新*


9

 黒いマントに身を包み、鎖に繋いだ男を連れている。その姿は、誰が見ても、男の主人と云えた。
 今までの戦いで、チェザを知っている者たちも、その出で立ちに、あのバケモノは魔術師が召喚したものだったのかと囁き合う。
 嫌われていた視線の矛先が、チェザから、ジーノという魔術師へと移っていく。
 恨み、憎しみ、睨み付けるような目が、ジーノに刺さる。
 そんな中、プティから命令の内容を受ける。他の大隊が、国境近くまで侵入を押し返せたが、最後の一押しが欲しいとのことだ。
 既に指揮官により、軍は後退済みだ。
 黒いマントを纏ったジーノは、チェザの鎖を外した。両手を広げて、彼を抱きしめる。そして、敵を指さした。
「敵を倒して」
 チェザは、やはり戦場の空気に触発されて、戦闘態勢へ入った。
 瞳が青く光る。そっと、腕を放すと、唸り声を上げて、全身の血管から直接魔力を抽出した。力を無理に引き出した反動で、ついに皮膚が切れた。千切れた肌から、青い光と血が出た。力を使えば、痛みが走る。その痛みと、心を失って狂い、チェザは獣のように叫んだ。そして、ついには魔方陣すら展開されず、膨大な魔力を放つことで、敵を倒した。逃げ惑う敵に、容赦なく魔力をぶつけるチェザは、理性までも失った怪物のようだった。
 ジーノは、ただその様子を見守った。一つの映像のように、ただ見つめた。
 その光景は残虐だった。敵を倒し、吹き出た血は大地を染め、亡骸をいくつも作った。誰もが恐怖を覚えた。ただ狂っていく彼に、どこか悲しみすら覚える。
 ジーノが彼を止めに走る。なぎ倒されても、彼を必死に止めた。プティも手伝ってくれる。
 彼の魔法が、街の建造物を一部破壊する。建物がものすごい砂埃を立てながら、崩れた。
 全身の皮膚が破れ、敵の存在が感じられなくなった頃、チェザは止まった。ジーノが停止を願い、プティが自分たちを繋いでくれた魔法のおかげもあるだろう。
 戦闘を終わらせたチェザに、ひとまずほっと溜息が出た。
 全身に血を滲ませるチェザに、手当をしようと声をかけると、ふいに頭上の空が光り始めた。
 天の空からの祝福だ。
 キラキラとした輝きが降りてくる。すると、ジーノは、主人(マスター)の称号を得た。嫌な予感がして、チェザを見ると彼は、狂戦士(バーサーカー)の称号を授かっていた。
 絶句した。
 チェザは、魔術師であることを誇りに思っていたし、魔術師であることが好きだったから。
 ジーノの脳裏に、あの時のチェザの優しい魔法が蘇る。
 ニットを亡くした時に、慰めてくれた魔法。
 白い花を降らせて、抱きしめてくれた。
 その魔術師の称号を奪われて、書き換えられた。
 大切な物が、奪われた気がした。
 自分は、彼の主人に見せかけているから、与えられた称号はどうでもいい。だけど、彼の魔術師という称号は、奪われたくなかった。
 でも、この世界のすべては、彼をそう認識した。
 ジーノは、彼の一部を奪われ、唇を強く噛んだ。
 キラキラと輝く称号の授与を強く振り払って、チェザの首輪に鎖をかける。
 称号の輝きが消え、ジーノが本陣を振り返ると、そこには悲惨な光景が広がっていた。
 崩壊した建物。怪我を負った仲間たち。忙しなく動く衛生兵。そして、ジーノとチェザへ向けられる恐怖と嫌悪の視線。
「……チェザ、行こう」
 ジーノは、黒のマントを目深に被った。バーサーカーとなったチェザのマスターとして、彼が嫌われないように矢面に立つと決めたのだ。
 それに、チェザが偉大な魔術師であることを、自分は知っている。
 ジーノは、鎖を引きながら、本陣へと足を踏み出した。

