錬金術師よ大衆のためにあれ
◼︎
騒がしかったあの夜から一夜明けた。
「ーーっし、陣はこれで完成だ」
完成した陣の上。中央に置かれた大鍋に材料を投入するエドの背中をただ黙々と見ていたが、とうとう抑えきれなくなってきた疑問をその背中にぶつけることにした。これ以上は黙って見ていられないのだ。
「…いよいよ人体錬成にしか見えなくなってきたんですが…一体私に誰を生き返らせるつもりですか」
「ん?生き返らせるっつーか、自分自身を錬成ってとこかな」
「…?」
聞けば昨日坂田さんと買い物に出かけていたエドは人間一人分の材料を買いに行っていたらしい。何も異世界間の通行料、として必要なんだとか。それからその話はホムンクルスの強欲の塊である人物から聞いたとか。…何から何まで信じられない話に頭を抱えたのは言うまでもない。大体ホムンクルスの言うことを信じるなんてどうかしてる。
もうこの際だ、ありとあらゆる疑問は向こうの世界に帰ってから解決しよう…。
「ファーストー…!」
「…!神楽さん」
「どうしても行くアルか…?」
飛びついてきた小さな身体を抱きとめる。
「…はい。やらなければならないことができたんです」
エドの幼なじみの女の子の姿が脳裏を過ぎる。
小さく鼻を啜る神楽さんの頭をそっと撫でれば途端に彼女との思い出がこみ上げてきた。
「神楽さん、日本語をたくさん教えてくださってありがとうございました」
「まだ全然教えてないアルよ…!日本語はもちろんかぶき町の遊び方だって…!」
「もし、もしまた私がこちらの世界に来ることになったその時は、もっと教えてください」
「当たり前ネ!」目を真っ赤に晴らして元気よくそう答えた彼女を片手で強く抱きしめた。
「ファーストさん。帰った後、どうかお気をつけて」
「新八さん、ありがとうございます」
「命を狙われてるんだってね。豆粒小僧、ファーストのことちゃんと守りなさいよ」
「だぁれが豆粒どチビだァア!!」
「ソコマデ言ッテネーヨクソガキ!」
「お登勢さん、たまさん、それからキャサリンさん…。いろいろお世話になりました」
『源外様は所用で来られないそうです。残念がっておりましたよ』
「そうですか。…機械鎧の件で迷惑かけて申し訳なく思っていること、お伝えお願いできますか?」
『かしこまりました』
「また…会えますよね?ファーストさん」
「妙さん…」
「傘、また壊れたら困るもの。直せるのはあなたしかいないんですから、またいつでもかぶき町にいらして下さいね」
「近藤局長を殴ったりしなければ壊れることはないですよ」
「それもそうね」
妙さんとどちらからともなく笑い合った。不意にエドを見ると、準備はもう終わったらしい。別れの挨拶を待ってくれているようだった。
「銀時、アンタ何か言うことないのかい?」
「…ん?」
「坂田さん。坂田さんにはすごくお世話になりましたね。最初の出会いは最悪でしたけど」
「なんでそこ今更引っ張ってくんだよ。…ま、お前には色々面白ェ経験させてもらったわ。…死ぬなよ」
「はい」
紅い瞳が優しげに揺れる。
それ以上彼とは言葉を交わすことはなかった。伝えたいことは全部土方さんに託してあったし、あとは彼に任せようと思う。
土方さん、等価交換の約束守れなくてごめんなさい、と心の中で謝る。
その時次第にバイクの音が近づいてくるのに気付いた。
「あっぶねェ!間に合ったか!」
派手に砂埃を巻き上げながら一台のバイクが近くに停止した。それは先日機械鎧の修理依頼をしたばかりの、
「げ、源外さん…!!」
「銀の字から聞いてな。ほらよ、手土産だ」
胸元に投げつけられた風呂敷。中身は金属なのかズシリと重たく感じられた。長年身体に着けていたから分かる。慌てて包んだのか、結び目が緩くなっており、隙間から中身を見ると銀色に光るそれ。
「!…こ、これ…!」
「まぁ、無事向こうに着いたら使えや。それまでは孫の手として持っとけい」
「あ、ありがとうございます…!」
直していただいた機械鎧をしっかり片手で抱く。待っててくれていたエドを振り返り、私は頷いた。錬成陣の中央へ足を進めるエドを追う。
「もういいのか?」
「はい」
「……」
「…エド?」
「いや、なんも」
妙な間を空けたエドは両手を合わせた。
短い音の後に、轟音と電撃を巻き上げながら錬成陣が青白く光る。足元の違和感に爪先を見遣ると、爪先が少しずつ分解を始めていた。'あの時'と似たような感覚に少しだけ身体から血の気が引く感覚を覚える。
