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 死んだはずのジーノは、チェザの心と引き換えに生き返った。
 老いたはずの体は若さを取り戻したが、彼の心臓は音を奏でることはなく。死人に変わりはなかった。
 獣人の特徴である鋭い爪も出せず、丸い爪となり。生前、白金だった髪は魔法の影響か銀色へと変化した。頭上にある獣耳だけが、獣人だった名残として残っている。
 この日、俺が生き返った日。
 涙を流す俺と、無表情なチェザに、天の空から称号が降りた。
 雲を割って、空から強い光が差し込む。この光は、以前にも受けたことがある。
 そして、俺は、死者のジーノという称号を得た。天の空は、ジーノだけでなく、チェザにも降り注いでいる。チェザは、心を失った魔術師の称号を授かる。皮肉とも思える称号に、ジーノは空の天を睨めつけた。
 空の天は、称号を与えるだけ与えると、雲に隠れてしまった。
 称号を得て、キラキラと小さな輝きが、ジーノとチェザの身に纏う。
 こんなに、嬉しくない称号は初めてだった。
 だが、事実だ。
 死人であるジーノは、エルフのプティから、もう獣人には成れないと云われた。それは、ジーノも思っていたことだ。若返ってしまった体や顔にきっと驚くだろう。丸い爪では、敵を攻撃することもできない。獣人の仲間たちと共に生きることはできないだろう。それに、心を失ってしまったチェザのことも気になる。
 結果、プティの勧めもあり、ジーノはこのチェザの部屋へ身を寄せることにした。
 チェザとの時間を過ごせると思っていたが、昼になると状況が変わった。
 兵士が慌ただしく部屋にやって来て、プティと難しそうな顔をして話し始めた。話し終えるとプティが苦い顔をして戦時中で、魔術師のチェザの力が必要だと告げて来た。ジーノが病に倒れている間に、この国は戦争を始めていたらしい。国の情勢を知らないジーノに、プティが「後で詳しく説明する」と云い、チェザを見た。
「チェザ、出番だ」
 心を失ったチェザは、プティの声に立ち上がる。無表情で反応した彼に、プティは複雑な顔をする。が、戦争中だと割り切り、部屋を出ていく。チェザも自らの意思なく、後に続く。その背中を追いかけるように「俺も行く」と、ジーノも部屋を出た。
 戦場へ向かうことになり、プティからその頭は目立ちすぎると、布を渡された。頭から布を被り、銀色の髪を隠す。馬車に乗って、チェザの隣に座る。そっと、チェザの手を握るが、それが握り返されることはなかった。


 王国レットルは、ジーノも参加した戦争でクアデルノ国を降伏させ、監視塔とした。その後、レットルの若き王は、監視塔である元クアデルノ国の隣に位置するリーヴル共和国の情報を得て、交渉へ踏み切った。防衛戦で財政難に陥っていたリーヴルに対し、戦力と財政援助を申し出、後ろ盾となることを約束し、傘下とした。
 そして、いよいよジュルナル国へと手を伸ばした。ジュルナル国は、王国レットルの右隣に位置する、中規模の国であった。準備期間を経て、開戦となり、レットルは国級魔術師のチェザを使い、戦力制圧に成功。しかし、現在。ジュルナル国を制圧したことで、大国のカンデーラからの援軍と対峙することとなった。カンデーラ国がジュルナル国の後ろ盾だという噂があるが、実際のカンデーラ国の考えはわからない。ジュルナル国を踏み台に王国レットルを倒す腹積りの可能性もある。どちらにせよ、このカンデーラの援軍に勝たねばならない。
 急ぎ、ジュルナル国へ向かったジーノたちは、制圧完了している土地を目指した。馬を一日走らせ、味方の陣に降り立つ。陣は、カンデーラの援軍が侵入してこないようにと食い止めていた。
 誇りが舞う戦場で、無表情のチェザに視線が集まる。何の感情も持たない黒の瞳で、一歩踏み出すとぽつぽつと呪文を唱え始める。が、その姿にジーノは少なからず恐怖を覚えた。
「チェザ……?」
 強大すぎる魔方陣は、味方の陣にまで及んでいる。青く光る魔方陣の中心で、チェザは操られた人形のように力なく手を前へ突き出した。
 途端、今までにない程の強大な魔法が放たれる。稲妻を纏いながら強い光が、カンデーラ軍のほとんどを消し去った。しかし、その力は強すぎた。魔力の波動が、味方の陣にまで響いてしまった。体勢を崩され、小さな稲妻をその身に受けてしまう者がいた。
 こんなこと、初めてだ。
 チェザの魔法を身近で見たことのあるジーノは、それが異常なことだとすぐにわかった。チェザと距離を取っていたジーノが駆ける。
