男同士の喧嘩はネチネチ尾を引かない
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この国の着物に身を包んでぐーすか眠る少年に掛け布団を再度かける。起きている時は常に眉間にシワが寄っていて大人負けの眼光を放つというのに、こうして眠ってしまうと年相応の幼さを感じさせるエドに、「変わらないな」とつい小さな笑みが溢れた。
「ーーだから俺と来い、ファースト」
力強い眼差しでそう言われたとき、なかなかどうしてか私は二つ返事で応えることができずにいた。そんな自分に戸惑いつつもエドが眠る部屋を後にして縁側に出る。「よォ」と短い声かけに顔を上げると、縁側に腰をかけていた坂田さんがこちらに手を挙げている姿が見えて、名前を呼んだ。
「坂田さん」
「晩酌でもどーよ」
「…それ私の家のものですけど。というか、お酒飲むってことは泊まってくんですよね?」
「悪ィな、俺もお泊まり会大好きな大人でね」
「お泊まり会なんて開催した覚えはありませんけどね」
頂き物の日本酒、それも一升瓶を自分の真横に置く坂田さんに呆れながらも、私も一升瓶の横に腰を下ろす。私たちの間にあるのは、瓶といつのまにか用意されていたお猪口だ。坂田さんが透明の液体を注いでくれたので、お礼を伝えて口元に運べば、深い香りが口いっぱいに広がった。
「アイツ寝たのか?」
「はい」
「オイオイ…元いた世界じゃねェっつーのにすげー神経図ずぶてェこった…」
「うーん、あの子は昔からよくどこでも寝るんですよね…成長期でしょうか?」
「あっ、そういう話?のび太くんなの?」
「のび太さんがどなたかはわかりませんけど…」
「あぁ、ごめんね、身内ネタ」
見上げた先にあるのは少し欠けた月。あともう少しで満月か。どうやらもうこの世界では満月を拝むことは無さそうだなんて思うと、こうして月を見ながらお酒を飲む時間が今まではなんとも思わなかったのに急に愛しさに近い感情が込み上げる。少しでもこの瞬間を覚えておきたい、と思うようなそれだ。
「で?」
「何がですか?」
「おたくらどういう関係?」
「あぁ、エドですか。………気になるんですか?」
「悪ィかよ」
その様子が不貞腐れているように見えて口元が緩んだ。「一応私の弟弟子みたいなものですよ」と伝えた。
「一応?」
「幼い頃、少しだけ錬金術を教えてくれた人がいたんです。私はその人からはかじる程度にしか教わってないんですけどね。彼はその人に弟子入りをしてたんですよ」
「へぇ」
「彼も、また私のように大切な人を亡くして禁忌を犯した者なんです」
「だろうな。沖田くんの刀ねじ曲げた時に分かった」
「坂田さん、すっかり錬金術のことわかるようになってきましたね。もしかしたら勉強したら使えるようになるんじゃないですか?」
「無理無理。銀さん勉学とはマジ無縁だから」
くい、とお酒を煽る坂田さんにつられて私も手元のお酒を一気に飲み込み、立ち上がる。
「明日も早いですし、今日はもう寝ましょう。坂田さんの布団、茶の間に置いてあるので敷いてきますね」
エドが寝ているのは私の寝室だ。流石に一緒の部屋では寝たくないだろうから、寝室から坂田さんの分の布団を茶の間に運んであった。
「もう…そんなにそれ気に入ったのなら差し上げますので、あとはご自宅でどう……ぞっ!?」
まだ自分のお猪口に日本酒を注ごうとする坂田さんの腕を掴むと、逆に私の手をぐんと掴まれてバランスを崩してしまった。倒れ込む体に無い右手、床にぶつかると思ってこれから来るであろう衝撃に目を瞑る。
「な、」
「これから、どうすんの?」
腰に回った腕に引き寄せられて、坂田さんにぶつかるようにしてもたれ掛かった。お酒が回っているせいなのかなんなのか分からないけれど、自分の状況を理解した途端、身体が…特に触れているところがやけに熱を持つ。え、なんで、これ、えっ…?
