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 長閑な風景が流れ、夜が明けた。昼に近い朝になって、馬車が辿り着いた先は、田舎だった。見たことのある景色は、父が持つ領地の一つだ。
 ウェスペル国、ノーニーン領。
 田舎としか表現しようがないこの土地。そして、そこに建てられた不釣り合いな華美な建物。公爵である父からここら一帯の管理を任せられている伯母夫婦の住処だ。そして、俺の住まいでもある。
 馬車の運転手に軽く礼をすると、ロゼは慣れたようにその館の中へと入った。
 記憶の中にある自分の部屋へと向かう。中も絢爛豪華だ。館を一歩出れば貧相な土地しかないのに。一体、この調度品を揃えた金はどこから出たのだろうか。父からだろうか。俺の養育費としてかなりの金が渡っているとは思うが、ここまでだろうか。
 自分の部屋に着いた俺は、中の様子を見回す。そこは、豪華というよりは、質素と言った方が正しく思えた。俺自身は、贅沢をした覚えはない。むしろ、そういったことに関心が無かった。
 記憶にあるロゼは、自己評価が異常に低く、見た目と同じように控えめな性格だった。俺が言うのもなんだが。
 ベッドと机しか置かれていない部屋を見て、俺は、夢の内容を思い出す。やけにリアルな夢は、ぶっちゃけ、今から己に起こる予言のように思えた。そう信じざる得ないくらいの夢だった。
 俺は、自室で休む間もなく、この館で働く執事を呼び出した。
 執事はやけに疲れ気味で、顔色も悪ければ身体もやせ細っていた。馬車から見た領民も同じだ。
 俺は、伯母夫婦の居場所を尋ねた。すると、甥っ子が長期休みに入るというのに、旅行へ出かけたらしい。父がいくつか所有する別邸で贅沢する算段らしかった。俺は、それを聞くと好機会だと、窶れた執事に詰め寄った。

「この領の帳簿を見せてくれ」

 いつものロゼの口調とは異なるが、そんなことより現状を把握することの方が大事だ。
 顔色の悪い執事は、すぐに帳簿を持ってきてくれた。ロゼは、玄関横のサロンで、適当に椅子と机を引き寄せると、すぐに帳簿を開いた。ロゼとして生まれ育った記憶があるから、言語に関しては問題はない。
 数字を追っていき、すぐにこの帳簿が穴だらけだということが分かった。どうやら俺は、浪費家の家に預けられたらしい。
 母を早くに亡くし、父は自分が育てるより、伯母夫婦に預けた方がいいと思ったのだろう。
 果たして、それが正解と云えたのだろうか。
 数字をなぞると、ロゼは、常には無い強い眼差しで、執事に裏帳簿を差し出すように云った。すると、執事は青ざめた表情で、震える手で別の帳簿を手渡してきた。
 ロゼは、すぐにその二つ目の帳簿を開いた。二つの帳簿を照らし合わせる。違和感、誤差。修正された計算。ぱらぱらと帳簿を捲り、回転の良い頭で、金の動きを把握する。そして、散在の証拠を確認したのだ。
 溜息を吐く。
 鬼のように帳簿を見るロゼに、青い顔のままの執事が「お、お茶の準備を、してきます」と去って行った。その背中に「ああ、ありがとう」と返す。
 誰もいなくなった館のサロンで、俺は帳簿を見つつ、一つの結論に辿り着く。

「……もしかして、まだやらかす前、か?」

 遊ぶための旅行へ出かけた伯母夫婦。あの夢の始まりであった教会にもまだ行った記憶はない。帳簿に関しても、領民から巻き上げた金の使い込みはあるが、今のところは国への納税も最低限ではあるが、正しく行われている。まだ、挽回しようと思えばできないこともない。
 椅子から立ち上がる。
 裏帳簿はこのまま預かることにしよう。
 とりあえず、父の元へ向かおう。伯母夫婦の運営のままだと、何かあった時に、泥をかぶることになる気がする。それだけは、絶対に嫌だ。
 俺が、荷解せずのそのままの鞄に帳簿を詰めると、家の者に声をかけた。
 執事は、いつまでお茶の用意をしているのか、ついに姿を見せることはなかった。



「レフフィット公領へ行きたい」

 そう告げた俺に、馬の管理をしていた者は嫌な顔をして見せた。

「……レフフィット公領、ですか」

 先ほどまで走らせていた馬を休ませたいというよりは、仕事をしたくないというのがありありと顔に出ていた。それを見て、俺は、懐からなけなしの銀貨を出して、いくつか握らせる。すると、御者の男は張り切って馬車の扉を開いた。

「どこへでもお連れ致しますとも!」

 調子のいい。
 俺は、「ああ、頼むぞ」と馬車へ乗り込んだ。
 馬車は、先ほど来た道を戻っていく。町とも云えない貧相な集落。
 ガタガタと揺れる道は、もちろん舗装なんてされてない。
 貧しい土地に不釣り合いな豪勢な馬車が、走って行く。
 生活もままならない領民の姿。ロゼはそれから視線をそらすというよりも、何かを考えるように目を閉じた。
 馬車はノーニーン領を出て、他の領を経由してレフフィット公領を目指した。しかし、その途中で、父がレフフィット公領を出たという情報があった。私設の部隊を引き連れて、オンゴ辺境伯の元へ向かっているらしい。
 父に会うことが目的なため、俺もそちらへ赴くことにした。
 学校からノーニーン領へ、そして、ノーニーン領からレフフィット公領への経由地まで走らせた馬を休ませるため、俺は宿を取った。
 そして、ルートの確認をする。
 国内地図を広げて、オンゴ領へのルートを馬車の操縦士である御者と話し合う。

「ま、一番安全なルートとなると町中からのルートですね」

 今は、隣国との関係が不透明なので、外周ルートはおすすめしないとのことだった。護衛もいないので、危険度が増す外周ルートはありえないとのこと。

「いや、そもそも、貴族のご子息様が護衛もなしに出歩くことすら、ありえないですけどね」

 何かあっても俺は責任取れないんで、一度ノーニーンへ戻りません? の声を無視して、俺は町中のルートを選ぶことにした。何より、外周ルートは時間もかかるからだ。
 ルートが決まると、俺はさっさと眠ることにした。スタンダードな宿で、御者と同室。ベッドは俺で、床が御者だ。俺が床なんてありえない。だが、我が領に仕える御者はこの俺の行動に、驚いているようだった。

「なんか、ロゼ様、変わりました?」
「何がだ」
「なんか、前はもっと、こう、大人しい感じだったじゃないですか」
「そうかもな」

 適当に返して、もう寝るぞと御者に背を向ける。もー、なんなんですかー。何かあったんでしょー?ねぇー? という声をBGMに、良い傾向だと笑いながら眠りについた。

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