 案の定、チェザは状況が見えていないのか、第二の攻撃魔法を展開する。ジーノは、慌てて、チェザを止めに入った。
「止まって、チェザ! もういいっ、止まって!」
 焦るジーノに、チェザの魔方陣は消える。チェザは、ジーノに抱きつかれたまま、動かない。そのうち、プティがやって来て、次の戦場へ向かうように指示がある。
 ジーノは、それに頷きながら、チェザに一抹の不安を感じた。
 チェザの魔力が強くなっている気がする……。
 次の戦地へ向かうと、ジーノの予感は当たることとなる。
 強い魔術を発動させたチェザは、敵の規模以上の魔方陣を展開した。それは敵も味方も関係なく。プティが慌てて味方を退避させる場面があった。
 発動した魔術は、敵だけでなく、街を飲み込み、焼け野原と化した。逃げ遅れた味方の軍も、怪我を負った。それでも、チェザは、一度攻撃の動作に入ったら、それを止めることをしなかった。できなくなったのかもしれない。
 再び、ジーノが止めに入る事態となった。
 魔術師のチェザは、驚異的な早さで次々とカンデーラの援軍を制圧していった。その威力に、王は喜んだが、同じ戦地で戦う他の種族からは反感を買った。恐怖心を抱かれ、苦情を云われた。窓口であるプティが、なんとか収拾をはかっていた。
 カンデーラの援軍との戦いは、移動を含めると三週間ほど続いた。その間、チェザは詠唱することが少なくなり、徐々に己の身を削り、命を削りながら魔術を使うようになっていった。
 ジーノが話しかけても、無表情で、反応すらない。この頃になると、行動もおかしくなってきていた。何かを探している。そんな気がした。
 ジュルナル国での、カンデーラ軍との戦いは、勝利を収めた。ジュルナル国を完全に制圧できると、レットルの王はすぐに降伏を求めた。そして、隣国のジュルナル国は、降伏しレットルの配下となった。
 戦争が終わり、王国レットルの城へ帰還するため、馬車に揺られる。ジーノは、顔色の悪いチェザを心配して、その頬に触れる。だが、人形のようになってしまったチェザは、無表情だ。やがて、レットルの国内へ入ると、馬車を下ろされた。城まで歩いて帰れとのことだ。嫌がらせを受け、プティが抗議したが、馬車は走り去ってしまった。プティは、怒って他の馬車の手配へ向かった。
 国内とはいえ、城まで距離のある街に下ろされ、ジーノはプティを待ったが、それに構わずチェザがうろうろと歩き始めてしまう。それを慌てて止めようとしたが、人が混み合ってその背中を見失ってしまった。
 頭から被っている布で視界が狭く、咄嗟にそれを外す。銀髪の髪が揺れる。構わず、辺りを見回し、チェザを探すと、「え?」という声が耳に入って来た。ジーノは思わず振り返る。
「おっさん……?」
 頭の上にある耳が見知った相手の声を拾う。
「リタ……?」
 ジーノが死ぬ直前まで、自分の世話をしてくれていた仔だ。リタは、驚いていた。
「おっさん、元気になったんだな! いや、ちょっと若くなったか?」
 急にいなくなって、心配したと怒られる。ジーノは耳を倒して、ごめんと苦笑した。リタと会って、自分の姿が随分と変わっていることを知られ、困る。それが顔にも出ていたのだろう、リタがふっと笑った。
「何も聞かねぇよ。おっさん、困ってるしな」
 リタは生意気な笑みを浮かべて、何も聞かないでくれた。
「でも、生きてて良かった」
「リタ……」
「何かあったら、困ってることがあったら、言えよ」
 力になる。強気な赤い瞳でそう云われ、「ありがとう」と返し、ジーノはチェザを探しにリタと別れた。
 リタは、少し成長していて、仔獅子から成獣になる途中という感じだった。伸びた赤髪に、あの貌は、将来女に困ることはなさそうだとジーノは彼の成長を微笑ましく思った。
 その後、チェザを探したジーノは、ほどなくして彼を見つけ、プティが待つ馬車へ戻ることができた。無表情なチェザを連れて戻って来たジーノに、プティは苦い顔だ。
「……疲れているとこ悪いが、緊急招集がかかった。リーヴルから援軍要請だ」
 リーブルが、カンデーラ国から攻撃を受けているらしい。
 休む間もなく、次の戦地へと派遣される魔術師のチェザに、ジーノは覆い隠している頭の耳を伏せさせた。魔術師がこんな戦いばかりだと知らなかった。
 ジーノは、労いと慰めを込めて、チェザの手を撫でた。

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