「ちょっ…酔っ払ってるんですか…!?」
「舐めんな。さすがの銀さんでもそこまで酔ってねェよ」
「……えっと、明日はエドが言っていたポイントに行きます!あちらとこちらを繋ぐ錬成陣を描くそうで…!」
「…アイツのことじゃねぇよ」
「え、」
「帰るのか?」
反射的に身体を離すと、思ったよりも身体の拘束はすぐに解けた。見上げれば月明かりに照らされた坂田さんの紅い目が真っ直ぐに私を射抜く。私はその問いに対して答えを見出せずにただ視線を彷徨わせる。
「それは、……「困らせて悪かったな」…!」
なんとか答えようと口を開くと、私の肩に坂田さんの手がぽん、と乗った。そして呟く。
「あの、」
「あのガキがいる部屋で寝るわ。お前は茶の間で寝とけ。んじゃ、おやすみー」
捲し立てるように次から次へと話す坂田さんは、エドが眠る部屋へと入って行ってしまった。パタンと襖が閉まる音がやけに響く。
「困らせて悪かったな」…、その台詞に何故か胸が酷く傷んで、無意識に片手で自分の胸元を掴んだ。
ーーーーー
「待って待って待って。ちょ、エドワードくん。エドワード・エルリックくん」
カリカリとアスファルトの上に白いチョークを滑らせるエドの手元を見て、思わず静止の声をかけてしまった。陣を描く手を止められたエドは不服そうにして私を見上げる。
「なんだよ」
「なぜそれを…」
「いーんだよコレで。確かに一見人体錬成の陣にも見えるけど、ホラここ、よく見ろ」
「なにこれ…質量保存の法則ガン無視…!それにこの式の組み方めちゃくちゃすぎますよ…!これで錬金術が成り立つだなんて…ありえない…!どうしたんですか!あの最年少国家錬金術師が…!」
「いーんだよ!つーかそもそもお前はそろそろ自分自身に降りかかってる出来事が全部ありえない事に気づけば?」
「嘘だ…力学的エネルギー観点から見ても不自然すぎる…。なんでこんなに物理法則を無視したものを…」
「それは描いてる俺も分かってる!だから普通に考えるな!そこは感じるんだ!」
地面に描かれた錬成陣を前にあーでもないこーでもないと理論展開を繰り出す私とエドを、坂田さんとそれから見回り中に会った土方さんと沖田さんの三人が退屈そうに見守る。
「旦那ァ、あのインテリ組なにやってんでさァ?落書きなら止めていいですか?」
「何もあれが帰るための陣だとよ」
「あんなのただの魔法陣じゃねーか」
「なんでい土方さん。中二が疼きやすか?」
「誰がだよ!!……ったく、あそこまで描き込んでやがると逆に芸術作品にも見えてくるぜ」
「路上芸術家…いっそ奴が帰ったら観光スポットにしちまいやしょうぜ?グラフィティアートで一儲けですぜ旦那」
「おっ、それ良いな。乗った」
「バンクシーか。ざけんな、あいつらが帰ったらコンクリ均すぞ」
背後でそんな会話が繰り広げられているとは露知らず、エドが描き込む錬成陣に頭を捻りつつも、いつまでもここで錬成陣の完成をちんたら眺めていられないと立ち上がる。
「陣の完成は明日ってことで良いんですよね?」
「あぁ。材料も居るしな」
「材料…?」
「白髪のおっさん、何でも屋なんだろ?材料かき集めんの手伝ってくれ」
「はぁ?俺ァ何でも屋だが金を積まねェとやらね…」
エドから指名をもらった坂田さんは思った通りの反応で拒否を示す。
「これでどーよ?」
「任せろクソガキ」
エドが差し出したダイヤモンドをひと目見ると人が変わったかのように掌を返した。…あれ、家の近くの石ころを勝手に炭素に精製したな…。悪知恵が働くもの同士、無駄に共鳴し合うのか、坂田さんはエドの肩を組むとかぶき町の町へと繰り出した。
「土方さん、申し訳ないんですけど自宅までお願いできますか…?」
まぁ、あの二人は大丈夫だろう。二人の背を見送ったのちに錬成陣を覗き込む土方さんに声をかけた。
ーーーーー
自宅の作業部屋で絶え間なく錬成音が響き渡る。その様子を土方さんは引き戸の外で煙草を吸いながら眺めていた。
「片付けか」
「修理依頼受けてる分だけは必ず修理しておこうと思いまして」
土間に錬成陣をいくつも書き記しては修理品を置いて錬成。片腕がないのは少々面倒だが、仕方あるまい。
「…相変わらず魔法でも見せられてる気分だな」
「私が帰った後にでもあの修理屋は魔法使いだったって言って広めても良いですよ?」
「俺が巷でなんて呼ばれてるか知ってるだろ、鬼の副長だぞ。んなこと言った日にゃ攘夷志士共が挙って帚に跨って、天中叫びながら集まってくるわ」
「攘夷志士が一掃できて一石二鳥だと思うんですけどねぇ」
「冗談は錬金術だけにしとけ」
「失礼な」
言い方は随分荒っぽいが、顔を見なくとも声色で笑っているから彼がどんな心情でそう言っているのかはすぐに分かった。そんな鬼の副長さんにお願いしたいことがあって、机の近くにあった厚めの封筒を取り出し、それを彼に差し出した。
「あの、私が帰ったあとこれを坂田さんに渡してくれませんか?」
「…自分で渡せよ。面倒な仕事押し付けんじゃねェよ。何が入ってんのか気が知れねェ」
「自分で渡すのは少々気が引けると言いますか…」
「…はぁ、しゃーねぇな。……その代わり見返りよこせ」
「え」
「当たり前だろーが。等価交換忘れてんじゃねェよ」
「…土方さんも錬金術向いてるんじゃないですか」
「俺は勉学とは無縁だ」
「また坂田さんと同じようなこと言ってる」なんて言葉は下手に出して、お願いを聞いてもらえないと困るので、それは黙っておこう。
「…お前はそれで良いのか」
「え?」
深い灰色の瞳が何か物言いたげに私に向けられた。その言葉の意味を汲み取らずに首を傾げると、土方さんは私からぱっと目を逸らした。
「いんや、なんでもねぇ。…こいつは預かっておく。さっさと作業進めろ」
「あの、見返りは?」
「…そうさなァ、次会う時までに考えとく」
そう言って土方さんは端正なお顔を愉快げに微笑ませながら封筒を懐に仕舞っては「もう一歩吸ってくるわ」と踵を返した。
「次会う時までに…って」
明日帰るのに、次会ってその場で返せるものなのだろうか。
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