人生何事もイチかバチかの繰り返し

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イチかバチか。

それは結果はどうなろうと、運を天に任せてやってみること、というこの国のことわざだ。足元に落下した銀時計を見た瞬間、脳裏に過ったその言葉に縋ろうとしていた。

「……やるしかない!」

両手を合わせて銀時計にかざすと、時計だったソレはナイフへと姿形を変える。銀時計の象徴である紋様は握りやすくするためにもそのままナイフの柄に残した。…身分証の為に持ち歩いていた銀時計がまさかこんなことに使われることになるだろうとは。少し前の私は思わなかっただろう。

ソレをすぐさま逆手持ちにし、神楽さんたちと戦うホムンクルスに向けて腕を振り上げる。

「……ッ……!」

それなのに振り上げた腕が…振り下ろせない。眼前にいるのはホムンクルスだ。ジンでは、ないのだ。

「動け……お願いだから…動いて……!」

自分に言い聞かせているうちに目頭が熱くなり、視界が揺れる。これじゃ…目標が定まらないではないか。元軍人が聞いて呆れる。

「動け…ッ!!」

震えて冷たくなる手が温かいものに包まれて目を見開いた。それは私のナイフを握る手をゆっくりと握り開かせると、手の中からナイフを抜き取る。

「…っ、」

私が真横を見上げるのと、重たい地響きが聞こえたのは一緒だった。その人はナイフを投げ切った姿勢からゆっくりと身体を起こした。

「さ、かた…さん…」

名前を呼んだ瞬間頬に温いものが伝った。どうして、こうも彼はいつも私のそばにいて何も言わずに助けてくれるのだろうか。

「言ったろ、汚れ役にゃ慣れてるってよ」

こちらの顔を見ずに坂田さんはそう言った。
私は真理の扉に張り付けられたホムンクルス…いや、ジンを見ると震える唇をめいっぱい噛みしめて顔を伏せた。


「銀…髪の…サムライィィイイ!!ごふっ!」


ホムンクルスの虚しい叫び声が響いた。軋む身体に鞭を打って扉にナイフ一本で張り付けられたホムンクルスの元へ足を進ませた。思った通り、やはり動けないのだろう。

「慧眼の…!お前ぇ…分がっでいるのか!?…この扉ば…アメズド、リズ国に…!」
「ヴァニティ」
「うぐっ…」
「あなたもまた…巻き込まれた者なのですね」
「何を…!」
「かつては人の卑しい感情は八つあったと聞いています。暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、傲慢…そして虚飾。…でもその虚飾は傲慢の中に丸め込まれ、新たに嫉妬が加わって七つになった」
「それが……それがなんだ!!憐れむか!!…七つの中に…名の無い僕を嘲笑うか!」

ホムンクルスが胸に突き刺さったナイフを握るも、手が焼けるだけで引き抜くことはできなかった。

「…私が憐れむのは七つの中に虚飾がないことではない。あなたは元は高潔なヴァンパイア…それにも関わらず虚しくも虚飾と言う名を付けられたことに憐れんでいるんです」
「……なに?」
「私は確かにあなたの能力が虚飾、ハリボテと言いましたが…それはあくまでもあなたに与えられた能力についての話です。ヴァンパイアそのものは虚飾などではないでしょう?ソレは紛れもなく本物の力です」
「……っ」
「あなたに虚飾の能力を与えた者は…お父様は扉を開けた人間を集めて何をしようとしているんですか」
「……詳しいことは知らない…。ただ…僕は……僕は…お父様と呼びたくて…息子と呼ばれたくて……そのためには慧眼の錬金術師を連れてこいと…」
「そう、ですか」

