「怜子さん、アンタは金塊探しを降りた方がいい」
「ハァ〜〜〜〜!? 言われんでも降りますけど〜〜〜〜!」
「ええ、なんで急に怒るの……? 怖ぁい……」

 しゅん、と縮こまった杉元さんを、アシリパさんが「よしよし、怖くないぞ」と慰めた。

「怒るに決まってるじゃん、なにが“刺青を追え”だよ! ブラコン勇作ぜったい許さない、次お鍋する時は勇作だけ唐辛子パウダーマシマシにしてやるからな」
「怜子はたまに耳慣れない言葉を使うんだな」
「……え? そうかな?」

 めらめらと燃え上がる怒りを吐き出すと、アシリパさんが不思議そうな顔でこちらを見つめる。彼女の物言いに得も言われぬ違和感を感じて、正面を向くふりをしてそっと視線を逸らした。がさ、と手に下げたままのビニール袋が歩くたびに音を鳴らすが、降り積もった雪がそれすらも吸収していく。なんだかな、と思いつつ、話は移り変わっていった。

「ユウサク……?」

 そう呟いて、いやまさか、と首を振った杉元さんには気づかないまま。

 私とアシリパさんが他愛もない話をぽつぽつと続ける傍ら、杉元さんがうんうんと頷いて時折突っ込みを入れる。
 アシリパさんはとても博識だった。おそらく歳の頃は十代前半といったところだろうが、狩猟もお手のものらしい。杉元さん曰く「ヒグマも倒しちゃうんだよ」とのことだが……まあ、真偽の程は定かではない。しかし歳の割には落ち着いており、聡明さも持ち合わせていることは事実だ。

「ところでさ、怜子さんが持ってるの何? さっきからわしゃわしゃいってるけど」
「ああ、お菓子お菓子。あとで三人で食べようね」
「なに!? 食い物か!?」

 アシリパさんはお菓子と聞くや否や、顔をぱっと綻ばせる。カワイイ、と思ってニコニコしていると、杉元さんものほほんとした表情で「楽しみだねアシリパさん」と笑った。こちらもカワイイ。

 そんな風に三人で平和な雪歩きをするのも束の間、小樽へ辿り着いた私の平穏は易々と崩れ去った。

「……私の知ってる小樽じゃない……」

 一気に顔から血の気が引き、ふらふらと後ずさる。背の低い建物が建ち並び、車の代わりに馬車や馬が往来を闊歩する。洋装の人物は多くない、和装の人ばかりが隣を通り過ぎていく。

 凡そ現代とは思えない光景に、それ以上の言葉はなかった。

「怜子?」
「……杉元さん。今、何年」
「え、今? 明治四十年だけど……」

 思わず手のひらで顔を覆った。

 よほど具合が悪そうに見えたのだろう。立ち止まり、私の顔を覗き込んだ二人にずっと覚えていた違和感。コンビニも、ダウンジャケットにもジーンズにも首を傾げていた二人。そう、まるで――そういうものが身近にないような反応だと、そう思っていた。
 とはいえここまで鈍い反応が返ってくるものだろうか。身近になかったとしても、存在そのものは知っているはずだ。それこそ幼い頃から外界に一切触れずに生きていただとか、特殊な理由がない限りは。彼らがなにかしらの理由で演技をしているという線も考えなくはなかったが、この景色を目にすれば下らない妄想だったと改めざるを得ない。

「……あのさ、私の話聞いてくれる? あ、信じなくてもいいよ、笑い話だから」
「よく分からないが、話くらい聞くぞ。なあ杉元?」
「おうとも」
「ありがと。実は私さ、未来から来た人間なんだよね」

 半笑いでそう答えた私に、二人は「「……は?」」と同じ反応で返した。


▽


 「マジでもう無理」と頭を抱えた私を引きずって、道の端へと追いやった杉元さんとアシリパさん。

 「もっと詳しく話せ」と言われ、仕方なく私はお菓子を差し出した。二人はじっとビニール袋の中を見つめると、顔を見合わせる。いっぱいあるし少し食べちゃおうかな、とポテトチップスの袋を破き、一枚手にとって口の中に放り込む。ほどよい塩気とほのかな甘みに舌鼓をうちながら、かざりと音を立てて開け口を二人の方へと差し出した。

