おにぎりの具は梅干しがいい
今宵のスナックすまいるでは、松平公が盛大に宴を盛り上げている。私は普通に黒服として給仕をしていたのだが、働き始めてから一時間が経った頃、キャストではない私を指名する珍客が現れた。
「あの、警察庁長官殿がいらっしゃってますけど大丈夫ですかキャプテンカツーラさん」
「カツーラじゃない桂だ!!」
「しっかり本名叫んでらっしゃいますけど変装の意味は!?」
しまった! とカツーラこと桂小太郎は慌てて口元に手を当てる。幸い向こうは向こうで大いに盛り上がっているので、気づかれてはいないようだが。
黒服なので場の繋ぎ役として席に呼ばれることはたまにあるが、この人だけは私を指名し毎度おにぎりを持ってくる。店的にそれはどうなんだろうと思うが、ほとんどぼったくりバーなので金さえ落としてくれるなら店長は構わないのだろう。閑話休題。桂さんとは万事屋経由で出会い、それからというもの何かと交流を持つようになった。
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彼と出会った頃、私は万事屋との交流のお陰で、昔の能天気で感情豊かな自分を取り戻しつつあった。自分がどう生きたいのか、生きたかったのか、それを思い出し人を殺さずに済む道と交わって、押し殺してきた感情を一つずつ拾い上げていた。それもこれも、数ヶ月という時間を費やして私と向き合ってくれたあの三人と、スナックお登勢の皆のおかげだ。
――君はね、本当は自由です。己を変える自由があって、それを実現するだけの力がある。君がどのように生きていくのか、それを決めるのは君です。君だけが手にしている、自由です。
その言葉を、心が擦り切れそうになる中でずっと反芻していた。力をつけて、自由になろう。それだけを胸に屍の中を振り返らずに歩んでいた。けれど考えることを放棄しているうちに、己を忘れてしまった、その人との思い出すら褪せてしまった。人を殺す以外の道を歩みたかったはずなのに、殺めることでしか生きる術を持たなかった。
いや、そうではない。自分を変える勇気が持てなかっただけだ。人を殺すことをやめ、真っ当に生きたとして、自分の意思がわからず己を見つけられなかったら――きっと私はその事実に耐えることが出来ない。そして耐えられなければ、また操られて生きる道に戻っていただろう。何も考えず、流されて生きていくことは考え続けるより容易い。休暇という形を取ったのも、古巣にまた戻れるという保険が欲しかったからかもしれない。向こうに置き去りにしたくない人がいたというのも、理由の一つではあるが。
一度は諦めかけ、奈落とは別の殺し屋集団に混じってはみたものの――奈落に戻らなかったのは、自由を手にすることへの未練があったからだ――それでも諦めきれずに今度こそ人の道をゆこうと、様々な人間を演じているうちかぶき町に辿り着いた。今になって実感する、笑顔溢れるあたたかな人達といることが、私の欲しかった生き方なのだと。
そんなこんなで昔の自分を思い出しつつあった時、それを完全に思い出す切っ掛けをくれたのが桂さんである。
四人と一匹、新八の作ったお弁当を携えてピクニックに行った時のことだ。同じ公園に指名手配犯がいるかと思えば、銀さんの友人だというのだから驚いた。警察から指名手配犯まで、顔広すぎだろと。
「銀時、そちらのお嬢さんは?」
「バーさんとこのバイト。何やかんやあって万事屋がちょくちょく面倒みてる」
「なるほど、お登勢殿のところの。それでお前が何やかんや……何やかんやだとォォォ!! まさか銀時、こんな歳下の生娘に手を出すなど少年誌の主人公の風上にも置けぬ行いを……恥を知れ!!」
「オイ何やかんやって単語だけでどこまで想像してんだ。つーか文脈で読み取れよ、何もやましいとこなかっただろーが」
「なんで? なんで生娘って初対面の人にバレてんの……?」
「ちょっとォォォ! 綴さんにアンタの致死量のバカぶつけないで下さいよォォォ!! この人にまだボケとかツッコミとかは早いから!!」
「まあまあこれ食えヨ、元気になるアル」
フォローというかツッコミに回る新八、私の肩を叩いてジ○リのハクよろしくスッとおにぎりを差し出す神楽に何故か涙が出そうになった。
「ありがと、おにぎり大好き……」と受け取って、はたと気づく。新八が作っていたお弁当にはおにぎりではなくサンドイッチが入っていたはずだ。ではこのおにぎりは、と手に持ったおにぎりを見つめていると、いつの間にか桂さんが隣でおにぎりを大量生産していることに気がついた。
「そうか、君はおにぎりが好きなのだな。うむ、お近づきの印に食べていってくれ! 鮭にいくらにおかかに、何でもあるぞ! ツナマヨは邪道だからないがな、フハハハ!」
『そうですね、私は……ツナマヨより梅干し派です』
『え? いや……好みを聞いてるんじゃなくて、それ私のお昼ご飯……』
……一瞬、なんだかとても腹立つ思い出が頭の片隅によぎった。
気のせいだろうか、と
「梅干しは当たりだぞ、なんせ二個しかないからな!」
「ヅラさっきっからうるさっ! 馬鹿うるさっ!」
「ヅラじゃない桂だ! ……それにしても君は随分と美味しそうに食べるのだな。よし、これから俺は君をおにぎり殿と呼ぶことにしよう。幸せなネーミングだろう?」
『ごちそうさまでした、とても美味しかったです。ぜひまた持って来てくださいね、おむすびちゃん』
『誰がおむすびちゃんだ昼飯泥棒!!』
「誰がおにぎり殿だ!! 幸せなネーミングっつーかただの適当じゃないですか!!」
反射的にツッコんだ。そして思い出したのだ、私は本来はこういう人間だった。能天気で馬鹿で、どちらかといえばツッコミ担当。あの人と、一時とはいえ関わりがあったからこそ生まれた私という人間を。
言葉にばかり縋って、あの人との思い出を失くしてしまった。もう拾い上げられないとばかり思っていたけれど、まだまだ私には鮮明な思い出だったようだ。己を見失った時に、一緒に隠していただけだったらしい。
私の心からの叫びに、万事屋三人は目を丸くしていた。
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「あらカツーラさん、またいらしてたんですね」
「カツーラじゃないかつブッ!!」
性懲りもなく本名を叫びだしたので、慌てて口を押さえようとしたら思いの外威力がつき、ほとんど叩いたみたいなカンジになってしまった。桂さんは静かに痛みに耐えているが、その人は何もなかったかのように再度話し始めた。
「あらカツブさん、またいらしてたんですね」
「お妙ちゃんやり直さなくていいから、全然カツブじゃないし」
うふふ、と上品に笑うのは新八の姉、志村妙である。