ファーストフード店とスフィンクス


 もし、アレが案内人なら今すぐにでも日本に引き返したかった。彼女がアレに近付いて何か話し込んでいたが、その内容を知りたくなかった。
 発着便の音声案内を右から左に聞き流しつつ、ぼーっとしていた。日本とは全く異なった湿度や温度に肌を刺激されながら目を閉じた。それが悪かったのだろう、やけに早口で話す男とぶつかってしまった。咄嗟に相手の落とした携帯を拾ってやると、感謝の言葉もそこそこに片手を上げ行ってしまった。どこの国でもサラリーマンは忙しそうだ。

「何やってんの?」

 彼女が偽ジョン・トラボルタを連れてやってきた。やめてくれ、こんな奴と知り合いだなんて思われたくない。だが、初対面の印象が悪いのも良くないと思い、外行きの顔を貼り付けて握手をした。

「アジアン・ビューティーじゃないね!」
夏油です、よろしくうるせえ、蹴飛ばすぞ
「こちらこそ〜!ジョニーって呼んでね」

 語尾に星マークが付いてそうな軽薄さ。スティーヴ・ブシェミに似た、この偽ジョン・トラボルタの名前はジョニー。何もかも、ふざけてやがる。

「移動まで時間あるから、テキトーにお昼でも食べてなよ!ケンタッキーいいよ〜!スフィンクスがチキン狙ってるけど美味しいよ!」

 ジョニーは「美人を口説きに行ってくる」と残して去っていった。それでいいのか、案内人。彼女は手を振って見送っていた。どいつもこいつもアホなのか。

「ケンタッキーでお昼食べて、散歩したらジョニーと合流ね」
「分かった。それにしても、エジプトでファーストフード?」
「変な店で変な物を食べて、気付いた時には氷の張ったバスタブの中で血塗れでした、なんてのは嫌でしょ?」

 日本ではあまり聞かないが、結構あるらしい。
何も知らない旅行者の臓器を勝手に抜き取って売買している、だとか。

「知り合いが中国で腎臓だったかな、取られたんだよね。最近はそういうの少なくなってるらしいけど」

 聞きたくなかった話だ。というか、そんな軽々と話していい内容なのか?ただ、アジアの中でも日本は安全レベルが高く、というか高すぎるせいか、そういった事に対する危機感が薄いのも確かだ。

「スフィンクスからチキンを守ろう!」

 薄ら寒いものを感じたが彼女の能天気な声を聞いていると、なんとでもなるような気がした。こんなんでも生き残ってるのだから。
 空港を出て街を歩く。聞き慣れない言語が飛び交う中、キツい日差しに目を細める。

「怖い顔〜」
「眩しい」
「サングラスすれば?」
「持ってない」

 一つ学んだ。海外へ行く時はサングラスが必要だ。

「悟のサングラス持ってるよ。ナントカってブランドのやつ」

 何で持ってるんだ。だが、ありがたく借りる事にした。

「ヤクザだ…」
「余計な一言」

 ダラダラと歩きながら、彼女はきっとどこへ行ってもこんな風に、まるで自分の庭を歩いているような感覚で散歩をするんだろうと思った。目当ての店に辿り着いたが、流石は世界規模のチェーン店だ。丁度、昼時で人が多い。

「フランスでクォーターパウンダーを何て言うか知ってる?」
「チーズロワイヤルだっけ。この前、悟と『パルプ・フィクション』を見たよ」
「正解」

 そんな事を話しながら、待機列に並んでいた。そして、いつものようにポケットから財布を取り出そうとして(事前に、彼女から現金は財布に入れるなと言われていた)、気が付いた。

「斎…」
「んー?」
「財布をスられた」
「…現金は?パスポートは?」
「現金もパスポートも無事。ただ…」
「ただ、何?」
「悟のTポイントカードを財布に入れっぱなしだったのを今、思い出した」

 ブハッと声がした。漫画みたいだと思った。
すまない、悟。ワザとじゃないんだ。

「そっ、そっか。Tポイントカードか…ふはっ、それはもう、本人に、悟に、取りに行かせれば、いいと思うよ」
「空港で、サラリーマンの男とぶつかった時だと思う」
「うん、仕方ない」

 彼女はツボにはまったのが、肩を震わせていた。申し訳ない事をしたなという気持ちと、自分のじゃないしなという気持ちと、現金が無事で良かったという気持ちが綯い交ぜになって、どう反応するのが正しいのか分からなかった。バックパックの奥底で眠っている、現金の入った方の財布をチェックしたが、やはり悟のTポイントカードは出てこなかった。

「すまない、悟。本当にワザとじゃないんだ」

 本人はここに居ないが、一応、謝っておいた。許してくれるだろう、きっと。うん。悟は私の親友だしな、大丈夫だ。レジの女性が美人だったので、悟のTポイントカードは忘れる事にした。
 注文を受け取りテーブル席へ移動した。通路を挟んだテーブルに座っている欧米の女性2人も美人だった。染色ではない天然の金髪は綺麗だ。アジア人が珍しのか、こちらを見ていたので手を振ってみた。彼女に脛を蹴られた。これで2回目だ。このエジプト任務が終わる頃には、私の脛はボロボロになっているかもしれない。やられた分だけやり返そうと決意した。
 ふと窓の外を見るとスフィンクスがこちらを睨んでいるような気がしたので、とりあえず中指を立てた。これは私のフライドチキンだ。

「スフィンクスに向かって中指立てるとか、罰当たりにも程がある」
「日本を発ってから、いい事が何も起きてないので。スフィンクスのせいかなって」

 ただの八つ当たりだから、気にしないで欲しい。


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