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 レベル2区画のワケアリがようやく開店となった。
 内装は、夢人の新作料理に合わせて、レイアウトが決められた。
 18畳という物件に、三人分の居住スペースと調理スペースを確保したら、結果的に店内飲食スペースは8畳程の大きさになった。
 厨房には、今まで使ってきた火の石を設置した。この世界では、調理する時、火の出る石を使用する。火が出る性質の石に、火力調整するための呪文が彫られており、調整したい時には、彫られた文字をなぞって使う。この便利でエコな火の石は3つに増やした。正直、設置場所に困らないため、どこへでも設置可能だ。だから、足りなくなったら担当経由で借りればいい。
 火の石を設置したところから少し離れた場所には、俺がこだわった石窯を設置した。丁度、店の入り口から入って正面に見えるようにした。この石窯は、昔主流だったものらしく、今は手軽な火の石に押されて、滅多に見かけないものだという。人気がなくなったため、低価格で入手することができた。
 夢人は、まとまった生地を麺棒で延ばしていく。最後はふわっと遠心力で拡げると、それをちらちらとスズが目を輝かせながら見ていた。
 スズは、石窯の番人となった。俺やハルも挑戦したが、火加減はスズがダントツで上手かったのだ。
 夢人は、薄く拡げた生地に、自家製のトマトソースを塗ると、苦労して見つけたチーズを散らす。熟成が短く、よく溶ける。欲しかった素材だ。バジルを載せて、最後にオイルをかける。後は、耳をぴるぴるさせながらスタンバイしていたスズが石窯に入れてくれる。石窯の熱に入れれば、あっという間に完成だ。
 石窯から出された熱々の料理――ピザ。
 出来上がったピザは、給仕担当がすぐに客へ運んで行く。実は、ワケアリの本店の従業員は支店の従業員だったりする。ハルベリーが、支店の従業員を募ったところ、人が殺到する騒ぎになり、役人総出で第三次面接まで行ったらしい。その過程で、ワケアリから全てを学びたいとの声が上がり、採用人数を増やし、支店のみではなく本店でも交代で働けるようにした。夢人とハルにとっても、求人募集をしなくて済んだので、有難い申し出だった。
 夢人が次の生地に手を伸ばしていると、居住スペースの裏口からひょこっと子どもが顔を出す。
「スズ君ー! 休憩行くですよー!」
 彼は、エマ・アンリエット。他国の貴族で、今回の人事で採用された子どもだ。従者だという保護者も同時に採用されている。実は、子どもが働くことに関してのガイドラインがないため、これを機に規定を作ろうと試験的に採用されたのだ。ワケアリは、大人が労働する環境も平等に無理なく管理されていたため、子どもの採用も安心できると同時に行われたのだ。
「い、今行く……!」
 スズは、エマに返事して、夢人に向き直った。
「お昼休憩行ってきます……!」
 年齢が近く、初めての友達の存在にスズは嬉しそうに、少し慌てた様子で裏口へと向かう。その小さな背中に、夢人が待ってと声をかけ、作って置いたプリンを二つ渡す。
「エマとデザートに食べて」
 プリンだと分かると、スズの耳がピコピコと動いた。
「ありがとう」
 スズは受け取ると嬉しそうにエマに伝え、それを聞くとエマの目が輝いた。二人の「いってきまーす」が聞こえると、厨房が静かになったかのような錯覚を覚える。
 麺棒で新しい生地を拡げていると、手が空いたハルが手伝いに来てくれる。隣り合う距離に、夢人は胸を熱くした。先ほどまで上手く生地を拡げられていたのに、途端に下手になる。仕事中なのだからと、気を引き締めて作る。
 トッピングをして、石窯で焼き上げると、ひと段落ついた。
 お茶を入れて、小休止する。立ったままというのは案外疲れるのだ。
 夢人は、己の感情を自覚したら、すぐに行動に移すタイプだ。照れてしまうこともあるし、妙な恥ずかしさもある。だけれど、今回は相手からの強いアプローチがあり、己が告白しても悪い結果にはならない自信があった。
 だから、俺は行動に出た。告白という行動に。
 ハルに向かって、「大事な話をしていいか」と確認を取る。真剣な表情に、ハルも「はい、どうぞ」と聞く体勢になった。
「俺、ハルが好きだ。だから、俺と付き合って欲しい」
 男気は見せれたと思う。緊張した面持ちで、夢人が返事を待てば、ハルはきょとんとした表情をしてから、笑った。
「夢さんは、僕にとって神様だから、そういう風に見れないです」
 あっさりと予想外の答えを返され、硬直する夢人。
 は? ん? と、言葉にならない声が心の中で繰り返される。
「あ、いらっしゃいませー!」
 来客に合わせて、ハルが作業を再開させてしまったことで、夢人は自分が振られたことをようやく理解した。
 いや、なんでだよ!
 え、は? だって、お前、俺にしつこいくらい愛しているって云ったよな? キスだって、冗談にならないくらいのやつをしたじゃん。嫉妬して、首に噛み付いてきたよな。まだ俺の首に歯形残ってるぞ。
 振られたショックを紛らわせようと、色々と考える。が、あんなにあっさりした振られ方でも、胸にぽっかりと穴が空いて、穴の縁がチリチリと焼かれるような痛みを覚えた。
 嘘だろ……
 上手くいくと思っていたし、その先も考えていた。なのに、何だよ、神様だからそういう風に見れないって。
 お前、誰の名前呼びながら自慰してたんだよ。俺の名前だろ。がっつり、そういう風に見てんじゃねぇか。
 それでも、ハルの言葉は夢人の心に重くのしかかる。
 夢人はこの日、全く仕事に集中できなかった。


