手に職を付ければ食にありつける

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かぶき町の中心街から外れた場所にある、少し立て付けの悪い中古の一戸建ての家。元々和傘屋だったその家の引き戸を開けると土間が広がる。土間から一段上がった畳の部屋を私は作業場にしていた。

「ファーストさーん!これ直してー!」
「理吉?」

勢いよく引き戸が開かれると同時に古びた建物の中に子どもの声が響いた。近所に住む理吉、という少年。私が作業机から顔を上げてそちらを見ると、「直して!」と壊れた何かを持ち上げた。

「はいはい、今度は何を壊したんですか」
「毎回俺が壊してるわけじゃないやい!」
「そう言えば前に壊したおもちゃは…あれ気になる女の子の物だったんですよね?ちゃんと謝りました?謝りましたよね?」
「…お、おう!」
「男の子は女の子を守るためにいるんです。泣かせていいのは嬉し泣きの時、特に愛の告白がプロポーズの時だけですよ」
「プ、プロ…?」

自分の言動にふと、生まれ育った故郷・ダブリスのことを思い出した。そこには夫と肉屋を営む女性の錬金術師がいた。
その人は'先生'と皆に親しまれていて、近所の子供たちからはおもちゃのお医者さんとしてよく親しまれていた。

「イズミ先生!」
「おや、ファーストかい?どうした?」
「私も錬金術少しできるようになったよ!」
「そうかい、アンタもこれで立派な錬金術師だな」

師と呼べるほど多くは学んでいないが、それなりには仲が良く、今はその‘先生’と同じようなことをしていることに気付いて心の中で笑った。

「これは…なんですか?」
「持ち歩き用のラジオ!お爺ちゃんがずっと使っててよ、ほんと、ずーっと使ってたら音が出なくなっちまったんだ!」

畳の上に腰をかける理吉から受け取ったのは随分年季の入ったラジオ。

「お爺ちゃん、すげー凹んでたからさ。俺のお小遣いで直せる範囲で直してくんねェかなファーストさん」

ドライバーで表だけ開けてみる。
理吉の言う通り随分大切にしてきたのはよくわかった。持ち主はきっとポケットや着物の間によく入れてたんだと思う。人の汗でラジオの中までサビが入っていた。

「このラジオはよく頑張りましたよ。このまま休ませたらどうですか?」と言いたくなったけれど、理吉の祖父想いの気持ちを汲み取ったらその言葉は出てこなかった。ここは腕を振るって直してやろうかと、ざっと取り掛かる日数を考える。

「んー、2、3日くらい時間もらうけど良いですか?」
「わかった!お爺ちゃん内緒でな!」
「分かりました。内緒で直します」

お互いに意地悪っこのように口元に人差し指を立てる。よくできた孫で祖父もさぞ幸せだろう。

理吉は私がこの家で修理屋を始めた頃に出会った。よく表の開けたままだった引き戸の隙間から、家の中の様子を見ていたのを私が中に入るよう促したのがきっかけだった。そのうち祖父と一緒に何度かお店に来てくれて、今ではすっかり仲良しになった。

「じゃあまた来るねー!」
「はい、さようなら」

理吉の小さな背を見送ってから、いつものクセでまた自分の今の住まいを見上げた。

アメストリス国でホムンクルスと闘い、影を操るラースに飲み込まれてから早2ヶ月が経つのか、そうぼんやり思った。

ここは日本国、江戸のかぶき町。私はそのかぶき町のはずれに1人で住んでいる。ホムンクルスたちが作った仮初めの町ではなさそうなのはここ2ヶ月ほど住んでいれば徐々にわかってきた。皆に意思があり、各々が自分のために生活をしている。

さらにはこの国は奇妙なことに天人と呼ばれる宇宙から来た生命体と共存していることも分かった。宇宙人なんて初めて見たが、合成獣なんかよりよっぽど可愛いものに見えたくらいだ。

「さて、作業に戻りますか」
「ごめんください。修理屋さんってここですか?」

大きな伸びをすると身体のあちこちの関節が気持ち良い音を立てた。たまには運動しないと太るななんて考えていると、背後から声がかかった。
振り返れば着物と呼ばれるこの国特有の民族衣装がよく似合った女性で、やや幼さの残る顔立ちをしていたがひと目で美人の類に分けられるな、と率直に思った。

「あぁ、はい。そうです」


ーー修理屋、それが'今'の私の職業だ。


「長年愛用してた傘が壊れてしまって…。どこ行っても修理は難しいだとか、ほとんど新品になってしまうと言われてしまって…」
「傘、ですか。どの辺が…?」
「それがね、」
「立ち話も何ですから、どうぞ中へ」

