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 ミルフィ国、食文化局促進対策課本部内オフィス――
 出勤時間帯より少し早い時間。疎らにしかいない職員と、空席の多いデスクだけの空間に、けたたましい警告音が鳴り響いた。
 然程緊急性のない警告音を聞いて、デイジーが警報器の音を切る。
「最近、多くなってきたね」
「そうだな」
 近隣国で紛争が起こる度に鳴る警告音。侵略されたことはないが、王国時代に大戦に参加したことのあるミルフィ国は、共和国になった最近でも警戒は怠らない。
 デイジーとハルベリーはこの国の出身だ。大戦も幼い頃に体験している。戦争により人口を失ったこの国は、食文化の促進と称して難民を受け入れ人口を増やしている。
「何か、嫌な予感がするね」
 デイジーが呟いた言葉に、ハルベリーは否定できない。
 デスクに置かれた国際情勢を記す新聞。その一面に、戦争の文字が書かれていた。
 


 恒例となったハルに抱きつかれながら迎える朝に、夢人は深い溜息を吐きながら、ハルを叩き起こす。騒がしい音に、ソファで寝ていたスズも起こしてしまった。
「何……、どうかしたの……?」
 眠い目を擦りながら聞いてくるスズに何でもないよ、もう少し寝てなと答える。スズはまだ起きる時間ではないのに、起きるとソファから降りた。完全な覚醒をしていないためか、髪と同じ色の紺色のしっぽがだらんと下がっている。
 スズに悪いことをしたと思いつつ、夢人は身支度を始めた。
 身支度を終えると、すぐに朝食作りを始める。いつもなら、朝食が出来上がるまでスズを寝かせておくのだが、今日はスズも手伝ってくれた。本当にいい子で、心配になるくらいだ。
 今日の朝食は、純和風にしてみた。朝食は一日の活力だ。ご飯と、味噌汁、だし巻き卵、小ぶりの鮭に、きゅうりの浅漬け。きゅうりの浅漬けはスズが作ってくれた。
 調理場の作業台に並べ、三人で食べる。スズは、甘めにしただし巻き卵を気に入ったようだ。ハルはというと、洋風な王子様みたいな容姿をしているくせに、味噌汁が好きだったりする。
 一口飲んで、ほっと吐息を漏らしている。その横顔がかっこよくて、好きだと改めて思ってしまって、自己嫌悪した。少女漫画のヒロインみたいなことを思ってしまっている自分に寒気しながら、今日の予定を話し合う。
 夢人は、今日はレベル1区画の支店を抜き打ちで見に行くことを計画していた。これは以前にハルと話していたことで、それを決行すると伝え、本店をハルに任せた。スズは、そのサポートだ。
 朝食後、すぐに仕込みに入り、店を開ける時間になった。昨日作っておいたフルーツタルトが馴染んでいるのを確認すると、閉まろうとしていた店の扉から小さなものが入ってくるのが見えた。その存在たちは手の平に乗るくらいの大きさで、店内をキョロキョロしている。異世界らしいお客を見て、夢人はその小さな存在たちに声をかけた。
「こんにちは。良かったら、これ食べないか?」
 一切れ切って、タルトを渡す。言葉はわからないが、皿の周りを飛び跳ねて、とても喜んでいるようだ。残りを全て切り、二切れを皿に残すと、他を別の容器へ入れる。支店の店員への差し入れだ。
 夢人は、少し本店での仕事を終えると、後はハルに任せて店を出た。レベル1区画へ向かう。
 レベル1区画は、少し前まで過ごした場所なのに、やけに懐かしい気持ちになった。レベルが違うだけで、雰囲気が随分違う。
 支店へ向かうと、自分たちがやっていた頃と変わらず盛況で、何だかほっとしてたし、嬉しくなった。
