たまごかけごはんの魅力
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「…私からの依頼、忘れましたか?これ以上踏み入るとお金になりませんよ坂田さん」
荒い息を零しながら傍に立つ人物に横目も向けずにそう言い放った。
「そうだっけ?」
「…死なないでと依頼しましたが。…これ以上は死にますよ」
「何も死ぬつもりはねェさ」
その人、坂田さんは笑った。
「俺ァ実は錬金術師でね」
「……は?」
坂田さんが木刀を持ち上げて、切っ先をホムンクルスに向けた。その凛とした空気を纏う雰囲気はまるで何かの儀式のようにも見える。
「白米と牛乳と醤油を使った錬成が得意なんだわ」
そのまま手元をゆっくりと引くと両手で木刀を構える。
彼の戦ってる姿は散々見てきたがどれも無骨で無秩序な戦い方だった。しかし今は一変してまるで別人のようだった。ゆったりとした動作なのにスキがない、美しい構えに思わず見とれてしまった。
「今から錬金術師銀ちゃん始まるよー。チャンネルはそのままで」
坂田さんがニタリと笑った瞬間、後方で暴発が起こった。煙の合間から塀に開けられた大きな穴が一瞬見える。
「なっ…!」
あの分厚い壁を…!
「「「「うぉぉおおおおお!!」」」」
穴から飛び込んできたのはさっきまで一緒に戦っていた彼らの姿。
「てんめッ、ワザと私のこと狙ったアルな!?」
「ふざけろチャイナ娘ェ。テメーのキックと俺たちのバズーカ砲の同時攻撃で壁に穴開けんなァ言い出したのはテメーだろィ。自意識過剰もいいとこでィ」
「神楽ちゃん沖田さん!そこ喧嘩してる場合じゃないでしょうが!敵あっちィィィイ!!」
「ほあちゃぁああ!」
「「ごふっ!!」」
「ああああ土方さんまで巻き込まれたァァア!!」
騒がしく塀の中に駆け込んでくる彼らから目を離せなくなってしまった。それを知ってか、横にいる坂田さんから声がかかる。
「知ってっか。アレな、混ぜてチンすりゃたまごかけご飯風になんだよ。金欠でもうめェモン作れちまうんだわ。まさに錬金術だろ」
「……ははっ…どういう構築式なんだか…組み解いてみたくなりましたよ…」
これはもう何言っても無駄だと悟ると、両手を合わせて地面に手をつけた。
「私からの餞別です。使い切るまでくたばることは許しませんよ」
「…まるで使い捨ての避妊具みてェだな。俺ァぬか六じゃねェんだけど」
地面から錬成したのは大量の木刀だ。
素材は足元の砂利を精製したものなので鉄製になるが、形サイズとも大した差はないはず。
「さーてこっからはただ働きタイムか」
「私口約束は嫌いなんですよ…。あとから追加請求はやめてくださいね」
「あ、ちなみにウチの請求書の金額税別だからな。そこんとこよろしく」
「はいはい」
どちらからともなく駆けだした。
ーーーーー
「はぁ…っ、……はぁっ…」
生身の人間六人を相手にしても不死身のホムンクルスは倒れなかった。
否、倒れまいとしていた。身体の至るところを錬成反応を起こしながら修復していくホムンクルスには疲労感が窺えた。あともう少し、もう少しなのにこちらも身体が動かず、皆して息を切らしている。
「…はァッ……はっ……チッ…手間取らせてくれちゃって…ごふっ…!」
「!」
心なしか錬成反応が遅い気がする。修復スピードも落ちてきている気がしてきた。
もしかして、もしかするとなんて希望が見えてくる。
「ジン!!'開けろォオオ!!!'…がふっ…」
ホムンクルスが名前を叫んだ瞬間、ジンの身体が不気味に跳ね上がった。途端に背中から血飛沫が飛び、血の結晶のようなものが宙に浮かび上がった。それが賢者の石であることに気付くと、たちまち弾け飛び、目の前で信じがたい出来事が起こった。
「……な……んで…!…う、ぇっ…」
