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 ハルは、俺の願いに、「夢さんのためですか」と問うてきた。
 俺は、「俺のために戦ってくれ」と、不安定な心で答えた。その回答に、ハルはわかりましたと返事をする。そしてエマに戦力を申告し、作戦に加わった。
 俺は、自分の発言に対する感情から目を反らすように、終盤になった作戦会議に参入した。
「ご飯はどうする?」
 俺の発言に、ヒサメは呆れた顔をしたが、意外にもミルフィ共和国のみんなが食いついてきた。
 作戦会議より、熱心な様子に、俺は心のもやもやを誤魔化すために、張り切って見せた。
「腹が減っては戦が出来ぬって言うだろ?」
 夢人の提案に、スズが手伝いを申し出、非戦闘員としての仕事が決まった。
 夢人の心中が穏やかじゃないまま、戦争が始まる。

*

 ――神聖ルチル、第一大隊本部前。
 アーダ・パウラは、他の隊員と同じように腕立て伏せをさせられていた。神聖ルチルに侵略され、隷属国となったアーダの国は、国民のほとんどが奴隷となった。女はどこかへ連れて行かれ、男は兵士として戦場へ送られる。アーダもその一人だった。
 奴隷兵は、頭の悪いルチルの上官から躾という体罰を受ける。アーダはもう何回腕立てをしたのかわからなくなっていた。キツイ、辛いと身体の限界を感じながら、それでも続けるのは、止まってしまえば連帯責任で更に辛い体罰を受けることになるからだ。
 ぐっと力を込めて、腕立てをする。その時、上官の元に連絡係が来て、地獄が一時的に中断された。
 今、神聖ルチルは、食の国、ミルフィ共和国を落とそうとしている。その攻撃の準備が整ったようだ。
 膨大な魔力を使うこの攻撃は、力が強い。その分、準備に時間がかかる。
 アーダは命令されて、魔力放出装置の標準を合わせる。この機械の魔法で、アーダの国は負けた。この機械に触れる度に、アーダは苦しくなる。
 装置を起動させ、魔法が放たれる。反動で奴隷兵が死ぬ危険もある。アーダの知り合いもこの反動で死んでいった。
 反動から逃げて、必死に地面に転がる。その様を見て、ルチルの奴らは笑うのだ。
 ぶっ殺してやる。
 そう思った瞬間、上官の前に銀色の長髪の男が現れた。
「おや、そこにいると邪魔ですよ」
 いきなり現れた男に、上官は動けず、彼の持っていた槍に飛ばされる。男は、頭に猫耳が生えていた。それを見て、アーダは顔を青ざめさせる。
「ニー族だ!」
 しかも、銀髪の猫耳。ニー族でも最強とされるヒサメだ。
 逃げろ! と、頼りない上官に代わり、声を張り上げる。そして、仲間が持っていた双眼鏡でミルフィ側を見た。巨大な投石機が置かれ、何かが飛んでくる。兵士だ。兵士は、薄い魔法を纏い、飛んできた勢いのまま仲間を切りつけていく。
 次々と陣地に飛び込んでくる兵士に、アーダは焦った。
 奇襲だ。
 アーダがそう叫ぼうとすると、いつの間にか金髪の男が前方に立っていた。凍てついた翠緑の瞳に、絶望する。
「死ね」
 短く言い放たれた言葉。瞬間、大地が抉られ、全てが消え去った。
「ちょっと、僕の分取らないでもらえます?」
「うるさい」
「あなた、本当に夢人の前以外だと性格変わりますね」
 ヒサメが、槍に魔法を纏わせてなぎ払う。すると、こちらへ標準を合わせていた魔力放出装置が破壊された。その衝撃で、魔力が弾ける。
 ミルフィ共和国の兵士も、卓越した接近戦で次々と倒していく。
 アーダは彼らの戦闘に巻き込まれないように、本部のテント裏へ移動した。己の中では、神聖ルチルは敵であり、望んだ戦闘以外で命を失うのは嫌だった。
 アーダは、土を掘る。魔法の衝撃から実を守りたかった。
 静かに必死で掘るアーダの背後に、男が迫る。
 
 エマの考えた奇襲作戦は、成功を収めた。いくつも魔法放出装置を破壊し、捕虜も捕まえることができた。
 夢人は、作戦が決行される前から食料の確保に動き、スズや非戦闘員らと共に戦闘員への料理を作った。
 ワケアリで作ってきたおにぎり。それに合うスープ。アイスも作った。
 帰還した戦闘員へ配給していく。足りなくなれば、また追加で作った。もうすぐ、二回目の作戦が始まる。その前に、力を付けて貰いたかった。
 忙しく動き回る夢人の前に、ハルが現れる。俺は、彼を見ながら、彼自身から目を反らした。
「お前も、これ食って力つけろ」
 強引に作りたてのおにぎりを渡す。ハルは、それを嬉しそうに俺の手ごと受け取った。
「ありがとうございます。夢さん」
 俺の姿を見て、安堵し、俺の存在に心底嬉しそうな顔をするハルに、いたたまれなくなる。
 俺は、ハルの力が強大なことを知っていた。そして、ハルが俺のことを慕い、俺のことなら何でもすることに気づいていた。
 ハルの恋愛感情も分かってしまった。
 俺は、その純粋な気持ちをそのまま受け入れたかった。なのに、その感情すら利用してしまったんだ。
 兵器として。
 俺は、好きなハルを失うのが怖くて、自分で戦うことは怖くて、ハルに甘えて、戦わせているのだ。
 視界がぼやけ始めて、慌ててハルの手を振りほどいた。ハルに背中を向けて、スープを注ごうとする。手が震える。
「夢さん」
 ハルに後ろから抱きしめられる。
「大丈夫です。俺は、戦えます」
 言葉が、胸に刺さった。
 ハルがエマに呼ばれる。俺は、自分の選択を後悔した。

