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輸送されている。
箱の中に入れられて、どこかへ運ばれている。
悪い夢と悪い夢の間。もう見たくないと、目覚めを求めて、眼を開こうとした。しかし、現実には瞼を震わせる程度だった。
まだ夢の中なのか、体は動かない。
これは、あれだ。ジャパニーズで云う金縛り現象とよく似ている。自転車を漕ぐ夢や、階段を上る夢で、実際に足が動いている方の夢なら、まだ勝算はある気がするのに。いや、睡眠と身体のしくみなんて知らないが。
迫りくる眠気を覚えながらも、少し冷静になろうと耳をそばだてる。すると、自分の体が揺られていることに気づいた。
閉じられた瞼で、漠然と感じる。何かに乗せられて、運ばれていると。
考え事をして、目覚める作戦を思いついたが、まだ自分の体は睡眠を欲しているようだ。 意識が夢に引っ張られていく。
でも、また悪い夢見る気がするんだよなと、思いながら、意識を手放した。
啓一が見た夢の続きは、三部作の完結編だった。
まず、登場人物は黒髪にサファイアの青眼の儚げ系美少年だ。俺の好みドンピシャだ。彼の登場に、啓一は喜んだ。食べちゃいたいくらいに可愛かったからだ。
あと数年。いや、誰かに喰われるくらいなら、いっそ──と、血迷うくらいには、滅多にお目にかかれないくらいの美少年だったのだ。
そんな美少年は、とにかく憂いていた。最初は不安な表情だったが、教会のような所から移動した彼はとにかく悲しげだった。年齢にしては華奢なのも拍車をかけていた。
そこで、場面が変わる。
悪い顔をした悪い大人たちが悪いことをしていた。映画でよく見るシーンの一つだ。
まだ悪夢だと知らなかった啓一は、主演である美少年が悪者を懲らしめるヒーロー映画だと思っていた。が、夢はそうならなかった。
美少年は、あらゆる悪事の罪を背負わされ、領地の民衆から責められた。そこからは、不幸というより地獄だった。
冤罪だと知っている故、美少年に立て続けに起こる惨事は見たくもないものばかりだった。
生生しく映し出される美少年のヒストリー。
もうこれ以上見たくない。だからこそ、啓一は目覚めようとしたのだ。
しかし、眠気には勝てなかった。残酷にも始まってしまった、完結編。
ご丁寧にこれまでのダイジェストまで見せてくれた。もう、止めてくれ。
夢は、ごつごつとした石畳を映しだした。前回は、牢屋に捕えられ、重い鎖を嵌められたところで終わった。
映像は止まらず、怒れる民衆を映しだす。美少年は、その中を屈強な男たちに添われながら歩く。絶望した瞳は、もう何の感情も映さない。
荒れた唇は、小さく開いて閉じられた。美少年は、僅かな抵抗を見せたが、両脇にいる男たちに引きずられてしまう。
美少年は、男たちによって石で出来た台へ登らされた。その先にあるのは、処刑台だ。
ちょっと待ってくれ。
思わず、啓一が言葉を漏らす。
裸足のまま歩かされ、最後には引きずられ、美少年は処刑台へと登らされた。
処刑台には、輪になった縄がぶら下げられている。
男が縄を手繰り寄せる。
もう一人が美少年を前へと押し出した。
美少年と目が合う。繋がった視線に、僅かに反応を見せる美少年。
確かに、目が合った。その瞬間、啓一の視界が切り替わった。
視界いっぱいに見える石畳。顔を上げれば、死刑執行に沸く民衆の群れ。
そんな、まさか。
これから起こること、それが何かなんて考えなくてもわかることだ。
啓一は夢だとわかっていても、抵抗した。
けれど、屈強な男たちにそれは僅かな抵抗でしかなかった。
啓一の首に、縄がかけられる。
夢なら、覚めてくれ。
男たちが、啓一の身体から手を離す。首の縄がキシリと音を立てた。
嘘、だろ――。
心臓がドクンと音を立てた。
その音に、目がぱちりと開く。痛いくらいに鼓動する心臓。はぁはぁと荒い呼吸を繰り返した。無意識に首を擦る。そこにかけられた縄はない。
生きている。
安堵して、無意識に息を吐き出した。
額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。背中にじっとりとかいた汗が気持ち悪い。だが、その気持ち悪さが現実なのだと実感できた。
夢から覚めた、やっと覚められたのだと胸を撫で下ろす。
やけにリアルな夢だった。
