「あー!銀ちゃんファーストにりんご飴買ってるネ!!ズルいヨズルいヨ!!私にもよこすネ!!」
「お前買いすぎて両手に持ちきれてねェじゃねェかよふざけんなとっとと家帰って水でも飲んでろ」
「じゃぁ、これは帰ったら半分こにしましょうか」
「いいアルか!?」
「ったく、オメーは神楽に甘すぎだろ」
「色んなもの食べたいんです。これ一つ食べたら大分おなか一杯になってしまいそうですし」

坂田さんから袋に入ったりんご飴、とやらを受け取って提灯に向かってかざす。樹脂みたいで綺麗な飴だった。

「銀ちゃーん、お面つけてると邪魔で仕方ないネ。ちょっと持っててほしいアル」
「だから言っただろーが。お面なんざ買うぐれェなら綿あめ買えって」
「私は欲しいものはなんでも手に入れる女アル」
「屁理屈言うなバカタレ」

神楽さんが買った猫のお面を渋々受け取って自分の頭に付ける坂田さんは、本当にお父さんのようなお兄ちゃんのように見えて微笑ましい。

とにかく色んな人が来ているのだろう、通り沿いは大分にぎやかだ。お祭り、と呼ばれているだけのことはある。それから、相変わらず神楽さんの胃袋はブラックホール並であんなほそっこい身体のどこに食べ物の物質が入っていくのか不思議で終始たまらなかった。

「…ん?」

少しめまいを感じるような暑さを感じながら皆で屋台の通りを歩いていると、不意に履いていた下駄に違和感を感じて足元を見た。右足の、人差し指と親指の間にあった紐が見事に裂けてしまっていた。

「あれ…?これ…坂田さ…」

顔を見上げたらそこにいるはずの坂田さんたちの姿がない。
うん、はぐれたなコレは。

「…これを直せば履ける…よね」

いそいそと下駄を引きずりながら屋台の裏にある公園に移動し、ベンチは酔っ払いで埋もれていたから、花壇の石垣部分に腰を下ろす。
紐が切れていない側の下駄を見て、どういう仕様になっているのか確認して、ささっと錬成。これで使えるはずだ。

「よし坂田さん達を探しに行こう」

座っていた石垣部分に手をつくが、でも不思議と体はその場から動けない。ちょっと疲れた…気がしてる。

「…暑いなぁ」

両足とも親指と人差し指の付け根がちょっと痛いし、何より暑さにバテたのか、心無いか頭がクラクラする。
私が居ないことに気付いて心配させてしまうのは申し訳ないが、少し休憩させてもらおう。

「ん?ファーストか?」
「!」

ぼんやり屋台の通路を歩いていく人たちの楽しそうな表情を眺めていると、横から声をかけられて見上げた。

「やっぱりな」
「…土方さん!」

見上げた先にいたのは土方さんだった。いつもの黒服…なのだが、ジャケットを脱いでいて、ベストにシャツの姿。やっぱり暑いのか、袖を折っていた。

「どうしたんですか?公費でお祭りに?」
「楽しんでるように見えるかよ」
「ですね。失礼しました」
「んま、今は休憩だ」

懐から煙草を取り出す土方さんのゆるい動きをぼんやりとした頭でただただ眺める。煙草の先に火を付けた土方さんが大きく一息吸って吐き切ると、こちらに視線を落とした。

「お前の方こそどうした?」
「坂田さん達と一緒に来たんですけど、逸れてしまって。足も紐のせいで痛くなってきたので休憩です」
「紐?あぁ、鼻緒のことか。……ソレ寄越せ」
「え?」

不意に目の前にしゃがみ込んだ土方さんにあっさり下駄を取られ、何をするのかと思えば紐の部分を指で揉むように何度も押し始めた。

「何してるんです?それ」
「下駄はココが固ェと足痛める原因になんだよ。揉み解しときゃ少しはマシになる」
「そうなんですか」

ほう、それは面白いことを知った。土方さんの作業をただぼーっと見つめていたら、途端に頭がズキリと一瞬痛みが走って思わずこめかみの辺りをさすった。

オレンジ色に染まる空の様子からして低気圧のせい…というわけでもなさそうだ。

「……万事屋と来てるっつったな。あんまりアレ、足が痛ェんなら…その、…旦那に来てもらった方がいいんじゃねェのか?」
「…旦那?」
「あぁ、……あの写真の」
「あ、ごめんなさい、土方さんにはまだ言ってなかったですね。アレはただの婚約者だった人なんです。揶揄っちゃってすみません」