 大国カンデーラとの戦いは、なかなか決着がつかなかった。長期戦の可能性も出てきて、王国レットルは焦りを覚え始める。
 リーヴル国内のあちこちで戦地となり、その度にジーノとチェザは戦地へ向かった。
 けれど、戦闘を重ねれば重ねただけ、チェザの暴走は激しさを増していった。敵を多く倒すが、味方への被害も、大きく出るようになった。
 ジーノは、暴走したチェザを必死に止めた。その度に怪我を負うことも増えた。
 今は、戦闘を終え、束の間の休息の時だ。これが、ジーノたちにとって地獄だった。
 戦闘中はいい、皆生きるか死ぬかの時で、視線が敵へ向かっているから。しかし、戦闘が終わると、途端に皆の憎悪の視線が一手に集中する。
 黒いマントを羽織ったジーノは、自分とチェザの分の配給を貰いに補給所へ向かう。
 その途中、顔目掛けて石が飛んできた。マントを目深に被っていたジーノは、それを避けることができず、当たってしまう。
「おい、魔術師! お前が召喚した化け物のせいで、俺の友達が怪我したんだぞ、ちゃんと止めろよ!」
「このクズ魔術師!」
 また石が投げられる。ジーノは体を縮込ませて投げられる石に耐えるしかなかった。
 彼らに対して、何も言えなかった。
 石が頭に当たり、血が流れる。彼らは満足したのか、悪態を吐きながら去って行った。
 ジーノは、連日の戦闘と嫌悪の嵐に疲れていたが、チェザが嫌われず、暴走の責任が自分へ向かっている状況に、ほくそ笑んだ。
 この石も、チェザに危害がいかなければ、それでもいい。
 死人の自分がチェザのためにできることは、これしかないから。
 重苦しい溜息が出た。


