日常と素直と…
「ボスがキレたこと?」
部下Aが下っ端の部下の問いかけに鸚鵡返しした。
その問いに部下Bが煙草を咥えながら答える。
「うちのボスはいつでもキレてんだろ」
残虐で残忍、非道な気分屋。死神に悪魔、魔物に化け物。悪い呼び名はいくつもある。
手段を選ばず、いくつもの裏切りをしてきたマフィアの中のマフィア。
彼が戦場に出ると棺を作るのが追いつかないと死を喜ぶ葬儀屋が青ざめるくらいに恐ろしい人物だ。
そんな彼が本当の意味で過去にブチギレたことはあったのかと下っ端は問うているのだ。
「あ〜、それはあれだね。一度だけあったね。ボスの天使が打たれて攫われた時だね……」
「あんときゃ怖かったな……」
「あれは怖かったね……ボスがまだ幹部だった頃に一度だけボスの天使が襲撃されて拉致られてね。それ知ったボスったら一人で敵陣に切り込みにいっちゃうし」
「胸打たれてもあの子助けにいっちまったからな。ボスが幹部からボスになれたのもあの子のおかげだし……」
「ボスは天使しか基本信用していないし、唯一の存在だからね」
「地獄ってのはああいうのを云うんだなって思ったぜ」
部下AとBはその時のことを思い出して苦い顔をしている。
下っ端はそのボスの天使という方を思い出していた。
ボスのアジトに出入りする優しそうな顔をした金髪の少年。
確かに、彼といる時のボスはどこか穏やかだ。
思考にふける下っ端に、部下Aがその様子に突っ込む。
「ちょっと!ボスの天使にちょっかい出そうとか考えてないよね?」
「やめとけよ。あの子にちょっと触れただけで股間撃ち抜かれて女にされた奴もいるんだからな」
男でいたけりゃ手を出すなよと忠告される。
その時、下っ端の先輩が青ざめた顔で部下AとBに報告してきた。
と、同時にボスのいる部屋からグラスが割れる音が聞こえてくる。
「……リディさんの教会が襲撃されました」
その報告に部下Aのアルバーノと、部下Bのバルドヴィーノは顔を青ざめさせて、ガシャーン!と再びグラスが割られたボスの部屋へと入っていった。
*
夢と金の街チェザ。その街の頂点にいるマフィア、セルペンテのボス、ジーノ・カンパネッラは粉々になったグラスの破片を足で払うと、教会の見取り図と地図を広げさせた。既にブチギレているボスにアルバーノは淡々と部下から上がってきた情報を報告する。
「ボス、教会の状況だけど、襲撃っていうより立て篭もりに近いみたい。近くでチンケな強盗したチンピラが逃げ込んできたっぽいよ」
「どうするよ、ボス」
バルドヴィーノが低い声でジーノに指示を仰ぐ。
「教会の裏からバルドがいけ。なるべく派手にしろ。少ししたら俺とアルバーノで正面から行く」
敵の位置情報を見ながらジーノが指示をしていく。
ジーノの恋人、リディは教会の真ん中で子どもたちと一緒に人質になっているようだ。
敵は警察に怯える肝の小さい強盗グループだ。
この程度、アルバーノかバルドヴィーノが各々の部下を連れていけば解決する程度の事なのだが、ジーノはリディが絡むと自分の手で救出しなければ気が済まないのだ。
リディを他に任せておけない。
いつだってジーノはリディが絡むと余裕がなくなる。
ジーノはこの部屋で顔を青くしている二人の男に目を向けた。
「……リディには警護がついていたはずなんだがなぁ」
怒りが籠った目がリディ付きの部下を刺す。
部下の二人は足をガクガクと震わせる。
「リディを監視、いざとなれば盾になる奴がなんでここにいやがる……?」
「……あ、あの、俺たちは、そ、そのリディさんに、云われて、ボ、ボスが、教会に、来ないように、止めて、ほ、ほしいと……」
「お前らの主は誰だ?俺だろう?いつからリディが主になったんだ?リディに頼まれた?んなの関係ねぇだろ。俺はお前らにリディのために死ねと云ったんだ。リディに頼まれて伝書鳩しろと云った覚えはねぇんだよ」
リディは心やさしい少年だ。おそらくリディは自分のために死のうとしている警護の人たちを死なせたくなかったのと、キレると何をするかわからないジーノを危険な目に遭わせることが嫌だったのだろう。
アジトにこうしてやってきた二人は心優しいが頭の回転が速いリディに言葉巧みに騙されてきたのだろう。
無茶な命令と頼みに振り回された二人がいっそ哀れに見える。
アルバーノが小さく溜息を吐いた数秒後にジーノは己の銃を放った。
「リディが死んだらお前らの親兄弟を殺す」
二人が立つ床に穴を開け、ジーノは銃に新たな弾を込めた。
準備が完了したという部下の知らせを聞いてジーノは歩きだす。
「殲滅だ」
*
チンケな強盗グループは警察に怯えていた。
強盗して警察に追われ勢いで教会で立て篭もり更には少年と子どもを人質にまでしてしまった。
正直リーダーは己の所業に頭を抱えた。
けれど、戦況は悪化していくばかり。
警察にぐるっと囲まれ、投降しろと叫ばれている。
恐らく射撃部隊やらが動き始めていることだろう。だから、怖くて窓に近づくことはせず、手下に見張りをさせているのだが。この状況を打開できる策もなく。
いっそ、人質の中にはそこそこ可愛い少年もいるし、ここで一緒にあの世に逝ってもいいかもしれない。
そんなことを考えている時だった。
手下の一人が声を上げた。
「隊長!なんか警察の動きがおかしいです!」
「なんだと?」
怖かったはずの窓に近づいて外の様子をうかがう。すると、包囲していたはずの警察が徐々にその包囲網を解き始めた。
「なんだぁ?」
警察がわき目も振らず走り出している。蜘蛛の子を散らすように。
どちらかというと解くというよりその場から逃げだすという表現の方が正しい気がした。
「俺らの力を怖がって逃げ出したんスかね!」
バカなことを本気で思っている手下を冷やかな視線で見やりながら考える。
どうして警察が逃げるようにして持ち場を離れたのか?