やや間があってからがっくりと項垂れた土方さんが顔を上げた。

「……お前なー」
「すみませんって」

土方さんに変に気を使わせてしまっていたらしい。男が居る私との距離感を絶妙に保とうとしてくれていたのかと思うと、そんな土方さんが可愛らしくてちょっと笑ってしまった。

「笑えねーっつーの」

そんな土方さんも笑っていた。
きつい日差しも落ち着き、公園の中に涼しい風が吹き抜けると今度は鳥肌が立った。
あれ…暑い…はずなのに寒い…?

「…土方さん」
「あ?」
「ちょっと肩借りて良いですか?」
「は?」
「すいません…ほんとすいません…」

身体を自分で支えているのがしんどくなり、何かにもたれたくなって目の前にいる土方さんに断りを入れてから肩に手を置いた。その上に頭を乗せて細長いため息をつく。

一言で言うならコレだ、だるい。

「……はぁ…」

今更ながら、何で体が動かないのか分かってきた気がする。寒いし暑いし体が重いし、よくよく思えば体の節々が痛い。

「お…オイ…?」
「………暑すぎて…バテたかも…しれないです」
「いやお前、バテたっていうか熱あんじゃねェの!?すげェ熱いぞ…!」

浴衣の袖の上からがっしりと左腕を掴まれる。…熱…?いや、まさか。

「いや、暑いっていうより寒い…気がします。…あれ?どっちだろ?」
「風邪だろ普通に。馬鹿なのか。お前馬鹿だよな」
「…また馬鹿って言われた…」

この国に来て馬鹿と言われる率が確実に増えた気がする。…しかし風邪かぁ…、軍人時代は多少の風邪程度じゃ休まなかったな…。風邪を風邪と思わせない上官のスパルタっぷりをふと思い出した。いやぁ懐かしい。

「うーん…なんか…しんどい…?」
「そりゃそうだろ。ったく」

それっきり動けなくなってしまって、土方さんに頭を預ける姿勢のまま唸っていると、寒かった肩に暖かい物が乗っかった。煙草に包まれた気分だった。
重い頭を起こして肩を見るとあの黒いジャケットがかかっていて、見上げると土方さんが携帯で何かを操作していた。

「…仕方ねェ。ウチまで送ってやる」
「す、すいません」

頭を上げたままの状態でいたら土方さんに頭を押し付けられて、また楽な姿勢に戻った。

「山崎、俺だ。急患出たから送ってくる。祭りだからって浮かれてミントンやったりカバディやったりして気ィ抜きやがったら士道不覚悟。大至急切腹しろ」

『なんでェ!?なんで俺の好きなヤ…』と電話の向こうで誰かの叫び声が聞こえた気がしたが、それより早く土方さんが電話を切ってしまった。

…ミントンとガバディってなんだろう。

「立てるか」
「…もう少し休憩すれば…」
「ダメか。……悪ィな」
「え」

体を離されて、肩にかけられたコートと小さな籠バッグを「前で持ってろ」と言われ、言われるがままにそうすると、膝の後ろと背中に土方さんの腕が回った。
これはまずいと思った瞬間、膝側を持ち上げられ、自然と背中が倒れて後ろにあった腕にもたれた。

「…う、わっ!?」
「パトカーまで我慢してくれ」
「ちょ、…っ!私重いですよ!!あの!コレあるから余計に…!」

コレとは機械鎧のことだ。腕一本分とはいえ、主成分はほぼ金属であるから人の水分だらけの生腕と比べたら質量の差が大きい。降りたくてジタバタしていると、あの鋭い眼光に睨み付けられた。

「騒ぐな喚くな気にするな静かにしてろ」
「……ハイ」

息つく間もなくピシャリと言い退けられて大人しくするしかなくなった。いや、正直しんどくてこれ以上は抗議する気力も無かったのだけど。

いや、それよりももっとヤバイ問題が控えている。

歩き出した土方さんに揺られて一気に頭がぐわんぐわんしてきた。所謂あの乗り物酔いに近い感覚だ。バイクや乗り物よりマシだが人も無理だった。今気づいた。

「あぁぁあの」
「ん?」
「あの、」

言いにくい…。ものすごく言いにくい!