 ピザ
 
 最近人気の店がレベル2に出来たらしい。何でも、レベルが低い時からやたらと人気で、常に行列が絶えなかったという。更に、本来ならば、レベルが上がれば移転するのが普通だが、客からの熱い要望や、他の見本として、特例で従来の店を支店として残したとのこと。
 男はその本店だというワケアリという店に来ていた。男は名をポッチャといい、脂肪を纏って大きくなった身体で息を切らしながら、扉に手をかけた。
 ポッチャは、大金持ちの業商人の出身だ。彼は、今、非常に困った状況にある。傲慢だった性格も成りを潜め、大人しくなってしまった。全ては、彼が契約した愛人に原因がある。
 ポッチャの愛人は、金持ちの中でも超人気だが、扱いが難しいとされる一族の者で、世界級の我が儘だ。その一族の者と契約すると、金持ちの中でも一目置かれるが、その分失う物も多い。ポッチャの愛人は、特に口が立つため、器物破損の被害はないが、ポッチャ自身の精神に影響を及ぼしている。
 ポッチャは、追い詰められた表情で願う。今度こそ、奴が気に入る料理であってくれと。
 宮廷料理の店へ連れて行けば、見かけ倒しだ、この店を選ぶ人の気が知れないと云われ。
 有名店へ連れて行けば、世間の情報を鵜呑みにしたただのアホだと馬鹿にされ。
 自分が気に入るフランクでボリュームの多い店へ行けば、品がない、油でも飲んでいろと罵られた。
 認められることのない戦いに、ポッチャは精神を削られた。でも、それでも一応愛人のはずのニートのために美味しい店を探している。
 ポッチャはそんな願いを持ったまま、店へ入った。
 扉を開けたら、生気の無い黒髪の男が「いらっしゃいませ……」と、入店の挨拶をくれる。ここも失敗かと思えば、金髪の綺麗な男が爽やかな挨拶をくれる。すぐに案内の者がポッチャを案内してくれた。
 店内は、高級すぎず、フランク過ぎない丁度良い案配の、お洒落な内装だ。店員もパリッと白い服を身につけ、腰下の黒のエプロンも他と違ってよい。
 清潔感のある店内に、ポッチャはメニューの説明を受けた。先ほどちらっと見えた石窯で焼いていた料理が気になる。それを店員へ伝えれば、人気メニューだとわかり、それを注文することにした。
 ピザという料理は、ポッチャが予想した時間より早く来た。
 出来たてで熱々なピザは緑と赤の彩りが素晴らしく、食欲をそそった。
 ゴクリとぽっちゃの喉が鳴る。店員がカットしてくれたピースを手に取ると、糸のように上に載った黄色がかった食材が伸びた。面白い。口に入れるとまた糸のように伸び、そして、ポッチャは目を見開いた。
 マイルドな塩味。だが、それだけではない。ミルクのようなコクがある。店員が云っていたこれは、チーズという食材らしい。クセがなく、すっきりとしている。そこに、鮮やかな酸味が加わる。どこか甘みも感じられるそれは、赤い実のソースだ。店員の説明では、トマトソースというものらしい。オニオンも入っているという。これだけでも十分美味しいのに、とろりとしたチーズと合わさって最強だ。
 ポッチャははぐはぐと食べ進める。すると、緑の葉の部分差し掛かり、舌が新たな刺激を感じて、身体が震えた。スパイシーな味に、ピザの味が変わってまた美味しい。
 舌が、身体がこのピザを食べる喜びに飢えている。食べているのに、尚だ。
「これは最高の料理だ」
 求めていた味だ。こんなに感動するのは、初めてかもしれない。
 ポッチャはここに愛人を連れてくることを決めた。もう色々店を回ったが、ここより美味しい店はない。
 最後の一口を食べながら、もし愛人がこの店を気に入らなかったら、今度こそガツンと云ってやろう。そんな勇気すら、この料理から貰った。
 満足した心と強くなった気持ちで、完食したポッチャは、立ち上がった。
 すると、ガラス向こうの店外にいる部下と目が合い、店に駆け込んでくる。
「ポッチャ様! ここに居たんですか、あの方が呼んでます!」
「アッ、ハイ」
 至福の時から、現実に戻ったポッチャは、会計をお願いする。青ざめた部下が、急かす中、ふとピザのお持ち帰りサービスの紙を見つけた。
 己の愛人に立ち向かうために、ポッチャはお持ち帰り用のピザを頼んだ。
 部下に店に残ってもらい、届けるように指示する。
 そして、ポッチャは愛人ってなんだっけと思いながら、帰路についた。

 客がまた多くなってきた頃、スズが休憩から戻ってきた。休憩前とは違い、生気がない夢人を見て、心配をする。
「大丈夫……?」
 純粋に心配するスズに、夢人はその頭を撫でながら、「大丈夫」と返した。
 本音は大丈夫じゃないし、時間が経つにつれ、段々腹が立ってきた。俺を恋愛対象に見れないというなら、アプローチするような行動はおかしいし、そもそも、俺で自慰をしているのも言動が合っていない。もしかしたら、恋愛というものを知らないのではないかと気づき、少しだけ知っている彼の生い立ちを思い出した。幼い頃から幽閉と暗殺未遂を繰り返されてきた相手が果たして恋愛感情というものを知っているだろうか。
 そこまで思い至って、夢人はまた腹が立った。
 もう、いい。
 あいつに、俺への恋愛感情を認めさせてやる。
 認めさせればいい。
 そう結論を出せば、どこかスッキリとした。
 よくはわからない内に復活した夢人に、スズは大人って色々あるのだなと、大人びた考えで見守ることにした。

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