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 昼の店を閉め、買いだしも終わり、明日の仕込をしている時に、訪問者があった。
 キス事件からハルのスキンシップが増え、今も仕込中だが作業が一つ終わればその度にハグやキスをもらっていた。その光景を見て、訪問者の担当とその同僚が「付き合ってたんですか」と開口一番。それを、首を振って否定する。
「付き合ってないんですか?」
「ないです」
「……これで?」
「……これで」
 俺の返答に、デイジーらは、「何言ってんだ、こいつ」という顔をする。その間もハルからの過度なスキンシップが続行されているからだ。
 俺は、ハルに云い聞かせ、早々に離れてもらう。担当の訪問なんて、業務上の用件に決まっているのだから。二人にスツールをすすめ、座ってもらう。
 口火を切ったのは、ワケアリの担当ではない、常連客のハルベリーだ。
「実は、この度ワケアリさんの支店の担当となりました、ハルベリー・カールソンです。以後お見知りおきを」
 丁寧に名刺を頂戴してしまったが、夢人とハルは何のことだと担当のデイジーを見た。すると、デイジーが慌ててハルベリーを窘める。
「ちょっとー! 勝手に話しないでよ、順序ってものがあるじゃんかー!」
「貴様がさっさとしないからだ」
 眼鏡を押し上げながら、そう返されデイジーはムスッとしてから俺とハルに向き直って告げた。
「この度、ワケアリはレベル2へ昇格しました。おめでとうございます」
 嬉しい知らせに、安心したが、ハルベリーの言葉が気になって喜ぶどころじゃなくなった。
「支店って?」
「あ、まず順を追って説明します」
 デイジーから資料を配られる。それには、レベル2に関することが記載されていた。
 デイジーの説明によると、レベル2区画への出店許可が下りたとのこと。物件は約18畳、バス、トイレ付きの大幅アップだという。詳しいレイアウトは今後打ち合わせるとして、広くなった分いよいよ店内飲食のスペースを設けるということになる。更に、先ほどハルベリーが先走った支店の説明も加わる。
「ワケアリさんが、レベル2へ移るとなりますと、今のこの店がなくなるということになります。もちろん、レベルが上がっていくのは嬉しいのですが、この店がなくなると困るという者も多くいるのです」
 早い、安い、美味い! の、三拍子揃った店は他にない。その恩恵を受けていた多くは、役人だ。だから、ワケアリのレベルアップで区画が移転となり、今の店のスタイルが変わることを恐れ、先に手を打ったのだろう。
「ワケアリのお店のスタイルは、レベル0や1の手本になります。こんなに斬新でかつ、コストがかからない店は他にありません」
 だから、せめて他の店自体のレベルが上がるまで、支店として継続して欲しいとのことだ。売上げの配当はもちろんのこと、、金銭管理や事務処理等は担当がなんとかするという。
「それはありがたいけど、流石に俺ら二人だけじゃ無理なものが」
「人員の確保は既に始めています」
 言葉を遮り、眼鏡をキラリとさせて、ハルベリーが隙のない回答をしてくる。
「といっても、支店だけですけどね。本店であるレベル2の方はご自身で決めて動いて頂くことになるんですが」
 俺とハルは二人からの説明を受けたものの、支店は役員総動員による特別措置と聞いて、断れるはずもなく。それに、ここまで来たら上を目指したいという気持ちが出てくる。この国で生きていくことに必死だったが、大きな目標ができたみたいだった。
 ハルも大きな店を持てると知り、嬉しそうだ。最近のハルは、手伝うというレベルから職人へと成長しつつある。だから、店が大きくなって自分の腕が振るえるのが嬉しいのだろう。