 賑わう店を眺めながら、思ったことをメモしていく。支店であっても、他の店に負けたくないという気持ちはある。いくつか店を外から見た感想をメモに書き留めると、夢人の姿に気づいたエマがぱっと笑う。
 見つかった。
「夢人ー!」
 手をぶんぶん振っている。
「こんにちは、ちゃんとやってるか?」
「こんにちはですー! ちゃんと働いていますよ!」
 エマは、出来上がったうどんにかき揚げを乗せる担当のようだ。うどんの具は、日によって変えることにした。きつねの時もあれば、かき揚げの時もあるし、牛肉の時もある。担当が求人を募集し、人員が増えたので、おにぎりの具も種類を増やしたのだ。
「今日はどうしたんですかー?」
 エマが無邪気に尋ねてくる。俺は、ドアから店内に入った。
「ああ、今日はちょっと様子見に来たんだ」
 はい、これ差し入れと、持ってきたタルトを置くと、エマが飛びつく。
「わーい! わっ、フルーツタルトです!」
 タルトに夢中になったエマの代わりに、さっと彼の保護者で従者のジョゼ・グローリアが窘めつつもフォローに入る。タルトに食いついてしまったエマに苦笑しつつ、この店のリーダー的存在であるジョゼに気になった点や改善点をメモした紙を渡した。
「他はみんな頑張っているし、この調子で続けて欲しい。エマも、それ食べたらちゃんと仕事に戻れよ」
 はーいという元気な返事をもらい、俺は抜き打ちチェックを終わらせた。今回は最初だし、このくらいにしておこう。それと、抜き打ちチェックをして分かったが、これ逆に本店もチェックしてもらったら面白いかもしれない。
 そんなことを思いながら、目的を果たした夢人は早々にワケアリの本店へ戻ることにした。
 レベル1からレベル2の区画へ移り、自分の店へ戻る。扉を開けると、スズが「いらっしゃ……お帰りなさい」と出迎えてくれる。
「ただいま」
 支店の抜き打ち調査はどうだったかと聞かれ、エマが差し入れのタルトに食いついちゃってたよと云うと、スズが眉を下げながら珍しく笑った。たぶん、初めて見たかもしれない。
 環境に慣れてきたかなと嬉しくなった夢人は、そんなスズに「何か作ってたのか?」と尋ねた。
「実は、ピザの生地を……」
 確かに、スズの胸元から腹にかけて白い粉で汚れていた。ほっぺも粉のついた手で擦ったのか、片方だけ白くなっている。なかなか上手くいかなくてと照れたように云うスズは可愛い。
 スズの頬についた粉を指で払うと、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ!」
 条件反射で挨拶すると、客が目に入る。
 銀色の長い髪と猫のような耳に、絶対的な美貌。派手な服装も彼の雰囲気に合っている。随分派手な客が来たなと思うと、その人の目が大きく見開かれた。と、後ろから「兄様……」とスズの声が聞こえた。
 え、と思うと、その瞬間に扉がすごい音を立てて飛んできた。
 咄嗟にスズが後ろに引っ張ってくれなければ、首が飛んでいただろう。ぞっと冷や汗が流れると、客が禍々しいオーラを出しながら、キレている。
「僕のスズを拐かしましたね……!」
 に、兄様っ! というスズの声も聞こえていないくらい怒っている。
「しかも、僕のスズを、奴隷のように働かせてッ!」
 スズの粉まみれの姿を見て、そう思ったのだろう。離れ離れになった期間が長かったせいか、感情が振り切っている。
 スズの兄は後ろにいる男性の制止の声にも、スズの「違うよ、兄様っ」という声にも構わず、手から不思議なエネルギーを集合させる。
 魔法か……!
