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 ウェスペル国は、第15代国王が治める絶対王政だ。 そんなウェスペル国は、一つの海と三つの国に面している。
 多くの鉱山を所有するザナドゥ国、我が国の王族と親戚関係のシュテルン国、そして北国セラータ。
 ここで、注意したいのがセラータだ。
 ウェスペル国は、特に特筆するものがない国だ。他国と比較しても平均的な国土、農作物の生産量も、酪農も平均的。唯一、海に面しているため、漁業を行っているが、潮の流れの関係で、国を支えるだけの漁獲量はない。
 そして、セラータ国も何もない。ただ、北に位置しているというだけ、セラータは不利だ。
 四季はあるものの、通年気温が低く、極寒の地で農作物は育ちにくく、酪農も困難だ。このため、セラータは少しだけ南に位置するウェスペル国の土地を昔から狙っているのだ。他国と比べて軍事力が低いことも攻めやすい理由になっているのだろう。
 そんなセラータ国と接する国境。そこに、オンゴ領がある。
 辺境のこの地は、国境を監視するため、国境に城壁が建てられている。
 父に会うため、街中ルートで向かった俺は、先にオンゴ領入りした。恐らく、父は外周ルートでこちらを目指しているに違いない。
 俺は、理由を話して、城郭都市の内部にある領主の城館へ入れてもらった。といっても、辺境伯は腰痛で身動きが取れないらしく、更に、この冬の寒さで風邪を引いてしまったらしい。国内でも北に位置するこの辺境地は、気温が低いから、老体には堪えるだろう。面会も従者にやんわり断られてしまった。学生で貴族の息子だったから入れてくれたのかもしれない。
 見舞う言葉を贈り、迅速な対応に感謝すると告げると、後から辺境伯の三男坊が防寒具を持って来てくれた。火急の用件で、制服のままだったからか、学校指定のコートを纏っていても薄手に見えたのだろう。それに、三男坊を話相手としてつけてくれたので、一応は歓迎されているらしい。
 父の到着を待って、降り止まない雪を眺める。来た時には、降っていなかった雪が既に積もっている雪の上に積もっていく。ノーニーン領では年に一回しか見られない雪景色。
 もうすぐ日が暮れる。遠くに見える風景が紫色に染まっている。今日はもう来ることはないだろう。
 窓を眺める俺の背後で暖炉の火がパチッと小さく音を立てた。
 


 目覚めは、扉を叩かれる音からだった。通常の目覚めを促すノックではない、荒々しい音に、何事か起きたのだとすぐにベッドを出た。

「何事だ」

 扉越しに尋ねると、伯の三男だった。
 父が到着したらしい。しかし。

「何者かに襲われ、意識を失っているそうです」

 撃退はしたようですが、と続く声に一瞬顔が青ざめる。父の笑う顔と思い出が走馬灯のように思い起こされる。が、ロゼの脳裏にはすぐに、処刑台の記憶が過った。まさか、そっちのルートに入ったのではという恐怖が襲う。
 硬直するロゼに、少年は冷めた瞳を向けながら心配する素振りを見せる。その声に、心の中で頭を振ると、「父の元へ行く。場所は」と切り替えた。
 まだ決まったわけではない。
 すぐに着替えを整えると、コートを羽織らされる。
 馬を用意していますとの声に礼を言って、早足で向かった。



 焦り困惑する御者の顔を見て、冷静さを完全に取り戻した。パニックになっている人を見ると、冷静になれる人がいる。俺はそっちのタイプだったらしい。
 手綱を受け取り、馬に跨る。乗馬は貴族のたしなみだ。だから、華奢なロゼでも乗れる。「俺もついていきます!」と、御者が危なっかしい様子で馬に跨るので、好きにさせた。
 伯の三男が案内役で、俺たちは馬を走らせた。
 父がオンゴ領入りした先は、国境上の城だ。
 城門を開けてもらい、馬三頭がなだれ込む。途中、父の持つ騎馬隊を見かけた。
 馬から下りると、既に連絡が来ていたのか、城の扉の前で父の部下が待っていた。
 知っている顔だ。
 騎馬隊の隊長、フリッツ・ゲーアハルト・ガルファーノと顔を合わせると、ロゼが落ち着いた顔をしていることに、少しだけ驚いている様子だった。

「ロゼ様、こちらです」

 軍人だからか、敬礼だけしてすぐに案内してくれた。これが貴族だとこうはいかないなと思いながら、廊下を歩きながら父の容体と経緯を聞く。

「昨夜、オンゴ領へ向かう途中で、盗賊に襲われました。公も戦闘に加わり、その際に敵から頭を殴られたようです」

 気絶した父を治療するため、眼と鼻の先だったオンゴ領へ入ったとのこと。

「その盗賊は、どうした」
「! ……公の治療を最優先したため、取り逃がしました」
「そうか。少数精鋭なら仕方ないな」

 浮かんだ疑問をフリッツ隊長へ告げると、調査致しますと返事をもらう。
 父が休んでいるという部屋の扉を開けると、医者が一礼して父の容体を教えてくれた。

「脳震盪です。命に別条はありません。しばらく休まれれば、目を覚まされるでしょう」

 穏やかな口調で、大事ないと告げられ、ホッと胸をなでおろす。と、その瞬間、場内に警笛が鳴り響いた。その音はすぐに止み、何事だと周囲を警戒する。すると、伯の三男が硬い表情で部屋に入って来た。

「セラータの兵に動きが合ったようです」

 先ほどの警笛は、警戒レベルを引き上げるためのものだと説明される。だが、それは同時に、この場が戦場となるという意味でもあった。
 息が止まる。その前に、ロゼは口火を切った。

