元素のテスト破滅的だったけどみんなどうよ
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ぐるりと辺りを見渡す。
「確かに噂の通り真っ白部屋ですね。広さは十五坪くらいでしょうか。部屋のど真ん中に座布団が二つあるくらい…」
座布団を持ち上げて、下に仕掛けがないか確認をする。今のところは私たちに害を成すものは見られなかった。
「ちょっ…離れるな!あぶねぇだろ!」
「なんでそんなにへっぴり腰なんですか…まさか……怖いんですか?」
「…んんんんなわけねェだろ!大体お前はなんでそんなケロっとしてんだ。得体の知れない場所に連れてこられてんだぞ!」
「…私がアメストリス国からかぶき町へ飛ばされてるのをお忘れですか…。それに、この世には人間以上に怖いものは無いと思ってます」
「なにお前既に人生三度くらい経験してんの?」
「人生三回経験してたら馬鹿な真似して腕持ってかれたりしてませんよ」
「それもそうか」と言われたらそれもそれでなんだか腹が立つ。もういい、早くこんなところ出よう。
右手の手袋を外して壁を小突くと、機械鎧の金属の音ともう一つ、あまり聴き慣れない音が半々に響いた。
「…物質はなんでしょう…鉄…ケイ素あたりですかね。真白い理由は塗装かと思いましたが、違うような…。白い物質からできているんですかね…」
「いや、もうなんでもいいからさ、いつもの手パンでちゃちゃっと出口作ってくんね?」
「錬金術は物質を理解から始めないと成り立たないんですよ。まぁ、とにかく金属物質だと思ってやってみますけど…」
ある程度心当たりのある物質の分解構築を想定しながら両手を当てて壁に手を当てる。が、シンと静けさが広がるだけだった。
「あれ?」
「………ん?」
「錬金術が使えない…?」
「っ、ハァアアアア!?」
慌てふためく坂田さんに両手を取られて代わりに手合わせ、それから壁に手をつけられるが、全く反応なし。これは興味深い。
「厄介ですね。地殻エネルギーを遮断する物質でしたか。まさかそんなものが存在するなんて…。なんだろう、何をこの壁に施しているんでしょうか」
「どどどどうすんだァア!!」
「もう、冷静になってくださいよ坂田さん!白い部屋の噂があるってことは、そこに入って出てきた人がいるってことです、…よ」
完全に冷静さを欠いた坂田さんは壁をバンバンと荒々しく叩き始めた。その背中に貼られていた一枚の紙が目に留まって、そっと近づいては勢いよく剥がした。
紙を止めていたテープは少し坂田さんの髪にも少し貼り付いていたのか、髪の毛をピンと引っ張る感覚があった。
「いっだぁ!?ちょっ、これハゲてない!?」
「…"お題一時間密着していないと出られない部屋"…」
「は?」
見事な達筆で書かれた文字。それからお題と書かれた文章。
「…何かすると出れるって…そういうことか」
「なんですかこれ。どういうことです?」
「え、えーと、その、ラブハプ的なアレ?やっば、まじか」
「ラブハプ?なんですかそれ」
「いや、ともかくだな、アレだ、アレにはアレするしかねぇだろ。うん、仕方ないな」
「具体的な名詞と動詞をくださ、うわっ」
「ほら見ろコレ」
突然腕を引っ張られて坂田さんの胸にぶつかると、少し辺りを見渡した坂田さんが顎で場所を示してきた。
私の少し後方にある壁に先ほどまではなかった時計が現れた。
「…あ、数字が」
「離れると、やっぱりな」
坂田さんが私から離れると、時計は存在そのものの姿を消してしまった。なるほど、文字通り密着、と。
「文字通り一時間密着ですか。それならくっついて座ってればいいってことですね」
「いや、それだとふとした弾みに離れて時間戻ったらやり直しだぞ。絶対さっきのが良いって」
「えぇ…」
「ハイ決定ー」
心機一転。くるりと身を翻した坂田さんは部屋の中央に置かれていた座布団二つを手に取ると、一つは壁際にそれを置き直してそこへ腰を降ろした。それから両足を投げ出して、もう一つの座布団を自分の足の間に置き直すと手招きをしてきた。…そこに入れと?
「ほら」
「…」
「元軍人さんならこんぐらい屁でもねーんだろ?」
ニタニタ笑う坂田さんに一瞬だけ、ほんの、一瞬だけ殺意を覚えたがもう何も考えまい。
坂田さんに背中を向けるように彼の足の間に腰を降ろす。試しに放り出された脚に機械鎧側の手を載せて時計を探してみるが、時計の姿が見えない。
「そっちの手じゃダメそうだな」
「これも私の体の一部なのに…否定された気分…」
「手っ取り早くコレでいこうぜ」
「わ、」
後ろから抱き込められて、坂田さんの胸にもたれ込むことでより強く密着する形になってしまった。また姿を現した時計をじっと見ていると、ふともう一つの案が思い浮かんだ。
「いや…ここまでしなくても手を繋ぐ方だけでも良いのでは…?」
「一時間過ごすならこっちの方が俺もお前も楽だろーが」
「……そうですか」
諦めも肝心か。このなんとも言えない小っ恥ずかしさを誤魔化すために、もうどうにでもなれと坂田さんの胸に後頭部を少し勢いづけてぶつけてやった。
それからは普段はよくペラペラしゃべる坂田さんが珍しく黙っているので、私も特に何も喋らずに身を委ねる。
不意に頭の上辺りですんすんと音が聞こえ、途端に背筋がぞくっとして驚いた。
「っ!?」
「あぁ、悪ィ。良い匂いするもんでつい」
「な、何がついですか!」
「コラ暴れるな!折角十分経ったんだから勿体ねぇだろ!」
「うぅ…なんでほんとこんな目に…」
時計を見ても確かに坂田さんの言う通り十分やそこらしか経っていない。せめて本でもあれば頭が暇じゃなくて助かったのに。
………ん?頭が暇にならなければいいのか。ふと良い案が思いついた。
「水素…」
「ん?」
「水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、酸素、フッ素、ネオン、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、リン、硫黄」
「いや何言ってんのファーストさん」
「時間が早く過ぎて欲しいので、元素を少々」
「そんな嫌なの!?」
「嫌ってというか…なんか…その、お、落ち着かなくて…」
前々からもそうだったけれど、特に今回は何故か坂田さんの存在を大きく感じ取ってしまっていて、胸がこそばゆい感じがするのだ。
「落ち着かねェの?」
「いや、…その…落ち着くんだけど何か落ち着かなくて…!」
「…」
「なんかすみません、自分でもなんかよくわかんなくて…!いった!!もうなんですか!」
「…」
「……坂田さん?」
黙りっぱなしの坂田さんを一目見ようと身を捩ると、ゴンと後頭部に突然の痛み。非難の声を挙げながら振り返り坂田さんを睨み付けるが、顔は俯いていて表情が窺えない。なんなんだというのか。
前を振り返って先ほど言った元素を思い返す。
「…塩素、アルゴン、カリウム、カルシウム、スカンジウム、チタン、バナジウム」
「いやそれやめね?夢に出てきそうなんだけど」
「あ、円周率の方がお好きですか」
「いや、そういうんじゃなくて」
「円周率は延々と語れますしループする元素よりもそっちの方が良いですよね。気が利かなくてすいません」
「いやいやそれ利かせる気ゼロだろ」
後ろからふと笑う声が聞こえた。どうやら機嫌は良いらしい。変な人だ。
残り時間、あと四十五分。まだまだ先は長そうだった。
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