 ここでファンタジーかよ! と、突っ込んでしまう。スズを守るように前に出たが、魔法への耐性なんてない。
 解き放たれた魔力に、本気でヤバいと目を瞑る。しかし、衝撃が来る前に誰かが自分の前に割り込んだ。
「は、ハル……」
 ハルは、片手であの巨大な魔力を無効化させたようだ。
「夢さん、無事ですか」
 ハルは振り返らず、スズの兄を警戒する。スズの兄は「チッ」と、舌打ちをして、瞳孔を開きながら、新たな力を集め始めた。それを見て、ハルも手を前に突き出す。その時、夢人の後ろにいたスズが叫んだ。
「ヒサメ兄様、止めてッ!」
 悲痛な声のスズに、ピタリと止まる兄。スズは泣きそうな声で、兄様止めてと訴えた。大きな声を出すような子ではない。出したことのない声量に、肩で息をしている。
「スズ……」
 兄の顔で、スズに手を伸ばしたのを見て、夢人は警戒するハルの肩を叩く。完全に警戒を解いたハルに、兄がスズに手を伸ばす。
「兄様……」
 伸ばされた手に、スズは駆けだして、その腕の中に飛び込んだ。
「スズ、会いたかった……」
「兄様っ」
 涙を流して、再会を喜ぶスズ。麗しき兄弟の再会だ。
 夢人は、半壊された店を見て見ぬふりした。
 スズの兄は、スズからこれまでの経緯を聞いて、ようやく誤解だとわかり、冷静になったようだ。
「ヒサメ・ニーと申します。弟のスズを保護して頂きありがとうございました。それと、店を壊してしまい、申し訳ありません」
 スズも一緒に謝る。
「スズは僕の婚約者です。スズと離れ離れになった時には、断腸の思いでした」
「え、兄弟だよな?」
「ニーの一族は、力が強い雄は、兄弟に愛が向くんです。知らないんですか?」
 この兄煽りやがる。
「スズには、僕の子を孕んでもらうんです。ねー、スズ」
 スズを抱きしめて、頬ずりするヒサメ。禁断の兄弟愛を見せられて、もう何も考えまいと店に目を向けた。店は飲食スペースは無事だが、入り口辺りが破壊されている。修理しなければ、客が寄りつかないだろう。ヒサメに修理の話をすると、スズを抱きしめながら、反省の色もなく淡々と述べた。
「そこの財布が払います」
 払っておいて下さいと、後ろにいる男へ。男は、ポッチャといい、ヒサメと愛人契約を結んでいるとのこと。愛人と聞いて、ぎょっとしてスズを思わず見てしまう。
「えっと、スズは、大丈夫なのか?」
「スポンサーは大事だよ?」
 こてんと首を傾げられてしまった。ニーの一族が強い。
 詳しく実態を聞けば、ニー一族の者と契約する者は、主にニーの保護が目的で、肉体関係など嫌がることは禁止。そして、契約しているニーに関わること全ての金を支払うものらしい。器物破損をすれば金を支払い、問題を起こせば金で解決する。契約破棄はニーの側からしかできないとも。詐欺のような実態に驚いて、夢人は開いた口がふさがらなかった。
 何でこの人ヒサメと契約したのかな。
 確かに、美貌は天下一品だが、中身はとんでもない化け物だぞ。しかも、重度のブラコンだ。
 ポッチャは、腹の突き出た身体をしており、優しげな男だ。カモられたのか、可哀想にと同情の視線を向けつつ、ポッチャに修理代を請求する住所を聞く。
 ポッチャは慣れているのか、連絡先が書かれた名刺を差し出し、優しげに痛々しい笑顔を見せてきた。
「ここのピザが本当に美味しくて。実はヒサメに云われて、美味しい店を探していたところ、この店を見つけたんです。今日は、ヒサメに認めてもらおうと、連れ出したんですが、店を壊すような騒ぎになってしまい、申し訳ありません」
 いい人過ぎるポッチャに、後光すら見えた。夢人は、調理場は無事なので、是非食べていって下さいと、ポッチャを飲食スペースへ案内した。
「ヒサメも、是非食べてくれ」
「僕はいいです」
「兄様、ここの料理は美味しいよ。僕も作ったんだ」
「スズの作ったものを頂きましょう」
 さっさと移動してポッチャを退けて、自分が座る。本当に何であの人ヒサメと契約したんだろうと思いながら、夢人はハルに声をかけて、料理を再開させた。