「食べていいよ、美味しいから」
「怜子さんこれ何……?」
「じゃがいもをスライス……薄く切って揚げたやつ」
「これじゃがいもなのか!? こんなに薄くしたのは初めて見たぞ! 食べてみよう杉元」

 言うが早いか、アシリパさんは袋に手を突っ込むとポテチを数枚掴んで口の中へと運ぶ。続けて杉元さんも戸惑いつつ一枚掴み上げ、くんくんと匂いを嗅いでからぱくんと頬張った。
 二人の様子を窺いつつ再び袋に手を差し込む。彼も彼女も無言で咀嚼しており、表情からは凡そ感情が読み取れない。あまり口に合わなかったのだろうか、と思ったその時、二人の手が同時にずぼっと袋に侵入した。

「おい! もっと寄越せ!」
「凄いウマイこれ!!」
「破ける破ける!!」

 やめろと言っても聞かない二人に咄嗟にポテチを下にさげ、ついには「コラ杉元アシリパ!! やめなさいって言ってるでしょ!!」と叱責した。思わず敬称も外れた。

 さくさくと食べ進めつつ、つらつらと自分の考えを述べながら頭の中を整理していく。二人に聞かせているわけではないけれど、私の話をポテチ片手に聞き入っていた。時折首を傾げているのが印象的である。

「小樽、小樽ね……いや待ってほんとにここ小樽?」
「そうだぞ、ここは小樽だ。どうしたんだ怜子、疲れたのか? 吐いていたものな」
「もぉ〜アシリパさん、思い出させるのやめたげなぁ?」
「これ実は壮大なドッキリだったりする? 映画村みたいな……孤島とかさ……うわ未来から来たとか言ったけどその方が説得力あるな。なんで? もしかしてアイツの嫌がらせ……」
「アイツ??」
「いや言わなくていい、言わなくてもわかる。こんなこと出来るのは勇作さんかアイツくらいで……」

 じゃあ刺青人皮は?

 思考を掠めた生々しい人皮に、思わず眉を顰める。あれを紛い物だと思えないのは何故だろう。一瞬で移動したと思ったのは、気絶させられたから? あの温和な勇作さんに? いや、別の人だったとしても、だ。なら私は、立ったまま気絶していた?
 それに不思議とこの二人が嘘をついているように思えない。

 やはり――やはり、ここは明治時代なのだろうか。

 ぶつぶつと呟いていたのが一転して黙りこくったことで、二人は顔を見合わせて困った表情を浮かべた。
 ふっと短く息を吐き出した杉元さんが、再びポテチを口に放り込んで、「まあさ」と宥めるように穏やかな声で語りかける。

「その……未来から来たって、確かに信じられないことだけど。でもそれが嘘だとも言い切れないと思ったんだよ、俺はさ。だって怜子さん女の子なのに変わった洋袴履いてるし――あの、脚の形がはっきり見えるのはあんま良くないかも――こんなお菓子は話でも聞いたことがないよ。お菓子を包んでるのも錫紙じゃないよね? 似てるけどそんなに絵と色が沢山ついたのは見たことがない。いや、もしかしたら上流階級の人は知ってるかもしれねえけど……お菓子を入れてるわしゃわしゃも風呂敷じゃないし巾着じゃない、本当に何それ?」
「(脚の形?)ああビニール袋のこと。すずがみ……聞いたことあるような」
「私も怜子が嘘を言っているように思えない。不思議な言葉使うしな」
「舶来語だろ? たぶん」

 舶来語……今ではあまり聞かない言い方だ。アシリパさんは私の言葉を不思議がるけれど、私からしてみても彼らの言い回しには節々に違和感を感じられた。ということで、お互いに関しては暫定未来人と暫定過去人といったところに収まったのである。

 兎にも角にも、道の端でずっとお菓子を食べているわけにもいかないので、とりあえずは例の刺青に関して聞き込みをする運びとなった。

 もし、もしもこれら全てが妄想やドッキリなどではなく、現実だと仮定したならば。

 勇作さんは道を示した。刺青を追い、金塊に辿り着けと。こちらへ連れてきたのなら、帰すこともまた可能なのだろう。しかしおそらくは彼の望みを満たさない限り、元の場所に戻ることはままならないはずだ。そのために連れてこられたのだろうから。

