オトナってカタカナで書くと少し卑猥
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錬成反応を起こしながら身体を修復していく少年を見ているうちに冷や汗が流れる。
「その身体の錬成反応…ホムンクルス…!」
「あぁ、やっぱり知ってた?。だよね、スロウス兄さんと戦ったって聞いたし」
「あなたは一体…」
「名乗りたいところは山々なんだけどね、今日はもうタイムリミットなんだ。また来るよ」
「逃がさない…!」
「まぁまぁ落ち着いて。ちょっと体裁を整えたらまた来るからさー。こっちもずっと探してたんだよ?慧眼の錬金術師さん」
少年が笑いながら言ったそのセリフに違和感を抱く。
「探してた…?」
「扉を開けた人間を、ね」
「!」
「オイ、扉ってなんのことだ。大人の扉のことか」
「なにその毛玉」
「んだと誰のことだコノヤロー。お前ちょっと親呼んで来い。教育方針叩き直してやらァ」
私を追ってきた坂田さんがしれっと会話に入ってきて驚いたが、今はそれどころではない。とにかく胸騒ぎが止まらなかった。
‘扉’…、ホムンクルスが言う扉は真理の扉のことのはず。私は一度はスロウスに消された身…、それをこの男は探していたと言った。実際に自分の身に起こったことと、話の繋がりが見えない。
「…土方さんや沖田さんを操っていたのはあなたですか」
「ん?誰それ」
「…聞き方が悪かったですね。人間を操っていたのはあなたですか?」
「知りたければ後ろを振り返ることだね」
振り返ると突然目の前に坂田さんの木刀が身体にめり込んだ。踏ん張っても耐えきれなくて身体が吹っ吹っ飛ばされる。
「う、がッ…!?」
突然の激痛に顔をしかめたが、そんな余裕もなく次の一手の気配を感じ、反射的にその場を転がると私が寝ていたところに木刀が食い込んだ。
「…っつ…!な、にが!?」
粉塵が晴れて見上げると真上にいたのは紛れもなくその木刀の持ち主だ。見間違えようのない坂田さんの姿。
「ま、まさか…!坂田さん…!?」
目元は前髪に覆われていてその表情が窺えない。
沖田さんたちと同じ状態になってしまったのか。心の中で謝ってから足払いし、体勢を崩させてたところで逃げ出し、咄嗟に坂田さんの木刀を持ってホムンクルスに向かって駆けだす。
操っている元凶がアレなら、元を絶つしかない…!
「あとは頼むよ」
ホムンクルスがそう隣の男に声をかけた瞬間、男は動き始めた。視界に入ったのは、男の手の中にあった小石が軍刀に変わる様。すかさず振り下ろされたソレを木刀で受け止めて薙ぎ払う。
「ーーッ、モーションなしで錬成…!?それにその軍刀は…!アメストリス軍の…!!」
「−−ファースト」
懐かしい声に身体が強張った。フードの中にある顔を見上げて、とうとう思考までもが固まった。握っていた木刀が高い音を立てて落下して派手な音が響き渡る。そんな…ことが…。
軍刀を引いた男がマントを剥ぎ取る。この国に来てから初めて見るアメストリス国の軍服、それに身を包んだ屈強な身体つきの大男。
「ジ…ン」
思わず声が震えた。目の前にいるそれは見間違えるなんてレベルじゃない。
「…なんで…ジンが……、う、が…ッ!」
ニカッと笑うジンに茫然としていると、その瞬間片足を掴まれて地面の上にはっ倒された。反応できずに見上げると、坂田さんに馬乗りにされてしまい、完全に逃げ場を失った。
「さか、たさん…!…っい」
顔が近づいてきたかと思えば首元に顔が埋められて、直後にそこへ耐え難い激痛が走った。
「…ッう、ぁ!?」
獣の歯で無くて良かったとどこかにいた冷静な自分が呟いた。
遠慮なしに噛み付いてくる歯が皮膚を噛みちぎる前に殴りかかろうにも殴る右腕は無く、左腕は地面に縫い付けられ…、反吐が出るほど大嫌いな男女の力の差を見せつけられてしまった。
足で坂田さんの腹を押し返すがびくともしなく、苦しい状況の中でホムンクルスとジンがいた場所を見たがもうそこには姿は無かった。
激痛か自身の情けなさからか、思わず唇を噛み締める。頭の中ではジンの笑みが焼き付いて離れなく、目尻が熱くなって目をぎゅっと瞑った。
「ーー目ェ覚ましなせェ旦那ァ」
「ーーじゃねェと即しょっぴくぞオラァ」
土方さんと沖田さんの声に目を見開くと、二人が鞘で坂田さんを吹っ飛ばすところだった。身体の拘束が解け、こちらに背を向ける二人の背中を見ながら立ち上がる。
正気に…戻ったの?