このホムンクルスはきっとお父様という人物に何かを刷り込まれたのだろう。家族と認めるために一仕事しろと。そう考えるとやはりこの者は巻き込まれただけだったのだ。

「……慧眼の錬金術師」
「なんですか」
「僕は虚飾じゃ…ないのか?」
「はい。あなたはただの崇高なヴァンパイアです」
「…そうか」
「!」

血反吐を吐いたホムンクルスは自分の腹を引き裂くと腹の中から赤い石を取り出し、私に向かって差し出してきた。

「……使って。ヴァンパイアである僕には…必要な、い」
「…!」
「…慧眼の……ありが、とう」

私の右手に石が乗ると、ホムンクルスは力尽きた。

ナイフが突き刺さった真理の扉はヒビが広がると瞬く間に崩れ落ち、跡形もなくこの世から姿を消した。張り付けていたものが無くなったジンの身体は地面に崩れ落ちる。
私はジンの頭元に膝を付け、穏やかに眠る彼の頬を撫でた。顔から血の気は引き、髪色の色素も随分と抜け落ちてしまった。

「…死んだのか……?」
「ホムンクルスはもういない筈です」
「あのナイフ…なんだったアルか?」
「あれは…銀時計を変えた物です」
「…なるほどな、吸血鬼は確か銀に弱いって聞いたことあるな」
「はい。イチかバチかでした」
「なんか…アイツも可哀相だったアルな」
「そう…ですね」

ホムンクルスから漂う特有の異質感もすでに感じられない。

「そいつは…?」
「…元々生きていたのか、死んでなお生かされていたのかは…分かりません…」

その時、右手に持っていた賢者の石が光った。ひと際大きく発光すると、ジンの身体が少しだけ動いたような気がした。

「…ファースト」
「!」

蚊の鳴くような小さな声で名前を呼ばれてジンに飛びついた。

「ジン…!?」
「ファースト…やっと…また会えたな…綺麗になっちまって…」
「…っ」
「…俺ァ…あの時…死んだと思っていたんだが…石によって今の今まで生かされ続けてきた…」
「…!」
「笑っちまうよなァ、異世界へ通じる扉として生かされてただなんてよ…」
「そんな…」
「だが…お前の…いや、お前さん達のお陰で長年の呪縛が解けた。…礼を言う…」
「ジン…」
「ファースト…今まで辛い思いさせたよな…ごめんなぁ…」
「そんなこと…ッ!」
「お前のことだから……自分が殺したとか思ってるだろうが…そいつは違ェよ…。俺はあの時…鉛玉食らったこと後悔しちゃいねェんだ…惚れた女守って…くたばる、なんて幸せだよ。……だから……だから……」

最後の言葉を述べると、薄笑いを浮かべたジンは眠る様にして目を閉ざした。それから身体が灰のように消えていってしまった。気づけば手の中にあった賢者の石は粉々に砕け散ってしまっていた。



その場に立ち尽くしてどれくらいの時間が経ったのだろうかは分からない。



暫くすると真選組の救護班が来てくれたが、今はそっとしておいてほしいことを伝えると簡単な止血だけしてくれた。
この塀の中で一人で過ごしていたら、もともと傾き始めていた日がさらに傾いていて、辺りがオレンジ色に染まった。塀のおかげか外の騒音もあまり聞こえなくて、まるで一人この世界に取り残されたような気分になる。

そんな私の視界の端で長い影が見えた。影の持ち主は砂利を鳴らしながら歩み寄る。この歩き方は彼しかいない。

「冷えるぞ」
「ありがとう、ございます」

肩にかけられた白い着物を見て、お礼の言葉を伝えると意外にも声がかすれていたことに気づく。

「…悪かったな」
「……なぜですか?」
「俺が殺したようなモンだ」
「まさか」

手元にあったナイフを持ち上げて、眺めた。すっかり変わり果てた元銀時計だったソレはオレンジの日の光を眩しく反射した。
時計の蓋裏にあった写真…取り出しておくの忘れたなぁなんてぼんやり考えた。

「…誰が物理的に息の根を止めたとかはどうでもいいんです。私が原因で死んだことには…代わりないんですから…」
「お前の元婚約者はそうやってテメーの不幸をお前に押し付けるような男だったかよ」
「違いますよ…あの人は…そんな人じゃ、」
「聞こえてたろ最期の言葉。聞いてやれよ」


「だから……だから……もう自分を許せ。…そんで必ず幸せになってくれ」


消え入りそうな声で言った彼の言葉を思い出す。まさにその一言を伝えたいが為にもう一度彼が一瞬生き返ってくれたような気がした。落ち着いた筈の目頭がまた熱くなる。

「あの頃は…彼の死に向き合おうともせず、必死に人体錬成の理論を組み立てている自分がいました。……死と向き合うのは…こんなにも…辛いものなんですね」
「……かぶき町のルールを一つ教えてやらァ」

