占いで分かるような人生クソ食らえじゃ
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「あん?なんでお前がいる?」
再びかぶき町でお世話になることになった。
一先ず場所を万事屋へと移してから小一時間経ったくらいのこと。
室内に響いたインターホンの音にもしかして、と思い新八さんたちの代わりに出てみれば、頭からつま先まで黒をまとった男性…、土方さんは私の顔を見るなり片眉を釣り上げた。その様子に苦笑を浮かべるしかない。
「あははー。帰るの失敗しちゃいました」
「オメーのとこだ、どうせ馬鹿やったんだろ」
「……な、なんで皆さん揃いも揃って人のことを馬鹿馬鹿と…」
私の台詞とここ"万事屋にいる"、ことから色々と察したのだろう。土方さんは懐から厚めの封筒を取り出し、私に差し出した。
「ん」
「あ、ありがとうございます」
本当だったら今頃私はここには居なくて、土方さんから坂田さんへと渡っていたはずの封筒。こうしてまた自分の手の中にあるなんて、昨日の私は想像しただろうか。人生、何が起こるかわからないものだ。
「で、後悔は?」
「いえ、これが全く!」
不思議と自然に出たセリフに色男さんは口端を緩く吊り上げると、懐から煙草を一本取り出した。
「そうか。ならいい」
「それに、私が帰ってたら土方さんとの約束破るところでしたよ。決まりましたか?」
「あぁ、そいやァあったなそんなこと。だが、結果としてソイツはお前の手に戻った。無効じゃねェか?」
「迷惑料ってことで、どうです?」
「…じゃあアレだ。今度一杯付き合え」
「そんなことでいいんですか?」
「そんなことってお前…。俺からしてみたら酒の席で愚痴れる機会なんてそうそうねーんだ。とことん聞いてもらうぞ」
「分かりました!」
忙しい土方さんのためにも美味しそうな飲み屋の目星でもつけておこう。一人胸の中でそう決めると、肩にずっしりと重みがかかる。横を見上げれば坂田さんだ。私の肩を自分の方へぐっと引き寄せると、怪訝さを剥き出しにしながら土方さんを睨んだ。そんな坂田さんの様子に土方さんも同じような表情を浮かべた。久しぶりにこの二人が揃うところを見たなぁ、なんて場違いそうなことを一人思う。
「チッ、このままテメーの顔拝まずに帰れると思ったんだがな」
「…坂田さん重いです…」
「ちょっとーウチのファーストちゃん嗾けるのやめてくんなーい?土方くーん」
「つーかテメーの方こそベタベタ触ってんじゃねーよ大の大人が見苦しい」
「分かってねーな土方くん。大人は大してなんぼなの。ガキの頃周りの目が気にしながら大トイレ入れんだよ」
「お前ガキの頃こそこそしてたのかよ、甘ェな。俺ァアレだ、ガキの頃から気にしなかったからな。そういうの全然気にしてこなかったわ」
「はぁー!?俺だってなぁ!そういうのアレ、まじ気にしてこなかったしィー!なんならアレ、大トイレ行けずにそわそわしてる野郎に「自分を解き放てねェような男になるんじゃねーよ」って説得してきたようなアレだし」
「ふざけんな、俺ァアレだぞ前にアレ、引きこもり犯説得したことあるからな。「今から突入すっから漏らす前に大行ってこい」ってな」
「フン、俺はアレよ、」
「お前ら玄関先で女性挟んで大トイレ云々の話ししてんじゃねーよ!見栄張り過ぎて便器に何が落としてきたんじゃねーか!」
「「ぐげふッッ!!」」
坂田さんがフンと笑った瞬間、居間から新八さんが吹っ飛んで坂田さんの頭に綺麗に蹴りが入った。
ーーーーー
「…またこの家にお世話になりますね」
「だな」
坂田さんの運転するバイクに乗り、道中込み上げ続ける気持ち悪さを噛みしめ、たどり着いた先にあった我が家を見上げた。もうここへは来ないと思っていたから、本当に不思議な感じだ。土方さんから返ってきた封筒の中から鍵を取り出し、家の引き戸の鍵穴に差し込んで回す。そのまま引き戸を開くと私が出てきた時と変わらない景色がそこにあった。土間から一つ上がったところにある畳に腰をかけて一息ついて回りを見渡すと、丁寧に並べられた修理品たちが視界に入った。これから配達に行かないとな。
「…元々どうするつもりだったんだよここ」
「あぁ……実はいろいろ坂田さんに手配をお願いするつもりでいたんです。この修理品の配達とか、この家の売却とか。昼間土方さんが持ってきてくれた封筒、あれ本当は坂田さんに渡してもらうつもりだったんですよ」
「あぁ?なんで?直接持ってくりゃ良かっただろーが。なんで多串くんなんかに…」
「……だってなんか坂田さん…、冷たかったというか…そっけなかったですし」
「……」
チラリと後ろにいる坂田さんを見ると、ちょっとバツ悪く思っているのか冷や汗を浮かばせながら私から目を反らした。自分でもわかっているみたいだ。
「ま、気付いたらいつも通りになってたみたいで良かったです」
「あー…うん…まぁ……その、だな」
「突然手の平を返すような態度とられるとこっちとしては結構悲しいものですよ。せっかく距離感が縮まったと思ったのに」
「……へ?」
「あ」
不意に窓の外を見上げる。いつもならまだ日がしっかり差し込むあの窓は太陽の傾きの影響か、日の入り方が違うように見えた。前に新八さんが言ってたな…冬は日が短くなると。この家で四季折々を楽しめそうで、それはそれでここへ残って良かったなとも思う。エド達のことは相も変わらず気がかりではあるけれど…。