「ーーッ、うおぉあ゛ぁああ!!!」
「!?」
吹っ飛ばされた坂田さんはゆっくり立ち上がると突然声を張り上げ、思い切り自分の顔を殴った。その後にこちらを見た眼はいつもの眼になっていて、沖田さんと土方さんが警戒の体勢を崩した。
土方さんが胸ポケットから煙草を取り出し、マヨネーズ型のライターで火を付ける姿に心底ほっとした。
「…手間かけさせやがって」
正気に戻ったらしい坂田さんはズンズンとこちらの方へ向かってくると、私の片方しかない腕を引っ掴み、
「う………ぇっ!?」
あろうことか抱きしめてきた。予想だにしてなかった行動に思わず間抜けな声が出る。
「…悪ィ」
恥ずかしさと混乱が入り混じって状況に頭が追いつかなかったが、普段の坂田さんからは想像ができないくらいか細い声にふと冷静さを取り戻した。
その弱々しさにもう大丈夫であることを伝えたくて、彼の背中をそっと撫でた。
ーーーーー
「今救護班を呼んでる。もうしばらく辛抱してもらえるか」
ぼけーっと近くにあった河川を見下ろしていると、隣に人の気配。煙草の香りが鼻をかすめたところでその人が誰であるか分かった。
「大丈夫です…。土方さんも大丈夫ですか?…さっきの…」
「なんてこたねェ。お前さんこそ総悟や万事屋に噛まれたところは大丈夫なのか」
「私こう見えてなかなか打たれ強いんですよ」
「そうか。……ったく…総悟だけでなく俺や万事屋まで…一体何が起こったんだか…」
くしゃりと土方さんが自分の髪を掴んだ。自分の身体が乗っ取られるなんてそんな気分の悪いことがあるだろうか。
「すみません…私のせいかもしれません」
「ファースト?」
「…」
土方さんの顔が見れなくなって、また川を見下ろした。今日半日でいろんなことがありすぎた。状況を整理したいところだが、まだ冷静になりきれていない自分がいて混乱状態を確実に抜け出すのはまだ難しい。
…けれど、噂の魔法使いとやらは錬金術師…それも賢者の石を使ったものに違いなかった。そしてソレを使っているのは…ジン。まさか魔法使いの正体が死んだはずの男だったなんて、そんなことあるだろうか。
「あー頭痛い」
「あん?どうした?」
「…いえ、色々考えてたらちょっと…」
「ファーストさん」
髪をくしゃっと掴むと、沖田さんの声で名前を呼ばれた。振り返ると、坂田さんと沖田さんの姿。
「さっきの愚行は…」
「気にしないでください。…そういえば、あの時何があったんですか?」
「…ああ…なんか…自分が自分じゃなくなっちまったみてェで…」
「お前もか総悟」
「みなさん…一体何があったんですか…?何か共通していることがあればいいんですけど」
「急に気が遠くなっちまって身体が勝手に動く感覚があった。気付いたら刀を手にして…その…お前に斬りかかっちまった…」
「俺ァ正直斬るというか…噛みつきてェ衝動がありましたがねィ」
「…言われてみりゃ…」
噛みつきたくなる衝動?…一応何かのフラグかもしれない…沖田さんのセリフに少し考え込む。
その間、三人とも私の様子を窺ってくるのでなんでもないかのように振る舞った。
「三人の様子がただ事じゃないのは分かっていましたから、お気になさらないでください。ともかくご無事で何よりです」
私こそ謝らなければならない。その事を話そうとすると一人の隊士が近づいてきた。
「失礼します。土方さん、救護班が来ました。診てほしい怪我人は…」
「あぁ、コイツだ。案内してやってくれるか山崎」
「はっ!」
「…俺も行くわ」
「えっ、万事屋の旦那も…?」
「私は構いませんよ。連れてってください、ヤマザキさん」
「あっ、はっ、はい!」
黒髪の割と華奢な体型の男の人について行くと、簡易テントの元で白衣姿の人物が数人医療器材を用意して待っていた。
先に噛まれた腕の治療を頼んだ後、次に首の治療になった。土方さんに借りて首に巻いていたスカーフを外し、作務衣の襟元を緩めるとズキッとした痛みが走る。
「う、わ…!」
横に立ってたヤマザキさんがはっとした様子で口許を押さえた。
「…そんなにひどいですか?」
「いえっ!…いや、ちがっ…!えっとあの…!」
「あははっ、どっちですかいだだだ」
「コラ、笑うな笑うな」
吃るヤマザキさんを笑うとまた首が痛んだ。
治療が終わると少し安静するように言われ、またさっきいた河原にいることに。土方さん達は現場検証で忙しいようだった。
その間も坂田さんは黙々とついてくるから、流石に河原まで来たら隣に座るように促す。
「座ったらどうですか?」
「んー」
「そんなに気にしてるんですか?」
「悪ィかよ」
「らしくないですね。なんか人間みたいです」
「お前いつも銀さんのことなんだと思ってんの!?」