 俺とハルは二つ返事で引き受けた。
 その後は、怒濤の毎日だった。
 まず、俺とハルは2つの店を行き来する羽目になった。支店と、新規オープンする本店の二つだ。当然だ。
 支店の方は、担当のハルベリーさんが確保した人員に料理の方法を教え、勘定、接客指導も行った。
 従来の店をそのまま運営する気はなく、店員にも試作はどんどん出すように伝えた。
 レベル2の新規の店は、俺が思いつく料理に合わせた方がいいとのことで、レイアウトはざっくりとしか決まっていない。
 レベル2は、今までのレベルの店と異なり、客層が変わってくる。だから、それに合わせて観察したり、研究したり。市場へ行って、新作のヒントを得たりと毎日が忙しなく過ぎていく。
 俺は、ハルとキスをしてから、実は気まずく思っていた。あれでもな。だけど、ハルはあの通りスキンシップをしてくるし、気づけば2店舗経営で忙しすぎる日々で、それどころではなくなっていた。
 準備期間中の忙しい中、俺はレベル2の店舗の住居スペースで眠りから覚醒した。
 ハルが二段ベッドでも構わず俺の布団に潜り込んで来ることに、もう諦めがつき始めていた。
 ぎゅっとハルが俺を後ろから抱いている。
「スン……。スン、スン、スン……」
 首筋の匂いを嗅がれている。忙しくて、俺と会う機会が少なかったからか。
 犬かよ。匂いを嗅ぐな。
 正直、俺としてはこのすれ違いの日々で、自分の感情を冷静にすることができると思っていた。
 それなのに、ハルは俺に冷静になれる時間を奪っていく。
 って、ちょっと待て。尻の辺りに何か硬いものが押しつけられている気がする。
 俺は色々考えてた思考を停止させた。その間に、ハルはベッドを出てバスルームへ向かった。バスルームはユニットバスだ。レベル2といっても、まだまだ簡素な作りで、もちろん防音効果なんてものはない。
 俺は、ハルが俺の名前を呼びながら、自慰にふける声を耳にして、思わず顔を赤くした。
 聞こえないように、布団を頭から被って目を強く閉じる。
 自分の気持ちに目を向けず、否定して寝ることだけを考えた。

 翌朝、俺は当然眠れなかった。ぎゅうぎゅうとまたもハルの腕の中で抱きしめられながら、強く思うことがある。
 現実逃避だろうがなんでもいい。
「石窯で焼こう」
 現状に困窮した俺は投げやりにそう呟いた。そうと決まれば、新規の店のレイアウトも進められる。悲しくも新作を思いついてしまった俺は、複雑な気持ちになり、八つ当たりしてハルを叩き起こした。
「市場行くぞ」
 寝惚けるハルをそのままに、俺は身支度を始めた。
 新作の料理が決ったことで、俺は担当に連絡をしてから、ハルと一緒に市場へ向かった。
 市場では本当に色々なものが売っており、必要な材料を買っていく。ハルは荷物持ちだ。
 味と色を確認しながら、必要なものを購入していく。そうでなければ、ぼられるし、そもそも異世界なため、見た目と味が異なるのだ。
 俺は、欲しい材料の特徴を云って、商人に該当する食材をいくつか持ってきてもらう。味見を繰り返し、これだというものを見つけ、名称を聞いてメモをする。
 知っている食材が安売りしているものも購入した頃には、ハルの両手はいっぱいになっていた。悪いと謝り、半分の荷物を受け持つ。
 後は、帰って試作品を作ろうとした時、パラパラと雨が降り始めた。
「げっ! ハル、早く帰るぞっ」
 雨に濡れまいとハルに声をかけて走り出す。すると、視界に小さな存在が映った。薄汚れたマントを被っている。子どもだろうか。
 なぜ、こんなところに子どもが?