 スズは、夢人の指導の下、一枚のピザを完成させた。形はいびつだし、大好きな兄に食べてもらうことで緊張してしまったのか、火加減を間違えて焦がしてしまった。
 夢人の作ったものを食べた方が美味しいからと、スズは自作したピザを下げようとするが、ヒサメがそれを許さず、スズの料理はヒサメの前に置かれた。
 外側が焦げて歪なピザ。ヒサメはそれを食べて、「美味しいです!」と、目を輝かせた。
「スズは天才ですね。こんなに美味しいものは食べたことがありません!」
 ポッチャが懸命に美味しい店を探した努力は、愛の力の前では、無力だったようだ。
 その後、ヒサメは自分の膝にスズを乗せて、夢人のピザを一緒に食べた。
 完食したヒサメは、スズを連れて帰るかと思えば、この店で僕も働きますと爆弾発言を投下した。
 夢人とハルへに世話になって、その恩を返したいというスズの思いを汲んでのことだと思うが、それにしては、大胆な選択だ。
「兄様っ、ここで働くって……」
「スズがもっと美味しいピザを作れるようになるまでは、ここに居ましょう」
「で、でも、お皿洗いとかあるよ……?」
「どうにかなるでしょう」
 そういうことですから、あなたは一人で帰って下さいと、ポッチャを冷たくあしらった。
 ポッチャはただ微笑むと、店を出て行った。
 ヒサメもワケアリで働くことが勝手に決まってしまい、ハルはとても嫌な顔をしたが、兄弟を離れさすわけにもいかず、夢人は働くことを許可した。
 店は入り口が破壊されたこともあり、早々に店を閉めた。売上げも安定していたので、レベル2区画の条件もクリアできるだろう。
 夢人は、ふとハルが手の届く距離にいることに気づき、今日の出来事を振り返った。事情を知らないヒサメに攻撃を受けたとき、咄嗟にハルが間に入り、守ってくれた。
 どんな感情があってそんな行動を取ったのかわからない。でも、その事実はハルを好きな夢人にとってとても嬉しいことだった。ハルの背中がかっこよくて、悔しく思いながら、惚れ直したのも事実。
 ハルが夢人を守れる距離にいてくれる今も胸が高鳴る。自分もハルを守れる力があればなとも思った。
 ヒサメを居住スペースに案内するスズの後をついていくと、ヒサメの容赦ない言葉が刺さる。
「豚小屋ですか?」
「それでいうと、スズもその豚小屋で寝起きしていることになりますよ」
 王子様オーラを出しながら、応戦するハル。
「素敵な部屋ですね。ところで、僕のベッドはどこです?」
「あるわけないでしょ。考えてわかんないんですか?」
「スズはどこで寝ているんです? まさか、ソファとかいいませんよね」
 低い声で問うヒサメに、スズが気を使う。
「に、兄様。僕と一緒にソファじゃ嫌?」
「ソファ最高ですね」
 清々しいほどのスズ至上主義に、俺は苦笑し、ハルは興味なさそうだ。
「今すぐには無理だけど、ベッド用意するよ」
 国から借りられる二段ベッドを手配しようとすると、ヒサメはそれを断ってきた。
「僕はスズと寝ますから」
 ふふんという顔で言われる。その顔で、夢人は察した。
 ヒサメは夢人とハルの複雑な関係に気づいたようだった。
 こいつ……。
 煽るだけ煽ってくるヒサメに、性格悪いなと思う夢人だった。
 
 翌朝、修理のために店は休みとなった。休みだとわかると、朝起きる時間もゆっくりだ。
 いつもより一時間ほど遅く目が覚めた夢人は、恒例のハルの腕の中から解放してもらうために、ハルに拳を下ろした。
 その衝撃でニー兄弟も起こしてしまい、結果的に全員起きることになった。
 四人分の朝食を作る。今日の朝食は、洋風だ。元囚人のパン屋、ジャックさんのところのロールパン、サラダ、トマトソースをかけたオムレツ、オニオンのスープ。
 オムレツを作りながら、ハルが作るスープの味の確認をする。スズにはサラダを担当してもらった。
 皆が忙しなく動く中、ヒサメは長い足を組み、作業台兼朝食テーブルの席で溜息を吐いた。
「朝食はまだですか」
 その言葉に、ハルが反論した。
「早く食べたければ、動いたらどうですか」
「何も知らない僕が動けるとでも?」
 二人の会話に不穏な空気を感じたスズが、「兄様は後で僕と一緒にお皿洗いするから」と、フォローに入った。