「ファースト!!しっかりしろ!!」
へたり込むと同時に過去の記憶が鮮明にフラッシュバックし、胃の中身が出た。頭はガンガンと痛み、身体が尋常ではないほどに震えあがる。
「あっはっはっは!!思った通りの反応だねぇ慧眼の!!」
なんで…なんでソレがこんなところに出てくるのだ。がちがちに震えあがる私の身体を坂田さんががっしり支えてくれるお陰でまだ気を保つことができた。でなければすぐにでも気が狂ってしまいそうだった。
「ファースト!しっかりしろ!どうした!」
「真、理の…扉…」
「これがか!?なんつーデカさ…!」
「…最終手段だったんだけど、仕方がないね」
ホムンクルスが倒れたままのジンに近づき、己の腹から賢者の石を取り出してジンの背中に落とすと、意識を手放す様にして倒れ、代わりに錬成反応を帯びたジンが地面の枷を壊しながら身体を起こした。
そうであってほしくないことが次々に目の前で起こるのに脳が処理しきれない。悪夢でも見ているのだろうか。それだったらどんなに幸せなことか。
「…子どもの姿も結構気に入ってたんだけど…ま、それは向こうに帰ってから手に入れるとしよう」
「な…んで…」
「ん?驚いた?元々ここまで連れてきたジンという男はこの扉を運ばせるための単なる器に過ぎなかったのさ。それともう一つ教えておいてあげよう。コイツは真理の扉を模倣しているけれど違う。コレは僕らのいた世界、アメストリス国へと通ずる扉だよ」
ホムンクルスが扉を叩く重い音が響いた。真理の扉ではないにしろ、あの扉にそっくりなのだ。頭では理解していてもトラウマを植え付けられた身体は勝手に震えあがる。
「ふざけやがって。野郎……別の人間に入り込んだって訳か」
「すごいだろう?ヴァンパイアと賢者の石が入り混じった血は最強だ。他者の身体を操れるということは、言い換えれば乗り移ることだってできる。こうしていれば半永久的に生き永らえられるって訳さ。君はこの肉体の腱を絶ったようだけど、賢者の石にかかればなんてことないよ」
「オイオイ…チートすぎんだろィ」
「仕方がないさ。所詮人間は下等生物。高潔な生き物のヴァンパイアの足元にも及ばない生き物だっただけさ。……さて、もう面倒くさいことは嫌いだ。慧眼の錬金術師以外の人間はさっさと死んでもらうよ」
絶望とはこういうことなのだろうか。結局生身の人間は奴らには勝てない…。
いや、それ以上は考えるな。ともかくこの人たちを安全な場所へ…、
「…何ごちゃごちゃと抜かしてくれるネ…。まだ……まだまだ何も終わってないアル」
砂利を踏みつける音がやけに響いた。それは一つだけではなく、何人かの足音へと変わっていく。
「…そうですよ。僕ら万事屋はお客さんからの信頼で成り立っている…。だから依頼は確実にこなさなきゃならないんです」
「…神楽さん…新八さん…?」
「ファーストさん。僕ら実はいろんな人たちから依頼を受けていたんです」
「その人たちはファーストのおかげでかけがえのない物が返ってきたと喜んでたネ。とてもお金だけじゃ返しきれない言ってたヨ」
「だからよ、何か困ってたら自分たちの代わりに助けてやってくれってかぶき町の連中から頼まれてたんだ、よ!」
傍にいた坂田さんが立ち上がった。
「…そこの野郎二人は知らねェけどな」
不意に香る煙草の匂いに刀を握り直す音が後ろから聞こえた。
「フン、俺らお巡りさんが動くのに理屈なんざねェよ。市民の安全を守る使命を全うするだけだ。ガキじゃあるめェしテメーの私情なんざ挟むかっつーの」
「俺ァ違いますけどねィ。惚れた女守んのに理由いりやすか?」
「え、お前マジなの?それマジで言ってたの?」
「残念だが俺ァ弟感覚でしか見られてないらしいですぜ。…その恨み…野郎にぶちかましてきまさァアアア!!」
