マキシマムザホルンじゃなくホルモン

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土方さんと沖田さんから息を呑む小さな音が聞こえた。そのくらい尋問室は今静まり返っている。

きっと私のセリフに大切な人が脳裏を過ったことだろう。私だって自分自身のセリフに彼が浮かんだのだから間違いない。

「こんなこと、まさか錬金術のないこの国で言うことになるとは思わなかったな…」

思っていたことがついぽろっと口に出てしまった。人生何があるか分からないものだ、なんてふいに込み上げてきた苦笑いと短い溜息の後についにあの話をするために口を開いた。

「錬金術の中で最大の禁忌と言われている錬成術に……‘人体錬成’というものがあります」
「人体錬成…?」
「内容としては人間を造ること…。そうですね、言い換えれば死んだ人を生き返らせるといったものです」
「オイオイ…そんなことが…」

きっと全てを知らない人からすれば、さぞ魅力的な言葉に聞こえているに違いない。「土方さん、煙草」と目の前にいる人にそう言うと、彼は慌てて煙草の灰を灰皿に落とした。

「しかし人を生き返らせる人体錬成は非常に危険なもので、倫理に反する行為でもあることから、錬金術師の間では絶対に犯してはならない最大の禁忌とも言われています」
「…禁忌、ねェ」
「人体錬成を行った人間には皆共通の現象が起こるのですが…。まず、自身の内側に在る真理の扉の前に連れて行かれます」
「真理の扉?」
「はい。人は誰しも内側にその扉を持っていて、普通に生きていればその扉の前にはたどり着くことはありません。しかし人体錬成を行った人間は、その扉の前に連れて行かれると、強制的にその扉の中を見せられます」

脳裏に過るのは無限に続く白亜の世界の中に、異色の際を放つ石板製の巨大な扉。


「ーー質問。神様に近づきすぎた身の程知らずの大馬鹿者はどうなるでしょうか?」


今でも鮮明に思い出せる。扉の前に佇む真理が白い歯をむき出しにしながら私に質問を投げかけてきた日のことを。

「…それが扉を開けた人間…ってことか」
「はい。連中はその扉を開けた人間を欲しがっているみたいです」
「じゃぁアンタが狙われてるってことは……やったのか…。その人体錬成…とやらを」
「はい」

かすかに震える左手を膝の上でぎゅっと握って答えた。こんな話をしていて気が触れたのか、ここまでくるともう頬が緩んでしまってなんだか笑えてきてしまう。

「ちなみにその錬成、成功したんですかィ?」

脳裏に過る忌々しい過去に一度目を瞑った。走馬灯の如く駆け抜ける記憶に反吐が出そうだった。



「大失敗ですよ」



私の空笑いが部屋に響いた。

「その後に待っているのは地獄です。真理を脳みそに叩き込まれたあとはその通行料として全身か、或いは自身の肉体の一部を持って行かれます」
「肉体の一部…だァ?」
「私の場合は右腕を持ってかれています」
「持ってかれるって…」
「まぁ、言えば斬り落とされたようなものです。片腕を持っていかれ、血溜まりの中で見えた錬成物は、人間のようなモノが転がってました」
「…生き返らせてェ一心で行ったはずが、腕を持ってかれただけってか。……惨過ぎるだろ」
「それが禁忌と言われる由縁です」

手枷ごと両手を机に置くと重々しい音が響いた。

「……これが、神の神域に手を伸ばした咎人の姿です」

三人の視線が私の右手に集まる。右腕がコレな理由が分かって、それぞれは一体何を思って見ているのか…私には皆目見当がつかない。

「とまぁ、私の素性とこんな感じです。本当に巻き込んだりしてすみませんでした」

椅子を少し下げてから三人に向かって深々と頭を下げる。

「…事態は思ったよりも厄介そうだな。となれば、あの黒幕をぶっ潰すのが先決か」
「ですねィ。今のところいつどこで襲われんのかが分からねェのも面倒ですぜ…」
「いや、あの…!巻き込んだ上にこんなこと言うのは厚かましいのは重々承知なのですが…。その…、皆さんにはこの件にはもう一切触れないでいただきたいのです」

