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 助けてもらってほっと安堵する中、アルトは神童の視線や宰相の蔑みの視線を一心に浴びながらそろりと正面の一つの席に注目する。用意された席で一つだけ埋まっていない椅子。黒虎や宰相の間の席、恐らくこの国の王が座る場所だ。アルトは徐々に再び緊張して身を固くする。王に会うということは、わかっていた。それはこの晩餐会に招待したのはこの国の王だからだ。
 アルトは俯いて、きゅっと膝の上の拳を握る。その時、床にカツンという靴を鳴らす音が聞こえ、ふと見上げる。すると、アルトの正面の椅子の後ろから背の高い男がそこにいた。
 男は機嫌が悪そうにテーブルへと近づいてくる。そして、己の席の横に来ると、宰相がゆったりと立ち上がり、口を開いた。

「虎の国の王、クロス・バルシュミーデ・クロノス様です」

 宰相の口から紹介された男に、アルトは緊張して顔を強張らせる。が、それを他所に虎の国の王、クロスは椅子に触れることなく、眉間に深い皺を寄せ不機嫌な顔をしたまま――「…チッ」と、アルトの耳に届く程の舌打ちをした。そして、アルトに視線を合わせることなく。ただ、神童らを見て眉間の皺を更に深めてから踵を返した。
 慌てたのは彼の唯一の虎である黒虎だ。退出する王を追って、広間から出て行ってしまう。
 唯一の味方がいなくなってしまい、残されたアルトは王の機嫌を損ねてしまったのはもしかしたら自分のせいかもしれないと、顔を青ざめさせた。また、天敵である神童や宰相に囲まれ、不安で頭が真っ白になる。そんな中、神童のセルマがポツリと漏らした。

「やっぱり、この服がお気に召さなかったのかな…」

 薄い生地の己の服を指先で引っ張る。セルマは王が退出したのを気にしているようだ。それは、王が退出の直前にセルマたちを見て、顔を顰めたことも関係しているだろう。綺麗な顔を歪ませて悲しむセルマに、似た格好をしているラウラもどこか沈んでいる。王の気を引けなかった二人に、宰相が慰撫する。

「私の神童、そんなに悲しい顔をしないで下さい。その服はとても似合っていて、魅力的です。それに、王が出て行った理由が麗しいあなた方なはずがないでしょう?」

 優しい声音で吐かれた言葉が、アルトの胸を刺す。宰相は暗に場違いな服装でやって来た神童らのせいではなく、アルトのせいだと云っているのだ。アルト自身、神童の服装が適切ではないと知らないこともあり、それから、王が退出してしまったのは自分のせいかもしれないと気にしていた。でも、だからこそ、遠まわしではあるが宰相の言葉に傷ついた。
 アルトは、青い顔をして再び俯いてきゅっと白いワンピースを握り締める。
 アルトの傷ついた顔を見て宰相は満足し、自分たちのせいではないと確信したセルマたちは再び笑みと嘲笑が入り混じった顔に戻った。
 笑顔になった神童たちは宰相と会話を楽しむ。アルトはその会話から耳に届く遠まわしの中傷に耐える。それしかできなかった。
 幾分か会話に満足したのか、それともアルトへの攻撃に飽きたのか、宰相は手元にあった呼び鈴を鳴らした。チリチリと高い音を広間に響かせる。神童たちに「そろそろ食事にしましょう」と笑みを浮かべる宰相。もちろん、アルトに声をかけることなんてなかった。
 暫くして給仕により食事が運ばれてきた。広いプレートに静かに置かれたスープに目をやるが、緊張を強いられているアルトに食欲はない。それでも、スープで満たされているスープ皿を見れば、タリルの気配りが届いていて何とか気を持ち直す。
 緊張した心をどうにか落ち着かせようとするアルトに、近くではないが隣に座っていた神童のラウラが気づいた。

「あー!こいつの皿だけ色が違う!」

 急に大声を上げるラウラに、アルトはビクッと条件反射で体を振るわせた。何事かとラウラへと視線を向けると、ラウラはアルトの皿、正しくは耐魔食器に指を刺していた。
 ラウラの指摘に耐魔食器の存在に気づいた宰相と、もう一人の神童のセルマが目を見開く。アルトのみが耐魔食器を使用していることを知り、宰相のパスクァーレが顔を顰める。

「どうしてあなたがそれを使っているのです」

 厳しい口調の宰相の言葉にアルトは体を強張らせた。萎縮して何も話せないアルトに、宰相は見下す視線を向けたまま再度口を開く。

「力もないのに贅沢です」

 相応しくないとアルトを睨め付けると、それに便乗したようにセルマが「何かの間違いですよね。花嫁様にそんな権利ありませんもんね」と薄ら笑う。二人の強い視線に、俯いて膝上に置いていた手が拳を握るとラウラが何かを思いついたかのようにアルトの方へ乗り出した。

「なぁ!だったら、俺のと交換してやるよ!」

 お前は使っちゃダメなんだし!と嬉々として交換を申し出るラウラ。その提案に、宰相は優しげな笑みを受かべ「ラウラは優しいですね」と、褒めちぎる。もう一人の神童であるセルマも同意して頷いて見せるが、その提案にアルトは青い顔を更に青ざめさせた。
 アルトには耐魔食器を使用しなければならない理由がある。だからタリルがその手配をしたのだ。それなのに、今普通の食器と交換、使用しなければならないとなったらどうなってしまうのか。
 真っ青な顔をし、動揺、戸惑いを見せるアルト。交換のために中々自分の皿に手を伸ばしてこないアルトに、ラウラが焦れる。

「ほら、早く交換しろよッ!」

 自分の皿を掴んだラウラが同時にアルトの手首も掴む。ぐっと引っ張られ皿に手が――。

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