大丈夫だ。今回は違うのだから。
流れに身を任せるべく、視界を閉ざす。
「ファーストさーん!!ファーストさーん!!」
轟音の中から聞こえた懐かしい声に顔を上げる。
「ファーストさぁああん!!」
「えっ、り、理吉…!?」
離れたところから駆け寄りながらこちらへ手を振るのは、私がこの世界に来てからよく遊びに来てくれた理吉。私……彼に沢山お世話になったっていうのに…御礼の一つもしていなかった…。今更ながら後悔の念に駆られる。
「ちょっ……待てェエエエ!!来んな!小僧こっち来んな!」
ファーストの名前を必死に叫ぶガキの声に振り向く。その光景に血の気が引いて抑止の声をかけるが、どうやらガキには伝わっていない。
上空から降ってくる飛行物体。その機体の端から破損か何かのせいか、煙が噴出している。あのままだと飛行物体は理吉のガキんところに落下するに違いねぇ…。
とにかく、最悪な事態しか想像つかなかった。
「り、理吉!」
「ファースト!落ち着け!」
「っ」
咄嗟に振り向けば金髪の小僧がファーストの腕を掴んでいた。恐らくファーストはガキのところへ駆け出そうとしたんだろう。
コイツの消えていく様を見届けらんねェのは少々気にかける自分の女々しさに苦笑するも、そう悠長なことは言ってられねェ。
「ファースト、大人しくしとけ。ガキは助けといてやっから」
「坂田さん!!」
その声で呼ばれるのもこれが最後か。「じゃあな」短くそう言って駆け出す。
「ーーう、お、お、おおおおおお!!!」
いや、よく考えれば神楽に走らせたら良かったんじゃね?アイツの方が足はえーじゃん。いやいや、なんで俺今走ってんだ?走りながら今更自問自答を繰り返す。
「に、兄ちゃん…!?」
ガキのところに辿り着き、小脇に抱える。が、辺り一帯が黒い影に覆われていることに気づき、見上げたところで「終わった」とつい本音をこぼしながら腰にある木刀に手を伸ばす。こうなったら一か八かだ。
「燃えよ斬鉄剣ンンンンン!!」
直後に轟音が響く。粉塵が舞い、突風に巻き込まれる。ガキを覆うようにして蹲ると、一瞬だけ聞こえたあの電気のような音が聞こえた気がした。
「ーーそれ、洞爺湖ではなかったんですか?」
「…なんでいるの?」
「命の恩人にひどいですね」そう言って、ファーストは笑った。
「ファーストさん…!」
抱えていたガキを離してやると、そいつは真っ先にファーストに抱きつきに行った。無傷そうなガキを見届けてから、俺も地面から身を起こす。あークソ、髪の毛に砂が絡まってうぜぇ。
「理吉!怪我はありませんか?」
「ないよ!天パのお兄ちゃんが助けてくれたんだ!」
「天パじゃねーよ、銀さんだバカタレ」
「坂田さんもなんだかんだ無事そうですね」
「そーさな。どっかの誰かさんのおかげで、な」
地べたに座り込んだまま、真上を見上げて頭を掻く。錬金術ってのにはつくづく驚かされる。
俺たちを囲うようにして地面から盛り上がった八つの極太の支柱。その上に分厚い大岩が一枚寝かされていた。こいつのおかげで落下物の直撃が免れたって訳だ。
そこまでは状況を理解した。うん。
「で、お前どーするよ」
「帰る手段、無くしましたね」
「……」
「……」
しばしの間。
「だよねェェエエ!?何テヘペロ感出しながら悠長なこと言ってんの!?折角の機会だったんだぞお前!馬鹿なの!?馬鹿だろ!」
「なんなんですか!急によそよそしくなったかと思えば、突然普段通りに戻って!しかも真っ先に失礼なこと、うわわわ揺らさないでください!気持ち悪っ」
こいつ自分が何したのか分かってんのか!?分かってるよね!?いや、分かってないの!?思わず目の前の馬鹿を揺さぶりかけると、その揺れのせいからだろうが、顔から血の気を引かせた。いつのまにか装着されていた鋼の腕で手首を掴まれ、メキメキとした嫌な音に今度は俺の方が青ざめた。
「坂田さん、錬金術師には暗黙のルールがあるんです」
「…はぁ?」
「錬金術師よ大衆のためにあれ、と」
そう言って笑うファーストにとうとう俺も何も言えなくなった。そいつは私利私欲のためよりも、誰かのために使え、ってことか。
「やっぱりオメーは正真正銘の馬鹿だな」
「な、」
ムス、と顰めた鼻先を片手で摘んでやる。
「おかえり」
「…ただいま、です」
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