モテ期占ったら一期は大体過ぎてる
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不思議なことに一時的に体調がダウンしてからは昔の夢を見ることがなくなった。
今となってはあの夢は身体からの休息サインだったのかもしれないなんて思うと、人間の自己防衛能力はつくづく面白く素晴らしいものだと改めて思わされた。生存本能とやらも相まっているんだろう。
「あー…あっつ…」
目的の場所に到着してバイクを停めると、途端にじっとりとした蒸し暑さに包み込まれる。茹ってしまいそうな気温にぼそっと独り言を零した。
少し離れた地面を見るとゆらゆら陽炎が出来ており、その真上を歩く人たちも死にそうな顔をして行き交っていた。きっと私も同じ顔をしていることだろう。
「暑い…無理…機械鎧で目玉焼き出来そう…。いや、それは大袈裟か」
さっさと目的のお店の引き戸を開くと、ひんやりとした冷たい空気に包まれて、歓喜のため息が溢れた。
「おう、ファーストちゃんか」
「こんにちは」
やってきたのはお世話になっている金具屋だ。
「風の噂で聞いたぞ。お前さんぶっ倒れたらしいじゃねェか。んで?病み上がり早々にこんなクソ暑ィ中わざわざパーツ買いに来たんか」
「あははー…仕事は待ってくれないので。…それにしても初めて夏ってものを迎えましたけどものすごく暑いですねー」
「あり?お前さん出身どこなの?」
「あ」
「あーいいいい!誰しも言いたくねェ事情はあるだろうしな。そんで?今日は何をお求めに?」
「えっとですね、」
故郷のダブリスも暑い方だが、あっちはカラッとした暑さに対してこちらのかぶき町の暑さはジメっとしていてつらい。店主と他愛ない話をしながら欲しいパーツを引き出しから取り出し、お会計を済ませる。
「また来ますね」と口にすると、店主は今思い出したかのように「あ」と声を上げた。
「なにか?」
「そーいやお前さん知ってる?なんかちゃちゃっと物を直しちまう凄腕の魔法使いが最近かぶき町に来てるらしいんだわ」
「魔法使い…?」
お登勢さんのセリフが脳裏を過った。確かカラオケボックスを修理していた時に言われたセリフ。
「そ。どんなにぶっ壊れたモンでもピカーッて光ったら治っちまってるんだと」
「そっ…それ!もう少し詳しい話聞かせてもらえませんか!?」
「詳しい話ったって…ほんとこんなモンしかわかんねェぜ?何も二人組でつるんでて、一人は背が小さかったから少年なんじゃ無いかって話だよ。あ、ちなみに魔法みてェなことすんのは背が高い方らしい」
「…」
二人組で、一人は少年…。一瞬キングブラッドレイの息子の存在を思い出した。まさか私を追ってこの国に…?もう一人の存在も気になる。
「お前さん心当たりあんのか?」
「……いえ、どんな人なんだろと…思いまして」
「なんかアレだよなー、この調子だと俺らの仕事も取られちまいそうで危ねェよなー」
「そう…ですね。教えてくださってありがとうございます」
店主にお礼を言ってから店を出ると、もわっとした気持ちの悪い暑さが体を一瞬で包む。引いたはずの汗がどばっとまた吹き出してきた。金具屋の店主の言う事は気になるが、正直暑くてたまらない。一旦家に帰ってから考えよう。
「…暑い…」
「もし」
「?」
声をかけられて振り返ると、そこにいたのはサムライ風貌の男の人。その腰にあった得物を見て素直に「おお」と心の中で声を上げた。
腰には廃刀令のご時世に似つかわしくない真剣が帯刀。確か一般の人が持つことは違反な筈。身なりも整っている辺りからしてどこかのお偉い方なのかもしれない。
「かぶき町は詳しいです、か?」
「いえ、私ここ数ヶ月前に来たばかりでして…。この店の主人に聞いてみましょうか?」
「いエ…それでは意味が無いので、ス」
「はい?」
「一緒に地図を見ていただけませんンン、かァアア!!?」
「!」
突然叫び出した男から身を引くと、袖口から何かが飛び出した。ラッキーなことに私の右腕に刺さったそれは懐刀だった。それを一目見てから目の前にいる人物を睨んだ。
「とても人に物を頼む態度とは思えませんが」
「オ…あァッ…」
「…!」
懐刀を抜いて握り折ると、男は数歩下がってから腰にあった刀を抜き取った。
たちまち町中に動揺と悲鳴の声が響く。さて、どうしたものか。よく観察すると男の様子は正気じゃなさそうだ。まるでクスリでもやっているかのような乱れ様だった。
「…この騒ぎなら真選組が来るのも時間の問題…かな」
