邪気眼があれば誰でも厨二を発病する

◼︎


「ったくよーオメーの姉ちゃんも人使い荒ェな。やっぱアレだ、前世ゴリラだろ。ゴリラ族の中でも特に高貴なゴリ姫だったんだろ。突然地球にかぐや姫の如く降りてきて難癖つけてゴリラの星に帰るんだろ」
「帰ったら姉上にそう言い伝えますからね。銀さんが姉上の前世ゴリラって言ってましたって」
「バカかお前は。そんなことしたら月に変わってお仕置きよろしくダークマター投げつけられて人生リセットじゃねーか。死亡フラグモンだからやめてくださいチクらないでください」

だったら姉上の悪口を言うな。

銀さんが運転する原付バイクのエンジン音と風を切る音を聞きながら、僕は後ろの座席で手元の紙をもう一度見た。

「あ、銀さん、2つ目の角を右です」
「おー」

手慣れたように2つ目の角を曲がり、また原付は進む。

姉上からの頼まれ事だった。

母上の形見でもあった傘をうっかりいつものストーカー撃退に使ってしまって…、もちろんあの姉上の手腕でだから、傘のパーツがポッキリいってしまったそうだ。
そのあといろんな修理屋さんに頼んだそうだけど、古い傘だったこともあってどこもほぼ新品になって返すようになってしまうらしく、姉上はそれを嫌がって、とにかくなるべく元のまま直してくれる修理屋さんを探していたのだった。

先日ようやくほぼ元通りに直してくれる修理屋さんが見つかったらしく、品物はもう届けたから今日引き取りに行って欲しいと言われて、銀さんと一緒に向かっている。ちなみに冒頭の言葉は、僕は足がないので姉上がやや…いや結構強引に銀さんにバイクを出してもらうように頼んだから、あぁいう風にぶつくさ言っていたわけである。

「あ、そこです。銀さん。あの川のすぐ横の建物です」
「…随分辺鄙なところにあんのな。大体こういうとこに住んでんのどうせアレだろ、頑固親父とかガテン系のゴリゴリの職人だろ」

ゆっくりと原付が減速して、やがて止まった。僕はもう一度地図を見る。
姉上からもらった地図は間違いなく今僕たちがいる建物の場所だった。川のすぐ横と言っていたのだから、ここで間違い無いと思う。腰くらいの高さの自立式の看板に‘しゅうり’と平仮名で書かれている。

「ごめんくださーい」

少し重たい引き戸を押し開けて、顔だけ入れる。スン、と息を吸うと古い建物特有の木造空間の香りに煤、畳、それから工具特有の油のようなものがおり混ざったりような匂いの空間が広がっていた。何故だか不思議と安心する匂いだ。
人影は見当たらなかったから引き戸をもう少し押し開けて中に入る。

何故か僕は緊張していた。

修理工場なんて源外さんのところで見てきているからここも同じようなものだろうと思っていた。
けれどこの空間にはこの国以外の、いわゆる異文化と言われるであろう小物雑貨、見たことのない乾燥した草花、床には所々チョークで書かれた何かの計算式のようなもの、木や鉄の塊のガラクタなどが溢れかえっていた。
ここにはひょっとしたら昔絵本で見たあの伝説の魔女が住んでいる家では?という妙な期待感を抱かせてきた。こんなこと言ったら銀さんに3日は厨二なんて言われてイジられそうだから絶対言わないけど。

「ん、誰もいねーの?」
「みたいですね」
「何ソワソワしてんのお前」
「え、そ、そんなことないですよ!」

ヘルメットを取りながら銀さんも建物の中に入ってきた。不思議な雑貨や錆び付いた鉄屑、木の端材が広がる広めの土間に、奥にある畳の方は作業机のようなものが置かれていた。率直にあそこが修理作業をする作業スペースなんだろうなと思った。その作業机周りの壁面には並ぶ名前もわからないような金属工具がびっしりと掛けられていた。
足元にあったチョークで書かれた計算式の文字を踏んだ銀さんが驚いて足を上げた。

「すんげーな…なんじゃここ…」
「ごめんくんださーい」

「はーい!今行きます!」と部屋の奥から女性の声が聞こえた。「女?」と後ろで銀さんが喋った。

「すいません!遅れ、て……」

奥の襖の仕切りからひょっこり顔を出してきたのは作務衣姿の女の人だった。
頭上で簡単に一括りされたお団子ヘアは茶色と緑色が混じったような透明感のある髪色で、目は緑がかった明るい茶色でぱっちりとしていた。銀さんが頑固親父とか言っていたせいで、まさか女性が出てくるとは思わなくて拍子抜けしてしまった。

その人は僕とそれから銀さんの姿を見るとなぜかピシリと固まった。一番に反応したのは意外にも後ろにいた銀さんだった。

「おまっ!」
「げ」
「えっ?」

銀さん、女の人、僕の順番で反応した。え、まさか二人とも知り合い…?
女の人の綺麗な顔が少し歪んだ。

「此間の血塗れ女じゃねーか」
「此間のストーカー野郎じゃないですか」
「ほんっと、よくもやってくれたな。さっさと工場長呼べや。慰謝料踏んだくってやらァ」
「ここやってるのは私1人ですが何か?私の方こそ今から慰謝料請求させてもらっても良いんですけどね」

