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 アルトは高熱にうなされていた。水を飲んで吐き出したが既に廻っていた毒がアルトの体を蝕む。熱と苦しさに呼吸が乱れる。皿に溢れる水を飲むのさえままならないほど、毒はアルトを苦しめていた。

 苦しい…。俺、このまま死ぬかも。

 毒によって痛みが走り、自由にならない体に悲観的になってくる。ただでさえ、監禁生活でこれからの望みが期待できなかったのに、今の毒を飲んだ状態では、絶望することしかできない。監禁生活から感じていた死がもっと近くに、目前に迫っているのを自覚して、悲しくなった。目頭が熱くなってくる。

 せめて、あの竜にもう一度会いたかった。

 アルトの瞳から涙が零れる。

 その時、檻に強い衝撃が当たった。アルトはただ涙を零しながら衝撃が当たった鉄格子を見やる。すると、頑丈だった檻は半分ほど破壊されていた。

 誰、が…?
 壊された檻を内側から見てアルトはこれで自由になると思った。けれど、そこから脱出できるだけの体力がアルトには残っていなかった。

 高熱と毒で動けないアルトは、床に倒れながら檻を破壊してくれた人物の登場を待った。すると、破壊された檻からひょこっと先ほど見た真っ黒な虎が顔を出した。半ば夢かとも思っていたが、見たことのある虎にお前が檻を壊してくれたのかと問おうとすると、それを察したのか虎は後ろを振り返った。アルトは朦朧とした意識の中で、虎の後ろにいる人を見やる。人は男だった。アルトは檻を壊してくれたのか尋ねたかったが、口を動かすも声にすらならなかった。ほぼ死にかけのアルトに、その男は「チッ」と舌打ちをする。

 舌、打ち…

 良いとは云えない男の態度。それでも礼だけは云わなければ思ったが、アルトの体力は限界だった。何度目かの意識喪失の感覚。アルトは逆らうこともできず、失神した。
 


 虎と誓約の地へとやってきた男は、気が乗らなかったが決まりに従いその白い檻を破壊した。隣にいた従者である虎がすぐに駆けていく。それを見守りながら、溜息をついてその後を追った。

 中を覗き込むと、そこにいたのは白い服を纏った死に損ないだった。思わず舌打ちすると、随分とやせ細った体に、どうしてこんな状態になっているんだ?とすぐに疑問が浮かぶ。が、これは自分が決まりを後回しにしていたからだと気づいて保身のためにもそれを口にするのは止めておいた。

 決まりを後回しにしたことに関しては反省するが、コレはどうしてこんなに息絶えそうになっている?
 顔色が悪く、荒い呼吸を繰り返す少年を不審に思い、男が檻の中を見渡すと、皿から溢れる水ではない液体が床に零れているのが目に留まる。紫色の液体を訝しげに見て、ハッとした。

「――まさか、カンタレラを飲んだのか?」

 カンタレラとは、この世界で猛毒と認知されている代物だ。しかも厄介なことに、魔法での治癒は不可能。すぐに解毒剤を飲まなければ一日もしないうちに死に至る。

 己の虎が、急かした理由はこれだったのか。

 男は再度舌打ちをして、死に損ないを担ぐと、檻を後にした。
 


 アルトは自分の体が浮いたのを感じて、うっすらと意識を取り戻した。だが、視界はゆらゆらとしていてまともな状態ではない。これは夢なのか現実なのか今のアルトにはよくわからなかった。ただ、自分の視界に今までいた檻が映る。それを見てああ、自分は檻から出られたのだと気づく。が、なら自分はどこへ向かっているのだろうと疑問に思うと、白い雲と雲の間にあの時の竜を見た気がした。

 優しくて、暖かい竜。

 アルトは幻かもしれない竜に向かって、自由が利かない体で懸命に手を伸ばす。

 竜に会いたい。会って話がしたい。服のお礼をまだ云えてないんだ。

 けれど、竜を見た雲から自分は遠ざかっていく。

 誰かに担がれ移動する自分の体。どこへ向かっているのかはわからない。ただ、アルトはできれば竜の元へ行きたいと願うのだった。

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