ロッカー


 うちの学園に所謂王道転校生がやって来て一ヶ月。面食いらしい転校生クンには、美形の生徒会が構ってやれば他所に害を及ばさないことから、親衛隊と交渉して転校生が傍にいることを了承してもらった。まぁ、転校生から不意な暴力や言いがかりをつけられ続ければ折れないわけにはいかないヨネ。あとは、カイチョーの「あの猿に恋愛感情抱くくらいなら、夜人を犯してぇよ!」っていう、何で俺指定なの的ブチキレで親衛隊は折れざるを得なかったらしい。こういった経緯で、他の生徒の安全を守るために、珍獣を寄り付かせている俺含め生徒会。最初は構うだけだったんだけど、会長が「猿も躾ければそれなりに役に立つだろ」という言葉から、現在補佐として転校生を育成中なの。

 けどね、けどね…?

 俺にも限界っていうのがあるんだよ?
 



 その日、ちょっと生徒会の仕事が押しているのもあって、親衛隊でも優秀な子たちから応援を頼むことになった。補佐って奴だね。だから、俺と転校生クンはその子たちが使うロッカーの確保に行ったわけ。仮眠室とは反対の部屋が更衣室になってて、特に着替えることなんてないんだけど、鞄とか私物を置くようにしてんの。でも、生徒会役員専用だから、ロッカーの数は少ない。俺はちゃっちゃと済ませたかったから、綺麗なロッカーを見つけてそこを宛がってしまおうと思ってロッカー見てたの。したら、転校生クン使用ロッカーの隣に空いてるロッカーがあって中も綺麗だし、ラッキー!ここにしちゃおって思ったわけ。でも、補佐の子は二人だからもう一ついるんだよね。で、俺がもう一つロッカーを探してたら、転校生クン何してたと思う?ガコン、ガコン!って、他の人のロッカー開けてたんだよー?

「ないなぁ〜!」

 ないなぁ、じゃないよー!

「あっ、ここいいじゃん!加納…ああ、真紀のところか!」
「え、そこ副会長のところだよー?」

 副会長のロッカーは鍵もかけてなくて、中は何も入ってなかったから使用してないのはわかるけど、そこは人のロッカーだよね。

「そこは人のロッカーだからー」
「こういう時はいいじゃん!な!?」

 ええー、こういう時ってどういう時?どんな時でも人のプライバシー侵害していいわけないじゃん。例えそれが使用してないロッカーでもさー。きっと副会長なら事後承諾でも笑顔でいいですよって言ってくれると思うよ?でもそれって、人の良さに付け込んで勝手なことしてるってことにならない?

「いや、人のロッカーだから駄目でしょー」

 俺は遠い目で転校生を見ながら、他のロッカーを急いで探した。したら、今度は転校生の左のロッカーが空いているようだった。鍵がかかっているけれど、ネームはないし。鍵が開いて中身が何もなかったらそこにしよう。俺は転校生をそのままに、急いで更衣室を後にした。

 生徒会室の鍵が収納されている場所でがさごそと目当ての鍵を探す。こういう時に限って鍵が乱雑になってんだよネ…。ちょっと時間がかかったけれど、無事に鍵を探し当てた俺は、すぐに更衣室へ向かった。すると。

 えっ、ちょッ、何でもう補佐の子たち呼んでんのー!?

 なんと転校生は補佐の子たちを更衣室に案内していた。

「ここ使えよ!」

 俺が見つけたロッカーと、副会長のロッカーを開けて補佐の子たちに使うように指示している。

「ちょっ!あ、待ってねー。こっちのロッカー開けるからー」

 俺は補佐の子たちが副会長のロッカーを使ってしまわないうちに急いで鍵のかかったロッカーを開けた。中は綺麗だからすぐに使えそうで、ほっとする。

「えっと、こっち使って…ねー」

 俺はにこりと笑って補佐のことたちにロッカーを案内する。補佐の子たちは「キャー、会計様に案内してもらっちゃったー!」「素敵!」と喜んでいる。うん、この様子なのでもう色々俺の案内は及第点ってことにしよう。ちらりと転校生を見ると、ドヤァ…って、ドヤ顔してんじゃねーよ!お前何もしてないだろう!というか、例え一日だけの補佐でもロッカーは掃除してから提供するもんじゃん。転校生のせいで掃除もできなかった。俺がギリッと唇を噛むと、転校生は自分の仕事は終わったと更衣室を出て行った。俺はイライラしながら同じく更衣室を出た。