答えを導き出すというより、それは勘に近かった。
「……ここはなんて名前の教会だ?」
「リディ教会です」
のんきな手下の声。
それを聞いて若きリーダーは蒼白した。
「やばいッ!おい、早く裏口を固めろ!」
「ど、どうしたんスか!?」
「チェザのリディ教会っていったらあのセルペンテのジーノが創設したとこじゃねぇか!」
リーダーの言葉に途端に理解した手下たちが顔を青ざめさせる。
その時、教会に衝撃が走った。
マシンガンの音が裏手から聞こえ、リーダーが手下に指示を出す。
「裏に回れ!侵入を許すな!」
教会の裏手に手下が集中する。中央、正面が手薄になった瞬間、施錠していた正面の扉が爆音とともに破かれた。
正面から銃を持った男たちが侵入してくる。手下たちが応戦するが、手薄になった戦力で太刀打ちできるはずもなく。一人、また一人と倒されていく。
仲間が失われていく中、リーダーはもう自棄になって人質へと視線を向ける。
子どもたちを庇っている金髪の少年を見て、手を伸ばそうとした瞬間。
ガチャリと、後頭部に銃が突き付けられた。
気配を感じさせず背後に近づける人物。
見なくてもわかる。この街を統治する恐ろしい化け物。
「ジーノ・カンパネッラ……!」
銀髪の男は怒りを宿した瞳で笑った。
リーダーは見えない男の笑みに恐怖で顔をひきつらせた。
恐怖で力が抜けて銃が手から落ちる。
それを見てジーノが部下に命令する。
「チッ、拘束しろ」
残虐に殺される恐怖に怯え放心状態のリーダーは容易くジーノの部下に拘束された。それを見届けて、ジーノは人質となっていたリディを見やる。
一緒になって人質となっていた子どもたちは既に部下たちが保護したようだ。
「ジーノ…」
リディが眉を下げて笑っている。その笑みにジーノは己の腕にリディを閉じ込めた。
「無事でよかった…」
安堵のため息が肩口にかかる。
「どこか怪我はしてねぇか?」
「してないよ。それどころじゃなかったみたいだし」
俺は無事だよ、大丈夫だよというリディの声を聞いて、ジーノの心が落ち着いていく。
リディの安否にいつだってジーノはかき回されるのだ。
以前リディが撃たれて攫われた時よりも街は平和になった。けれど、今日のように危険な目に遭う可能性はある。ジーノがマフィアである限り、否マフィアでなくなってもリディが恋人である以上危険は付きまとう。
「……なぁ、俺の家で暮せよ」
弱々しい声だ。
ジーノが弱くなってしまうのはいつもリディの前だけだった。
「頼むから……」
抱きしめる腕の力が強くなる。
目の届く範囲にリディを囲ってしまいたい。
「ジーノ……」
精一杯の懇願だった。
リディはジーノの腕をあやすように撫でていた。
それから、小さくため息を吐いて「いいよ」と云った。
目を見張る。
驚いてリディの顔を見ればどこか悪戯な笑みをしていた。
「その代り、教会に来るのは止めないよ。いい加減護衛がぞろぞろ鬱陶しかったしね」
「……!」
リディの一言でジーノは心が明るくなった。
いつだってリディによってジーノの心は左右するのだ。
「あ。いっそのこと教会の近くに家を建てたら?」
「それもいいな」
ジーノはリディを抱きしめて頬を撫でる。この腕の中に絶対の存在を閉じ込めてジーノは柔らかく笑った。
後日。
「教会に帰らせて頂きます!」
穏やかで優しいリディが声を荒げ、荷物をまとめて出て行った。
何度も目にする痴話げんかに部下のアルバーノとバルドヴィーノは呆れていた。
「ボス、さっさと謝って連れ戻したら?」
「そうだぜ、今回はボスが悪い」
部下二人に責められジーノは舌打ちする。
教会の近くに家を建設するところまでは合意してくれた。が、そこからジーノが過保護と独占欲をだしてしまい、リディが教会に近づかなくてもいいように手を回すと云ったのがいけなかった。
ジーノとしては危険から回避させあわよくば囲ってしまおうとしていたのだが、リディは頑として拒んだ。
そもそも一緒の家に住む交換条件が教会へ行くことだった。
自分が悪いとは思っているものの、自分の気持ちが通らない、受入れてもらえないことに苛立ち、いつものように口論となってしまった。
その結果、リディが実家ごとく教会へ帰ると出て行ってしまったのだ。
ジーノは再び舌打ちして少しだけ唸った後、部屋の入口へ足を向ける。
「……車を用意しろ、見回りに行く」
そう云ってさっさと部屋を出ていくジーノに部下は苦笑する。
「素直じゃないなぁ」
「ほんと、素直じゃねぇ」
部屋を出て行ったボスを追うようにバルドヴィーノとアルバーノも部屋を後にした。
えんど。
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某BLゲームの影響過ぎて二次にした方がいいんじゃないかと思ったんですが、
微妙に違うような気もしたので一応うp。
でもやっぱり違う気もしたら下げます。
と、短編の書き方がわからなくなっている…
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