「あ、いつものツッコミ方ですね」
「……だー!!もー!!」
「うわっ」
坂田さんがどっかり座ってきたのはまさかの私の真後ろ。
な、なんでよりによってそこに…。私を足の間に挟むようにして後ろに座る坂田さんを不思議に思っていると、怪我の無い方の肩にほんの少し重みがかかった。首にかかるちょっとくすぐったい感じのは多分髪の毛だ。
そこまで気付くと…妙な緊張感が走る。た…多分だけど、肩に頭乗ってる…気がする。
「…噛みやしねーよ」
「…まぁ、その心配してませんよ」
「よーし言ったな。脈拍確認するぞ」
「嘘です実はちょっとビビってます」
「素直すぎるだろ。元軍人でも生命の危機がある急所はトラウマもんってか」
「…うっ…それ言ってきますか」
「でも緊張解けたろ?」
「……あ、言われてみれば」
私の緊張と取るためにおどけたことを言ってくれたのだろうか。
そのままの謎の体勢で河川を見下ろしていると首に手が触れた。
「……悪かったな。痛かったろ」
「坂田さんの意思でないことくらい分かってますってば。しつこいです」
「お前な…」
「ちなみにお聞きしたいんですが坂田さん咬合力いくらあるんです?沖田さんより痛かったんですよね。一般的に咬合力は体重分あるらしいのですが坂田さんの体格からざっくり計算しても、噛まれた力と比例しなくって。あれ…そう考えると私の皮膚の耐性って意外に結構あるってことになるのか…急所だから柔なハズなんだけど…。人の身体って不思議だ…」
「なんの話!?ごめ、何言ってんのか全然分かんないんだけど!?」
「あ、すいません。率直に疑問に思いまして…」
「さっきの銀さんのシリアスモード気付いてたよね!?」
「ご自身でシリアスモードとか言うあたりダサいですよね」
「もうやだほんとになんなのこの子」
後ろからため息が聞こえた。聞こえたのだが、坂田さん1人だけじゃないような気がして身体ごと後ろを向くと坂田さんの後ろには沖田さんと土方さんの姿があった。
「…やれやれあの調子だと俺らが謝っても同じテンションで返ってきますぜ土方さん」
「…だな」
私の前に回り込んできた沖田さんは目線を合わせるようにしてしゃがみ込むと私の左手をそっと手に取り、手当のされた腕を見た。それから短く息を吐くと一言。
「決めやした。俺ァ今回の件は謝りやせん」
「「はぁ!?」」
後ろで坂田さんと土方さんが叫んだ。
「その代わり逆にアンタをアレから守ってやらァ」
「…えっ?」
「アンタが受けた傷の分、俺も体張って守ってやるっつってんでィ」
な、何を言ってるんだ沖田さんは…。アレから守るだなんて…。後ろで土方さんが笑ったような気がした。
「なるほど総悟にしては面白ェこと言うじゃねェか。俺もそうさせてもらうとするか」
「失礼ですねィ土方さん。俺ァいつでも面白おっかなびっくら人間でィ。あらよっと」
土方さんの顔面に向かってバズーカ砲を構えた沖田さんはそのままためらいもなく引き金を引いた。
「うぉおおおお!?いきなりバズーカ打ってくるヤツがあるかァァア!!」
間髪のところでそれを避けた土方さんが刀を抜き、沖田さんはその振り下ろされた刀身をバズーカ砲で受け止めた。その様子を見ていた坂田さんがくつくつと喉を鳴らすのに違和感を覚えた。
「なるほどなァ、そいつァいい。俺もさっきの言葉は撤回させてもらうわ」
「え?」
「お前、さっき言ってたよな?俺たちがあぁなったのは自分のせいかもしれねェってよ」
「……そ、それは…すみませ…んぐ」
思わず謝罪の言葉がポロッと出かけたのだが坂田さんの手に口元を覆われた。ニタリと笑う坂田さんに嫌な予感がして冷や汗が出た。
「いや〜奇遇だなァ〜?俺らもさ〜、謝罪の言葉要らねーんだわ」
「…」
「もしお前がほんっとーに心の底から申し訳ねェと思ってんなら?話すこと話しゃ許してやんなくもねーけど?」
「…じゃ…じゃあ謝りませ…」
「っあーなんかあの野郎に仕込まれてから調子悪ィなオイ。煙草が不味くなってきた気がしてきた」
「土方さーん、煙草って不味いもんじゃねェんですかィ?」
「うるせェな。元々美味いんだよ」
「あ、やべ、俺も目眩がしまさァ。コレじゃあ業務に支障出ちまいやすなァ」
「ざけんな総悟」
後ろで土方さんがかったるそうに目元を押さえ、沖田さんは白目を向いてフラつき始めた。それから坂田さんを見上げるとニマついた顔がこちらを見下ろしてきた。
「俺もなんかイマイチ調子悪ィなコンチキショー」
罪悪感につけ込んできたこの人たちに頬が引きつった気がした。
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