それから隣で机に頬づえをついてこちらを見ている坂田さんの目を見る。

「坂田さんにも昨日言いましたが…やはりこれ以上首を突っ込んでほしくないんです。話すことならもう話しましたし、これ以上この件に関わっても皆さんにメリットはありません」
「…あのなァ…メリット云々の話じゃねーんだよこっちは。それだったら今頃こんなむさ苦しいところに全員揃ってねェよ」
「…メリットはなくとも命を落とす危険のあるデメリットがついてくる案件に関わりたくないでしょう?黒幕のホムンクルス……アレは一人間がまともにやりあえる相手ではないんです」
「いやでもさー、そういうのやってみねェと分かんねェもんじゃね?」
「分かり切ってるからこうして私が言ってるんです!」

思わず声を張り上げてしまった。…らしくない。軍人たるもの常に平静冷静であれ。

取り敢えず物分かりの悪い人たちなのは分かった。この話が終わった後に私ができることと言えば、彼らから身を離すといったくらいだろうか。

「オイオイファースト、もしかしてこのあと行方眩ますとか馬鹿みてェなことすんじゃねーぞ」
「……」
「図星か」

思ってるそばから言われてしまって言葉に詰まった。

「はぁ…そんなことはしません。…でももし、今後アレが目の前に現れたら…絶対に相手しないでください」
「…そいつァ俺たち武士に尻尾撒いて逃げろとでも言うんですかィ?」
「俺達真選組に敵前逃亡たァ聞けねェ願いだな」
「そういう理屈ではないのです。皆さんが強いのは分かっています。分かっていますが…アレは強さだけでは勝てない…死にますよ」
「オイオイ、ちょっと言ってる意味わかんねーんだけど。もちっと分かりやすく説明しててくんね?」
「奴ら、不死身なんです」

尋問室が静まり返った。

沈黙が走るこの中で一番最初に動いたのは土方さんだ。肺いっぱいに煙草を吸い上げると、天井へ向けて煙を吐ききってやや粗い動作で灰皿に煙草を押し付けた。あ、いつの間に五本目。

「フン…不死身だからなんだ。ぶった斬るだけの話だろーが」
「不死身ってんなら俺のイチモツ…菊一文字RX-7が何発ブチ込めるか試す絶好の機会でさァ」
「だそうだファースト」

話を聞いているんだか聞いていないんだか分からない三人に項垂れた。なんでこうなる…!?

「…ッ、不死身と戦う意味分かりますよね…!?死なないんですよ!下手すればあなた方の命が先に尽きる可能性が…いえ、力尽きますよ…!」
「簡単な話、その前にぶった斬ればいい話でさァ」
「あーもう…!だから…!」
「ファースト」
「!」

声を荒げる私をなだめるかのように横から坂田さんの声がかかった。

「不死身だろうかマキシマムザホルモンだろうが必ず弱点はある」
「ホムンクルスだっつってんだろーが」
「旦那、マキシマムザホルモンは無敵ですよ奴ら。なんせ、」
「あー分かった分かった。マキシマムザホルンは無敵でいいよめんどくせェ」
「ホルンじゃなくてホルモンだっつーのアホかお前は。ホルン吹くマキシマムザホルモンなんざ見たくねェよ」
「うるせーな!黙ってろ!今から良い事言うっつーのに話が逸れるわ!!」

いや、逸らしてるの坂田さんでは…と言いたくなるのをこらえて、立ち上がりかけた姿勢からもう一度椅子に座り直す。

「不死身ってんならその不死身にしている何かがあるってことだろ?ならそいつを早ェことぶっ壊しちまえばいいってわけだ。生きとし生けるもの、テメーを動かす原動力みてェなモンが必ずある」
「…原動…力」

正直目から鱗だった。
そういえば、奴らが不死身な理由を…私は肝心なそこを知らなかった。確かに活路は見いだせるかもしれない。

「でも…それでも……これ以上みなさんを巻き込むわけには…」
「ファーストチャンよー、俺らより説得すんの難しいヤツいるけど説得できる?」
「え?」

ぷらんと目の前にコードをぶら下げた坂田さんがにんまりと笑った瞬間、地響きが聞こえた。そのコードがマイクのような物であると分かったのと同時に尋問室の扉が荒々しく開かれた。

