健全より不健全な方がまずい気がする

◼︎


治療を受けたあの後は翌日に話をすることで折り合いがついた。
真選組のパトカーで送ってもらえることになり、先に万事屋の前で坂田さんが降りる。

「お゛…お疲れさまでし、た…うっぷ」
「…お前大丈夫か…?家まで20分ぐれェあるが…」
「耐えます…出してください土方さん…」
「その調子だとなんか違うモン出んじゃねェのお前」

気持ち悪さに情けなくもボロボロ泣きながら運転席に座る土方さんに伝えた。足がないのが本当に辛い。…あれ、私自分の原付どうしたっけ。でもきっとあの操られたサムライたちに壊されたことだろう。あぁ、買ったパーツまた買いに行かないと…。それから納期…。

「おい」
「…はい?」

後部座席のドアを開けたままの坂田さんが座席をのぞき込んできた。

「お前ウチ泊まれ」
「いや、帰ります」
「即答か。泊まれっつってんの聞こえねェのか」
「そっちこそ帰りますって言ってるの聞こえないんですか」

頼むから早く帰ってくれないかな。早く車を降りたいんだよこっちは。

「またアイツ襲って来たらどーすんだ」
「…それ坂田さんが言います?…まぁ、なんとかしますよ」
「うっせーな。あのな、世の中土壇場で何でもかんでもやっていけるほど優しくねーの。お分かり?」
「忘れたんですか?私元軍人ですよ?優しい世界どころか自分の命すり減らして生きてきたんですけど」
「は?軍人?ちょ、待て。おま、どういうことだファースト」

私のセリフに土方さんが此方を振り返った。その揺れでまた気持ち悪くなる。

「そ、それは明日お話しするんで…揺らさないで下さい土方さん」
「ンなの元だろ元。過去の栄光ばかり縋ってちゃあ今という大切な時を見失うぞコノヤロー」
「なに目線でモノを語ってるんですか坂田さんは」
「何!?ファースト泊まってくアルか!?」
「神楽さん地獄耳!?」

どこからかひょっこり顔を出してきた神楽さんに驚いた。彼女の馬鹿力にはさすがに抗う術もなくあっという間に車から引きずり出されると運転席の窓が開いて、ちょっと哀れな眼差しでこちらを見下ろす土方さんと目が合う。

「…あー、まァ明日昼過ぎに迎えいくわ」
「え…えぇ…土方さんんん」

殺生な。あっさり降ろしていったパトカーの姿を睨む。…でも、ま、いっか。ちょうどやりたいこともあった。
素直に万事屋へ上がる階段に向かうと、作務衣の右袖がぷらぷらしていることに気付いた神楽さんがそれを掴んだ。

「あれ、ファースト腕無いヨ!!とうとう発射させたアルか!?」
「発射…うーん、そうですね。ロケットパンチ繰り出しました」
「うぉぉおお!!やっぱりスゲーアルぅう!!」
「ぶふっ…ロケットパンチってお前…ぶくく」
「ロケットパーンチ」
「ぶべら!?…おま、それパンチじゃなくてビンタ!!」

袋に入っていた機械鎧で坂田さんの頬を叩き、神楽さんと万事屋へお邪魔させてもらうことにした。


お夕飯とお風呂もいただいて、坂田さんの寝間着に身を包んで居間のソファーに腰を降ろす。今日は本当に一日長かった。
いろいろ終わったら改めてお礼しに来ないとな…そう思いながら不意に座面に置いてある機械鎧を見た。

「これ直さないと…」

床に座り直し、テーブルの上に神楽さんにもらった紙を置く。機械鎧をイチから錬成するのは流石に至難の業だが、幸い壊れているのは付け根の部分だけだ。元ある形に修復されるように陣を描いていく。久しぶりの本格的な錬成陣で心配だったけれど、どうにかして陣が形になった。

「う、わ!?」

突然頬に冷たいものが当たって身体が強張った。振り返るとお風呂上がりの坂田さん。缶ビールを片手にそこに立っていて、私が驚いたのを驚いたのか、目を丸くして見下ろしていた。いや、なぜそっちが驚く。

「びっくりしたなオイ…」
「び…びっくりした…。というかなんでそっちが驚いてるんですか…」
「いや…気付かねェもんなんだなって…」
「集中力ってご存知ですか?」
「オイ寂れた大人ども。私がいるってのにイチャイチャこくんじゃねェヨ」
「これがイチャついてるように見えるか」
「月九系の匂いがぷんぷんするアル」
「馬鹿言ってねェでさっさと風呂行け」
「ファースト、銀ちゃんになんかされたらすぐ風呂場に来るヨロシ!」
「お気遣いありがとうございます。五倍返しでやり返します」
「怖ェな!!」

神楽さんが居間から廊下へ続く襖の向こうに向かうのを見送ると、坂田さんはソファーにどっかり腰を降ろした。それからテーブルの上に置いてあった紙に気付くと、「うげ」と小さな声を上げた。

「なんじゃソレ…」
「錬成陣ですよ」
「あ、飲む?」
「あ、いただきます」

そういうと坂田さんは開栓してからビールを渡してくれて、お礼を言ってから受け取る。そのまま喉に流し込むとなんとも言えない多幸感に包まれて、口を離すと幸せ故のため息が零れた。暑い夏にはうってつけの飲み物だ。