 連日の戦闘で皆の疲労がピークへ達した。指揮官らは、その対策にアイスやお菓子を配給し、休息日を増やした。戦っていた兵士たちは、羽を伸ばした。しかし、戦争という重圧に、苛まれる者は多く、急に与えられた休息に精神が混乱する者もいた。
 ジーノは、この機会にチェザを休ませようと、食料を多く調達し、お菓子も運良く入手することができた。
 チェザは見た目に反して、甘い物が好きだった。心が失われても、味覚はきっと大丈夫だろう。体中の傷も、戦闘のないこの期間なら、少しは癒えるかも知れない。
 そう思って、チェザの元へ戻ろうとした時、複数の男たちに行く手を阻まれた。
 また、嫌がらせか。
 ジーノはそう思い、マントを目深に被って、何も言わず警戒する。
「おい、お前のせいでこっちは、随分と迷惑してんだけど」
「俺なんて、腕怪我したんだぞ。どうしてくれるわけ?」
「これじゃ、お国のために、戦えねぇじゃん。この辛さわかる?」
 口々に嫌みを言われるが、以前石を投げられた時とは少し違うように思った。これは関わらない方が賢明だ。ジーノは、踵を返して、別の道を行こうとした。が。
「おい、どこ行くんだよッ」
 男の一人に肩を掴まれ、乱暴に壁へと押しつけられた。折角の食料が地面に落ちる。思わず、睨み付けると、男に顎を掴まれた。
「魔術師さんはどんなお顔をしてるのかな〜?」
 抵抗する間もなく、ぐっとマントを剥がされる。黒いマントから、珍しい銀髪と、綺麗な豹が現れ、男たちは目つきを変えた。
 ニヤニヤとする嫌な笑みに、ジーノは逃げようとするが、腕を掴まれた。
「どこ行くのかな〜?」
「魔術師様がこんなに可愛いと思わなかったな」
「俺たちの相手してくれよ」
 取られた腕を男がベロリと舐めてくる。獣人だった頃なら、こんな相手に負けなかったのに。丸くなった爪や、傷だらけで、やせ細ってきた体では力も出せそうがない。
 激しく抵抗するも、彼らには敵いそうにない。
「これで抵抗しているつもりか?」
「ハハッ、この爪もまるで赤子のようだ」
 男たちはジーノの服に手をかける。「止めろ!」と声を上げるが、男たちは止まらない。マントは剥ぎ取られ、服を捲られる。男たちの手が、肌を這う。
 嫌だ、止めろと声を上げると、殴られた。その衝撃に、恐怖と耐えられなかった涙がぽろりと零れる。
 下の服のボタンが解かれ、下着に手をかけられた時、男たちの手が止まった。
 男たちの間から、垣間見えた人物に、ジーノは驚く。
 そこには、チェザが立っていた。
 無表情で、ただ何も宿していない冷たい瞳で、男たちを見下ろしていた。
 男たちは、チェザが現れたことで、顔を青くして、逃げていった。
 ジーノは、チェザが助けに来てくれたことが、信じられなくて、少し茫然としてしまう。
「チェザ……」
 名を呼んで、彼に手を伸ばす。助けに来てくれた。プティの魔法のせいかもしれないけれど、嬉しかった。
 涙が、また溢れ出す。
 服の乱れも構わず、チェザに抱きつくと、彼の瞳がジーノを捉えた。
 ぐっと、肩を押し返される。抱きつかれたくなかったのかと思い、離れると、服に手をかけられた。
 ビリッ!
 服を破かれ、ジーノは混乱する。涙も乾いてないまま、首を掴まれ、肩口に顔を埋められた。
「いっ……!」
 歯を立てられた。血が滲む痕をチェザに舐められる。戸惑って、チェザの下半身を見ると、そこは起ち上がっていた。
 ジーノはこの国での戦争中、彼の世話を焼いていた。体を清めることもあり、その時に、彼の下半身が少しだけ反応しているのを見かけたことがある。それは、自分が触れているからだと嬉しく思っていたし、見ないようにしてあげようとも思い、触れないでいた。
 それが、他の男たちに手を出されそうになって、性欲を抑えられなくなったのかもしれない。
 チェザに体を触れられながら、ジーノは少しの恐怖と戸惑いと嬉しさで彼の手を止めようとする。しかし、彼は止まらない。
 興奮したように、ジーノの体に手を這わせ、舌で愛撫した。チェザの息がかかる。
「チェザ、チェザ待っ……っ」
 押し倒され、床に転ぶ。本格的に覆い被さられて、胸を弄られた。こんな野外のこんな場所でと焦りながらも、ジーノの体はビクッと反応する。
 体中の至る所を甘噛みされて、焦りながらも、心を失ったはずのチェザが自分で興奮しているのだと思うと、少なからず嬉しく思った。
 チェザは、ジーノの下半身へと手を伸ばす。そして、己の猛った熱も取り出した。
 その熱を見て、ジーノは反射的に彼から逃げようとした。
 が、理性のたかが外れているチェザは、ジーノの下半身を露にし、丸い尻に更なる欲情を示した。
 感触を確かめるように、尻に触れられる。手が割れ目をなぞり、ジーノが背中を反らすとチェザの指が後孔へと侵入した。濡れるはずのない孔は、乱暴に中を確かめられる。
「待って……、おねが、チェザ……、自分で、する、から……」
 ジーノは、恥ずかしそうに上気した顔で、濡れた瞳で待ったをチェザへ訴える。しかし、チェザは、それを無視して、己の猛った熱を弄び、ジーノの慣らされてない、経験もない孔に挿入した。
「まっ……! ……ッ! あ、あ、ッ……!」
  目が大きく見開かれ、それから痛みに顔が歪む。涙が滲む。チェザの熱が押し入ってきて、中の臓器が破れるのではないかと思うくらいの痛みが襲う。
 息ができない。呼吸の仕方がわからなくなる。それでも、息を吐き出すと、チェザの腰がゆっくりと引かれた。
「はっ、はっ、ちぇ、ざ……はっ……!」
 呼吸ができたと思ったのも束の間、チェザは再び腰を動かした。
「はぁッ……! ヒッ……!」
 深く、押し入られて、中が熱くて、痛みが走る。
 ごりごりと中を刺激されて、ただ痛くて涙が零れた。また、息が出来ない。
 ジーノはチェザからの痛みに耐えながら、欲情してくれることを嬉しく思った。
 心を失って、ジーノへの感情もなくなった。そんな彼の自分への欲。それをジーノは、彼からの愛情だと受け取った。
 狂戦士のチェザに乱暴に犯されながら、ジーノは、嬉しいと思う。
 意識が混濁する中、腰を掴まれ、後ろで何度も果てられ、白濁した液が泡を立てる。
 解放されたのは、日が落ちた頃だった。
 チェザは満足したのか、恋人であるはずのジーノを捨て置いて去って行った。
 ジーノが目を覚ましたのは、朝だった。意識を飛ばして、その後眠ってしまっていたらしい。
 ジーノは、涙も枯れた酷い顔で、のろのろと起き上がる。
 痛みの感覚は鈍く残っている。ギシギシと軋む体で手を伸ばして、黒いマントを掴む。ゆっくりとした動作でそれを羽織ると、なんだか安心して涙が自然と零れた。
 黒いマントの中、あの頃のチェザを思い出して、泣いた。
 心がぐちゃぐちゃだ。
 よく分からない。けれど、大丈夫、大丈夫と自分を励ました。
 でも、ふいに初めてだったと思い出し、背徳感や喪失感、そしてよく分からない心がまた涙をこぼす。
「俺は、チェザに、抱いてもらった……、初めては、チェザ、だから……」
 体中の噛み痕。乱暴に開かれた体。無理矢理受け入れた後ろ。追いつかない心。
 ジーノはその場でただぼんやりと座り込むことしかできなかった。

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