タクシーと映画


 彼女が野菜売り場の店員から買ったほうれん草(という事にしておく。彼女はきっとポパイに憧れているだけだ。ここぞという時に、ほうれん草を食べて超人的なパワーを出し呪霊を祓い人を助ける。だから、ほうれん草はお助けアイテムの扱いでいいだろう。白いセーラー服を着た彼女が『わぉ!なんてこったい!』と叫ぶシーンが想像でき……)をポケットに突っ込んだ。
 そろそろ腕が疲れてきたが、呪霊に持たせる事も出来ない今、一刻も早く偽トラボルタのジョニーに会いたいと思ってしまった。一生の不覚とは、こういう時に使うのだろう。
 後ろからクラクションを2度鳴らされたので、彼女のほうれん草がバレたのかと思ったが、助手席の窓から身を乗り出し、手を振るジョニーが居た。黒光りする車が道の端に寄せて止められた。運転手はサングラスを掛け、ミリタリージャケットを着ていた。モヒカン頭の運転手とくれば思い浮かぶのは『タクシードライバー』だ。いつから、任務先がマンハッタンになったんだ。エジプトだぞ、ここは。車のボンネットにはドクロのマーク入り。単純に趣味が悪い。それに。

「車種が『トランザム7000』っぽいな」
「ボストンへクラムチャウダーを買いに行くのが任務だっけ?私はコレ、バットモービルみたいだと思ったんだけど」

 そこまでカッコよくないだろ、この車。

「『ナイトライダー』の方がそれっぽくないか?」
「ていうか『デス・プルーフ』でしょ、このドクロ」
「あぁ、言われてみれば」
「安全以上さ、対死仕様(デス・プルーフ)だ」
「自尊心を潰された美女の姿は何よりも魅力的だよ」

 ここに美女は居ないし、私も彼女もスタントマンではないが。2人で好き勝手に車を評価していたら、ハイテンションのジョニーが降りてきた。

「よぉ、お二人さん!最高のタクシーを拾ってやったぜ!そんな荷物、さっさと車に載せろよ!」

 言われるがままに、抱えていた水を後部座席の真ん中に置いた。ようやく腕が自由になった。

「これの何処が最高のタクシーなの?」
「アンタらが今から行かなきゃなんないのは、砂漠のド真ん中なワケ。お分かり?砂漠を走れるタクシー見つけるの、チョー大変だったんだからな」

 ジョニーは地図を取り出し、赤いバツを指さした。確かに、周りには何もない。それより、今から砂漠のド真ん中に行くのか。知らなかった。任務の詳細を一切教えて貰っていないので、彼女も興味深そうに地図を眺めていた。それでいいのか、現地の案内人。

「何故こんな場所で呪霊が?」
「詳しい話は車に乗ってからでいいだろ、相棒!」

 私がいつ、お前の相棒になったんだ。

「砂漠をコレで爆走するの?」

 彼女はドライバーに話しかけていた。

「俺に用か?俺に向かって話しているんだろう?どうなんだ?」
「うーわ、本物の『タクシードライバー』だ。貴方の事、トラヴィスって呼ぶ事にする」

 こら、そんなセリフで喜ぶんじゃない。不眠症の運転手が砂漠の上を走れると思うのか?ジョニーが真っ先に助手席を選んだので、私と彼女は後部座席に座る事になった。運転手のトラヴィス(と彼女が呼ぶので、私もそうする事にする。それにしても、現地の案内人がジョン・トラボルタで、運転手がトラヴィスだ。次に誰が出てきても私は驚かないだろう)が、車を発進させる前に話しかけてきた。

「酔い止め薬は飲んだか?」

 彼が言うと、酔い止めが別の何かを示しているように聞こえる。モヒカンのせいだろうか。

「飲んでない。どうして?」
「いつかオエーってなるかも。袋はソコにぶら下げてる。車を汚すなよ」
「オッケー」

 彼女は今ので何が分かったんだ、誰か教えてくれ。ジョニーの言う所の最高のタクシーとは、そんなに酷い運転をするのだろうか。酔い止め薬なんて持っていないし、あるのは彼女のほうれん草と水だ。どうして行く先々で、一々不安を感じなければいけないのだろう。彼女のせいか?……大半はそうかもしれない。もう二度と海外任務には就かないと決めた。もし、そうなったとしても彼女と一緒なら速攻で断ろう。でなければ、命が幾つあっても足りない気がする。
 現地の案内人は『サタデー・ナイト・フィーバー』だし(顔はスティーヴ・ブシェミだが)、タクシーは『デス・プルーフ』だし、運転手は『タクシードライバー』だ。おまけに共に任務に就く相手は『ポパイ』ときた。どう考えても、おかしいだろう。高専が懐かしくなった。悟や硝子に会いたい。出来るなら今すぐ。呪術師的に割と普通な日常を送っていた過去が既に遠い所にあるような気がした。私がホームシックに陥っても、気に止めてくれるような人種は居ない。3人揃ってバカばかり。

「出発だ。シートベルトを締めろよ」

 運転手のトラヴィスは1枚のCDをセットして言った。曲はDICK DALE & his DEL TONESの『MISIRLOU』だった。これはタランティーノでもスコセッシでもない。

「リュック・ベッソンかよ!」

 彼女が叫んだ。それと同時に運転手のトラヴィスがアクセルを一気に踏み込んだ。リュック・ベッソンの『タクシー』を選ぶとは、最悪にも程があるだろう。



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