 暫くして、出来上がった朝食を4人で囲うことになった。ほかほかしたオムレツを口にしたヒサメが、じっくりと味わって、云う。
「あなたは料理だけはいいですね」
 夢人を褒めるヒサメに、ハルが反論する。
「おい、夢さんは料理だけじゃなく、どこもかしこも最高でしょうが」
「あなたは色々残念ですね。そういう割には何の進展もできていないようですし」
 俺とハルの空気が凍った。スズは、ただおろおろとするばかり。
 ヒサメは二人の様子にふうと小さな溜息を吐くと、皿洗いしますねと席を立った。スズも手伝おうと、急いでパンを詰め込むと追うように席を立った。
 ヒサメは、いくつか食器を砕き、結局はスズが洗った。
 店の修理が始まり、業者が出入りを始める。すると、業者が居住スペースへ入っていき、ソファを運び出してしまう。そちらの手配はしていないはずだと確認しようとすると、大きなベッドが運び込まれて行く。ハルにソース作りを任せ、慌てて居住スペースに駆け込む。
「ちょ、俺そんなの頼んでな」
「僕が頼みました」
 部屋を埋め尽くす勢いの大きめのベッドに、ヒサメが腰掛ける。
「このベッドでスズと寝るんです。僕とスズは両思いですから」
 ヒサメの発言に、イラッとする夢人。
 あー、そうかよ。どうせ俺はハルに振られたよ。
 そう思うと、急にヒサメに胸ぐらを掴まれた。ぐっと近づいた顔に、何だと思っていると、耳元で囁かれた。
「今日、僕とスズは財布のところへ行きます」
 このベッドは貸してあげます。後は、お好きになさい。
 ヒサメの言葉に、夢人は驚いて目を見開く。その間に、ヒサメは「アホ面ですねぇ」と部屋を去っていった。
 え、本当に?
 まさかという気持ちと、期待する気持ちのまま調理場へ戻った夢人。ハルにどうなったのかを聞かれたが、曖昧な返事しかできなかった。
 斯くして、ヒサメは言葉通り、晩になるとスズを連れてポッチャの元へ泊まりに行った。
 ヒサメ、最高かよ!
 久しぶりの二人きりの空間に、夢人はぐっと拳を握った。ハルに自分への恋愛感情を認めさせるチャンスだ。
 夢人は、思考を巡らせたが、考えることを止めた。ハルは、居住スペースで、今頃俺のレシピを読んでいる頃だろう。
 俺は、小さなバスタブから上がると、タオルを被って、ろくに髪も乾かさず部屋に戻った。
「あ、夢さん、風呂あがっ……!」
 ハルの瞳に、全裸の俺が映る。すぐにハルは顔を背けた。
「ゆ、夢さん、その、早く服を着て下さいっ」
 顔を赤くするくせに、まだ俺に恋愛感情ねぇってのかよ。
「おい、ハル」
「も、なん、ですかっ」
 こっちを見やしねぇ。俺は裸のまま、ハルに迫る。ハルはチラチラと俺を見つつも、後ろへ下がっていく。ついに壁がぶつかってしまうと、俺はハルを片手をついて追い詰めた。
 ハルは泣きそうな顔をして、混乱している。
「俺はお前が好きって言ったよな」
「そ、それは、でもっ……!」
 俺の髪からぽたりと水が床に落ちる。それをハルが追って、俺の下半身を見て顔を上げた。ようやく俺の顔を見たハルは、何を葛藤しているのか、すぐに顔を背ける。
「夢さんはっ、俺の神様、だからっ」
「俺は俗物だッ」
 わけのわからない尊敬や、崇拝なんかして欲しくない。遠慮なんかいらない。
「いいから、俺を抱けよッ」
 心を剥き出しにした俺は、ハルの唇を奪った。押しつけるだけのキスに終わったのは、ハルが俺の両肩を押しやったからだ。
 ハルは真っ赤な顔を伏せて俺を突き飛ばした。
「ごめんなさい……っ」
 そのまま風呂場へと逃げ込むハルに、俺も追う。が、固く閉められた扉は開かない。
「ハルッ!」
 扉越しに、「ごめんなさい」と謝られ、俺はまた振られてしまった。
 感情の矢印はお互いを向いているのに、繋がらない。
 俺は苛立って、一度ドアを叩くと、ふてくされてベッドに倒れ込んだ。
「馬鹿じゃねぇの」
 くぐもった声は、ハルには届いていない。

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