 子どもは、ふらふらとしながら歩き、終いには地面に倒れてしまった。驚いて、そちらに駆ける。
「おい、大丈夫か!?」
 子どもは、意識を失ってしまったのか返事がない。雨も強くなってきているし、俺はハルに荷物を預けて子どもを抱えた。
「とりあえず、店に帰るぞ」
 食材もだが、この子を雨に濡らしたくない。俺が駆ければ、ハルもついてくる。ただ、ハルは何も云わなかった。
 レベル2の店に帰れば、デイジーとハルベリーが待っていた。
 店内レイアウトの件で俺が呼んだのだった。担当の二人は、俺が抱えている子どもを見て、眉を下げた。
「戦争孤児ですね」
 デイジーが子どものフードを取る。表れた紺色の猫の耳に、おお、異世界っぽいと驚いていると、「ニーの一族ですね」とハルベリーが眼鏡を押し上げた。
 戦争孤児は、この国でも働き手としてよく利用される。子どもなため身分証明が要らないし、安く雇えるからだ。昨今はそれも問題視されてきている。孤児は大人に騙されやすい。だから、低賃金で過労死するまで働かされることもあるそうだ。加えて、二ーの一族は、凶暴だが見目が大変美しいので、世界中の上流階級に人気だそうだ。この国では美醜より食が優先されるため、人権が守られているが、他国ではそうはいかないらしい。
「ニーの一族は、成獣前の力が弱くなる少年期は驚くほどの値が付きます。美しいですし、力が弱まって扱いやすいですからね。成獣に成長したら、家が破壊されますけど。だから、このくらいの時期から飼う金持ちもいますよ」
 いらない情報を聞いてしまって、国で保護できないのかと問うと、まだ体制が整っておらず、見通しも悪いとのこと。そんな話を聞いてしまって、この子を放りだせるかと聞かれたら、答えは否だ。
「とりあえず、この子が目が覚めてから決めるか。わざわざ来てもらって悪いけど、レイアウトの件は次の機会でいいか?」
 拾ってきてしまった子どもを優先したくて、俺は、担当に詳しい打ち合わせの日付を決めて、帰ってもらった。
 子どもを運ぼうとすると、ハルが俺がしますと云うので、任せた。ついでに、眼が覚めて誰もいなかったら寂しいだろうと、ハルについているように頼んだ。
 さて、あの子に何作ろうかな。
 買ってきた食材と、手元にある食材を確認して料理を始めた。
 新作に使うためのソースと、あの子のために作った料理を完成させた頃、気配を感じて振り返った。
 ハルと子どもが一緒に調理場に顔を出す。
「お、目が覚めたか」
「……あなたは?」
「俺は、葛城夢人。そっちはラインハルトだ。お名前を聞いてもいいかな?」
 子どもは体調が悪いのか、顔を白くしたまま「スズ・ニー」と答えた。夢人は、ぬるい水を差し出す。なかなか飲もうとしないスズに、ハルが「変なものは入っていない、ただの水だ」と云うと少しずつ飲み始めた。警戒されていることに少なからずショックを覚えながら、腹は減ってないかと尋ねた。
「……お、お腹は、減ってない」
 緊張しているのか、どもりながら応えるスズだが、きゅるると小さな空腹音が静かな空間に鳴り響いて、思わず笑ってしまった。
「笑って悪かった。じゃあスズ、悪いけどこれ食べるの手伝ってくれないか?」
 ことりと置いた皿。その中には、濃厚なコーンポタージュが入っている。
 スプーンも一緒に置くと、ハルからの視線もあり、同じように用意してやる。
「食べてくれると助かる」
 そう云うと、スズは遠慮しながらも「いただきます」とスープを掬い、口に入れた。
 それからは、ここしばらく食べていなかったようで、あっという間になくなった。おかわりを用意しながら、思うところがあり、俺は作ったソースと炊いたコメリを見た。
 

お子様ランチ
 
 
 スズは、美しい兄と旅をしていた。ニーの一族は、とても狙われやすいが、兄はとても強かったので、安心して旅をすることができた。しかし、次の国へ渡る際に、紛争に巻き込まれ、兄と離れ離れになってしまった。