 神聖ルチルへの第二作戦が開始された。
 夢人は、複雑な感情を誤魔化すように、与えられた職務を全うするため、少なくなってきた食料の調達に市場まで行くことにした。民間人は、シェルターに収容されているから、市場には人はいないだろう。
 夢人は、一緒に行くと云うスズと、他の非戦闘員らと共に、市場へ向かった。
 市場は、やはり人は居らず。店と食材だけが取り残されていた。
 民間人が収容されているシェルター内には、王国時代の名残から食料はあるとのことなので、市場にあるものは有難く頂いていく。
 何度か往復して、腐っていないものを厳選していると、海側に不穏な影が見えた気がした。すると、その影は光へと変わり、夢人の視界に大きくなった光がこちらへ向かってくるのが見えた。
 ドンッ!
 国の結界に光が刺さる。バチバチと上空に光が走り、脳内に危険アラームが鳴り響く。次々と結界へ刺さる光は、以前見たものより弱く感じるが、それでも強い攻撃には違いない。
 逃げろと声を張り上げると、結界を突き破り、光の杭が迫って来た。
「スズッ!」
 真下にいたスズが逃げようとするが、子どもの足では間に合わない。夢人は、必死で走ってスズを抱えて庇う。転がって、光の杭から逃げたが、地面とぶつかった衝撃で、光の破片が足首に刺さる。
「ッ……!」
 刺すような痛みが足に拡がり、声にもならない叫びを上げる。皮膚や肉が破れていく感覚がする。何か温かいものが伝って落ちた。
「夢人、夢人ッ!」
 スズが心配する声を上げる。夢人は、呼吸が浅くなる程の激痛を伴いながら、スズに「逃げろ」と告げる。
 夢人の瞳に、上空でまた光が生まれていくのが見えた。
 
 
 第二作戦の攻撃が開始され、ハルは手ごたえを感じていた。人を消すことに躊躇はない。ただ、早くこの戦いが終わって、夢人が笑う顔が見たいと思っていた。戦争が始まって、夢人はどこか不安になっているように見える。ハルは、夢人のために戦うことに嫌悪はない。王国ルチルを滅ぼした時の方が嫌悪があった。
 視界にヒサメが槍で薙ぎ払っている。向こうはそれほど手ごたえを感じていないようだった。
 もう一度魔法を放って、帰還しようと全身から力を巡らせた時、ふいに夢人の異変を感じ取った。嫌な予感に、ハルは攻撃を止めた。そして、ヒサメの元へ向かう。
「何です?」
「夢さんが怪我をしたから、戻る」
「は?」
 そう云うや否や、ハルは己の力を足元へぶつけ、敵陣地から去った。残されたヒサメは、夢人が怪我をしたということはスズにも何かあったということだと察する。
 ヒサメは撤退を告げ、問答無用で仲間の兵を魔法で包むと己の陣地へ飛ばした。そして、ヒサメはハルの後を追った。
 ハルは夢人の気配を感じて、市場へ飛び込んだ。すると、神聖ルチルの軍に海側から攻撃を受けていた。結界は壊され、飛散した魔法の光の下に、夢人が倒れていた。スズの姿も傍らにある。
 ハルはその光景を見て、顔を青ざめさせた。攻撃は容赦なく続き、新たな光の杭が夢人たちに迫る。ハルは必死になって、夢人と光の杭の間に滑り込んだ。手を前へ突き出し、力をぐっと込めて放出する。放出された力は、光の杭を打ち消した。
 倒れこんでいる夢人に、ハルは背に守りながら続けて来る攻撃を凌ぐ。そして、強い力で押しやっていると、ヒサメが駆けつけてくる。ヒサメは状況をすぐに判断すると、特殊な呪文を唱え、空に放った。途端、空に結界ができ、攻撃が止む。結界の外には、攻撃が続いているが、一安心だ。
 ハルはすぐに夢人の無事を確認する。近くにいたスズがハルが現れてからすぐ、治療を施したようで、光の破片は消えていたが、傷ができている。
「僕を庇ったんだ……」
 スズが泣きそうな顔をしていると、痛みが緩和したのか夢人がその頭を撫でた。
 ハルは、夢人が怪我を負ったことで強い不安に襲われた。命に別状はないのに、夢人を失うのではないかと恐くなる。ハルは、ぎゅっと夢人を抱き込んだ。
「ハル……?」
 常とは異なる様子を見せるハルに、夢人が声をかける。しかし、ハルは何も答えない。
 夢人を腕に抱いて、ハルは思う。
 戦いのない世界なら、夢人は怪我を負うこともない。安住の地なら、夢人を失うことなんてない。戦争で夢人を失いたくない。争いのない、自分の世界へ夢人を連れていきたい。
 精神が乱れ、ハルは目を閉じて強く願う。
 その強い願いに、ハルと夢人は世界から姿を消した。
 突然姿を消した二人に、スズは驚いて、辺りを見渡す。
 ヒサメは、深い溜息を吐いて、泣き出しそうなスズを抱きしめた。
「あの馬鹿は……」
 零れた言葉は、ハルに届くことはなかった。

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