 とすればもはや金塊探しから降りることは叶わないと知って、溜息をつかざるを得なかった。危険度がどれほどのものか、いまいち掴みきれていないが……今よりは命が軽い時代だ、死人も出るかもしれない。金目のものに関する争いは得てして過激になるものだし、それにそもそも今は戦争が終わったばかりのはず。今後もまた戦争は起きるが、それを肌で感じ取っているのはこの国の軍人だろう。杉元さんが「軍も金塊を狙っている」と言っていたのは、恐らく軍資金を集めるためだ。

 どうも穏便に話し合いとはいかなさそうだ、と思いながら、聞き込み調査を開始した。

 ただの妄想か、ドッキリであってほしいと願いながら。


▽


「いや、幸先良すぎない……? ていうかおじさん仮にも追われてる囚人なんでしょ? もうちょっと危機感をさぁ……」
「チッ、うるせえ女だな」

 大した収穫もなく小樽を後にすると、驚いたことに囚人の一人が釣られて姿を現した。アシリパさんの罠に引っかかっている姿は哀れであったが、その手にピストルを携えていることを認めて顔から一気に血の気が引いたのを覚えている。つまり、これが金塊探しの真髄なのだろう。

 捕まえた囚人は現在、拘束され、上半身を剥かれた状態で刺青を曝け出している。それをじっくりと観察しつつアシリパさんが書き写すことで、皮を剥ぐことなく刺青を手に入れる算段である。ただ正直にいえば見ているだけで寒い。

「アシリパさん杉元さん、ちょっと追加で枝拾ってくるね」
「あんまり遠くに行っちゃ駄目だぞ」
「早く戻ってきてね! 怜子さんすぐ死んじゃいそうだから」
「反論したいけど返す言葉がないな……」

 ハイハイ行ってらっしゃいと杉元さんに適当にあしらわれた。

 彼らから少し離れたところで枝を集めていると、突如空気を切り裂くような鋭い音が響く。驚いて思わず枝を地面に落とすと、続けて破裂音が何度かこだました。咄嗟に身を屈めて辺りを見回すと、アシリパさんたちのいた方角からもくもくと白い煙が上がっている。単なる火事、ではなさそうだ。自然と共に生きてきたアシリパさんがそう簡単にヘマをするはずがない。

 ではこれは、と考えたところで、ふと先ほどの破裂音の正体が頭の中に浮かび上がる。杉元さんは、ピストルを持っているのだ。

「ってことは銃声……?」

 一体何のために、と思考しながら、その場から動けずにいた。脅しか、試し撃ちか、熊でもいたか、或いは――襲撃か。

 背筋に薄寒いものが走り抜け、思わず土の上に膝をつく。アシリパさんか杉元さんが来るまで動かない方が得策だろう。

 しばらくすると、そう遠くない場所から甲高い金属音が聞こえてきた。ぐるりと周りを見渡すと、木の影からちらりと杉元さんのマフラーが覗く。激しく動き、誰かと揉み合っているようだった。

「杉元さん……!」

 私が行ったところでどうにもならないのはわかっていたが、彼が刃物を向けられていると気づいて咄嗟に走り始める。あの金属音は、どうやら刃物を防いだ時に発されたものらしい。
 私が彼らの元へと辿り着く頃にアシリパさんが向こうからやってくる。マウントをとった杉元さんが相手を一切の躊躇もなく殺そうとしており、「まって」と掠れた声が喉元を通った。耳鳴りがする。周囲の音がくぐもっていた。本物の殺意だ。

 相手の顔を、見る。
 アシリパさんが杉元さんを呼んで、押さえつけられた男と目があって――すぐ逸らされて。

「第一師団の杉元……「不死身の杉元」か」
「百之助」

 さんざん口にしてきたはずの名前を呼ぶ声はかたい。声も顔もよく知ったそれのはずなのに、纏う雰囲気はまるで違う。
 六つの目が私を捉えた。

「何故俺の名を知っている?」

 そうして問われて、私の知る百之助ではないと――もっと言ってしまえば、やはりこれはドッキリでもなんでもなく、本当に私の知るべくもない世界へ放り出されたのだと悟ってしまった。