緊張が解けて、大きな溜息を吐く。肌に感じる現実の空気に、次第に余裕が生まれるようになってきた。辺りを見渡してみる。すると、窓に人が映っていた。
あの美少年だ。
「やぁ、天使かと思ったよ」
自分に驚く。認識した瞬間に、口説き文句が口から出ていた。
己を省みるより、美少年が気になって仕方ないのだ。
窓の美少年は、話しかけた時はなぜか口をパクパクと動かしていたのに、今は綺麗な笑みを浮かべている。
ナニソレ可愛い。
うん、口説こう。
違和感など、その儚げで綺麗な笑みの前では、些細なものだ。
俺は熱を込めて、全力で口説こうと美少年に手を伸ばす。下心満載で、美少年に触れようとした指先は、窓のガラスにぶち当たった。地味に指が痛い。
不思議に思って、片手を上げれば、窓に映る美少年も手を上げている。
オーケーオーケー。
頭を振って、ふぅと一呼吸。
冷静を装いつつ、俺は笑みを作って中指を立てた。すると、窓に映る美少年も憎らしい笑顔で中指を立てていた。
「俺か? 俺だった!」
目を見開いて、混乱をそのまま口にする。
「****!」
海外に長くいたせいで、お聞かせできない英語が飛び出してしまった。今気づいたが、声も自分の声ではなかった。美少年の声は、悪態も可愛かった。
周囲の音を耳に入れながら、俺は一度状況を整理しようと椅子に座り直した。夢に見た時のような品の良い座り方ではなく、どっかりと椅子に腰掛け、足を組む。
思考に入る前に、もしかしなくとも俺は、非現実的にも、あの美少年に成り代わっていると薄々にも、確実にも、遠目で見ても、薄目で見ても、気づく。
深い、深い溜息を一つ吐いた。
足元の上等な革靴を視界に収めながら、右へ左へ、また右へと視線を彷徨わせる。取りとめない思考を止めて、そして、正面を見た。
視線を一点に、向かいの座り心地の良さそうで実際には悪い椅子に定めて、別の思考に入る。
考えるのは、美少年の情報だ。
頭に入っている記憶を呼び起こす。すると、ふいに目の前が白く光り、脳に美少年の記憶が戻ってくる。摩訶不思議な現象に驚くが、映像は止まらない。それは、啓一の脳へと刻み込まれていく。
出生から、幼少期、笑い合う両親の顔。まるで、映画のフィルムを見るように、脳に入ってくる。悪夢を見せられたものとは、また違う方法の映像だ。過去から今へ。物凄い情報量が留まることなく入っていく。
脳が焼き切れそうだ。
「くっ……!」
震える両手で頭を抱え込む。
頭が割れそうなくらいの膨大な量に、逃れられず、自然と目尻から涙が零れる。
小さかった頃の自分が、今の自分になる頃、その映像は、終わった。温かい水が頬に伝い落ちて、それを拭って初めて涙なのだと気づいた。目頭が熱い。またぽたりと生理的な涙が零れた。
額の熱を抑えるように、手で押さえた時、記憶は、馴染むどころか、自分のものとなった。俺は、この世界で生まれたのだ。
再び、視界に馬車の中の椅子が映ると、記憶が一致した俺は、窓に映る美少年を見た。
華奢な体躯をした美少年の名前は、ロゼ・ オリヴィエーロ・レッジェ・トスカニーニ。父は、レフフィット公領を治めている──所謂、貴族の息子だ。
国や社会、名前、貴族関係等を俺の頭へとコピーして名前を付けて保存する。既に保存されているから、簡単な作業だ。おさらいみたいなものだ。
向かいの椅子へと視線を固定させながら、以前の俺と同等の処理能力を発揮させる。ほぼ思考が終わりかけた時、やはり、あの夢の出来事が頭をかすめた。視界がぼやけていく。思考があの夢の内容へと傾く。それくらい衝撃的なものだったのだ。
俺は、ロゼの身体を顧みた。細い体躯。身に纏っているのは、上等な物だ。
先ほどまで見ていた地獄のような夢。そのレールを走っているかは、今得た記憶だけでは判断できない。
これから、死ぬのか生きるのか。それとも──。
馬が地面を蹴る音が大きく耳に入ってくる。ぼんやりとした思考と夢の映像が馬車が揺れたことで、打ち消された。
ロゼに成ったのか、生まれ変わったのか、実態はわからない。でも、この身体から俺は逃げられず、馴染んでいる。
白く細い指を折り曲げて、拳を作る。
深く息を吐いて、何度目かの気合いを入れた。
今の俺は、ロゼは、学生だ。そして、冬休みに入ったばかり。
俺は、現状把握のために、乗せられた馬車の行く通り、預けられている伯母夫婦の元へ連れられた。
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