 スズは、一人になり、兄を探した。その途中で、やたら食にこだわる国を知り、そういえば兄の次の目的地だったことを思い出し、ここに兄がいるかもしれないとこの国に留まったのだ。スズは必死で探し回った。しかし、兄は見つからず。もう兄は生きていないのかも知れないと思ってしまうと、もうダメだった。強い不安に襲われ、目の前が真っ暗になった。そして、気づけば夢人のお店にいた。
 スズが目を覚まして一番に見たのは、ラインハルトという名前の男だ。ハルと呼ばれる彼は、金髪で緑の瞳をしており、己の兄には及ばないながらも、綺麗な顔をしていた。
 ハルは無表情で簡潔に経緯を説明すると、夢さんが心配していると悔しそうな顔で僕を連れ出した。
 次に見た男は、スズを拾った人物だそうで、夢人といった。ハルが夢さんと呼ぶその男は、この世界では珍しい漆黒の髪に、黒っぽい目をし、綺麗な顔をしていた。ハルとも兄とも違う美形だ。
 彼はスズに、名前を聞き、水を与えてくれた。警戒しているのが伝わり、悲しそうな顔をされたが、彼は優しく自分にスープをくれた。
 とろりとしたスープは、見たことがないもので、油断しちゃいけないとわかっていても、温かい熱といい香りの誘惑と優しい雰囲気に勝てなくて、スズはおずおずとスプーンを受け取った。そして、「いただきます」と、スープを一口飲む。
 スープは予想したものより甘くて、美味しかった。
 こんなの飲んだことない。
 とろりとして、甘くて、濃厚で。どんなに高い料理よりも、空腹で狩った野ウサギの塩焼きよりも、美味しくてそして、温かかった。
 じわりと胸に溶けていく。
 お腹がすいていたこともあって、スプーンを持つ手が止まらなかった。気づけば、あっという間に皿は空になってしまった。それでも、まだ腹は食べることを欲していて、おかわりを聞かれた時には、顔を赤くしながらも欲した。
 二杯目を受け取ると、隣のハルも美味しいですとおかわりを要求した。夢人はただ笑って、ハルにもスープを注いでやり、作業に戻った。
 温かいスープを大きめなスプーンで救っていると、夢人が何かを作り始めた。何の料理かはわからないが、いい匂いをさせていた。
 もう流石にスープもおかわりできないだろうと、今あるスープを大切に飲もうとペースを落とす。
 ゆっくりゆっくり、とろりとしたスープを味わう。口に入れるスープが少し冷めてきた頃、隣にいたハルが三杯目をおかわりしていて、ぎょっとした。
 まだおかわりしていいんだ。
 すっかり冷めてしまったけれど、それでも美味しいスープを少しずつ口へ運び、ついにお皿が空になってしまった時、目の前にことりとお皿を置かれた。
 そのお皿には、見たこともない宝物のような料理がたくさん並んでいた。思わず夢人の顔を見た。
「え、これ……」
「これも作ったから、食べてくれると嬉しい」
 そっとフォークを差し出される。本当にお腹が減っていたから、とても嬉しい。ここ数日は狩りもうまくいかなくて、ひもじい思いをしていた。
 スズは頬を赤く染めて、フォークを受け取る。
 お皿を改めて見ると、赤く染まったコメリは、プディングのような形をしていて、ニコニコマークの旗が立っている。正面にあるのは、肉の塊で、その横には黄色い食べ物があり、それぞれ赤いソースがかかっている。芋らしき物は、三日月のような形で揚げられているようだ。大きなシュリンプは衣がガサガサしていて、何のソースかわからないけれど、白っぽいぽってりとしたものがかかっている。
 見た目が本当に華やかで、スズはこんなに豪華な料理は食べたことがないと興奮する。
 どれから食べようか迷うくらいだ。
 スズがフォーク片手に迷っていると、隣のハルがそれを見て、夢人に同じ物をねだった。間もなく同じ物が用意されて、更には三杯目のスープまで注いでくれた。
「冷めないうちに食べてくれ」
 優しい夢人に、スズは少し迷ってから、赤く染まったコメリを食べた。口にちょっと酸っぱくて甘い、赤い実の味が広がる。こんなの食べたことがないと、次々口に運んだ。次は、シュリンプを口に入れて、目を大きく見開いた。柔らかなソースに、ガサガサに揚げられたシュリンプはよく合って、本当に美味しい。