「私情挟みまくりじゃねェかお前ェェエ!!」
こんな状況だというのにどうしてこうも笑みがこぼれてしまうのだろうか。軍人時代ではあるまじき行動だ。
すでに満身創痍であろう五人が駆け出す姿を見て、己の身体に鞭を打って立ち上がる。足元でガシャンと何かが落下する音が聞こえた。
ーーーーー
僕は目が覚めたら暗い部屋にいた。
「ーー気分はどうだ。ヴァニティ」
不気味な機械音が響き渡る部屋。目の前にある椅子に腰を掛けていたのは随分年の食ったジジイだった。
「…誰?」
「あなたのお父様よ」
「!…女!…いつの間に…」
「そんなに警戒しないで頂戴。私たちは仲間よ?」
いつの間にか近くにいた女がヒールを鳴らしながら僕のところへやってくると、身体にコートをかけてきた。僕はどうやら一糸纏わず地面に寝かされていたようで、素直にそのコートに袖を通す。
ゆったりとした動作で僕に近づいてきた父親を名乗る男は、太くごつい指先を僕の額に当てると、突然あらゆる情報や記憶が頭の中に叩き込まれた。
ーー自身がヴァンパイアであること。
ーー三日前に突然何者かに殺されたこと。
全て思い出して頭を抱えた。
「…僕は…ヴァンパイアの…」
「そうよ。あなたは元ヴァンパイア。三日前に無残にも殺された哀れなあなたをお父様が賢者の石で死の淵から救ってくれたのよ。あなたは今ただのヴァンパイアよりも崇高な生物として再び生まれ変わったの」
傍に立つ女が妖艶に笑う。そして、この目の前のが…お父様。僕の生み親…。
なんと高潔で威厳を放つ人物なんだろう。まさに僕が目指すべき理想の人物が…このお父様だった。
「ヴァニティ、お前の名だ」
「ヴァニティ…」
「さぁ、新しく生まれし我がヴァニティよ。残念だが儂はまだお前を息子と呼ぶわけにはいかん。もちろん、お前は儂のことをお父様とも呼ばせはしない」
「…!」
「儂が息子と呼ぶのは七人の子どもたちだけだ。今お前たち以外に七人の兄弟がおる。実質お前は今八番目の兄弟といったところだ」
そのセリフでお父様が言わんとしていることは分かった。
「…その兄弟を消せ…ということですか…?」
「うふふっ…やだわァ怖いこと…」
「兄弟同士で争うマネなど見苦しいことしてみろ、儂は許さん」
「!」
「ヴァニティ、お前にある命を課そう。それを見事果たしたのであれば、−−お前を息子と呼んでこの手で抱きしめてやろう」
ーーーーー
目の前に立ちはだかるサムライたちを薙ぎ払う。下等生物がいくら群れようと高潔なヴァンパイアの僕に勝てる筈もないのに、なぜコイツらはこんな無駄なあがきを繰り返すのか理解ができなかった。
「おーいどうしたァ?なんか元気になるスピード落ちて来たなオイ。マヨネーズでも食うか?」
「土方さーんそいつァ追い打ちかけるだけですぜ」
「マヨネーズより酢昆布の方が効果的ネ!」
「どちらも身体に悪そうですよ!」
「ちィッ…!(賢者の石による再生スピードが…!)」
斬られて回復しては斬られ、正直今まで感じたことのない石の限界らしきものを感じる。…クソ、そんなことある筈がない…!僕は…僕は高潔なヴァンパイア!!
そして…!
「僕はお父様に認められ゛……!!」
胸に強い衝撃が当たって、背中に何かが叩き付けられた。
胸に突き立てられた何かによって浮く両足。震える手で胸にあるソレを握ると手のひらに焼けるような熱さが走った。びくともしないソレはどうやら僕の背中にある壁のような物にまで貫通してしまっているようで、後ろを見上げた。
「……ば、馬鹿な…!!」
それから胸のソレが飛んできた方向を睨んだ。銀髪のもじゃもじゃがファーストの隣に立っていた。
「銀…髪のサムライィィイイ!!!」
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