感情的になってる時こそお口チャックしとけ
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遠のく背中を追いかけながら先ほどの会話を思い出す。
土方さんが言っていたことは、本当にそうだと思う。あの日、息を引き取る直前に言ったジンの台詞は本心だと思った。でも、それを私は認められなかった。
きっと私が逆の立場だとしたら同じことを言うだろうというのに。
相手に幸せになってくれと願って死んだのに言葉を託した相手は未だにウジウジと前を向けずにいる、そんな状況の方が枕元に出て尻を蹴飛ばしてやりたくなるに違いない。それこそジンへ顔向けができないじゃないか。
「坂田さん!」
ネオンが煌めくかぶき町の往来を、人の間を縫うようにして歩を進める背中に名前を呼んだ。聞こえていないのか、はたまた聞こえてなお足を止めないのかどちらかはわからないが、坂田さんはこちらを振り返ることはなかった。
「す、すいません、ちょっと通してください…!」
今日に限って多い人。立ち話中の人や仕事で慌ただしく駆ける酒屋のお兄さんを避けながらあの背中を追いかける。
「す、すみません…!」
私とぶつかりかけて荷物を落としてしまった人の手助けをして顔を上げると、白い背中はふらりと姿を消してしまった。
…見失ってしまった。…明日、万事屋に行けば…そこまで考えて頭を横に振る。ううん、それだともうずっとすれ違ったままになりそうだと直感が言った。科学者のくせに根拠はなくて、所謂勘というやつだ。坂田さんを誤解をされたまま明日を迎えたくない。それだけは何としても伝えたかった。
「昔から鬼ごっこは得意なんですよ…!」
坂田さんを見失う直前の人混みを思い返し、この辺りの町並みを思い返す。それからすぐに近くの路地裏に飛びこみ、屋根に登るための梯を錬成した。
「ーーいた」
坂田さんほどの背丈のある人が全く見えなくなるとなると、予想される場所へ屋根を伝うようにして駆けると路地裏をせかせかと歩く動く白を見つけた。
パン、と両手を合わせて近くにあった瓦を使って檻を錬成。
「うおおおおお!?」
「!」
派手な錬成音に気付いた坂田さんは私が檻を振り下ろすより先に逃げ出した。…ちょっと派手にやりすぎた。それから近くにあったアンテナからロープを錬成し、坂田さんに向かって投げる。
「ちょぉおおおお!?なに!?」
「話を聞いてくれないから引き止めて話を聞かせようと」
「物理的に動きを止めさせる方法なのね!!危ねェだろーが!」
「じゃあ逃げないでくださいよ!」
ロープを避けられて今度は時代劇で見かけたクナイとやらを錬成していくつか投げつけると、坂田さんは持っていた木刀で叩き落とした。
「おま、まずそれをなんとかしろ!」
「坂田さんが止まったらやめます」
「この状態で坂田さん止まったら心臓が止まっちゃう!!」
あれこれ罠を仕掛けるもあの人の持ち前の反射神経のせいか、ギリギリのところで躱され、そろそろ面倒くさくなってきた。落とし穴でも作ってやろうかと思ったら突然視界が大きくぐらりと揺れた。
「……あ…やば、い」
そう思った時にはすでに遅かった。屋根の上で盛大に体勢を崩し、身体が宙に放り投げ出される感覚。血の気が引いた。
「ファースト!!」
「うぶっ」
受け身を取れるか、いや、無理だと目を瞑った直後、硬い何かに思い切りぶつかった。ぐわんぐわんと揺れる視界に、ぎゅうと抱きしめられた身体の感覚にようやく自分の身に起こったことを理解した。どうやら屋根上から落ちたところを坂田さんに助けられたようだ。
「はぁあああっ……あっぶねェヤツ…」
「うう…お酒………飲んだの忘れてた…うぷ」
「いくらなんでも馬鹿すぎね?」
「ひどい…でも助かりました…」
幸いビールをジョッキ半分ほどしか飲んでいなかったお陰で気持ち悪さは無い。ああ良かった…ちょっと頭ぐらぐらするけど…!