歩けない私を気遣ってくれてこうしているのは分かってるけど、分かってるけど…。
あぁ、ちょっと気持ち悪くなってきて涙目になってきた。目を瞑ろう。無になろう。


「ちょっとちょっとォ?お巡りさん、公務中に女の子お持ち帰り?」


聞き覚えのある声に土方さんが止まった。そちらに目を向けると、坂田さんの姿。

「……人じゃねェ猫だ。猫拾っただけだ」
「ね、猫!?土方さんいくらなんでもそれは酷くないですか!?」
「うるせェ黙ってろ!コイツと絡むとめんどくせェんだよ!静かにしてろ!」
「あれー?猫って喋るっけ?」
「…チッ、先に言っとくがツレの調子も見抜けねェような馬鹿に揶揄われる筋合いはねェからな」
「調子?何、お前調子悪ィの?」
「…えっと、」

返答に困ってたら近づいてきた坂田さんに額を触れられて「マジか」と一言。そんな深刻そうに言われると思わなかったから、私も「マジですか」とつい言ったら軽くデコピンされた。

「言えよ!」
「……それがさっき逸れたときに気付いて…」
「いやいやどんだけ馬鹿なのお前」
「二人して…っ!…土方さんに言われても坂田さんだけには言われたくなかった!」
「はいはい分かったから静かにしてろ。オイ土方くん、こいつ貰ってくぞ」

土方さんに抱えられているのに、坂田さんの腕が身体の下を通ってきた。が、土方さんは腕の力を弱めない。ちょ、何、どうなってるの今?土方さんと坂田さんの間に挟まれてる…!?

「発情期の天パが何するか分かったモンじゃねェだろ。コイツは俺がウチまで届ける」
「どうせ仕事だろお巡りさんよォ。この面倒ごとは万事屋が引き継いでやんよ。任しとけや」
「病人送り届けんのも仕事の内だ。テメーこそガキのお守りの仕事あんじゃねェのかよ」
「…あああああの!き、気持ち悪っ……、」
「ガキと言えばオメーんとこにも小僧がいるだろ、生意気なツラしたさらっさらヘアーの。アイツ公務放ったらかしてウチの神楽と金魚掬いでバトってたぞ。いいのか税金泥棒が」
「何ィ!?…チッ、コレのお守りが終わったらぶった斬りにいってきてやらァ」
「いやだからお前さ、コレは置いてけって」
「いやいやだからお前の方がだな、」
「あの!お願いなので!お願いので揺さぶらないでくださ、」
「お前は寝とけやァアア!!」
「んぐ!?」

ゴチンと額に強烈な衝撃を受けて目の前が真っ暗になった。


ーーーーー


「…なんつー石頭だお前は…。病人をパチキ決めて気絶させるかフツー」

完全に力の抜けたファーストを見下ろすと、抱えている土方くんから呆れに近い眼差しを向けられた。

「うるせェのにはこんぐらいがいんだよ。早くよこせ」
「…ったく、しゃーねェな。面倒見てくれるとこでもあんのか。テメーが見るなんざ言ったらぶった斬るぞ」
「なんでだよ。…幸いウチの一階に面倒見の良いババアがいる。そいつんとこに預けるわ」
「……パトカーぐらいは出してやる。来い」

意外にも素直に腕の力を抜いた土方くんからファーストを受け取り、先に歩き出す野郎の背を何も言わずに追った。タクシー代払うよか税金使ったほうがマシだな。

道路脇に停めてあるパトカーに乗り込み、ファーストの頭を膝に乗せるようにして横に寝かしてやる。病人を意識してか、緩やかに動き出す車。車窓から神社に向かう浮かれた連中をなんとなく眺めた。

…こんな長距離ずっと無理してたのか、コイツ。

「………っ、ごめ…なさ、…」
「!」

蚊の鳴くような声に視線を膝に落とす。

「ジン……、ごめん、なさい…っ!」
「!」

苦しそうに眉間にシワを寄せ、必死に何かに赦しを乞うように何度も何度も謝るファースト。

「…なんだ、猫でも鳴いてやがるのか」
「あぁ、猫だな」
「猫って喋る生きモンだったか?」
「さーな」

ジン、か。きっとあの写真の男の名前なんだろうな。

きっと運転してるあの野郎も同じこと考えてるに違いねェだろうな。零れた涙は気付かねェふりして、頭に付けたまんまの面をファーストの顔に軽く乗せてやった。


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