「現状を把握したい」

 軍人の隊長より先に、指示を出す。一手、二手、早いロゼの行動に、フリッツ隊長は従うような形となった。



 
 オンゴ領、要塞内廊下。
 ばたばたと混乱している軍人の姿が目につく。城郭都市として存在してきたオンゴ領は、これまで何度もセラータ国の兵を撃退してきた。それなのに、軍人たちから伝わるこの焦燥はなんだ?
 確かに、司令塔である辺境伯は床に伏しているが、ここまで軍人が不安を募らせ、士気が下がるだろうか。
 ロゼの疑問は、案内された作戦会議室で答えが出された。
 そこにいたのは、明らかに焦燥と混乱を滲ませる男の姿だった。オンゴ領の国境を守る軍人であることは間違いないのだが、到底指揮が出来るとは思えない。言い方は悪いが小者だ。
 服装やキラリと光る勲章だけが浮いて見えた。

「……あなたが、指揮官ですか?」
「だ、誰だ、貴様は?」

 その返しに、俺は期待外れを感じた。

「申し遅れました。私は、レフフィット公爵が長子、ロゼ・オリヴィエーロ・レッジェ・トスカニーニです」
「こ、公爵?! あ、いや、き、貴族の子か。貴族の子どもが、なぜ、こんなところに……」

 褒めても尉官レベルの男の質問を無視し、ロゼは絶対的な笑みを絶やさず、目力を強める。

「それで、状況は?」

 空気まで読めず、己の問いに答えないロゼに機嫌を悪くした男に、後ろに控えていた男がさっと答えた。

「セラータ国の兵は、国境の2つ手前のラインまで来ています」

 拡げられた地図に引かれたラインを指さす。国境の手前にある山の一つ奥にいるという。兵士の数としては1000人程確認されているという。それが多いのか少ないのかはわからないが、策はあるのかと男に尋ねた。

「ああ! よくぞ、聞いてくれた。1000人という少ないセラータ軍に対し、我々オンゴ領は5000人の兵を投入する。少数には、数で叩く! さすれば、セラータの兵など全滅間違いなしである!」

 豪語する男に対し、不安そうな顔をする周囲。数は圧倒的だが、作戦という作戦が見えない。敵の狙いが不透明で情報がないまま、全戦力を使うのは危険だ。それに、この雪山でそれだけの兵力を使う必要があるのだろうか。
 男に対し、意見できる者はいないのか。本当に、こいつしか指揮官がいないのかと思えば、一歩下がったところにいた三男が小さく口を開いた。フリッツ隊長と一緒になって、耳を寄せる。
 どうやら、辺境伯の命令で長子が王都へ向かい、その護衛に指揮できる佐官以上の軍人らを伯には内緒で根こそぎ引き抜いて連れて行ってしまったらしい。その愚行に気づいた優秀な二男が将官らを連れ戻しに同じく王都へ向かってしまった。そして、そこに、セラータが攻め込もうとしていると。
 結果、本来なら、指揮権を行使するはずの辺境伯が病に倒れ、恐らくそのフォローで来た公爵でありながら元帥の父が盗賊に殴られ意識喪失。長子の愚行で将軍らは王都。指揮権を持つくらいの軍位がある二男は不在。回りまわって、指揮権が現状の最高位のこの男に移ってしまったのだ。
 せめて、父の意識が戻ればと思っても、どうにもならない。
 こういった緊急時、貴族の階級は軍の階級に帰属する。軍位の上の者に従わなければならない。
 まだ、学生の身であるロゼや三男坊は軍の階級に太刀打ちできない。ならば、父の部下である騎馬隊のフリッツ隊長はというと、父の私設の部隊なため、国の軍位からは外れてしまう。元中大将という立場であっても、ダメなのだ。
 指揮権は、目の前の小者にある。
 しかし、周囲も感じているように、この男の指揮は不安でしかない。恐らく、兵力を大幅に失うことにしかならないだろう。それに、少数で勝てる方法ならある。この雪山なら。
 俺は、真っ直ぐに指揮権を持つ男を見据えた。

「本作戦に入る前に、私に少しだけ時間を頂けませんか」

 美少年ロゼの顔面で、有無を言わせぬ圧力で迫り、「はぁッ!?」という声を遮った。

「あなたの作戦は素晴らしい。その作戦の勝利を確実なものとするため、私に偵察を任せて頂けませんか」
「え、いや、偵察なら我が領の軍人にもでき」
「私は公爵家の嫡男です。今回の作戦が成功した暁には、あなたの功績を是非公爵の父に話そうと思います。あなたはこんな所で治まっていていい人材ではありません」
「う、うむ! そ、そこまで言うのなら、仕方ない。貴殿に、偵察の任務を任せよう!」
「ありがとうございます」

 権力に弱い男で助かった。俺は、指揮権を持つこの男の名も地位も知らない。所詮、この男はその程度。悪いが、この機会を利用させてもらう。ここで何かしらの成果が上げられれば、俺の処刑ルートが回避できる可能性が高まるはずなのだ。
 にっこりと営業スマイルを向けると、フリッツ隊長に目配せをする。その意図に気づいたフリッツ隊長が、広げられた地図の前の人払いをする。空いたスペースに俺が立つと、周囲の視線が集まった。

「少数の兵で出る。戦闘は前提としない。兵隊を用意できるか」
「それなら、我が隊の雪国経験者を用意できます」

 フリッツ隊長の言葉に、頷く。

「目的地は、雪山の山頂。火薬を使いたい」
「すぐに用意します」

 伯の三男が答え、すぐ近くにいた軍人が目の合図で動いた。

「準備ができ次第、動く。それでは、解散」

 俺の合図に、各々が返事をしてその場は解散となった。俺自身も兵隊への指示のために隊長と共に動く。その様を見守っていた指揮権を持つ男とその側近だけが、作戦会議室に残された。

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