それまでこの目の前の男をどうしようか。野放しにしておくのは危険だ。
「おま、エ…は、ファースト…ファミリー、だナ」
「!」
思わず目を見開いた。
辿々しくも私の名前を口にしたサムライ男…。この国の人間が何故私のファミリーネームを知っているのだろうか。相手の様子を窺っていると、辺りで気配が動いた。
「これだけお友達がいらっしゃれば目的地に到着するのではありませんか?」
「…とも、だチ?」
囲まれてるのはすぐにわかった。
視界外に四人。こちらを警戒してすぐには襲いかかりそうにはなかった。奴らの目的がわからない以上町の往来で突っ立ってる訳にはいかない。さっさと片づけるために両手を持ち上げると、全員がこちらに向かって駆け出してくるのが分かった。
「手、ててテ手を、…斬リ落と、セェエ!」
「っ!」
まるで私の力をわかっているかのような口振りだった。
四人同時の攻撃は錬金術を行うスキがなく、ひたすらにサムライ達の攻撃の回避に徹する他ない。彼らは皆白目を剥いていて正気の沙汰とは思えなく…、ただの勘でしかないけれどまるで操られている様なそんな感じがした。
「…っしつこい…なぁ!!」
ともかく他人を巻き込むのだけは御免だ。人気のない場所まで引き連れようと走り出し、ふと後ろを確認するとやはり全員が同時に走り出した。目的はやはり私みたい。
「死ねェ!!」
「!」
真上からの気配に屋根の上にも敵がいたらしく反応に出遅れたが、振り下ろされた刀を右腕で防ぎ、重心移動で男を振り払う。その直後、後ろから右腕の付け根に衝撃が走った。
「……このっ…!」
軽く後ろを振り返り一瞥すると、刀の切っ先を機械鎧の根元に刺す男の姿がそこにあった。反撃しようとした矢先に、何かが男の頭に直撃し、男は刀を手放して地面に倒れ込んだ。
他にも追ってがいたのか…?辺りを警戒しながら刺さった刃を抜いて倒れた男を見下ろすと、すぐそばには見覚えのある木刀が落ちていた。
読み方が分からないけれど、この漢字三文字が入った木刀は…。
「よォ」
それに視線を奪われていると、一人の人物が落ちた木刀に近づき、拾い上げた。
「坂田さん!」
「何してんのお前。モテ期?」
「…そういうことにしておいてもらえますか」
「元軍人なら蹴散らかすのも楽だろ?」
「いやぁ、普通の人だったらなんか申し訳なく…。真選組が来るまで相手をしようかと…」
「あのなー、アレが普通に見えるか」
坂田さんが顎でしゃくって指した目線の先には先ほど私を追いかけてきたサムライたちの姿。
白目を向いているどころか、口端から滴る涎、そこから覗く鋭い牙。ヨタヨタと此方へ歩み寄ってくるその様子はまるでゾンビ映画でも観ているような気分だった。
「普通じゃないですね」
「うがァァアア!!!」
「連中は恐らく攘夷志士だ。そんじょそこらの市民より打たれ強ェから遠慮なくぶん殴っとけ」
「え、いいんですか?」
よく考えたらさっきも坂田さんは木刀で思いっきりぶん殴ってたな。そんなことを思い出して肉弾戦で反撃してみることにしたのだが、どうやら急所を当てるだけのようじゃ片付きそうになかった。いくら急所を突いても立ち上がる立ち上がる。
「…チッ、このままじゃぁラチがあかねェな」
「坂田さん、こっちへ」
「ん?」
人気の無さそうな路地裏が目に入り、そこへ坂田さんと入り込んでからすかさず両手を合わせ、狭い路地裏に一本の壁を作った。地面に手を着いた瞬間、右腕にピキリと違和感を感じて思わず付け根をさする。
「おー、見事」
「どうもです」
とりあえずまずは逃げるのが先決だ。路地裏を抜けながら今後のことを考える。
「…あの人たちをご存知ですか?」
「知り合いってワケじゃねーけど…あの中に二、三人ぐれェ攘夷志士として張り紙が出てたのを見た事がある」
「ジョウイシシ?なんですかそれ」
「あー簡単に言やァアンチ幕府みたいな?」
「あぁ、反乱軍みたいなものですか」
「そんな感じ。基本真選組以外の連中は刀持ってられねェんだが…」
「なるほど…あの人たちは持ってましたね。……それで、攘夷志士というのは一般人を追いかけ回す無粋な連中なのですか?」
「滅多なことがなきゃねェよ。アイツらの敵は基本的にゃ幕府だしな…。…よっぽど良い女が居たらしい」
「なるほど。この国の人たちは情熱的ですね」
「草食男子が蔓延るご時世、大層なこった」
何に追いかけられているのかは分かった。それに目的は私。もしかして、あの‘魔法使い’とやらと関係しているのだろか…?