 どれも宝石のようでスズにはキラキラして見えた。そして、それは、己の兄のようにも思えた。スズは兄に会いたくなる。そして、一緒にこの料理を食べれたら、どんなにいいかと考えて、瞳から涙が零れた。
「兄様……」
 ぽろりと涙が零れると、夢人が布を押し当ててくる。
「兄弟がいるのか?」
 コクリと頷いて、己の経緯を話した。夢人は真剣に耳を傾けてくれて、最終的に「兄ちゃんに会えるまで、ここに居ればいい」と云ってくれた。その言葉は拠り所がなくなって不安定だったスズにとって嬉しい言葉だった。でも、スズにも矜持がある。だから、スズはここで働かせて欲しいと訴えた。
 その言葉に、夢人は驚いて少し呻るように考えたが、結局のところスズの熱い気持ちが届いて、折れてくれた。
 賃金も労働時間に見合った金額を支払ってくれるそうだ。他にも、休憩時間や食事提供。肝心な寝床も狭いけど提供すると言ってくれた。
「無理はするな。お前のできる範囲でいいから、それでもいいならウチで働いてくれるか?」
 思わぬ好条件が付いたが、元々こちらがお願いしたことだ。
「はい、お願いします」
 スズはこの日から、ワケアリの店員となった。
 契約が成立し、まずは食事を終わらせようかと云われ、食事を再開させた。スズは先ほどから気になっていた目の前の料理のことを尋ねてみる。
「あの、この料理の名前は、何ですか?」
「ああ、お子様ランチっていうんだよ」
「お子様ランチ……」
 子ども向けだとわかる料理名でも、スズには特別に思えた。スズにとって、この料理は兄と同じで宝物になった。
 今度は、兄と食べる。そう心に決めて、食べた。

 
 スズが、新たに仲間として加わった。物静かな子だが、素直で、食器洗いを手伝ってくれた。
 夢人には試作の用意があり、スズには早々に休んでもらいたい気持ちがあり、風呂を勧め早めに休んで貰った。すぐに眠ってしまったのを見ると、まだ本調子ではないのだろう。倒れるのは相当なことだ。
 今日は思わず作ってしまったが、明日からは栄養が取れて、消化の良い物を食べさせよう。
 夢人が、スズのことを考えながら仕込みを始めると、いつもより反応が静かなハルが急に抱きついてきた。
「おい、危ないだろ……」
「……」
「ハル?」
 無言で抱きつかれて、いつものスキンシップじゃないなと予感すると、いきなり首の付け根を噛み付かれた。
「いッ……!」
 痛ぇッ!
 襟元が大きく開かれた服の露出した首元に、ぐっとハルの歯が食い込む。
「痛い、吸血鬼かよ……!」
 頭を抑えて、押しやりながら、放せというとハルの顔が首元から離れた。
「何なんだよ、一体……」
 ハルの行動に理解できないでいると、ハルがぼそぼそと耳元で呟いてきた。
「……子どもだって分かっているのに、守ってあげなきゃって分かっているのに。夢さんは間違っていないのに、それでも夢さんに構われてるのが、嫌だなって思った」
 ハルの頭がこつんと背中に当たる。
 いきなりの奇行がまさかの嫉妬だった。
 それが分かると、夢人は自分の顔を手で覆った。
 変な気が起きないようにと、必死に誤魔化していた。でも、こんなイケメンに慕われて、真っ直ぐな瞳で愛してますと囁かれて。傾かない奴なんているか? キスされて、嫉妬までされて、変な気にならない奴なんているか? いないだろう。
 もう、俺の負けだよ。
 ああ、そうだよ。俺は変な気になっちまったよ。
 子どもにすら嫉妬しちまうこいつが好きだよ。
 認めるよ。俺はこの馬鹿が好きだよ。
 自分の感情を認めてしまえば、後ろから抱きしめられている状況に体温が上がる。
 夢人は、今の顔を誰にも、特にハルには見られたくないくらい、真っ赤だった。

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