まぁとりあえずまず一旦状況整理
◼︎
「うぶっ……すみませ、ここらへんで降ろしてくださ…うっぷ」
「お、おい…お姉ちゃん大丈夫か…?顔色悪ィぞ…?」
「すいません、お代はこのくらいでいいですか?」
「いやいやいや、むしろ多すぎるって!…って、おいお姉ちゃん!?」
「…ありがとうございました…」
早くタクシーから降りたくて、運転手さんの抑止の声を振り切って車を降りる。…あぁ、気持ち悪かった…。
作務衣の右袖をゆらゆら揺らしながら、賑わうかぶき町の平和な町並みの間を縫うようにして歩き、気持ち悪さを紛らわすために大きく深呼吸しながら足を進めた。
ーー気付けばホムンクルスとの死闘からもう十日が経つ。
あの日、全てが終わった後は有無を言わさずに病院に送り込まれて一週間ほど安静を余儀なくされた。退院後は山奥にある家に戻って修理依頼中の人たちに片っ端から納期延長のお願いと謝罪の電話を入れ、ゆっくり身体を休めていた。
休息中に戦いで破損した右腕の修理も試みたが、中の部品が破損してしまったせいで片腕と錬金術だけでは全て修理するのは難しかった。
今はいつか右腕が無くなった時の為にと用意していた機械鎧の図面を持ち出して、あの何でも屋、万事屋に向かっているところである。
「あったあった」
確かこの角を曲がったところにあるはず。そう思いながら足を進めればようやく見えた‘万事屋銀ちゃん’の看板に少しだけほう、と息を吐いた。
見慣れた玄関を前にしてインターホンを押すと、家の中から小さく音が聞こえた気がした。いるかな?一度電話してくれば良かったな、なんて今頃そんなことを考えながら待つ。
「…居ない?」
失礼な話かもしれないが、珍しく仕事が入ったのだろうか?ダメ元でもう一度インターホンを押して「ごめんくださーい」と引き戸に向かって声をかけてみた。すると、中からドタバタと何やら荒々しい音が近づいてくる。足音の低さからして、坂田さんだろうか?
「ファースト!?」
「あ、こんにちは、坂田………さ、ん」
勢いよく開かれた引き戸の向こうにいたのは三日ぶりに会う坂田さんだった。それも、まさかの半裸でのご登場で思わず声が詰まってしまった。
あの戦いでできた傷だと思う。体や腕や顔に絆創膏やガーゼを貼ってあって少しだけ罪悪感に駆られたが、一体なぜその格好…?と思ったのも束の間、銀さんからフワリと女性が好むような花の匂いが漂った。それから妙に目のやり場に困って少し目線を下に下げると、女性用の草履。それに坂田さんのこの焦り様…。
半裸、女性、焦り…あぁ、と自分の中で合点がいった。
「…あ……あー、すみません突然伺ってしまって。これ先日いろいろご迷惑をおかけしたお詫びの品です。本当にすみませんでした」
とりあえず呼び出してしまったのは仕方ない。持っていたお詫びのお菓子を突き出して、受け取ってもらう。
「あーなんかどうもご丁寧に…って、え?何?お前もうほっつき歩けんの?自宅療養つってなかった?」
「歩くくらいなら大丈夫とお医者さんが」
「あ、そうなの」
「あとは依頼の話をしたかったのですが、…間が悪かったようでまた後日改めて伺わせてもらいます」
「えっ、依頼?マジ?ちょ、待って。…えーと、悪ィけど三十分ぐらいどっかで待てねェ?」
「私は構いませんけど…」
中の方は…?というセリフはどうしてか続けて出てこなかった。流石に首を突っ込むのは野暮だろう。近場のファミレスで時間を潰す旨を伝えて万事屋を後にすることにした。
ーーあの草履は坂田さんの恋人のものだったのだろうか?
注文したコーヒーの水面を眺めていると、万事屋の玄関に置いてあった女性用の草履が脳裏を過ぎった。まさかあの人に良い人がいたとは。
いくら知らなかったとはいえ人様の恋人に傷をつけてしまって悪いことをしたな…。にしても、そうなってくると今まで言っていたあの数々の…まるで私に惚れているかなようなセリフはなんなんだ?というか、三十分って…三十分で事を済ませて私と仕事の話をするのか?