「なんかまた魔法陣みてェなのを…」
「錬成陣ですってば。機械鎧を直そうかと」
「マジか。片手でもできんの?」
「はい。面倒ですが」
「ふーん。てっきり手がねェと無理なモンかと思ってた」
「むしろ普通の人たちはこういう陣を描くところから始めますよ」
「じゃぁなんでお前陣なしでできんの」
「それは、………えっと…」

'扉'を開けたから。と説明したらそれはそれでまた「扉なんで開けたの」とどんどん芋づる方式で話がずるずる進んでいきそうで言葉に詰まった。

そんな私の様子を見た坂田さんはデスク近くの箪笥に近づくと、小箱を取り出し、私の真後ろにあるソファーに座り直した。そんな坂田さんの行動を不思議に思ってみていると、「前向け。続きやってろ」と言われてしまったので、素直に前を向く。

「な、なんですか?」
「首のやつ、ガーゼ貼り直してやらァ」
「…あ、そういえば忘れてた。ありがとうございます」
「おー」

髪をまとめて噛まれていない方に流され、噛まれた側の首が露わになる。扇風機が傍で回っていて、露わになった首元が涼しい。まるで昼間の騒動が嘘のようだ。

「しっかしまァ…こんな状況で自分の家で一人になろうとする馬鹿がいるか普通?」
「人のこと馬鹿馬鹿と…。…ともかく、そう心配する必要はありませんよ」
「何を根拠に言ってんだお前は。襲撃に遭うとか大体真夜中って創作物の世界では鉄板だろ」
「鉄板かどうかは知りませんけど…。連中は私を殺せない筈ですよ」
「!」

殺しているとしたらスロウスの影に飲み込まれた地点で絶命していたはずだし、本気で殺しに来ていたのなら、他人を操って襲うなんて回りくどいことせず、ホムンクルスが直々に私のところに来ていたことだろう。

私が今生きていることがあの連中が生身の私を欲しがっている証拠だ。

「そのどっから出てくんのか知らねェ自信は明日追々問い詰めてやるとして、だな」
「問い詰められる理由が見当たらないんですけど」

後ろからぺりぺりとガーゼを開封しているであろう音が聞こえて首に貼られた。「よし」と坂田さんの声を確認してから、振り返る。

「機械鎧取ってもらえますか?」
「ん」

手に乗せられたずっしりとした重みを受け取る。それから破損した部分を錬成陣の上に乗るように置き、陣の端に手を触れるとバシンと錬成音が響いた。うん、上出来。

「…お前ホント主人公クラスだなオイ…。銀さん自身無くなってきたわ…」
「え?何がですか?」
「…いや、こっちの話」
「あの、レンチってありますか?腕に付けたくて…」
「あぁ、仕事で使ってるやつあるわ」

ちょっと廊下に出ていた坂田さんが手にしていたのは工具箱。なるほど、万事屋をやっているだけのことはある。
機械鎧装着時に使えるサイズのレンチを見つけて、感動のあまりに涙がちょろっと出かけた。

「よ、よかった…!これで腕が嵌ります!!」
「お、おう…よかったな…」

テーブルに置いた腕に自分の右腕を近づけて微調整をしていると、レンチを握る手を大きな手に握られた。

「やってやるよ」
「…あ、ありがとうございます」
「ん?どうした?」
「…いえ、あの、…ここをぐっと捻ってもらう感じなのですが…その、捻るとき一声かけてもらってもいいですか…?」

自然にタラタラと出てきた脂汗を浮かべながら坂田さんにそう説明すると、不思議がられてた。機械鎧装着者にしか分からない困難が待ち受けているのを知るはずもない。

正直腕がないのも不便なのだが、この先の瞬間を想像するのも結構憂鬱だ。

「え?なんで?」
「…いや、あの…その………うぁっ!?」

突然右腕から電流が走り抜けて、身体がびくんと跳ね上がった。

「…っ」

頭の中で一瞬坂田さんに対して殺意が沸いたものの、神経接続時の痺れが尾を引いていて、それを耐えるために目をぎゅっと瞑ってやり過ごす。痺れが落ち着いたころに坂田さんに向かって少し声を荒げて非難した。

「ひ、一言声かけてって言ったじゃないですか!!」
「うん、悪い」
「神経繋げるときビリッって電気が走るんですよ!だから…繋ぐ前にこう…心の準備のためにも掛け声がないと結構キツいんですよ…!?」
「うんそうだね。銀さんもビリッときたわ」
「…えっ?」

よく見たら坂田さんは俯いていて、その表情が窺えない。ビリッときたって……え…?

「か…感電はしないはずなんですが…」
「いや、ほんと。本当に悪かった。銀さんが本当に悪かった」
「?…なんで丸まってるんですか?」
「俺の方が一瞬大人の扉開きかけたわ」
「はい?」

ご自身の局部を押さえ込んで丸くなる坂田さんに、ようやく意味が分かって。途端に顔が熱くなった。

「へ、変態…!!」
「お前な!いきなりあんなエロい反応されたらそりゃ誰だってアレ思い出すだごぶらっ!?」

すっかり繋がった右腕でロケットパンチをお見舞いした。


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