 夕方になって、補佐の子たちの手伝いもあり、書類を片した生徒会は早々に解散することになった。俺は、まだ残務処理をするカイチョーに付き合って、ソファーで今日の転校生クンの言動を思い出し、ゴロゴロしながらムカムカしていた。

「どうした、夜人」

 書類から顔を上げながらカイチョーが俺を気遣う。

「…んー、カイチョー、俺限界ー」
「限界?ああ、あの猿か」

 すぐに察してくれたカイチョーに感謝しながら、俺は続けた。

「転校生クンの常識のなさに、もうダウンー」

 ぐでーっとソファーに横になっている俺に、カイチョーが席を立って頭を撫でてきた。

「珍しくへばってんな」
「んー、そうなのー、俺へばってサンなのー」

 わしゃわしゃと頭を撫でられながら、俺は怒りを徐々に納めていく。俺が気持ち良さげに目を細めていると、カイチョーは「猫みてぇだな」と笑った。カイチョーの優しい手つきに、いつものカイチョーじゃないみたいでキモイーと心中で呟いた俺は何故だかほっこりとした気持ちで慰められ、カイチョーが何か云った言葉を聞き逃したのだった。





 そして数日後のある日。

「えっ、転校生クンまた転校しちゃったのー?」

 放課後の生徒会室を訪れた俺は、その衝撃の事実に驚いて声を上げた。のんびりした声だけど、コレでも心底驚いてて、喜んでいるのデス。

「え、でも、どうしてー?」
「親の転勤先に丁度良い学校があって、そっちに通うように云われたんだと」
「へー、そうなんだー」

 へらへらと嬉しそうに笑う俺に、副会長が「嬉しそうですね」と声をかけてきた。でも、副会長こそいつものスマイルが3割り増しになってるよー?

「私もいい加減煩わしく思っていましたから」

 ワァオ。俺てっきり副会長は転校生クンに絆されてたんだと思ってたー。俺が心底驚いた顔をすると、副会長はただ静かに笑うだけでそれ以上は何も語ってはくれなかった。他の生徒会メンバーも副会長と似たような感じで、実際には転校生クンにそれほど執着は持っていなかったようだった。まぁ、一般生徒を守るために転校生クンに構っていただけだしね。

 俺が一通り転校生クンの話を訊き終えると、会長が俺の前に書類を突き出した。

「夜人、仕事だ」
「えー」
「もっと増やすか?」
「頑張って行ってキマス」

 書類を受け取ると、それは職員室へ届けるものだった。要するにパシリだ。

「カイチョー、届け物ならキョーちゃんのとこがいいヨー」

 キョーちゃんっていうのは、風紀委員長サマのことだ。率先して風紀を乱してる中心だけど、強くてかっこいいんだよー。

 ちょっと俺が愚痴をこぼすとカイチョーは途端に血相を変えて声を上げてきた。

「駄目だッ」

 突然のことで俺チョットびっくり。

「そんな大声出さなくてもいいのにー」

 俺は変なカイチョーと笑いながら、何か云ってきそうなカイチョーから逃げるために書類を持って生徒会室を後にした。





 夜人が生徒会室を出て行った後、会長の北條ははぁーっと大きなため息を吐いた。

「アイツ、恭一とも知り合いなのかよ…」

 恭一というのは先ほど夜人が言っていたキョーちゃん、風紀委員長のことだ。牽制する相手がまた増えたと頭を抱えると、やりとりを見守っていた副会長の加納がこちらを覗ってくる。

「何だ」
「いえ、良かったんですか?転校生を転校させてしまって」

 折角、夜人くんが頼ってくれるようになったのにと、続けると北條は髪を掻き揚げて云った。

「…いんだよ。夜人の憂いなら晴らしてやりたかった」

 確かに、頼られたり自分にだけ弱みや怒りを見せてくれたのはとてもおいしい役どころだった。けれど、笑みが消えてしまうばかりの状況は望んでいない。好きな相手なら尚更。

「まぁ、あの猿をダシにしなくても、いつかアイツをモノにしてやる」
「…そうなる日が来るといいですね」

 遠くを見つめる副会長に何だその言い方はと突っ込む北條。つまりは、転校生を駒にしていたのだ。全ては夜人を近づかせるための。自分の手中へ治めるための。けれど、転校生という駒は上手く働かず、憂いばかりを産んでしまった。だから、早いうちに処理し、切り捨てた。それだけのこと。

 北條は書類へ手を伸ばしながら、回転が速すぎる頭で思考する。次はどのような手段で夜人を自分へ向けさせるか。悪役の顔をして笑う北條。そんな会長の元に、夜人が偶然廊下で会った風紀委員長に押し倒されていると報告の電話が鳴るまで後数秒…。
 

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