「よォ、そんな百面相してっとせっかくの美人が台無しですぜィ」
「!沖田さん…!」
ドサ、と向かいのソファー席に腰を下ろした沖田さんに驚いた。「ねーちゃん、アイスティーとチーズケーキひとつずつ」なんてさも当然かの様に注文までしている。見廻り中ではないのだろうか。
「退院した旨は風の噂で聞いてまさァ。もう歩き回ってていいんですかィ?」
「はい。元々そんなに重傷ではなかったので…。沖田さんこそ…お怪我の調子は?」
「あんなモンかすり傷程度でさァ。伊達に真選組やっちゃいやせんよ」
「ちなみに土方さんは…?」
「うぜェぐらいにピンピンしてやすよ。つーかアイツの名前やめてくだせェ吐き気すらァ」
そんなにか。
いや、きっと私に気を遣わせないようにそう言ってくれているんだろう。沖田さんの優しさを感じて小さく頷く。
「腕が直ったら改めて謝罪のご挨拶に伺わせてください。特に近藤局長さんに…。真選組の要とも呼べるお二人に怪我をさせてしまったので」
「気にせんでいいのに律儀な奴ですねィ。…その腕、錬金術とやらで直んねェんで?」
「かなり損傷が酷くて難しく…。信頼できる修理屋さんを坂田さん…に、お願いしようかと」
自分でもよく分からないのだが、坂田さんの名前を口にした途端にツキンとなにかが痛んだ気がした。なんだろう、思っていたよりまだ身体は万全ではなかったのかもしれない。
「じゃあなんでアンタこんなところに?旦那ならこの時間万事屋にいるんじゃねェですかィ?最近暇そうだし」
「先にお客さんがいたようだったのでここで時間潰してるんです」
「ふーん。女でもいやしたか?」
「えっ」
ガチャンと派手にコーヒーカップとソーサーがぶつかった。しまった。沖田さんのどんぐり眼と目が合って、間。
「ありゃ、適当に言ったのにビンゴときた」
心底意地悪そうにほくそ笑んだ沖田さんが届いたアイスティーを飲みながら片手にフォークを取ってチーズケーキにさす。それをぱくりと口に含むのだが、終始嫌な笑みを浮かべてる。
…話逸らそう。
「…それより沖田さん?その飲食代は、ーーんっ」
「これで半々ですぜィ」
「…まぁ、別に全部私持ちでも良いですけど」
「やりィ」
不意に唇に押し込まれたチーズケーキを無言で食す。こちらも時間潰しになったから別に良いか。甘さが広がる口の中をコーヒーで緩和させる。
チラリと窓辺を見た沖田さんにつられて私もそちらを見ようとしたら、目の前にチーズケーキを差し出された。
「はい」
「はい?」
「あーん、しなせェ」
「しませんよ何言ってるんですか」
「俺ァもういらねェ」
そう言われて手元のケーキを見ればもうお皿の上には無い。あとはフォークに乗せられた分だけだ。
「あと一口じゃないですか」
「いらねェモンはいらねェ」
「はいはい…フォークください」
「ん」
「…分かりましたよ、食べれば良いんですよね、食べれば」
何やらフォークを譲る気はないらしい。少し身を乗り出して沖田さんが差し出すチーズケーキを食べる。
うーん、ここのチーズケーキちょっと甘いなぁ、セントラルにあったチーズケーキ専門店の味が恋しい。なんて思ってたら横から肩を思いっきり掴まれた。
「ちょっとォオオオオオ!?何してんの!?お前ら何してんのォオオ!?」
「あ、坂田さん」
「旦那。お疲れさんです」
「ちょっと待て!なんでお前らそんなあっさりしてんの!?」
「確かにここのチーズケーキもうちょっとあっさりしてもらいてェですね」
「その話じゃねェよ!!馬鹿なの!?」
む、馬鹿とな。
PREV INDEX NEXT
top