「…最近すっかり日が落ちるのが早くなってきましたね。暗くなる前に帰られた方が良いですよ。今日も送っていただいてありがとうございます。そのうちバイク買わないとですね」
お見送りします、と立ち上がろうとすると気付いたら目の前にいた坂田さんに肩を押されてまた畳に腰掛ける姿勢に戻ってしまった。
「なぁ」
見上げると、坂田さんが私の後ろにある柱に手を当てて身を乗り出してきた。思ったよりも近い距離にドキリと心臓が強く鳴った。
「はい?」
「今のどういうこと?」
「何がですか?」
「え、無意識?マジ?」
…なんのことだろう?頭をひねると坂田さんはそのまま俯いてぶはぁ、と盛大にため息を吐いた。
「ま、いっか」
「何がですか」
「いや、いいいい。こっちの話」
柱から手を放して距離を取った坂田さんはそのまま家の出口へと向かった。私も見送るべく慌てて追いかける。怒っている…ようではなさそうだが、なんだかその態度が妙に気になる。何か失礼な事でもしたのかと。なんでこんなに不安になるんだろうか。
「あ、の……なにか言いました?私」
「いんや、なんでもねェよ」
「なんでもないって…すごい気になるんですけど…。そういうの…」
「あー、んー」
バイクのヘルメットをかぶりながら唸る坂田さん。
何かを思案するように少し暗くなり始めた空を仰いだかと思えば、今度はこちらを横目に見る。一体なんなんだというのか。不意にこちらに手を伸ばしてきた坂田さんは、私の頬に手を添えたかと思えばゆっくりと顎から首筋へと指先を滑らせた。それがこそばゆくて思わず坂田さんの手を掴む。
「な、なんですか本当に!」
「噛み跡、ちったーマシになったな」
「えっ!?……あ、あぁ…、治ってきてはいますよ。少しずつ」
前にホムンクルスに操られて噛まれたところの話か。少しほっとして掴んでいた手の力を緩めると、今度は手を握り返され、じっと顔を覗きこまれる。
「お前さ、どう思ってんの?」
「何、がですか?」
「いやいや、この状況でとぼけんのやめてくんない?地味に傷つく」
「またご冗談を」
「冗談はこっちのセリフ」
いつも死んだ魚のような目をしているのにここぞという時ばかりは真っ直ぐに射抜くような眼をするこの人がずるいと思った。目は口程に物を言う、とはよく言ったことだ。坂田さんが言っている話は、きっとそういう…男女間の話題のことだ。じっと見つめてくる視線に耐えれず、つい俯く。
「…私を揶揄っても面白くはありませんよ」
「へーファーストちゃんにはこれが揶揄ってんように見えるのかぁーそうかーそりゃ銀さん悲しいわなー」
「う………」
「まさかファーストちゃんがそういう人の心弄ぶような女だったとはねぇ」
「うぅ……その…好意、を持っていただけたのならば…それは、その…素直に嬉しい…ですよ」
一ヶ月前、死地で言われたセリフが頭を過ぎる。頭から流れた血を拭いながらぶっきらぼうに言い放つ坂田さんのことを思い出した。
「俺ァ死なねェさ。どっかの馬鹿みてェに惚れた女残して逝けるほど腐っちゃいねェんだよ」
あまり深く考えないようにはしていたけれど…、これはどうしたら良いのだろうか。
「…えっと……坂田さんにはバイクではねられたり一時期ストーカーされたりもしましたが」
「オイ」
「あなたには幾度と無く私の心を救っていただきました…私の中では確かにとても大きな存在です」
これは間違いなかった。その誠意が少しでも伝わればと坂田さんを見上げる。紅い瞳がゆらゆらと輝いていて、素直に綺麗だと思った。
「…やっべ、チューしていい?」
「えっ、ちょっ、人の話聞いてます!?」
「あー聞いてる聞いてる」
はぁ、とため息を吐く。お陰で妙な緊張が解けた気がして、続きを言うために息を吸う。
「それでも、やっぱり坂田さんの気持ちに答えることはできない…です」
しばし間があいた。坂田さんの表情に変化は、ない。
「やっぱりアイツか?」
「…はい」
「まだテメーでテメーが許せねェんだろ?」
「…はい」
「そう簡単に踏ん切りがつくモンじゃねェのはわかってら」
やはり心の奥底に救っているのはジンの存在だった。彼は私のせいで命を落とした。その事実は何も変わらないのだ。それなのに私が幸せになろうだなんて、とても考えられなかった。
「…すみません」
「いや、いいって気にすんな。ただその一言が聞けただけでいい。それに可能性はゼロじゃねェんだろ?」
「…えっ?」
「お前ん中で俺の存在がデケーんなら今んとこそれだけで充分だ。難攻不落の城のヒビが見えた気分だわ」
「でも、」
「今はそれでいーんだよ。いつかぜってー落とす」
「えぇー…っ」
「悪ィな。銀さんすげェしつこいんだわ」
掴まれっぱなしの手を引かれて、なす術もなく坂田さんの腕にもたれ込んだ。少し身体を離されたと思ったら、額に柔らかい感触が当たって、一瞬時でも止まったような錯覚に陥る。
「んじゃな、戸締りしっかりしとけよ」
何事もなかったかのようにバイクを進める坂田さんの背を茫然として見送っていると、柔らかい感触が当たったところがやけに熱いと感じた。冷たい機械鎧を当てて額を冷やしていると、ふと送別会の時にうたた寝直前に起こった出来事を思い出した。あの時も額に柔い感覚があったのだ。
「……うわ…あの時の絶対あの人だ」
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