ポケットの中を探った坂田さんは私の前にあるものを差し出した。

「これ…!」

そこにあったのは銀時計の蓋裏に貼り付けてあったジンとの写真。なんでこんなもの…坂田さんが…、一瞬考えて思い出した。少しの間定春さんに時計を預けていた時があった。まさかその時に抜かれていたのか。
震える手でそれを受け取ると、写真を持った手を引っ張られて坂田さんの胸へともたれ込んだ。

「泣く時ァ誰かの胸で泣くんだ。例えそれが酢昆布臭かろうが眼鏡だろうが、煙草臭かろうがドス黒かろうがな」
「…っ」
「一人で立ち上がれねェなら誰かにしがみつく勇気を持ちゃいい。一人で乗り越えらんねェなら誰かに助けを求める声を出す勇気を持ちゃいいんだ。オメーはこの世界にゃ一人で来たかもしれねェが…もう一人じゃねェんだ。立派なかぶき町の人間だ」
「うぅっ…」
「まだ勇気が持てねェんなら、それでもいい。ここで好きなだけ泣いとけ」

影ながら神楽さんたちが優しく見守ってくれていることにも気付かないで私は情けなく坂田さんの胸で泣き縋った。


ーーーー


ファーストさんが銀さんの胸で泣いているうちに僕たちはその場を離れることにしてから数十分。神楽ちゃんと橋の欄干に垂れながらあの二人のいる場所を見守っていた。
あんなに優しく女の人を抱きしめる銀さんなんて初めて見た。薄々勘づいてはいたけどやっぱり銀さんにとってファーストさんは…。なんてことをぼんやり思い出しながら塀を眺めていると微かにパン、と両手を思いっきり合わせる音が聞こえた気がして顔を上げた。

「ん?どうしたアルか新八?」
「今…何か音が…」

途端に円筒形の塀全体に電撃のようなものが走り、生き物のようにうぞうぞ動いては塀の高さが徐々に低くなっていった。もしかして!と神楽ちゃんと走り出すと、河原に降り立ったところで土方さんたちと鉢合わせした。

「…あ…!」

何事もなかったかのように塀は玉砂利に変わり、真ん中には地面に両手を付けるファーストさんと、その隣には銀さんの姿。
ファーストさんは顔を上げてから僕らの姿に気付くと、散々泣き腫らしたであろう目元を恥ずかしそうに隠した。僕らはただ微笑んで彼女を見守った。

「ーーご迷惑おかけしました」

きっとまだ完全には吹っ切れていないことだろうけれど、ファーストさんは僕らに頭を下げた。

「土方さん、ライター貸してもらえますか?」
「ん?ほらよ」

土方さんからマヨネーズライターを受け取ったファーストさんは手に持っていた一枚の写真に火をつけた。

「良いのか」
「はい。彼に持っていってもらいます」

きっと機械鎧側で持つお陰で熱さが感じられないんだろう。ファーストさんは穏やかな表情で燃える写真を最後まで持ち続けた。
そんなファーストさんを隣で見守る銀さんはとても優しい眼差しで見守る。これでも長いこと銀さんの近くにいた方なのに初めて見るような目で驚いた。

「ファーストー!!!」
「神楽さん…!」

写真が燃え尽きて風に舞うのを眺め終わった後、真っ先に神楽ちゃんが飛びつくと、ファーストさんをホールドしてぐるぐると回りはじめた。アレ?なんかそれ嫌な予感がする。

「うえっぷ…」
「あああ神楽ちゃんそれ以上は・・・!」
「おごばぁっ!?」
「あ、ファースト腕取れたアル」
「あらら」

神楽ちゃんにぶん回されたせいなのか、元々緩くなっていたのか、どっちが原因なのか分からなかったがファーストさんの右腕がすっぽ抜けて銀さんの股間に直撃した。

「うごぉぉおおお…っ…銀さんの銀さんがぁぁああ……!!」

最後まで締まらないのがやっぱり銀さんだ。


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