二日酔いにはしじみ汁


 スナックお登勢に灯りがついている。はてこの時間はいつもなら既に店仕舞いをしているはずだが、と首を傾げた。少しの間考えて、もしかしたら知り合いが来ているのかもしれないと閃く。私が知っている相手であれば良いなと思いながら、どうせならと帰りついでにお登勢さんに挨拶をすることにした。暖簾をくぐり、戸を開いて中へ入って客が誰なのかを確認して納得する。カウンター席に腰掛けていたのは銀さんだった。「よっ」と挨拶をしながら熱燗を持ち上げる姿は、心なしか普段よりも大人らしい表情を浮かべているように見える。

「なんだ銀さんか。皆さんただいま」

 なんだとはなんだ、と一名文句をつけてきたが、全員「お帰り」と返事をしてくれる。当たり前のように返ってくる言葉に、ここへ来てからずいぶん経つというのに何度でも幸せな気持ちになった。
 「せっかく寄ってきたんだからジュースでも飲みな」と言ったお登勢さんは、カルピスが入ったグラスを銀さんの隣の席においた。遠慮なくそこへ座る。

「今日は晩飯は食ったのかい?」
「食べましたよ、桂さんがいらっしゃったので。まだ残ってるから今食べちゃおうかな。銀さんいる?」
「ヅラの握ったメシなんざいらねーよ、JOYが感染るからお前も気をつけろよ」
「いやJOYが感染るってなんだよ。初めて聞いたわそのフレーズ」

 それに攘夷じゃなくてJOYかよ、もはやただの食器用洗剤だろうがとツッコミを入れれば「ちょっとォ〜最近ぱっつぁんに似てきたんじゃないのアンタ〜」と銀さんが笑った。
 別に似てきたわけではない、本当はずっとこうだったはずなのだ。

「秘密結社のせいでグレる前まではこんなんだったよ。それに新八には程遠いよ、私あんなに鋭い切り返しできないからね」
「なんでちょっと尊敬してんの? アホが感染るからやめときなさい。あ、もう取り返しがつかないくらいのアホだった」
「なんだとコラ!!」

 熱燗を奪って中身を飲み干すと、「テメッ何してんだァァァ!!」と銀さんの拳骨が頭頂部に直撃する。これは到底女性に放っていい威力ではない。「何すんだ腐れ天パ」と悪態をついてやろうと思ったが、言えば再び拳骨が降ってくることはわかっていたので黙った。たまは私を気の毒に思ったのか、頭をさすってくれている。

「やめて下さい銀時様、ただでさえ能天気な綴様の頭を殴るなんて……これ以上能天気が進行するとただの馬鹿になってしまいます」
「フォローになってないし能天気が進行するってなに!? 能天気は能天気であって病気とかじゃないから!」
「アホノ坂田ニアホッテ言ワレテタラ、世話ネーナ」

 ケケケと笑うキャサリンさんと的外れなフォローを入れるたまを睨みつけたが、ここでやり返すのも大人気ないと我慢した。舌に残る酒の苦味を押し流すためにカルピスに口をつける。私は酒とジュースなら断然ジュース派だった。酒はたまに飲むことはあるが、好き好んで飲むことはあまりない。
 それでも、一度は共に酒を飲んでみたいと望む相手もいる。けれどお酒を飲んでいるところなんて見たことがないし、相手にしてくれるかも分からないのでもうずいぶん前に諦めることにしたのだった。この先奈落に戻される時が来たとしても、休暇届なんてふざけたものを出してしまった身では生きて戻れるかも怪しい。場合によっては処刑されることもあるんじゃないだろうか……まあそうなったらその時に考えよう。――なんにしても、願望はただの願望だ。諦めたにしろ、夢見ることくらい誰も咎めやしないだろう。
 隣の男はぶちぶちと文句を言いながら同じ酒を注文し、カウンターの上に置いてある私のおにぎりを勝手に頬張った。JOYが感染るだなんだと適当なことを言っていたくせに、舌の根も乾かぬうちにこれだ。やれやれと頬杖をつきながら、「銀さんはさ」と質問をしてみる。

「お酒を一緒に飲んでみたい相手とかいる?」
「藪から棒になんだよ? ……ま、いないってこたァねーが、どっかしらで大抵のヤツとは飲んでっからなァ」

 ということはそれが出来ていない、或いは出来ない相手がいるのだろう。今夜のお向かいさんは少し寂しそうに見える。普段人に囲まれている男が一人でしんみり飲むところなんて想像できなかったが、今の様子を見ていれば腑に落ちたような気になる。

「そんな質問するってことはお前さん、飲んでみたい相手ってのがいるな?」
「なんだい気になるね。もしや良い人でもいるのかい?」
「チンチクリンヲ相手ニスル物好キガイルナンテ、アリエマセンネ」
「もっぺん言ってみろ猫耳ババア!! 叩き斬るぞ!! ……まあ残念ながら、そんな物好きなんていないんだけどね。うーん、たぶん友達?」
「たぶん? 友達にたぶんという曖昧な表現をつけるのですか?」

 たまが不思議だと言わんばかりに首を傾げている。それでもたぶんはたぶん、だ。私の立場上そう呼んでもいいのかわからないというのもあるが、一番の理由は、

「向こうが私を友達と認識してるかわからないからねぇ」

 そう、私が勝手に関係に名をつけただけだ。恐らくは向こうも似たような感情は抱いているだろうが、それが一体何なのかは把握できていないだろう。
 私の言葉に銀さんは頬杖をつきながら、「なんだそりゃ」と呆れた表情を浮かべた。

「片想いもいいトコじゃねーか」
「片想い! 言われてみれば、確かに」

 一方通行だから、片想い。全くもってその通りの言葉に笑ってしまう。私は友達だと認識しているが、向こうにはきっとそういう「枠」がない。同じような気持ちを抱いていても、本人がそれに気づいていないのだから一方通行なのだ。
 的を射た言葉に笑っている私の頭にポンと手を乗せ、「俺は綴とも飲んでみてェと思ってるぜ」と銀さんが微笑んだ。

「日本酒は苦手だから、いちご牛乳割りでもいい?」
「悪かねェ提案だな。いちご牛乳割りでいこう」
「銀時はともかく、綴もいちご牛乳が好きなのかい? ったく、今時のはあんな甘ったるいのばっか好きなのかねぇ」

 まあ好きってんなら常備しとくかね、なんてお登勢さんの優しい言葉に、「お願いします」と笑って返したのだった。

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