女性を畳に腰掛けさせて、作業机の横にある棚から修理依頼書の紙を取り出す。

「この軸がどうしようもないらしくて…」
「うーん、確かにぽっきりいってしまってますね…」
「あぁ、ゴリラを倒すのにうっかり手に持っていたコレで駆逐なんかしたから…」
「あぁ、コレでゴリラをねぇ……ん?ゴリ……え?」
「あぁ、なんでもないんです。ふふふ」
「…えっと、この軸さえ直せればいいんですね。分かりました。引き受けましょう」
「まぁ、本当に!?」

女性に依頼書を見られないようにペンを走らせる。英文字の筆記体でつらつらと書いてたいく。依頼内容は和傘の修理、と。
日数はどうしようかな…、鉛筆の尻で頬をかく。

「日数なんですが、1日、もらえますか?」
「まぁ…!1日だけで良いんですか…?」
「はい。本当は半日もあれば充分なんですけど…念のため1日頂けると…」
「そんなことが…。えぇ、もうぜひお願いします。明日の午後に取りに来る、という感じで大丈夫ですか?」
「はい。それまでには修理を済ませておきますね」

ペンを走らせると、女の人から「あ」と一言が漏れた。

「そうだ。私明日は用事があって…弟に取りに来てもらうように伝えます」
「分かりました。お名前をお伺いしてもいいですか?」
「私の名前はシムラタエなんですけど、弟の名前は、シムラシンパチです。眼鏡の人間なの」
「…眼鏡の人間…?……シムラタエ様で、引き受けに来る方はシンパチ様ですね。眼鏡の人間…っと」
「あら、冗談が通じる方なのですねファーストさん」
「はて、なんのことでしょう?」

2人して顔を見合わせて笑った。

和傘の修理依頼のタエさんは育ちの良さが伺えた。何度も何度もお礼を言いながら頭を下げるその姿を見送ってから家に入る。

「本当は半日どころか1分だけどね」

嘘ついちゃったな、と笑いながら修理の品の和傘をもう一度見る。これは、樫の木っぽいな。軸が一本完全に折れてしまっていて、そこさえ直せば傘として充分使えた。

パン

両手を合わせて和傘に手をかざす。練成反応特有の光が一瞬光ると、次の瞬間には和傘は元通りに。

「こんなのでお金貰うの申し訳ないけどなぁ」

苦笑しながら和傘を丁重に畳の隅に置いといた。それから理吉の祖父のラジオがそのまま畳の上に置きっぱなしだったからそれを修理用の箱の中に移す。

「理吉の修理書も書いておくか」

タエさんのと別に理吉からの修理依頼書を書き進める。と、そこでお腹がクゥ、と鳴った。もうお昼の時間だった。


ーーーーーー


あの日、白髪頭を撒いたあとは素直にお腹が減ったから、腹が減っては何とかと言うので道端の石ころを根気強く片っ端から精製していくつか宝石を練成した。
幸いダイヤモンドの元の炭素があったから、それをいくつか作って質屋っぽいところに持っていってお金に換金。宝石の価値はどの国でも同じようで助かった。

最初こそは宿住まいにしていたが、そう何度も石ころの精製をしてたらいつ人に見られるか分かったもんじゃないし、こう見えて一端の国家錬金術師でもある。違う国に飛ばされたとはいえ、国家錬金術師は「金を作るべからず」という規則があり、バレたらえらいことになるので仕事をしようと決心した。

そんな最中で古い作りの家が格安販売されていたから払えるだけのダイヤモンドをとにかく量産して、この元和傘屋の家を購入。
家の大事な部分は錬金術で補強、または修理をすればあとはこっちのモンというわけだ。全く錬金術様々だ。

錬金術、といえば、この国では錬金術師というものは存在しないことも分かった。それらしい職業の人間も居なさそだし、町の修理屋を一通り見て回ったが、皆工具を使ったアナログな方法だったし、町中を見ても練成跡のある物も見つからない。

とにかくこの2ヶ月間でこの国は今のところ自分に害がない、錬金術は存在していなかったことだけは確実になり、上手いこと其れを使った商売ということで修理屋にたどり着いた訳である。

「おい、なんでも修理できる修理屋ってェのはここのことか」
「はい。なんの修理をご依頼ですか?」

この国が全くの別世界なのか、はたまた単純に違う国だけなのか分からないけれど、とにかく今はアメストリス国に戻れる手がかりを探しながら、修理屋をしながら食い繋ぐことにしている。


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