乙女の一撃


「黒服で指名がつくだなんて、綴ちゃんも隅に置けないわ。私も頑張らなくっちゃね」
「いやこの人注文するどころか自分でおにぎり持ってきちゃってるからね、サービスする側がサービスされちゃってるからね」
「あら、でもなんだかんだで毎回飲んでいかれるじゃない?」

 「すみませんドンペリ二本ー!」とお妙ちゃんはさりげなくテーブルにドンペリを入れていく。桂さんはそれについては何も言わず、口元におしぼりをあてながら「綴殿は結構飲まれるのだな」と呑気なことを言っていた(名前は四回目に会ったあたりでようやく覚えてもらえた)。これ、あなたのお金で頼んだものですよ。
 「じゃあ仕事終わりにね」とお妙ちゃんは手を振り、軽やかに指名を受けたテーブルの方へと向かっていく。お妙ちゃんとは新八の紹介で知り合い、おそらく同年代くらいだろうということで仲良くなったが、まさか同じ職場で働くことになるとは思わなかった。

「綴殿、鮭握りは如何か」
「あ、頂きます。それと毎回言ってますけど、できれば他のキャストを呼んでいただけると嬉しいです。私一応黒服なので」
「あ、綴殿、ちょっとだけ氷いれてくんない」
「人の話聞けば!? ……あの、今更なんですが、いつもおにぎりを作ってきてくださってありがとうございます。カツーラさん……もういいや、桂さんがおにぎり持ってお店来てくれるの、もてなす側が言うのもなんですけど、実は結構嬉しいんですよ。美味しいし、夜ご飯食いっぱぐれなくて済むし」
「食いっぱぐれることがあるのか……いいか綴殿、武士たるもの、栄養はきちんと摂らねばならんぞ」
「桂さん私武士じゃないです」

 このふざけた会話も、桂さんはきっと大真面目に私を心配して言っているのだろう。銀さんになんと言われているのかは分からないが、万事屋を通して交流のある人々に気に掛けられていることは分かる。受けた恩を返せるなどと烏滸がましいことは思っていないが、いずれはこの人達の力になれるくらい立派な大人になりたい。

 ドンペリを何杯か嗜んだ桂さんは、どうやら酔っ払ってしまったらしい。いつの間にか机に突っ伏し……え? 眼球乾きそうなくらい目見開いてる……寝ているのだろうかこれは。
 困惑しながらも凝視していると、「Z〜〜〜Z〜〜〜」と寝息が聞こえてきたので恐らく寝ているのだろう。寝込みに暗殺を仕掛けたことは何度かあるが、正直こんなに個性的な寝方をする人は初めて見た。
 帰ったほうがいいのではと思う反面、酔い潰れているのだからまともに家路にはつけないだろうと溜息をついた。エリーが居てくれれば……と考えていると、肩をトントンと叩かれる。噂をしていたわけではないけれど、タイミングよく現れたオ○Qのような生き物に安堵した。

[迎えに来た]
「ああ、良かった。桂さんはエリーみたいな有能な部下がいて恵まれてるよ」

 初めて会った時はなんだこの生き物と思ったが、慣れてしまえばこっちのモンである。一際異質な存在感を放っているが、かぶき町の人は見慣れているのか、はたまた関わり合いになりたくないのか、エリーをジロジロ眺めるようなことはしない。桂さんとは町を歩いていると結構な頻度で会うと銀さんがぼやいていたので、恐らく前者だろう。もう風景の一部みたいになっているんだと思う。
 エリーはお勘定を済ませると、桂さんを抱えてスタコラ帰っていった。松平公はエリーにも桂さんにも気づかず楽しくお酒を飲んでいるようなので、今宵もトラブルはなさそうだとほっとする。というのも、ここへかなりの頻度でやって来る松平公と桂さんは、もう何度も同じ空間で酒を飲んでいるのだ。その度にハラハラさせられる従業員の身にもなって欲しい。なぜ松平公が桂さんやエリーに気づかないのか、江戸のチンピラ警察はそれで大丈夫なのか、ていうか長官がキャバ通いばかりしていていいものなのか甚だ疑問である。桂さん曰く攘夷志士の間では破壊神と恐れられているそうなので、実際のところとんでもなく有能な人なのかもしれないが。

 仕事も終わり、お妙ちゃんが帰り支度を終えてから共に店を出る。朝方とはいえ、この時間帯はまだ薄暗い。そのため、私は毎回お妙ちゃんを家まで送り届けてから帰るようにしていた。最初は「綴ちゃんだって女の子でしょ」と心配されたが、剣を習っていたからと押し切って今のような形に収まった。まあお妙ちゃんには真選組局長がついているからその辺のゴロツキに絡まれても助けてもらえるだろうが、その近藤さんが一番の問題である。

「お妙さァァアアアんんん!! お仕事お疲れ様です、俺が家までお供しまグフォァアア!!」
「近寄んじゃねェこのストーカーゴリラがァァアアア!!」

 お妙ちゃんの重い一撃で近藤さんは壁に叩きつけられた。正直、お妙ちゃんなら一人で国家を転覆させられるのではないか、奈落みたいな暗殺組織ですらこの人の前では塵に等しいのではないか、なんて冗談じみたことを考えてしまう。実際そんなことはない……かもしれないが、それを考えさせるくらいの迫力がある。ウワ壁にクレーター出来てる……

「……あの、大丈夫ですか近藤さん」
「おお、綴ちゃん! お勤めご苦労様、今日はもう疲れただろう。お妙さんは俺が送っていくから、帰るといい! あ、ちゃんと大通りから帰るんだよ」
「さりげなく帰らせようとしないで下さい……」

 二人きりになりたいオーラをひしひしと感じる。大通りも何も私はかぶき町住みなので家は近いし、別に疲れてもいない。隊士を纏める姿は堂々としていて格好いいはずなのに、恋愛になってしまうとこうも変わるものなのか。
 再びお妙ちゃんに飛びつこうとした近藤さんは、またも重い一撃を食らって失神してしまった。

「さ、行きましょ」

 何事もなかったかのように微笑みをたたえる彼女が、宇宙最強の称号が与えられるのも時間の問題かもしれない。

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