ロング・グッドバイ


 腹ごしらえを終えて、偽トラボルタのジョニー(現地の案内人に渾名を付ける事になるとは思ってもいなかったが、顔と服装に特徴があり過ぎた為、そう呼ぶ事にした。その方が、怒りが分散、又は収まるのではないかと思った私なりの苦肉の策だ)と合流するまでの間、地元のスーパーに寄って買い物をした。彼女はそこで20本近いペットボトルがワンケースになっている水を購入したが、自分で持とうとせず、何故か私がそれを抱えている。さっきすれ違った同年代くらいの男に笑われた。遺憾の意を表明する。

「便利な荷物も……可愛い後輩と海外任務が出来て嬉しいよ」
「便利な荷物持ち?」
「可愛い後輩と言ったんだよ」
「地面に叩き付けてもいいんだよ」
「ごめんなさい。でも嘘は吐いてないよ。実際、便利な荷物持ちだと思ってる。その上、可愛い後輩だとも思ってる」
「それは、どうも」

 どうせなら可愛い後輩ではなく、頼りになる男として見て欲しかったが、彼女にそれを言っても無駄だろう。そういう事には、興味がないのだ。でなければ、海外旅こ……海外任務へ思春期真っ盛りの異性を連れて行こうなどとは思わない筈だ。

「後でジョニーに持たせればいいよ」

 若しくは、本当に丁度いい荷物持ちが欲しかっただけか。というか、自分で持つという考えは無いのか。そう思いながら、大量の水を抱え直した。ギシギシと嫌な音を立てるペットボトルに悪態を吐きたくなった。これもスフィンクスに中指を立てた罰だろうか。くすんだ色のアロハシャツを着た男が周りを気にしながらシャッターの閉まった店に入っていくのを見た。

「あの店には近付かない方がいいね」
「どうして?」

 歩く速さや姿勢を変えず、ただの旅行客として何も気にしていない風に彼女は歩く。それに私も続いていく。

「シャッターは閉まっているのにドアの鍵が掛かっていないという事は、麻薬か武器か、人を殺せる何かの取引でもしてるんだろう。若しくは、店の奥に死体が転がっているか、人質がいるか。何にせよ、私たちには関係のない、悪い事が起きてるんじゃないかな」

 私たちには関係のない、悪い事。店に入っていった男の身なりを思い出そうとしたが、たまたま目に入っただけの男の事など覚えている筈がなかった。

「…警察に電話した方が?」
「したって意味無いと思うよ。警察もグルだろうから」
「どうして、そんな事が分かるんだい?」
「さっきスーパーの駐車場でチンピラと警察が何か話してたのを見た。問題でもあったのかと思ったけど、2人は握手をしていた。その際に何枚かの紙幣を受け渡してたんだ。金額はそこまで大きくなかったと思うから、定期的に買収してたんだろうね」

 彼女の話を聞きながら、私は静かに驚いていた。スーパーで水を買っただけで、そこまで推察出来る彼女の観察眼は本物だったらしい。道理で海外任務ばかり行かされる訳だ。

「まあ、ただの見立てにすぎないからさ。実際あの店で何が起きてるのか、はたまた、何も起きてないのかは、私の知る所じゃないよ」

 肩を竦めて言う彼女は、推理小説に出てくる探偵のようだった。

「地元を知るには、地元のスーパーに行くのが一番手っ取り早いんだよ。あとはその周辺をたむろしてるホームレスに小銭を握らせるとかね。彼らは自分の縄張りで何が起きているのか、よく知っているから」
「シャーロック・ホームズみたいだ」
「探偵ならコナン・ドイルより、レイモンド・チャンドラーの方が好きだな」
「いつだったか『ロング・グッドバイ』を見たけど、それの原作だったかな。映画は冒頭のシーンで見るのを辞めた」
「何でだよ、最後まで見ろよ。猫ちゃんのエサ買いに行くシーンが最高なのに」
「猫ちゃんのエサ買いに行くシーン見てハズレだと思ったんだけど」
「嘘でしょ、あのシーンでこの映画は最高だと思ったのに。中盤から名言が何度も出てくる」
「名言?」
「まぁ、どうでもいいけどね」
「は?」
「だから『まあ、どうでもいいけどね』が名言なの」
「……まあ、どうでもいいけどね」
「映画見てないヤツが言うなっ!」

 また、彼女に脛を蹴られた。これで3回目だ。青あざになっているに違いない。彼女と下らない話をしている間、あの店で何が起きているのかを想像してみた。店の奥は冷凍庫になっていて、裸の男がロープで両腕を縛られている。足元は背伸びをしても、地面に着くか、着かないくらいかに調整されている。何度も殴られたのか、腹には内出血の跡がいくつも出来ていた。さっき店に入っていったアロハシャツの男が、ジーンズの腰あたりに引っ掛けていた拳銃を抜く。それを合図に見張り役をしていた2人が外へ出て、一発の銃声が鳴る。見張り役の2人は煙草を吸いながら、掃除が面倒だとボヤく。B級映画によくある退屈なシーンで、きっとこの映画は売れないだろうと思った。こんな事を考えても、あの店もチンピラも警察も、私には関係のない話だった。

「まあ、どうでもいいけどね」

 フィリップ・マーロウのように名言として残される事のない、ただの私の呟きは、雑踏の中に紛れて消えた。大量の水を抱えた男のセリフなど、映画史に残る訳がないと苦笑するしかなかった。私が少し黄昏ている時、彼女は売人から煙草(だったらいいと心の底から願ったが、きっと違うだろう。何故なら硝子が貰っていたアレとよく似ていたからだ。マジで、何やってんだ、アイツ。ちょっと目を離した隙にコレだ。もう勘弁してくれ……)を買っていた。やっぱりアホだな。私の黄昏を返してくれ。


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