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毒が回り、熱に体が犯されアルトは床に倒れていた。白い檻の中、寝床に横にならず床の真ん中で倒れるアルトに、一匹の真っ黒の獣が近づいた。獣は、檻まで寄ってくると警戒して中の様子を伺う。にじり寄って近づく。すると、獣の目に皿から溢れる水が入った。皿から勢いよく溢れる水に、自然と引き寄せられた獣は、長い舌で皿の水をちろりと舐める。味見のつもりだったが、予想以上に好みに合ったらしくちょいちょいと前足で皿を自分へ近づけた。が、その皿の向こうで倒れている人物の異変に気づいて檻の鉄格子に顔を押し付けた。

 床で倒れいるアルトは視線を感じて、熱に犯されながらも重い瞼を開けた。すると、そこには真っ黒の獣がいる。よく目を凝らしてみると、その獣には模様があり虎であることがわかった。

 虎、だ。この世界には人は、いないのかな…。

 朦朧とする意識の中で、呆然とそんなことを考えていると、真っ黒な虎はアルトの様子を見て目を細めた。それから、檻を見渡し床に透明ではない液体が零れているのを見て目を見開くとぐるるッと唸った。

 急に虎の様子が変わったので、アルトは荒い息遣いをしながら不思議そうにそれを眺めていた。床から見上げる形で見ていれば、虎は慌てたようにその場から去って行った。

 一体何だったのだろうと、疑問を浮かべるアルト。けれど、毒が廻り高熱を出すアルトにそれ以上考えるだけの体力はなく。アルトはそのまま意識を失った。



* 


 黒い虎は、自分の出せる最高速度で空を駆けていた。緊急事態だ。虎は主の元へと急ぐ。空を蹴り、玉座の間の天井の窓から侵入した。そして、一つだけある椅子に腰かけている人物の前へと降り立つ。

 主は、突然姿を現した虎を目にすると眉間に皺を寄せた。

「窓から入るなと何回言ったらわかるんだ」

 主は機嫌悪そうに小言を云う。虎は、それに構わず真っ直ぐに主を見た。すると、その目を見て云わんとすることがわかったのか、主は眉間に皺を寄せた。

「俺は公務で忙しいと言ったはずだ」

 虎の視線にそう答えると、主は書物へと視線を戻した。虎がぐるるッと牙を出して唸る。けれど、主は虎が自分の元へ駆けてきた理由を知っていながらも動こうとはしなかった。虎が再度視線を遣して呼びかけるが、目だけで圧力をかけられそれ以上何もいうことはできなかった。

 虎は拒絶する主を見て、先を心配する。誓約の時は既に来ている。なのに、行動を起こさない主はこれから起こりうることを理解していないのだろうか。己の個人的な理由で、拒絶していい問題ではない。この行動は、一国の王がすることではない。

 この国は問題が山積みだ。解決策も未だ見つかっていない。そんな時に、争いの火種になるような行動は愚かだ。今はプライドや思想に捕らわれている場合ではない。アレが死んでしばえば、それこそ脆弱なこの国は一瞬にして滅びるだろう。それが何故わからないのか。

 虎は、鋭い眼光を主へと向ける。主は執拗な虎に機嫌を悪くし、自嘲気味に話してきた。

「そういえば、お前はアレの様子を見に行ったんだよな。もう、絆されたのかよ」

 馬鹿にしたような声音だが、虎は視線を主から離すことなくただ無言で主へ近寄った。生まれは主より遅いが、虎は賢明だった。だから、主の服の裾を噛み、引っ張った。今の状態のままだとあの存在も、そしてこの主も命の灯火を消すことになる。罵られようが、そんなことどうでもいい。愚か者に成り下がらせたままでは、何一つ救えないのだ。王としての行動を。そう思い虎は裾を引っ張った。

 どこか懸命な虎に、しばらく裾を引っ張られたままだった主は、漸く重い腰を上げた。

 チッと舌打ちをして、玉座に立てかけていたままの剣を取る。虎は気分が変わらぬうちにと、主をその背に乗せた。

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