「「ファースト(さん)−!!!!」」
「し、新八さんに神楽さん!ぐえっ!?」

部屋に飛び込んできた人たちの姿に驚いていると、神楽さんに胸倉を掴みあげられて情けない声が出た。

「人にアレコレ言っておいて自分のことは何一つ語らないたァどういうことアルかァアアア!!」
「そうですよファーストさん!ズルいじゃないですか!!この馬鹿達には話すなんて!僕らも今まで一緒にいたのに!家族みたいなものじゃないですか!」
「オイ新八、ちょっと聞き逃せねェセリフ聞こえたけど」

なるほど…坂田さんが持っていたマイクでこの二人にも話が筒抜けだったというわけか。確かにこの二人を説得するのは骨が折れそうだ。

がくがく揺さぶられて血の気が引いた。あ、気持ち悪い。

「テメーらの力借りなくてもホルモンバランスは私たちがぶっ潰すアル。ガキは引っ込んでろヨ」
「神楽ちゃん、それホムンクルスの間違いね…。あとファーストさん死にかけてるから離してあげて…」
「チャイナ娘ェ、ホルモンバランス崩したら肌荒れちまうぜ。ブツブツ出来て嫁の貰い手無くなったら俺ァ知らねェ。肌が惜しけりゃ引っ込んでろィ」
「構うんじゃねェ総悟。めんどくせェ」
「テメーら全員マヨネーズ過剰摂取でホルモンバランス崩してV字にハゲてしまえェエエエ!」
「うるせェエエ!俺ァV字前髪だがハゲちゃいねェっつってんだろーがコラァアア!!」
「土方さんが一番構ってんじゃねーですかィ。めんどくせーや」

瞬く間に修羅場と化した尋問室。慌てて部屋の隅に避難すると手元の枷ががちゃんと音を立てた。あぁ、鬱陶しい。一緒に避難して来た坂田さんを見上げる。

「あの、コレいつ外してもらえるんですか?なんか犯罪者みたいで気分が良くないのですが…」

コレとは木枷のことだ。話すことは話したし、行方も眩ます気も失せた。もうお役御免なはず。

「いや実際犯罪者じゃんね。無免許に違法不動産からの購入とかその他諸々」
「うーん耳が痛いです」

とりあえずあの人たちが落ち着いたら外してもらおう。ぼんやり彼らの乱闘を見守ることにした。

「なぁ、一つ聞いても良いか」
「なんですか?」
「人体錬成してまで生き返らせたかった奴ってのは…」
「…お察しの通り、彼ですよ」
「そうか」

乱闘がヒートアップしてとうとう尋問室に壁が開いた。庭に出てまで取っ組み合いする神楽さんと土方さんをただぼんやり眺める。

「ホント馬鹿ですよね私。…彼のあの笑顔をまた見たくて…、それからおかえりって抱きしめてあげようとしたら抱く腕なんか持ってかれちゃって」
「人間ってのは存外テメーで思ってるより皆馬鹿な生きモンだ。類は友をなんちゃらなんざ言うだろーが。お前も俺も同じ馬鹿ってこった」
「心外です」
「オイ」
「でも……馬鹿と認めたら少しは肩の荷が降りた気もします」
「オメーにはやれ国家錬金なんちゃらだの軍人だの、体躯に似合わねェ荷が多過ぎたんだよ。もちっと気を楽にしとけや」
「…ありがとうございます」
「それに、お前が思っているほど俺らはヤワじゃねェよ。もう少し信頼してくれてもいーんじゃねェの?軍属だったんなら、仲間を信じるのは当然だろ」
「…!…そうです、ね」

不意にかつて一緒に戦地を駆け抜けた仲間の顔を思い出した。仲間、か。久しぶりに聞く言葉だった。

「よっ、お二人さん。良いムードんとこ悪ィねィ。今後のことについて、俺から名案があるんで聞いてくれますかィ」

ひょっこり現れた沖田さんから出た「名案」のセリフに坂田さんと顔を見合わせた。


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