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アルトに宛がわれた離宮。広大なそれをジャレットと二人で使うと提案したアルトは、多忙な王が去った後、世話役のレオに風呂を勧められた。
 自分の持ち物とされる離宮だが、広大なのとどこに何があるのかわからない状態だったため、レオに案内されながら風呂へと向かった。
 風呂は虎の国やジャレットの続きの間で使った簡易的なものではなく、離宮に相応しい大浴場だった。
 脱衣所と浴場に扉は無く、じぐざぐに立てられた壁が部屋を分けている。脱衣所も広かったが、浴場はもっと広い。
 恐縮と驚愕するアルトに、レオがその気持ちを緩和させるために持っていた籠からリンゴを取り出した。

「オラ」

 手渡されたのは青リンゴだった。疑問符を浮かべるアルトに、レオは白く浅目の洗面器とナイフを持ってくる。

「この世界のりんごには二種類ある。赤いリンゴは食用。で、この青いリンゴは、食用には向かねぇ。こうやって」

 そう云ってレオは青リンゴを持ったままのアルトの手を洗面器の上まで持ってきて、ナイフでりんごの側面にちょこっと傷をつけた。

「え、うわッ!?」

 途端、青リンゴがぶるぶると震えだし、中から皮と同じ色のとろりとした液体が溢れだした。そして、拡がる香り。

「この青リンゴは、傷がつくとこうやって香り付きの液が出てくんだよ。味もいまいちだから、食用には向かねぇ。薬と混ぜると効果を強化してくれるし、薬っぽい香りも消してくれる。でも、分かると思うがちょっと香りが強いから、こうやって風呂に入れるのが一般的だ」

 そう云ってレオはアルトの手にあった青リンゴを広い湯の中へ入れる。
 実はこの青リンゴは、少しでも傷がつくと中からすぐに液を出してしまうため、市場に出回ることが少ない。また、風呂に入れるのが一般的だとは云ったが、庶民的にはお祝いの日くらいにしか買わない。少々贅沢品であるが、レオはアルトにこれくらいの贅沢はしてあげたいと思っていたし、今までの虎の国でのことを思うとこれくらい当然とも思っていた。
 レオが籠からリンゴを取り出しナイフで切り込みを入れると、それを張ってある湯へ投げ込む。10個程投げ込まれると、青りんごの香りが湯に溶けだし、新鮮で甘い香りが浴場を満たした。

「入っていいぞ」

 浴場の準備ができると、レオは速やかに退出していった。最初は、広さに恐縮していたが、レオが持ってきたアイテム――不思議な青リンゴの湯に浸かりたくて、その気持ちはどこかに飛んで行ってしまった。
 服を脱ぐと、かけ湯してから入る。青リンゴが浮かぶ湯は香りが良く、心も体もほぐれていくようだ。
 流れて来た青リンゴを掴むと、香り付きの液が出て萎むかと思ったが、案外しっかりしていた。不思議だと思いながら湯に浮かばせてくるくると遊ぶ。
 湯というのは不思議で、強張っていた心を解し、向上させてくれる。
 誰もいない広い風呂で、アルトは嬉しくなってプールみたいに浮かんでみた。
 穏やかだ。
 誰もいないし、泳いでもいいかもしれない。
 レオはもしかしたら怒るかもしれないが、ジャレットは許してくれるような気がする。
 まだこの風呂も、離宮も自分の持ち物だという自覚がないアルトはそんなことを思うのだった。


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