なんだかんだここまで坂田さんと同行しているが、この先は分かれた方が良い。どうやってこの人から離れようか、なんて私の心情を汲み取ってくれたのか、路地裏に一台の原付バイクを見つけた。
随分綺麗だがナンバープレートは曲げられており、タイヤがパンクしたまま放置されているところから、ひょっとしたら盗難車かもしれない。
「お借りします」
両手をパンと合わせ、パンクを修復し、曲げられたナンバープレートを元に戻して数字を変更。
「…よし!」
「…は?それパンク直しても鍵ねーと乗れねェぞ…?」
錬成反応が終わったバイクに座りハンドルと捻るとエンジン音が響き渡る。ついでにガソリンメーターも正常に動き、ガソリンがまだ残ってることに気付いた。ラッキー、なんて心の中で呟く。
「はァ!?」
ぽかんを口を開けている坂田さんに片手を上げた。
「じゃ、お疲れさまでした」
「じゃねェェェエエエ!!!説明しろ説明をォォォ!!」
「うわわわ」
進みだしたバイクは坂田さんのとんでもない馬鹿力によって止められた。
―――――
かぶき町の町中に原付を走らせる音が響く。
「どーやって走らせてんのコレ!?お前がなんでも直せるのは分かったけど、コレッ、鍵無しでバイクも運転できちゃうの!?」
「電子経路を錬金術で直結させただけです」
「簡単そうに言ってるけど全然わかんねェんだよォォオオ!!!」
「要するに鍵無しで運転できるようにしたってことです」
「要しすぎィ!!」
「それと黙っててくれないと振り落としますよ?私たち一応ノーヘルなんですから…このタイミングで捕まったらアウトですよ?」
「ハイ」
背後にいる坂田さんが黙ったので、私はまた原付のハンドルを捻った。角に出る時は真選組の姿がないのを確認してからアクセルをかける。お腹にある木刀が少し痛かった。
「なァやっぱコレ…アンバランスよ。女の子が前ってお前…俺のメンツ丸潰れじゃね?」
「元々潰れてるどころか腐ってボロボロだったじゃないですか。何を今更」
「すげー辛辣。ていうか、前乗んなら髪縛ってくんない?すごいベシベシ当たんだけど」
「時速四十キロですが降りる準備は良いですか?」
「すみませんでした」
坂田さんがずっとぶつくさ言ってるのは原付を私が運転して坂田さんが後ろになったことだ。お腹に木刀がある訳は、坂田さんが私に(気持ち的な意味で)掴みにくいからだそうで、お腹に手を回す代わりに木刀を回すスタイルになった。
やっぱりご不満らしいが此処は我慢してもらう。というか、前に無理矢理二人乗りさせてきたのだからそっちも我慢くらいしてほしいもんだ。
「怪我、大丈夫ですか?」
「は?なにが?」
「気付いてますよ。右腕ばっさりやられてるの」
「大したことねェよこんなの。ちょっと野良猫に引っかかれたぐれェだろ」
本人的には隠していたつもりなのだろうが、さっきの攘夷志士たちとの一戦で坂田さんの右腕に一本の刀傷ができていたのは分かっていた。
「そんなこと言って結構血が垂れてたと思ったんですが」
「あー血流良いからじゃね?」
「不摂生な生活してるとドロドロのクルクルになりそうなのに…」
「クルクルってなんだオイ。後半は毛の話か。こちとら好きでクルクルしてねーんだよ」
巻き込んでしまったお詫びといってはなんだが、坂田さんに手当てをすべく今は私の家に向かっているところだった。
「にしても、ンとになんでお前あんな奴らに追われて、」
ゴン
重たい何かが落ちる音がして坂田さんの言葉切れた。
「ん?」
「あれ?」
ふと軽くなった自分の右腕を持ち上げる。それから二人して振り返ると、通ってきた道に私の右腕が落ちていた。
「腕、落ちましたね」
「ブレーキィィィイ!!!」
後ろから身体を抱え込まれ、坂田さんが慌てて右ハンドルのブレーキに手を伸ばしてくれたお陰で難は免れた。
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