怪訝そうに銀さんを軽くにらんでから、僕の方を見た。

「……えっと、あなたがシンパチさんですね?タエさんから和傘を預かっています」
「えっ、あ、はい!そうなんです!!受け取りに…!」

ふわりと花のように微笑んだその人は、畳の作業スペースの端に置かれた和傘を取り、土間に降りてきた。

「こちらです。ご確認お願いします」
「はいィ!!……え、と、…あれ?」
「どうかしましたか?」

受け取った傘を開いてみたものの、一見何も修理したようには見えなかった。いや、ちょっと言い方が悪いな。壊れてたものには見えなかった、と言う方が正しかった。

「これ、本当に壊れてたんですか?」
「はい、主軸がぽっきりと」

その女の人の言葉にですよね、と小さく答えた。

どのくらい時間をかけて眺めても母上が使っていた時のままの状態だった。本当に壊れたのか?と疑いたくなるほどそのままなのだ。むしろどこを直してくれたのか…。じっくり見ても分からなかった。

「何か不備が…?」
「いえ…その、すごく綺麗に直していただいてありがとうございます。どこを直してもらったのかもわからなくて、ついじっくり見入ってしまいました。……これ、僕らの母の形見だったんです。本当にありがとうございます」
「!…そうだったんですか…それは…!ほぼ元通りに戻せて良かったです」

一瞬目を見開かせたかと思えば、今度はニコリと笑った。表情がコロコロ変わって飽きない人だ。

「それで、お代はおいくらですか?」
「ワンコインです。初回依頼の特別サービスしてます」
「いやいやいや、もっと渡したいくらいですよ!」
「よしよく言った新八。それでこそ侍だ」
「アンタは何で手を差し出してるんですか」

ここぞとばかりに手を差し出してくる銀さんを睨みながら懐から財布を取り出し、再度ワンコインで良いのか確認しながらその人にお金を渡した。
差し出された手には白い手袋がしており、その上にお金を乗せると「まいど」と声が返ってきたから本当にワンコインで良かったようだった。
ワンコインでこのクオリティ…なんで良心的なお店なんだろう。良心的なんて一言で済ますのすら恐れ多かった。

「あの、改めまして僕、志村新八と言います。こちらは坂田銀時で、万事屋をやってます。よかったら…あの、お名前を教えてもらえませんか?また何か頼むことがあるかもしれないので…」
「ヨロズヤ…?ですか?」
「何でも屋ってことだよ、何でも屋。ペットの散歩から地球防衛までやってんだよ」

鼻をほじくりながら簡単に自分の職業の説明をした銀さん。女の人はそれをまた怪訝そうに聞いては僕に本当かどうかを尋ねてくるような眼差しを向けた。
この2人は何があったんだろうか…。そう思いながら頷く。

「……本当なんです」
「そうなんですか…。私はファーストと言います」
「ファーストさん、ですね!…あ、そうだ、名刺あった!」

お財布に何かあった時用に名刺を数枚入れていたのを思い出して、それをファーストさんに手渡す。

「ヨロズヤのシムラシンパチさん」
「はいそうです!銀さん、名刺持ってないんですか?」
「お前ンのがありゃ充分だろ」
「シンパチさんが社長さんってことですか?覚えておきます」
「ん」

ファーストさんが手中にある僕の名刺をマジマジと見ていると、銀さんがその上に自分の名刺を置いた。

「俺、が、代表取締役、社長、です」

一言一言強調するようにわざわざ言葉を区切って自己紹介をする銀さん。
そんなに気に入らなかったのか今のセリフ。

「サカタさん」
「社長って呼んでもいいから」
「サカタさんって呼びますね」
「サカタ社長でもいいよ」
「わかりましたサカタさん」
「おーい人の話聞いちゃいねーよこの女」

ファーストさんが小さく笑うと銀さんはさっさと表へ出て行ってしまった。僕も改めてファーストさんにお礼を言って表へ出た。

「シンパチさん、また困りごとがあればいつでもどうぞ」
「ありがとうございます」
「お前それな、俺らのセリフだから」
「修理に関しては右に出るものはいないと自負してます」
「大層なこった」
「では、またよろしくお願いします」
「はい」

ヒラヒラとファーストさんが手を振ると銀さんは原付を走らせた。


「綺麗な人でしたね、ファーストさん。とても修理屋には見えなかったな」
「…そーさな」
「銀さん知り合いそうでしたけど、どこで出会ったんです?」
「ロクなもんじゃねーよあの女との出会いなんて」
「へぇ」

なんだろう。名前は知らなさそうだったから、顔見知り程度だったのかもしれない。
1人で勝手に納得していると、銀さんがぶは、と息を吐いた。

まるで緊張が解けた後のように。

「………俺が原付でひいた」
「は、…はぁああ!?」
「慰謝料請求されなくてマジで助かった…!!」
「いやいやいや!何あんな高圧的な態度取っちゃってるんですか!謝りなさいよ!!人として風下にも置けませんよアンタ!」
「ば、馬鹿!揺らすな!ちゃんと病院進めたし、なんなら救急車呼ぶっつったんだよ俺ァ!人として最低だのなんだの言われてっけど、それくらいはやってんの!」
「え…」
「けど頑なに拒んできてよ、挙げ句の果てにゃ人にあっち向いてホイで気ィそらして人の足取って転ばせて逃げたんだよ」
「…え、病院行かなかった……、んですか?」

そのあとよく聞いてみれば、ひいたとは言ったものの厳密に言えば慌ててブレーキをかけたので、減速したところにぶつかり、転ばせてしまったそう。それだけにしてはかなり酷い傷だらけだったと言う。さっき会ったときは何も怪我なんかしてなさそうだったな。うーん。

「美人に謎は付きもの…ですね」
「めんどくせェフラグしかねェじゃねーか。だからンな辺鄙なところに住んでんだよ」

口ではそう言っていたが、銀さんのことだ。心のどこかではあの人のことが気にかけているんでしょう?と言いかけたが、バイクから落とされたら嫌なのでそれはやめておいた。


PREV INDEX NEXT
top