「もう離していい?多串君には黙っとけよ、めんどくせェから。事故っつーことで」
「多串…君」
「そ。お前の彼氏だよかーれーし。ったく、人のことおちょくり回しておいて満足したかコノヤロー」
「いたっ」
額を弾いた坂田さんは不機嫌そうにそう言い放った。言われた台詞をやや間が空いてから理解し、それから自分が坂田さんを追いかけ回していたことを思い出しては、すかさず目の前の着流を右手で掴んだ。
「うおっ!?」
「やっと捕まえました」
「いや、この状況で言う?アホなの?」
「アホじゃありません。実は罠でした。よくぞ引っかかりましたね」
「いやもうお前黙ってろ」
「黙れられない止まらない」
「かっぱえびせん風にしてんだろうが文法の勉強やり直せ!!」
「ともかく!私は喋るために坂田さんを追いかけてきたんです!」
「あっそう!もう十分喋ったよね!はいおしまい!」
ぷつんと頭の中で何かが切れた。坂田さんから手を離し、両手を合わせ地面につけ、私たちを囲うようにして円の外壁を生成。軽く大人三人分くらいの高さの壁だ。そう簡単には越えられまい。
「話聞かないと絶対出しませんからね」
「おま、これは卑怯だろ!!」
「卑怯なのはどっちですか!」
「はぁあ!?」
「人が好きと伝えようとしてるときに…話も聞かずに勝手にベラベラベラベラと!」
「………あ?」
「ん?」
……………あれ。
「は…?……好き?…………は?」
「……あれ?今…私」
「え?」
あれ、おかしいな。土方さんのことは誤解であることだけ伝えようとしたのに……あれ…?
しまった、余計なこと言ってしまった。いつから目的がすり替わってた…?
しばし目を丸くしてこちらを見る坂田さんから離れ、壁へと足を進めて壁に扉を錬成した。
「……と、とにかく!土方さんとは何もありませんから!!それだけです、おやすみなさい!」
「ちょっと待てい」
「!」
そそくさと退出しようとしてドアノブに伸ばした左手が、後ろから伸びてきた手によって取られる。そのまま体を反転させられ、背中と手に扉が当たった。
必然的に目の前に来る坂田さんの顔が見れずに俯きながらやからしたと心の中でつぶやいた。この国のことわざで言うと、穴があったらなんとやら、まさにこの状況だった。
「もっかい聞きてーんだけど」
「……おやすみなさい」
「いやそこじゃなくて」
「土方さんとは何もありません」
「うーん、その少し前のが欲しいんだけど」
「……忘れました」
「へぇえ?忘れちゃったんだ?銀さんは覚えてるけどなぁ?確か"人が好きと伝えようとしてる時に"って言ってたよなぁ?」
…この人今絶対悪い顔してる。絶対ニヤニヤ笑ってる。顔は見てないけど声が言ってる。私こんな人が好きだったの?いやはや、仮にも国家錬金術師がどうかしてる。
「……酔っ払いの言うことは真に受けない方が良いですよ」
「残念だったな。人間酔った時の方が本性出るもんなんだよ。理性が飛びやすいからな」
「ぐぅ…この私が何も言い返せないなんて…」
「なぁファースト。マジで多串くんとはなんもねェわけ?」
するりと坂田さんの右手が頬を滑る。まるで愛おしいものに語りかけるような口振りに心臓が騒ぎ始めた。人が一生に動かす心臓の心拍数は一定と言われているのに、これじゃあ短命になりそうだ。なんて、頭の片隅でムードのかけらもない科学者思想が働く。
「ファースト」
坂田さんはそれを分かってか、私の顎を強く持ち上げると、私は成すがままに坂田さんと顔を合わせることになり、思いの外近い距離に思考が固まった。それから質問の答えを催促するかのように親指で唇をなぞられる。あぁ、答えなきゃいけないのに唇に触れてる指に意識が持っていかれて何が何だか。
人は色々身も心も強い刺激を与えられると思考回路がポンコツになるらしいことを身を持って知った。
「どうなの?」
「…な、にも、ありませんよ。たまたま名前言ってみろ、って言われただけです」
「何もないっつー証拠は?」
浮かんだセリフに開きかけた口を一旦噤む。これ、言ってもいいのだろうか。でも、これしか無い。
「…さ、坂田さんが好き、だからです。……これじゃダメですか…?」
恐る恐るその目を覗き込む。一分一秒が長く感じてたまらない。ゆっくり顔を近づけてくる坂田さんについ目を強く瞑った。
「んー上出来」
「っ」
指とはまた違う、唇に与えられた感覚は今までで一番坂田さんを近くに感じたような気がした。
「ファースト、好きだ」
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